科学・技術の社会的意義を歴史教育に (II)
歴史は人類の営みの発展推移とその意義を総合的に記述すべきものである。人間の営みは多面的であり、それらは相互に関連しあっている。そのなかで、科学・技術は重要な役割を果たしてきた。
生産力に見合う生産関係が人間社会の下部構造として重要視するのが唯物史観であるが、その生産力を維持発展させてきたのが科学・技術である。また政治、思想文化など上部構造に科学は大きく寄与している。上部構造と下部構造ともに社会の重要な構成要素であり、それらは相互規定的に依存しつつ社会が発展してきたことは否定できないであろう。そのことを思えば、科学・技術を無視してまともな人類の歴史は語れないはずである。それにもかかわらず、これまでに歴史教科書には科学・技術の役割はほとんど無視されてきた。この歴史観の歪みを正す歴史教科書をつくるべきことを以前主張した(2006.9)。
その際は、科学・技術の社会的役割については、ニュートン力学に始まる西欧近代科学を中心に採りあげたので、記述が不十分であった。以下にその補足をする。
科学の社会的機能−科学は文化の一部である
1.精神文明への寄与:自然観、哲学、人生観の形成に不可欠。
2.物質文明への寄与:技術を通して生産力となり物質的な豊かさをもたらす、また自然の脅威から身を守る。
前者1.は上部構造へ、後者2.は下部構造への寄与である。
科学・技術にはその時代と地域の自然観と風土が反映している。それゆえ、東洋と西洋では科学の論理と方法がかなり異なり、近代科学は西欧で誕生した。したがって、科学・技術の社会的機能は西欧の方が大であるから、以下の考察は主に西欧社会になる。
(1)古代
科学・技術は人間の社会的生産活動のなかから、知的欲求に根ざして生まれた。その発展過程で、科学は技術的知識を普遍化し、抽象的理論として体系化され、最初は自然哲学として誕生した。
古代の科学は宗教行事、生産技術、医薬術、暦術などと渾然一体となっていたが、次第に呪術的要素を排除しつつ、合理的知識の体系を整えていった。
科学と技術の分離は古代ギリシア時代からであろう。エジプト、メソポタミアで蓄積された技術的知識が昇華されて科学として分離独立した。(東洋ではこの分離は遅れた。)
自然観:観念論と唯物論的自然観があったが、宗教的自然観が長期にわたり優位にあった。科学も宗教的教義と自然観の支配下にあって、コントロールされていた(中国はやや異なる)。
(2)中世
技術的進歩はあったが、科学の進歩は停滞した。古代の自然哲学(西欧ではアリストテレス自然学)から脱皮し、近代科学誕生の知的準備期であった。
科学の中心はイスラム圏に移り、理論偏重のギリシア科学と実学的東洋科学を融合させたアラビア科学がその役割を果たした。技術の進歩はアラビア以外に、中国、ローマ帝国、西欧で顕著であった。
スコラ哲学(自然学):トマス・アクィナスがアリストテレス体系とキリスト教義を融合し、形而上学的観念論哲学や論理学が栄えた。
二重真理説:神学的真理とは別に自然学的真理は存在しうるという思想が、アラビア科学の中に芽ばえた(アベロイス主義)。キリスト教会からは弾圧されたが、14〜17世紀の半ばにかけて支配的になった。
アリストテレス体系(哲学・自然学)の崩壊:目的論的自然観から機械論的自然観へ
コペルニクス地動説(16世紀)が契機となり、階層的有限宇宙の崩壊から等質な無限宇宙へと、宇宙像が転換した −空間革命。
天上界と地上界の壁は取り除かれ、一つの同質な宇宙に統一された−近代科学への道。
(3) 近代科学(第一科学革命):17世紀終わり頃ニュートン力学を皮切りに実証科学として西欧で成立した。
自然観の転換:目的論的自然観から機械論的、原子論的、数学的自然観へ。これが近代科学の 基礎にある自然観である。やがて力学的自然観が定着した。
科学は神を必要としない論理を築いた:自然の運動原理を自然自体の中に求め、自然の仕組みを 探究するのが科学の目的となる。
宗教からの独立:逆に科学理論は宗教教義へ影響を及ぼすようになった。宗教の社会的権威の低 下は宗教革命である(16世紀キリスト教の宗教改革より影響は大きい)。
信仰の時代から理性の時代へ:思想革命、新しい哲学・倫理の誕生−啓蒙運動の興隆。
科学の社会的機能:科学は一つの制度として社会に定着し、科学者は職業の一つとなる。
科学の目的:自然法則の探究の他に、生活を豊かにし、国力を興隆−F.ベーコン。
第一次産業革命:18世紀〜19世紀にかけて工場制機械工業の導入は、産業の変革と社会構造の変革をもたらし、市民革命とともに近代の幕開けとなった。
この産業革命の特徴:工場制機械化と動力機関の発達、それによるエネルギーの大量利用。物質文明の急進−地球支配−環境破壊の始まり。
(4)現代科学(20世紀の第二科学革命)
物理革命:相対論、量子論の誕生は科学観と自然認識の意味を転換させた−科学の適用限界を認 識した。
自然観の転換:進化的自然観、階層的自然観が現代科学の基礎となった−思想革命。
自然科学の全面的革命:化学(構造の化学)、生物学(物理生物学、分子生物学)、
宇宙物理の質的転換と飛躍的発展へ。
情報科学、コンピュータの誕生:科学・技術の飛躍、情報化社会の誕生。
第二次産業革命:このベースに量子力学とコンピュータの進歩がある。
この産業革命の特徴:エントロピーがキーワード(第1次産業革命ではエネルギー)、 科学と技術の直結。
量子力学:ミクロ科学・技術、ハイテク産業、ナノ技術、
コンピュータ:ロボット、巨大技術、ロケット、通信・輸送手段の発達。
現代科学と第2次産業革命により、情報化社会、グローバル化、宇宙時代の開幕。
物質文化の急速の進展で生活様式と人生観が大きく変化した。
自然支配の思想−地球環境の破壊
原水爆開発競争 人類絶滅の危機を招いた
科学・技術は政治・経済を動かす力を得、国家の権威、国力のシンボルとなった。
物質文化の飛躍的発展、精神文明の遅れは、社会の歪み、人心の荒廃をもたらした。
このような状況をもたらした人類の活動に対する反省の時期に入った。
(5)21世紀(第三科学革命)
「存在の科学」から「発展進化の科学」へ:これまでの物質の存在様式とその運動法則の追究から、物質の能動性(自己組織化、進化)の原理法則の追究へ進展。
自然観:階層的自然観、進化的自然観、数学的自然観を引き継いで、宇宙の進化(物質・ 時空間) と生命の発生・進化の機構に迫る。
進化の科学:宇宙進化、物質進化、生命進化−複雑系の科学。
生命科学:生命の本質の探究、遺伝・発生と生命制御の科学が進む。
認知科学:記憶、思考、心理の解明、脳の科学・「脳を知る」、「脳を作る」、「脳を守る」。
宇宙時代:宇宙基地の建設、月・惑星探査と利用の時代に入った。宇宙空間の汚染に配慮 すべき である。そのためには国家間の競争ではなく国際強調・協力が不可欠である。
「人間とは何か」が科学的に解明され、人生観、価値観の転換が起こるだろう。また社会構造、社会制度の変革も必然的に求められるだろう。
付記: 現在民主党政権は国家予算の無駄を省くために、来年度予算の見直し「仕分け」を行っている。そこで科学研究の予算が大幅に削減・圧縮されようとしている。その処置にたまりかねた大学・研究所の理系研究者は声を大にして反論している。科学者がこのようにこぞって立ち上がるのは珍しいことである(国立大学の独立法人化の時にこれをなすべきであった)。
国・公立大学が独立法人化されてから、自公政権は毎年大学の経常研究費を1%削減し続けてきた。そのために、大学の教育・研究は危機に瀕している。その代わり、重点的プロジェクトに大量の予算をつけた。その課題の選定方法は適正な科学政策に基づくものとは思えなかった。そのため研究予算の不均等配分で、基礎的研究が阻害され圧迫されている。
科学は特別の分野が突出するだけでは、いつかは行き詰まり衰退する。このような研究予算の配分法こそ改めねばならない。実用に直結しないような基礎研究が疎かにされないように、経常研究費や科学研究費を回復すべきである。
一旦遅れたり破壊されたりした文化、特に科学は取り戻すのに大変である。上記の科学・技術の社会的機能の意義はその判断資料となるであろう。
参考文献
1.『東の科学・西の科学』東方出版(1988)、
2.『科学と自然観』東方出版(1995)、
3.「歴史家と科学史家が協力して歴史教科書をつくろう」『日本の科学者』 Vol.44,No.2(200 9)。
歴史は人類の営みの発展推移とその意義を総合的に記述すべきものである。人間の営みは多面的であり、それらは相互に関連しあっている。そのなかで、科学・技術は重要な役割を果たしてきた。
生産力に見合う生産関係が人間社会の下部構造として重要視するのが唯物史観であるが、その生産力を維持発展させてきたのが科学・技術である。また政治、思想文化など上部構造に科学は大きく寄与している。上部構造と下部構造ともに社会の重要な構成要素であり、それらは相互規定的に依存しつつ社会が発展してきたことは否定できないであろう。そのことを思えば、科学・技術を無視してまともな人類の歴史は語れないはずである。それにもかかわらず、これまでに歴史教科書には科学・技術の役割はほとんど無視されてきた。この歴史観の歪みを正す歴史教科書をつくるべきことを以前主張した(2006.9)。
その際は、科学・技術の社会的役割については、ニュートン力学に始まる西欧近代科学を中心に採りあげたので、記述が不十分であった。以下にその補足をする。
科学の社会的機能−科学は文化の一部である
1.精神文明への寄与:自然観、哲学、人生観の形成に不可欠。
2.物質文明への寄与:技術を通して生産力となり物質的な豊かさをもたらす、また自然の脅威から身を守る。
前者1.は上部構造へ、後者2.は下部構造への寄与である。
科学・技術にはその時代と地域の自然観と風土が反映している。それゆえ、東洋と西洋では科学の論理と方法がかなり異なり、近代科学は西欧で誕生した。したがって、科学・技術の社会的機能は西欧の方が大であるから、以下の考察は主に西欧社会になる。
(1)古代
科学・技術は人間の社会的生産活動のなかから、知的欲求に根ざして生まれた。その発展過程で、科学は技術的知識を普遍化し、抽象的理論として体系化され、最初は自然哲学として誕生した。
古代の科学は宗教行事、生産技術、医薬術、暦術などと渾然一体となっていたが、次第に呪術的要素を排除しつつ、合理的知識の体系を整えていった。
科学と技術の分離は古代ギリシア時代からであろう。エジプト、メソポタミアで蓄積された技術的知識が昇華されて科学として分離独立した。(東洋ではこの分離は遅れた。)
自然観:観念論と唯物論的自然観があったが、宗教的自然観が長期にわたり優位にあった。科学も宗教的教義と自然観の支配下にあって、コントロールされていた(中国はやや異なる)。
(2)中世
技術的進歩はあったが、科学の進歩は停滞した。古代の自然哲学(西欧ではアリストテレス自然学)から脱皮し、近代科学誕生の知的準備期であった。
科学の中心はイスラム圏に移り、理論偏重のギリシア科学と実学的東洋科学を融合させたアラビア科学がその役割を果たした。技術の進歩はアラビア以外に、中国、ローマ帝国、西欧で顕著であった。
スコラ哲学(自然学):トマス・アクィナスがアリストテレス体系とキリスト教義を融合し、形而上学的観念論哲学や論理学が栄えた。
二重真理説:神学的真理とは別に自然学的真理は存在しうるという思想が、アラビア科学の中に芽ばえた(アベロイス主義)。キリスト教会からは弾圧されたが、14〜17世紀の半ばにかけて支配的になった。
アリストテレス体系(哲学・自然学)の崩壊:目的論的自然観から機械論的自然観へ
コペルニクス地動説(16世紀)が契機となり、階層的有限宇宙の崩壊から等質な無限宇宙へと、宇宙像が転換した −空間革命。
天上界と地上界の壁は取り除かれ、一つの同質な宇宙に統一された−近代科学への道。
(3) 近代科学(第一科学革命):17世紀終わり頃ニュートン力学を皮切りに実証科学として西欧で成立した。
自然観の転換:目的論的自然観から機械論的、原子論的、数学的自然観へ。これが近代科学の 基礎にある自然観である。やがて力学的自然観が定着した。
科学は神を必要としない論理を築いた:自然の運動原理を自然自体の中に求め、自然の仕組みを 探究するのが科学の目的となる。
宗教からの独立:逆に科学理論は宗教教義へ影響を及ぼすようになった。宗教の社会的権威の低 下は宗教革命である(16世紀キリスト教の宗教改革より影響は大きい)。
信仰の時代から理性の時代へ:思想革命、新しい哲学・倫理の誕生−啓蒙運動の興隆。
科学の社会的機能:科学は一つの制度として社会に定着し、科学者は職業の一つとなる。
科学の目的:自然法則の探究の他に、生活を豊かにし、国力を興隆−F.ベーコン。
第一次産業革命:18世紀〜19世紀にかけて工場制機械工業の導入は、産業の変革と社会構造の変革をもたらし、市民革命とともに近代の幕開けとなった。
この産業革命の特徴:工場制機械化と動力機関の発達、それによるエネルギーの大量利用。物質文明の急進−地球支配−環境破壊の始まり。
(4)現代科学(20世紀の第二科学革命)
物理革命:相対論、量子論の誕生は科学観と自然認識の意味を転換させた−科学の適用限界を認 識した。
自然観の転換:進化的自然観、階層的自然観が現代科学の基礎となった−思想革命。
自然科学の全面的革命:化学(構造の化学)、生物学(物理生物学、分子生物学)、
宇宙物理の質的転換と飛躍的発展へ。
情報科学、コンピュータの誕生:科学・技術の飛躍、情報化社会の誕生。
第二次産業革命:このベースに量子力学とコンピュータの進歩がある。
この産業革命の特徴:エントロピーがキーワード(第1次産業革命ではエネルギー)、 科学と技術の直結。
量子力学:ミクロ科学・技術、ハイテク産業、ナノ技術、
コンピュータ:ロボット、巨大技術、ロケット、通信・輸送手段の発達。
現代科学と第2次産業革命により、情報化社会、グローバル化、宇宙時代の開幕。
物質文化の急速の進展で生活様式と人生観が大きく変化した。
自然支配の思想−地球環境の破壊
原水爆開発競争 人類絶滅の危機を招いた
科学・技術は政治・経済を動かす力を得、国家の権威、国力のシンボルとなった。
物質文化の飛躍的発展、精神文明の遅れは、社会の歪み、人心の荒廃をもたらした。
このような状況をもたらした人類の活動に対する反省の時期に入った。
(5)21世紀(第三科学革命)
「存在の科学」から「発展進化の科学」へ:これまでの物質の存在様式とその運動法則の追究から、物質の能動性(自己組織化、進化)の原理法則の追究へ進展。
自然観:階層的自然観、進化的自然観、数学的自然観を引き継いで、宇宙の進化(物質・ 時空間) と生命の発生・進化の機構に迫る。
進化の科学:宇宙進化、物質進化、生命進化−複雑系の科学。
生命科学:生命の本質の探究、遺伝・発生と生命制御の科学が進む。
認知科学:記憶、思考、心理の解明、脳の科学・「脳を知る」、「脳を作る」、「脳を守る」。
宇宙時代:宇宙基地の建設、月・惑星探査と利用の時代に入った。宇宙空間の汚染に配慮 すべき である。そのためには国家間の競争ではなく国際強調・協力が不可欠である。
「人間とは何か」が科学的に解明され、人生観、価値観の転換が起こるだろう。また社会構造、社会制度の変革も必然的に求められるだろう。
付記: 現在民主党政権は国家予算の無駄を省くために、来年度予算の見直し「仕分け」を行っている。そこで科学研究の予算が大幅に削減・圧縮されようとしている。その処置にたまりかねた大学・研究所の理系研究者は声を大にして反論している。科学者がこのようにこぞって立ち上がるのは珍しいことである(国立大学の独立法人化の時にこれをなすべきであった)。
国・公立大学が独立法人化されてから、自公政権は毎年大学の経常研究費を1%削減し続けてきた。そのために、大学の教育・研究は危機に瀕している。その代わり、重点的プロジェクトに大量の予算をつけた。その課題の選定方法は適正な科学政策に基づくものとは思えなかった。そのため研究予算の不均等配分で、基礎的研究が阻害され圧迫されている。
科学は特別の分野が突出するだけでは、いつかは行き詰まり衰退する。このような研究予算の配分法こそ改めねばならない。実用に直結しないような基礎研究が疎かにされないように、経常研究費や科学研究費を回復すべきである。
一旦遅れたり破壊されたりした文化、特に科学は取り戻すのに大変である。上記の科学・技術の社会的機能の意義はその判断資料となるであろう。
参考文献
1.『東の科学・西の科学』東方出版(1988)、
2.『科学と自然観』東方出版(1995)、
3.「歴史家と科学史家が協力して歴史教科書をつくろう」『日本の科学者』 Vol.44,No.2(200 9)。
「原爆下の本因坊戦」
囲碁を文化と世界平和の使節に!
アメリカ大統領オバマが「核兵器のない世界」を呼び掛け、ノーベル平和賞を受賞しました。この状況は核廃絶運動、世界平和運動を励まし、ちからづけるものです。11月にはオバマ氏が来日する機会に広島・長崎を訪問するようにとの呼び掛けもなされています。
8月に、囲碁雑誌「囲碁梁山泊」の会で、「原爆下の本因坊戦」の話が出ました。このエピソードを、オバマ氏にも知ってもらおうと、彼の来日を機に手紙を書くことになりました。
そこで以下のような手紙を、関西棋院宮本直毅九段と私の連名でホワイトハウスに送りいました。
この手紙がオバマ氏の手に渡るかどうか分かりませんが、私たちの思いを少しでも世界の人々に知ってもらいたいと思います。
この手紙は「碁梁山泊」2009年秋号にも掲載されています。
敬愛するアメリカ大統領バラク・オバマ殿
2009年度ノーベル平和賞受賞おめでとうございます
今年4月にプラハでなされたオバマ大統領の核兵器廃絶に関する講演は人類にとって記念すべきものと思います。
この宣言は原子爆弾の被爆者を初め、核兵器を廃絶して世界平和を望む人々に大きな喜びと希望を与えてくれた歴史的講演と思います。これを機に核兵器廃絶の機運が世界的に一層盛り上がってきました。また、この度のご授賞はこの運動に更なる力を与えることでしょう。
広島の原爆投下は、私たち日本の囲碁ゲーム愛好家にとって忘れられない「原爆と囲碁」について一つの史実があります。ご存じないかと思いますが、それは広島で行われた囲碁のタイトル戦「原爆下の囲碁対局」というものです。(「囲碁」とは盤上でなされる2人ゲームです。ごは数千年前の歴史を有するもので、発祥地は中国ですが、現代の形式は主に日本で整備されました。現在では囲碁はアメリカを含めて世界中に広まっております。囲碁の意義についてこの手紙の最後の脚注をお参照下さい。)
このエピソードは、1945年8月6日に最初の原爆が広島に落とされた時に行われた最も権威ある囲碁タイトル戦に関するものです。この事件は、囲碁を通して世界の人々と手を結び核兵器廃絶と世界平和に役立とうとの強い思いを、このときの対局者に与えました。その意思は日本の囲碁界に広く受け継がれています。以下にその事件の概要をご紹介します。
「原爆下の囲碁対局」のエピソードと、囲碁を世界平和と文化の使節として普及活動をしている人々がいることを、この機会にオバマ大統領にお伝えしたいと思い立ちこの手紙をしたためました。
原爆下の対局
1945年には、日本の敗戦が濃厚でもはや囲碁どころではないという状況でした。当時の唯一の囲碁タイトル戦は「本因坊戦」でした。 囲碁界の重鎮、瀬越憲作は「人類の垣根を越えて、心を交流し、平和を築く、それが囲碁の心であり、道である」と常々強調し実践していました。それゆえ、本因坊戦だけは万難を排してやらねばならぬと準備を進めました。しかし、すでに東京を含めて日本の大都市はほとんど破壊されていましたので、局場を広島市に決めました。
しかし、米軍機による空襲のため、対局者が対局場に会することが困難でした。漸く1945年7月に、タイトル保持者橋本宇太郎本因坊と挑戦者岩本薫、および瀬越ら関係者が広島に集まることができました。
タイトル戦は全部で7局打たれることになっていました。第一局は、7月23,24,25日の3日間で行われ、岩本の勝ちでした。この間、米軍艦載機が市内を機銃掃射し、対局場の屋根も壊れるほどの危険な状態でしたが、対局者も観戦者も防空壕に避難することなく、この対局を打ち終わったそうです。
第2局目は8月4,5,6日の3日間でしたが、広島市内は危険なので郊外に対局場を移して行われました。ここも安全とは言えませんでした。ここで原爆にあったのです。
そのときの記録:対局3日目の6日の朝、8時過ぎ、空襲警報も解除されたので、始めようと前日までの手順に従い石を並べた。その時、空に一機の米軍機。落下傘が高い空からきらきらと光りながら降りてくと、ピカッと閃光が広がった。写真を撮るためのマグネシウムをたいたように対局場が真っ白になった。そのうちに、広島の上空に入道雲のようなものがむくむくと持ち上がり、異様な物音が轟々と迫ってくるようだ。あっという間に爆風が対局の部屋に突っ込んできた。気がついてみると、橋本は庭の芝生に突っ立ていた。瀬越は畳の上に茫然と座り込み、岩本は碁盤の上にうつ伏せになっていた。窓ガラスもなにもかも吹き飛がされていた。しばらくして、部屋を取り片づけ、午後になってから囲碁を再開し、橋本の勝ちとなった。( 第3局目以降は当然中止になりました。)
大変な爆弾らしいということは想像できたが、広島市内の様子はまだ判っていない。 囲碁が終わった頃、対局場の前を原爆で傷ついた被災者たちがぼろぼろに焼けただれた衣服で通り始めた。その有様は時間とともにひどくなり、地獄絵と化していきました。広島市内の被害は筆舌に尽くしがたい残酷な状況であったことは改めて言うまでもないでしょう。対局場は爆心地から10キロメートルほど離れていたので、対局者や瀬越は奇跡的に命拾いをしました。
囲碁を通して世界に人の和を、そして平和を!
これ以降、岩本薫の人生観は変わりました。彼はいっぺん死んだのだ、そのつもりでこれから囲碁界のために尽くそうと決心したそうです。その通り岩本は、私財を投じてまで海外各国に囲碁センターをつぎつぎ建設し、囲碁普及を通して世界平和へ貢献するという瀬越憲作の情熱を受け継いで一生を捧げたのでした。 また、橋本宇太郎も「囲碁は平和のための使節です。世界平和には碁が一番いいと信じます。だから平和の時代に囲碁は最も盛んになるし、その逆でもあります」と常々言っていました。
「原爆と囲碁」の奇しき因縁は、「囲碁と平和」を一層強く結びつけたように思えます。
囲碁は単なるゲームではない、「一種の文化である」といわれています。「文化としての囲碁」には、礼儀を重んじ、人々の和を作り、創造的智を磨くことで立派な人格を育成するという意味が込められています。囲碁が神秘的なゲームであることだけでなく、なにか奥深い哲理を含み、しかも人間同士の心が言葉なくても交流しあうという不思議な親和力をもっているからでもあります。
今では囲碁が国際的に普及し「世界的ゲーム」になったので、囲碁を通して人の和を造り世界平和の基礎を築くことに貢献することができるでしょう。瀬越憲作の意思を受け継いで、囲碁を世界平和に活かそうという気持ちは、日本の囲碁界に今も強く引き継がれています。
核兵器廃絶と世界平和を強く希求する日本の囲碁愛好家の強い思いをお汲み取り頂くようお願い致します。
敬具
2009年10月16日
菅野禮司
理論物理学専攻
大阪市立大学名誉教授
宮本直毅
関西棋院理事 棋士9段
「注:囲碁とは」
囲碁は19×19路の盤面に黒石と白石を1個ずつ交互に置いてゆき、囲んだ地の大きさを競うゲームです。
囲碁は別の名を「手談」ともいいます。「手談」とは、言葉は通じなくとも、対局者が碁盤の上に黒石と白石を交互に一手ずつ打つことにより、自らの意思と相手の意図を互いに読み取ることで心が通じ合う、というところから生まれた素晴らしい呼び名です。
また、他のゲームにはない囲碁の特徴は、盤面には何もない無の状態から始めて、2人が交互に石を置きながら一つの宇宙(新世界)を作り上げていく構築型のゲームということです。
囲碁は本来「地を分かち合う」ゲームであるとみることができます。地は全部で361路と決まっています。その地を奪い合うのでなく分かち合うゲームならば、調和(バランス)が自然の姿となります。だから囲碁の本質は平和主義なのです。
囲碁を文化と世界平和の使節に!
アメリカ大統領オバマが「核兵器のない世界」を呼び掛け、ノーベル平和賞を受賞しました。この状況は核廃絶運動、世界平和運動を励まし、ちからづけるものです。11月にはオバマ氏が来日する機会に広島・長崎を訪問するようにとの呼び掛けもなされています。
8月に、囲碁雑誌「囲碁梁山泊」の会で、「原爆下の本因坊戦」の話が出ました。このエピソードを、オバマ氏にも知ってもらおうと、彼の来日を機に手紙を書くことになりました。
そこで以下のような手紙を、関西棋院宮本直毅九段と私の連名でホワイトハウスに送りいました。
この手紙がオバマ氏の手に渡るかどうか分かりませんが、私たちの思いを少しでも世界の人々に知ってもらいたいと思います。
この手紙は「碁梁山泊」2009年秋号にも掲載されています。
敬愛するアメリカ大統領バラク・オバマ殿
2009年度ノーベル平和賞受賞おめでとうございます
今年4月にプラハでなされたオバマ大統領の核兵器廃絶に関する講演は人類にとって記念すべきものと思います。
この宣言は原子爆弾の被爆者を初め、核兵器を廃絶して世界平和を望む人々に大きな喜びと希望を与えてくれた歴史的講演と思います。これを機に核兵器廃絶の機運が世界的に一層盛り上がってきました。また、この度のご授賞はこの運動に更なる力を与えることでしょう。
広島の原爆投下は、私たち日本の囲碁ゲーム愛好家にとって忘れられない「原爆と囲碁」について一つの史実があります。ご存じないかと思いますが、それは広島で行われた囲碁のタイトル戦「原爆下の囲碁対局」というものです。(「囲碁」とは盤上でなされる2人ゲームです。ごは数千年前の歴史を有するもので、発祥地は中国ですが、現代の形式は主に日本で整備されました。現在では囲碁はアメリカを含めて世界中に広まっております。囲碁の意義についてこの手紙の最後の脚注をお参照下さい。)
このエピソードは、1945年8月6日に最初の原爆が広島に落とされた時に行われた最も権威ある囲碁タイトル戦に関するものです。この事件は、囲碁を通して世界の人々と手を結び核兵器廃絶と世界平和に役立とうとの強い思いを、このときの対局者に与えました。その意思は日本の囲碁界に広く受け継がれています。以下にその事件の概要をご紹介します。
「原爆下の囲碁対局」のエピソードと、囲碁を世界平和と文化の使節として普及活動をしている人々がいることを、この機会にオバマ大統領にお伝えしたいと思い立ちこの手紙をしたためました。
原爆下の対局
1945年には、日本の敗戦が濃厚でもはや囲碁どころではないという状況でした。当時の唯一の囲碁タイトル戦は「本因坊戦」でした。 囲碁界の重鎮、瀬越憲作は「人類の垣根を越えて、心を交流し、平和を築く、それが囲碁の心であり、道である」と常々強調し実践していました。それゆえ、本因坊戦だけは万難を排してやらねばならぬと準備を進めました。しかし、すでに東京を含めて日本の大都市はほとんど破壊されていましたので、局場を広島市に決めました。
しかし、米軍機による空襲のため、対局者が対局場に会することが困難でした。漸く1945年7月に、タイトル保持者橋本宇太郎本因坊と挑戦者岩本薫、および瀬越ら関係者が広島に集まることができました。
タイトル戦は全部で7局打たれることになっていました。第一局は、7月23,24,25日の3日間で行われ、岩本の勝ちでした。この間、米軍艦載機が市内を機銃掃射し、対局場の屋根も壊れるほどの危険な状態でしたが、対局者も観戦者も防空壕に避難することなく、この対局を打ち終わったそうです。
第2局目は8月4,5,6日の3日間でしたが、広島市内は危険なので郊外に対局場を移して行われました。ここも安全とは言えませんでした。ここで原爆にあったのです。
そのときの記録:対局3日目の6日の朝、8時過ぎ、空襲警報も解除されたので、始めようと前日までの手順に従い石を並べた。その時、空に一機の米軍機。落下傘が高い空からきらきらと光りながら降りてくと、ピカッと閃光が広がった。写真を撮るためのマグネシウムをたいたように対局場が真っ白になった。そのうちに、広島の上空に入道雲のようなものがむくむくと持ち上がり、異様な物音が轟々と迫ってくるようだ。あっという間に爆風が対局の部屋に突っ込んできた。気がついてみると、橋本は庭の芝生に突っ立ていた。瀬越は畳の上に茫然と座り込み、岩本は碁盤の上にうつ伏せになっていた。窓ガラスもなにもかも吹き飛がされていた。しばらくして、部屋を取り片づけ、午後になってから囲碁を再開し、橋本の勝ちとなった。( 第3局目以降は当然中止になりました。)
大変な爆弾らしいということは想像できたが、広島市内の様子はまだ判っていない。 囲碁が終わった頃、対局場の前を原爆で傷ついた被災者たちがぼろぼろに焼けただれた衣服で通り始めた。その有様は時間とともにひどくなり、地獄絵と化していきました。広島市内の被害は筆舌に尽くしがたい残酷な状況であったことは改めて言うまでもないでしょう。対局場は爆心地から10キロメートルほど離れていたので、対局者や瀬越は奇跡的に命拾いをしました。
囲碁を通して世界に人の和を、そして平和を!
これ以降、岩本薫の人生観は変わりました。彼はいっぺん死んだのだ、そのつもりでこれから囲碁界のために尽くそうと決心したそうです。その通り岩本は、私財を投じてまで海外各国に囲碁センターをつぎつぎ建設し、囲碁普及を通して世界平和へ貢献するという瀬越憲作の情熱を受け継いで一生を捧げたのでした。 また、橋本宇太郎も「囲碁は平和のための使節です。世界平和には碁が一番いいと信じます。だから平和の時代に囲碁は最も盛んになるし、その逆でもあります」と常々言っていました。
「原爆と囲碁」の奇しき因縁は、「囲碁と平和」を一層強く結びつけたように思えます。
囲碁は単なるゲームではない、「一種の文化である」といわれています。「文化としての囲碁」には、礼儀を重んじ、人々の和を作り、創造的智を磨くことで立派な人格を育成するという意味が込められています。囲碁が神秘的なゲームであることだけでなく、なにか奥深い哲理を含み、しかも人間同士の心が言葉なくても交流しあうという不思議な親和力をもっているからでもあります。
今では囲碁が国際的に普及し「世界的ゲーム」になったので、囲碁を通して人の和を造り世界平和の基礎を築くことに貢献することができるでしょう。瀬越憲作の意思を受け継いで、囲碁を世界平和に活かそうという気持ちは、日本の囲碁界に今も強く引き継がれています。
核兵器廃絶と世界平和を強く希求する日本の囲碁愛好家の強い思いをお汲み取り頂くようお願い致します。
敬具
2009年10月16日
菅野禮司
理論物理学専攻
大阪市立大学名誉教授
宮本直毅
関西棋院理事 棋士9段
「注:囲碁とは」
囲碁は19×19路の盤面に黒石と白石を1個ずつ交互に置いてゆき、囲んだ地の大きさを競うゲームです。
囲碁は別の名を「手談」ともいいます。「手談」とは、言葉は通じなくとも、対局者が碁盤の上に黒石と白石を交互に一手ずつ打つことにより、自らの意思と相手の意図を互いに読み取ることで心が通じ合う、というところから生まれた素晴らしい呼び名です。
また、他のゲームにはない囲碁の特徴は、盤面には何もない無の状態から始めて、2人が交互に石を置きながら一つの宇宙(新世界)を作り上げていく構築型のゲームということです。
囲碁は本来「地を分かち合う」ゲームであるとみることができます。地は全部で361路と決まっています。その地を奪い合うのでなく分かち合うゲームならば、調和(バランス)が自然の姿となります。だから囲碁の本質は平和主義なのです。
新政権に期待したい
民主党中心の3党連立の新政権が誕生して、大げさに言えば日本の空気が一変したような気がする。
新政権は、内政で次々に新機軸を打ち出して、日本の悪い政治体制を打ち破ろうとの気概が見える。この政権交代は日本の「政治構造革命」ともいえるだろう。
新たな試みには多少の行き過ぎや失敗はつきものであるが、経験を生かしつつ常に軌道修正してよりよい道を切り開いて行くことを期待したい。それには、情報公開と民意に真摯に耳を傾けることが不可欠である。新政府の意気込みを潰さないように私たちは支持して行くべきだ。国民も心機一転して新たな日本を築く時がきたように思う。
外交面でも、国連やG20などでの鳩山首相の演説は、やっと日本の存在感を世界にアピールできた素晴らしいものといえるだろう。首相は自らの信念に基づく考えを自らの言葉で訴えていることが伝わってきた。これまでの日本の首相・閣僚の演説にはなかった哲学や理念が鳩山演説にはあった。戦後、日本の政治・経済には哲学がないとよく言われてきたが、それを一転したように思う。
首相は環境問題ではCO2の25%削減目標を約束し、核兵器廃絶運動ではオバマ大統領と共に先頭に立つと宣言した。唯一の原爆の被爆国日本と核兵器を実戦で使用したアメリカの両首脳が核廃絶に向けて共に世界に呼び掛けた意義は非常に大きい。
戦後の日本の政治には外交はなかったといわれてきた。ただアメリカの言うなりに、アメリカの代弁者として行動しするだけであった。「アメリカと対等の立場」で話をしたいという鳩山首相(当時党総裁)の意思は、むしろ当然の発言のはずである。それに対してアメリカの一部から、反米的だと驚きの声がでた。自民党政権がこれまであまりにも従属的過ぎたので、日本とはそういう国だと錯覚していたためであろう。ところが日本のマスコミはその鳩山批判を取りあげて、鳩山発言は行き過ぎであるかのように避難の口調で騒いだ。「対等に話し合う」と言うのは当然のことなのに、これまでの日本の姿勢がひどすぎたために反米と誤解したアメリカ人から反論された。それなのに、その批判に慌てたのか、鳩山発言に矛先を向けたマスコミと一部識者の発言を苦々しく感じた。そこまで植民地根性が日本人に染みついたのかと嘆かわしかった。
でも、マスコミの心配は杞憂であったようである。幸いに、首相とオバマ大統領との会談では信頼関係が築かれたそうである。信頼に基づく対等で友好的日米関係が築かれることを期待したい。
これから日本は、外交面でも世界的に活躍するだろう。この姿勢を続けて世界をリードするようになってもらいたい。経済的発展だけでなく政治的なリーダーシップを発揮すれば、日本人はもっと誇りをもって世界で活躍できるだろう。
民主党中心の3党連立の新政権が誕生して、大げさに言えば日本の空気が一変したような気がする。
新政権は、内政で次々に新機軸を打ち出して、日本の悪い政治体制を打ち破ろうとの気概が見える。この政権交代は日本の「政治構造革命」ともいえるだろう。
新たな試みには多少の行き過ぎや失敗はつきものであるが、経験を生かしつつ常に軌道修正してよりよい道を切り開いて行くことを期待したい。それには、情報公開と民意に真摯に耳を傾けることが不可欠である。新政府の意気込みを潰さないように私たちは支持して行くべきだ。国民も心機一転して新たな日本を築く時がきたように思う。
外交面でも、国連やG20などでの鳩山首相の演説は、やっと日本の存在感を世界にアピールできた素晴らしいものといえるだろう。首相は自らの信念に基づく考えを自らの言葉で訴えていることが伝わってきた。これまでの日本の首相・閣僚の演説にはなかった哲学や理念が鳩山演説にはあった。戦後、日本の政治・経済には哲学がないとよく言われてきたが、それを一転したように思う。
首相は環境問題ではCO2の25%削減目標を約束し、核兵器廃絶運動ではオバマ大統領と共に先頭に立つと宣言した。唯一の原爆の被爆国日本と核兵器を実戦で使用したアメリカの両首脳が核廃絶に向けて共に世界に呼び掛けた意義は非常に大きい。
戦後の日本の政治には外交はなかったといわれてきた。ただアメリカの言うなりに、アメリカの代弁者として行動しするだけであった。「アメリカと対等の立場」で話をしたいという鳩山首相(当時党総裁)の意思は、むしろ当然の発言のはずである。それに対してアメリカの一部から、反米的だと驚きの声がでた。自民党政権がこれまであまりにも従属的過ぎたので、日本とはそういう国だと錯覚していたためであろう。ところが日本のマスコミはその鳩山批判を取りあげて、鳩山発言は行き過ぎであるかのように避難の口調で騒いだ。「対等に話し合う」と言うのは当然のことなのに、これまでの日本の姿勢がひどすぎたために反米と誤解したアメリカ人から反論された。それなのに、その批判に慌てたのか、鳩山発言に矛先を向けたマスコミと一部識者の発言を苦々しく感じた。そこまで植民地根性が日本人に染みついたのかと嘆かわしかった。
でも、マスコミの心配は杞憂であったようである。幸いに、首相とオバマ大統領との会談では信頼関係が築かれたそうである。信頼に基づく対等で友好的日米関係が築かれることを期待したい。
これから日本は、外交面でも世界的に活躍するだろう。この姿勢を続けて世界をリードするようになってもらいたい。経済的発展だけでなく政治的なリーダーシップを発揮すれば、日本人はもっと誇りをもって世界で活躍できるだろう。
政権交代で閉塞感から脱し明るさが見えてきた
やっと民主党鳩山内閣が発足した。長かった自民・公明政権は国民の上にのしかかり、閉塞感が続いていたが、これで重い天井がはずれて少し明るくなったような気がする。
鳩山政権にそれほど多くの期待は掛けないが、閉塞感から脱して先の見通しが少しは効くようになった。夜が明けたとはいえないが、大分明るくなった。
今まで、国民は「見させず、言わせず、聞かせず」のつんぼ桟敷におかれていたが、これからはかなりの情報が公開されてくるだろう。そうすれば私たちも自分で考える気も起こる。
鳩山首相と閣僚は、国民に向かってものを言い、アメリカや世界に向かって日本の考えを主張する姿勢が見える。環境問題、世界経済、国連などで、日本の存在を認めさせようとの気概が感じられる。
国内には、取りあえず解決して欲しい諸問題が山積しているし、予算の裏付けにもいろいろ困難はあるであろうが、是非この姿勢を続けて頑張って欲しい。 長い自民・公明政権の枠組を改革し、歪みを正すには時間がかかるが、急がず着実に進めて欲しい。
密約外交、政府・官僚の秘密情報を洗いざらい明るみにだしてもらいたい。そうすれば、これまでの政治がいかにひどかったかを知り、長期政権の弊害が判るであろう。それは日本の国民にとって政治に関する最大の勉強になるだろう。
政治の信頼は、まず国民に向けての情報公開である。一度隠し事や嘘をつくと次々にその上塗りをするようになる。開かれた政府なら必ず国民と共に考え行動せざるをえないから、長く支持される。
民主党は、官僚支配の政治から、政府主導の政治に転換することを最大の目標に掲げてきた。官僚の横暴を抑え、特に天下りの弊害を正して欲しい。それには国民の強い支持が必要であろう。
官僚支配を脱するためには是非とも必要なことの中に、政府や官庁の各種審議会、委員会、公聴会などの委員の人選を官僚に任せずに、公開して国民に推薦させることであると思う。役人のお膳立てプランを承認するための形式的審議会や委員会でなく、国民の意思を正しく反映できるものにするには、人選が一番大事である。国民と共に政治をするとはこういうことであろう。
やっと民主党鳩山内閣が発足した。長かった自民・公明政権は国民の上にのしかかり、閉塞感が続いていたが、これで重い天井がはずれて少し明るくなったような気がする。
鳩山政権にそれほど多くの期待は掛けないが、閉塞感から脱して先の見通しが少しは効くようになった。夜が明けたとはいえないが、大分明るくなった。
今まで、国民は「見させず、言わせず、聞かせず」のつんぼ桟敷におかれていたが、これからはかなりの情報が公開されてくるだろう。そうすれば私たちも自分で考える気も起こる。
鳩山首相と閣僚は、国民に向かってものを言い、アメリカや世界に向かって日本の考えを主張する姿勢が見える。環境問題、世界経済、国連などで、日本の存在を認めさせようとの気概が感じられる。
国内には、取りあえず解決して欲しい諸問題が山積しているし、予算の裏付けにもいろいろ困難はあるであろうが、是非この姿勢を続けて頑張って欲しい。 長い自民・公明政権の枠組を改革し、歪みを正すには時間がかかるが、急がず着実に進めて欲しい。
密約外交、政府・官僚の秘密情報を洗いざらい明るみにだしてもらいたい。そうすれば、これまでの政治がいかにひどかったかを知り、長期政権の弊害が判るであろう。それは日本の国民にとって政治に関する最大の勉強になるだろう。
政治の信頼は、まず国民に向けての情報公開である。一度隠し事や嘘をつくと次々にその上塗りをするようになる。開かれた政府なら必ず国民と共に考え行動せざるをえないから、長く支持される。
民主党は、官僚支配の政治から、政府主導の政治に転換することを最大の目標に掲げてきた。官僚の横暴を抑え、特に天下りの弊害を正して欲しい。それには国民の強い支持が必要であろう。
官僚支配を脱するためには是非とも必要なことの中に、政府や官庁の各種審議会、委員会、公聴会などの委員の人選を官僚に任せずに、公開して国民に推薦させることであると思う。役人のお膳立てプランを承認するための形式的審議会や委員会でなく、国民の意思を正しく反映できるものにするには、人選が一番大事である。国民と共に政治をするとはこういうことであろう。
やっと政権は交代したが・・
今度の総選挙でやっと政権交代が実現した。長かった自公政権、特に自民党への国民の怒りが爆発した。これで、無策、腐敗、政官財の癒着、隠蔽体質の自民党政権が崩壊して、少しは風通しのよい政治が始まるだろう。民主党政権は、長年溜まった澱、腐敗の膿を全て白日のもとに曝して欲しい。そして、国民に軸足を置いた政治を希望する。
それにしても、民主党の308議席は、先の小泉郵政選挙の振り子が逆に触れたようなもので、国民の憤懣が爆発したとはいえ、ムードに流される危険性を感ずる人は多いであろう。
自民党政権に飽きた国民は、前々回の選挙のとき、小泉氏の「自民党をぶっ壊す」という言葉に引かれて、世論は絶対的高支持率を示した。このあとの小泉批判を許さない熱狂的ファンとムードを、小泉政権の体質を見抜いた人たちは苦々しく思っていた。
次の「小泉郵政選挙」のときは郵政民営化のマイナス面に気づかず、歯止めなき無差別の民営化政策の危険性を見ずに、自公に2/3絶対多数を与えた。このときも、小泉首相のキャッチフレーズに騙され、刺客候補などという目くらまし戦術に引っ掛かった。これにはマスコミの責任と罪は非常に
大きい。
せめてこの時の選挙で、小泉構造改革の危険性に国民が気づいていたら、これ程格差のひどい社会にならず、地獄を見る人たちがこれ程増大しなかったろう。そして、2/3絶対多数の自公政権でなければ、議会解散をだらだら引き延ばすこともなく、政権交代は早く起こっていたろう。
今度の選挙では、反自公の反動で民主党の圧勝であったが、これも行き過ぎと思う。もっと少数健全野党も延ばすべきであった。2大政党では少数弱者の声を聞き逃し、汲み上げられない。今の日本の2大政党性は欺瞞的であるように思う。適時の政権交代はよいが、民主主義が正しく機能するためにはご意見番的な中間政党がやはり必要である。
現代は価値観の多様化社会といわれるが、小選挙区制はこれに逆行する制度であろう。小選挙区制は2大政党制に都合がよいが、真っ当な少数批判者の声は切り捨てられがちでる。
まして、比例区定数を大幅削減するという民主党の主張は絶対認めるべきではない。小選挙区制は「無か全かアールオアナッシング」2者択一の○x式である。クイズの2択問題ではない、大事な選挙では多様な考えが反映される中選挙区制度にもどすべきである。
○x式教育の弊害はもう試験済みであるのに、国の根幹を決める総選挙制度が2者択一式では困る。 ○x式教育によって現象的・即物的判断に慣らされ、さらに興味本位の断片的・表面的情報に満ちた今の情報化社会の流れを助長するものであろう。
今度の総選挙でやっと政権交代が実現した。長かった自公政権、特に自民党への国民の怒りが爆発した。これで、無策、腐敗、政官財の癒着、隠蔽体質の自民党政権が崩壊して、少しは風通しのよい政治が始まるだろう。民主党政権は、長年溜まった澱、腐敗の膿を全て白日のもとに曝して欲しい。そして、国民に軸足を置いた政治を希望する。
それにしても、民主党の308議席は、先の小泉郵政選挙の振り子が逆に触れたようなもので、国民の憤懣が爆発したとはいえ、ムードに流される危険性を感ずる人は多いであろう。
自民党政権に飽きた国民は、前々回の選挙のとき、小泉氏の「自民党をぶっ壊す」という言葉に引かれて、世論は絶対的高支持率を示した。このあとの小泉批判を許さない熱狂的ファンとムードを、小泉政権の体質を見抜いた人たちは苦々しく思っていた。
次の「小泉郵政選挙」のときは郵政民営化のマイナス面に気づかず、歯止めなき無差別の民営化政策の危険性を見ずに、自公に2/3絶対多数を与えた。このときも、小泉首相のキャッチフレーズに騙され、刺客候補などという目くらまし戦術に引っ掛かった。これにはマスコミの責任と罪は非常に
大きい。
せめてこの時の選挙で、小泉構造改革の危険性に国民が気づいていたら、これ程格差のひどい社会にならず、地獄を見る人たちがこれ程増大しなかったろう。そして、2/3絶対多数の自公政権でなければ、議会解散をだらだら引き延ばすこともなく、政権交代は早く起こっていたろう。
今度の選挙では、反自公の反動で民主党の圧勝であったが、これも行き過ぎと思う。もっと少数健全野党も延ばすべきであった。2大政党では少数弱者の声を聞き逃し、汲み上げられない。今の日本の2大政党性は欺瞞的であるように思う。適時の政権交代はよいが、民主主義が正しく機能するためにはご意見番的な中間政党がやはり必要である。
現代は価値観の多様化社会といわれるが、小選挙区制はこれに逆行する制度であろう。小選挙区制は2大政党制に都合がよいが、真っ当な少数批判者の声は切り捨てられがちでる。
まして、比例区定数を大幅削減するという民主党の主張は絶対認めるべきではない。小選挙区制は「無か全かアールオアナッシング」2者択一の○x式である。クイズの2択問題ではない、大事な選挙では多様な考えが反映される中選挙区制度にもどすべきである。
○x式教育の弊害はもう試験済みであるのに、国の根幹を決める総選挙制度が2者択一式では困る。 ○x式教育によって現象的・即物的判断に慣らされ、さらに興味本位の断片的・表面的情報に満ちた今の情報化社会の流れを助長するものであろう。
