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慇懃無礼とはこのこと
慇懃無礼とはこのこと

 7月24,25日の国会予算委員会での集中審議で,安倍首相と「加計学園」の関係を中心に質疑、答弁がなされた。
安倍首相のこれまでの威丈高で横柄な言動に対する強い批判に対し「反省」の謝罪があった。その後の姿勢は丁重であった。
しかし、「丁寧な説明」をするとの言明とは裏腹で、以然として加計問題との関係を一切否定する事に終始した。官邸官僚の証言もすべて、真実を隠していると思われる返答ばかり。安倍首相を中心に一丸となって、真実隠蔽に躍起になっているとしか見えない。

 安倍首相の「反省」も口先だけで、その姿勢はまさに「慇懃無礼」というべきだろう。 これで支持率はさらに下がるだろう。

 それにしても、自衛隊のPKO活動「日報」についての稲田防衛相の姿勢は、最早見るに堪えないほどである。その忍耐力には驚嘆するばかり。 これまで度重なる失言、虚偽答弁の度に、稲田防衛相はテレビ会見にさらされ叩かれてきた。それでも辞任せずに椅子にかじり付いていられる神経は尋常ではない。普通の人間なら、耐えられず辞任するだろうに。
 これほど大臣の資質に欠ける稲田氏を庇い罷免しない安倍首相は何を考えているのだろうか。何か裏に特別の理由があるのだろうか

 野党が要求する証人を呼んで、更なる追求をし、少しでも真実を明らかにして欲しい。
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安倍首相の国会証言
安倍首相の国会証言
  -ついに追い詰めた世論の力-  

 安倍政権の引き起こした一連の不詳事件を、きちんと説明せよとの世論に追い詰められて、安倍首相は遂に国会での集中審議に応じて、説明と証言をせざるをえなくなった。

 世論調査でも、内閣支持率は30%を割り、不支持の最大の理由は「安倍首相は信用できない」である。国民は漸く安倍晋三氏の「巧言令色」と嘘の強弁を見抜いた。
  安倍首相だけでなく、昭恵夫人、内閣補佐官など「森友」「加計」問題の関係者を証人として呼び出すべきである。

 今度の国会で正すべき問題は、「加計学園」の問題ばかりではない。「森友学園」に係わる安倍夫妻の対応、近畿財務局長の国会答弁と栄転人事なども追求すべきである。

 だが、それらよりも大きな問題は、安倍内閣の独裁的強行行政である。憲法を無視した「安保法制」の強行、世論と国会法を無視してまで強行採決した「共謀罪」などは、国会無視、民主主義の否定である。親しい側近を大臣に取り立て、失言を繰り返し、国会では無知無能をさらけ出しても庇って罷免させない姿勢は、政権の私物化である。
 菅官房長官の、真実を隠し「木で鼻を括った」ような、国民を馬鹿にした答弁も許し難い。

安倍首相は、これまで何度も、事あるごとに「きちんと説明する」 、「誠意を持って対応する」といってきたが、「頬被り」と「言い逃れ」に終始してきた。 

これらのことを全部取り上げて、今度こそ安倍内閣の奢りと安倍首相の不信を、国民の前に明らかにしてもらいたい。
遂に下った安倍政権への鉄槌
遂に下った安倍政権への鉄槌

 安倍政権の独裁政治と政権私物化に我慢できず、遂に東京の山が地滑りを起こし、秋葉原に竜巻旋風が巻き上がった。東京都議会選挙は自民党の惨敗に終わった。この都議会議員選挙は、国民の怒りを、この機会に東京都民が代表して爆発させた結果である。 これで少し溜飲が下がった。
 安倍首相は巧言令色によって実行性のない人気取り政策を次々に打ち出して、国民を欺いてきたが、やっとその嘘と危険性に国民は気づいたからである。

 森友学園・加計学園問題、無能無知の金田法務相と稲田防衛相を庇護、下村元文科相と加計学園との癒着など次々と不信事件が続いた。国会法を無視したような強行採決で「共謀罪」を成立させるなど、世界中の顰蹙を買った。安倍政権の存続を許したのでは、日本人の品格が問われる。

ここで、さらに安倍首相と内閣の横暴と不正を追及して、総辞職に追い込まねばならない

追記:財務省の佐川宣寿・理財局長が国税庁長官となる「栄転」人事を政府がが発表した。「森友学園」への国有地売却を巡り、国会で事実確認を拒み続けてきた佐川氏への褒美ではないか。 本来は国有財産管理ミスで罰せられるはずの人間が「栄転」である。
 安倍首相は都議選大敗で深く反省しているといったのは、何時もの口先だけのポーズに過ぎないことはこの一つでもって明白。
 徹底的に追及の手を緩めてはならない。


奢る安倍首相を懲らしめるために、佐川宣寿の国税庁長官就任に反対する全国コールを至急始めよう。 インターネットで次々に呼びかけ、広めよう。
人間の思惟形式と囲碁AIについてI.
人間の思惟形式と囲碁AIについてI.

I.囲碁AIは自己の行動の「意味」を理解できたか
 囲碁ソフトAlphaGoが世界のトップ棋士李セドルに圧勝して世界をあっと言わせてから、一年も経っていないのに、深層学習
(Deep Learning)を取り入れた囲碁ソフトがいくつか開発された。日本で開発された DeepZenGo が活躍している。
 最近ネット碁でAlphaGo の進化版として、ハンドルネーム「Master」がトップ棋士を相手に無敵の強さを発揮したことが大きなニュースになった。
今やプロ棋士たちは囲碁AIの打った新手を真似るだけでなく、囲碁の考え方まで再考を促されていると聞く。囲碁理論の革命が始まっている。

 これまでの囲碁AIの開発研究は、人間の開発した定石や膨大な人間の打ち碁棋譜をひたすら記録し、そのデータを基に深層学習法によって帰納的に法則性を学習するというものであった。しかし、最早その域を超えて、自らの着手を編み出していると、囲碁AIに詳しいプロ棋士(大橋拓文六段)が解説している。それ以前は、プロ棋士には思いつかない着手、打てない(疑問手とされた)着手によってAIが勝ったので驚かされた。だが、Master の対局棋譜では、プロ棋士が感心させられる素晴らしい手が度々打たれているそうだ。もう棋士の棋譜から学ぶのではなく「人間の棋譜を介さずに、AI独自の強化学習で飛躍的な棋力の向上を試みているように思える。」(朝日新聞2月2日夕刊)。

 ここまでくると、AIは単なる学習を超えて質的進化を遂げているのではないかと想像される。なぜならば、AIは人間の棋譜(1次情報)を基に深層学習によって、ある程度高いレベルの法則性を帰納的に自ら編みだし、新データ(2次情報)として蓄積しているはずだ。そのいろいろな新データの蓄積量がある閾値を超えると、それら2次情報を組み合わせた着手を打つようになるはずである。すると前に入力されたデータ(1次情報)から離れだす。すなわち2次情報をもとに自ら深層学習をするようになる。そのように「進化」したAI同士で何万、何十万局も対局を重ねれば、人間の棋譜に頼らないAI独自の新囲碁理論(法則性、情勢判断、新定石、着手の評価法)を編み出すこともできるだろう。AIの囲碁ソフトはその域に達したのではなかろうか。モンテカルロ法には理論は必要なかったが、この2次情報とそれの組み合わせたレベルのAIはモンテカルロ法を超えて、自らの囲碁理論を編み出していると想像される。

 このようなAIの評価に対して異論がでる。AIの評価の仕方として指摘されることは、いかにAIの機能が進歩しゲームで人間に勝てるからといっても、また人間相手に(ロボットが)上手く応対できたとしても、AIには「自分の行動の意味が分かってない(理解していない)」ということである。言い替えれば、自らの行動(着手)の理由を説明できないというわけである。
 
 では「意味が分かる」とはいかなることなのであろうか。そもそも「意識とは何か」がまだよく分かっていないから、そこに立ち返って考察を進める必要がある。
 生物のごく初歩的な意識は、少なくとも次のように規定できるだろう。最初に発生した原始的意識とは、生物発生から間もない進化初期の生物が無意識的行動(食物摂取、光に対する反応など)を繰り返すうちに、徐々に芽生えた目的達成のための物理・化学的機能といえるであろう。
 すなわち、意識とは「物質の高度な組織系が目的を持って行動する物理・化学的運動機能」の発達したものと見るならば、「意識」とは、(生物の原始的意識も含めて)一つの物質系がある目的(餌を採るなど)を達成するための行動に際して、その内部に蓄積した情報を組織的に活用する内的機能(行動の起動因)といってよいだろう
。ただし、原始的意識の発生過程で、どこからが「意識」といえるか明確に定めることは今のところ難しい。

  もしこのように意識を定義できるならば、囲碁AI (Master) も「自己の行動の意味を理解する」という「意識」を持つたといえるだろう。その理由は以下の通り。
 囲碁AIは、最初のうちは人為的に仕込まれた定石、手筋、攻め合いや、棋譜のデータ(1次情報)を基に、深層学習によって学んだ着手を繰り返していただろう。だが、それら初期データ(1次情報)を基に習得したものなかには、帰納的にえられた規則性や法則的なものがあるだろう。それらの新データは1次情報にはなかった、より高度の2次情報である。この段階で、2次情報は1次情報という人為的レベルから、離れつつあるといえるだろう。
 その2次情報の蓄積量がある閾値(臨界量)を超えると、AIはその2次情報から独自に囲碁に勝つための高次の学習を始めるようになるだろう。それは囲碁AI同士の対局で達成される。その場合は、囲碁に勝つことを目的とする行動を始めたといえる。すると、AIはその行動のための評価関数(複雑で数学的関数形をなしてないかも知れないが)を内部に形成し、それによって着手の判断をしていると思われる。
 内部に蓄積された情報を操作して、目的ある行動をするということは、AIは自らの行動の「意味」を理解したといえるのではないか。
「意味」を理解できたか否かを判定するために、チューリングテストに掛けてみる価値があろう。

(注)チューリングテスト:アラン・チューリングは「機械に、知性を持った振る舞いができるかどうかという問題」を発表した(1947)。チューリングの提案は「機械は我々が(考える存在として)できることをできるか」というもので、人間の物理的な能力と知的な能力の間に、公平で厳しい境界線を引くことの試みである。
そのためにチューリングは、「模倣ゲーム」というテストを提案した。機械と人間を別々の部屋に入れ、テスト者はいくつかの質問をし、それに対するタイプ打ちの回答を読んで、どちらが機械でどちらが人間か当てるというゲームである。このゲーム中の機械は、テスト者に人間と思わせる回答をする。最後まで、どちらが人間なのかわからなければ、そのコンピューターは合格である。そのとき「そのコンピューターには知能がある!」と言える。ピュータは合格である。
「それ以前1936年に、哲学者のアルフレッド・エイヤーは、意識を持つ人間と意識を持たない機械を区別する方法を以下のように提案している。「私にとって、意識を持っているように見える対象が本当は意識をもつ存在ではなく、単なるダミーや機械であると判断する根拠は、意識の有無を判定するための経験的なテスト(empirical tests)のどれかに失格した、ということしかない。」

II.囲碁AIの「評価関数」
 AIがすでに評価関数をもったろうと推測できるデータが現れた。AlphaGo を開発したグーグル傘下の英ディープマインド社がAlpha Go 同士の何万局という対局の中から50局を選んで棋譜を公表した(6月4日、ただし棋譜の選択基準は不明)。
 それを見て囲碁界は騒然。「こんな碁はいまだかつて見たことがない」、常軌を逸した着手の続出で理解不能とまでいわれた。たとえば、これまでは手数が進んだ特殊な状況に限り有効とされていた「星への三々(さんさん)入り」を序盤の早いうちに互いに打ち合ったり、「双方の石がぶつかり合って手抜きがしにくい接触戦のさなかに戦いを放置して他方面に転戦」したり。これまでの常識では考えられない着手の連続にプロ棋士らは驚愕したそうである。

 その棋譜(一部だが)を実際に見ると、急場や大場、ときには攻め合いに構わず、他方面に打ちまた戻るという着手が続くこともある。まったく理解不能、驚くばかりである。しかし、互いにその様な手を打ち合っているところを見ると、囲碁AIにとってある規則性があり、一定の評価に基づいて進行しているのではないかと思わせる。つまり、AlphaGo は内部に独自の「評価関数」を持っていて、それによって着手の価値を計算しているのではないかと推測できる。同じ囲碁ソフトだから、同じ評価法によってゲームを進めているから「意気」が合うのだろう。

 その「評価関数」は、AIの蓄積した2次情報を基に徐々に形成したものであろう。そうなら、その評価関数は人間が築いてきた囲碁常識とは異質の論理を内包しているかも知れない。人間が開発しようとした評価関数は、一手の価値をその局面の配石との関連のみで評価するものであった。つまり、2次元面内での評価法であった。しかし、囲碁AIは、モンテカルロ法を進化させた学習法であるから、その「評価関数」は少なくとも数手先まで打った結果の状況評価を加味したものであると予想される。それゆえ、時間も入れた3次元的考察といえる。この解析法は一種のシミュレーションで、コンピューターの得意とするところである。

今後さらに、AIが進歩すれば、自らの行動(着手)の意味、「なぜその様に行動するのか」を説明できる機能を持たせることができるようになるだろう。それが次の課題である。

I I I.囲碁AIと人間との意思疎通
 プロ棋士たちは囲碁AIの打った新手を真似るだけでなく、囲碁の考え方まで再考を促されているということは、囲碁理論に革命が起こりつつあるということである。AIの打った棋譜から人間が学ぶことで、人間がAIの新手の意味を解釈して新理論を構築することは可能である。現在はその段階にある。だが、囲碁AIに着手の意図を説明させるソフトを開発すれば、人間とAIとの交流が可能になり、囲碁理論の格段の進歩と囲碁理論の革命に大きく寄与することは必定である。囲碁AIが自らの行動の「意味」を理解しているならば、それは可能なはずである。

 囲碁AIに、囲碁に関する会話を学習させて人間と交流を重ねれば、「手談」ではなく言葉で情報交換できるようになる。それがある程度まで可能であることは、ロボット(アンドロイド)と人間との交流で実証されている。単なる会話ではなく、そのうちに互いの感情移入まで起こるという実験報告もある。そうならば、人間の誘導による教育の仕方で、囲碁の理論的な会話も可能なはずである。AIに理論的な会話を教育すれば、人間の誘導質問によって理論的な回答を引き出すことができるだろう

 その様な交流を重ねていけば、囲碁AIが2次情報を用いて編み出した新手の根拠や意図を聞き出すことも可能になるだろう。そうなれば、「AIには自分の行動の意味が分かってない(理解していない)かどうか」も判定できる。

 プロ棋士の解説によると、AIは以前の予想に反して、序盤の布石に新機軸を編み出したそうである。また、囲碁AI同士の棋譜のように「常軌を逸した着手」が現れるように、そこには人間の発想からは思いつかない構想が見られるという。
その構想が如何にして生まれたかを誘導質問で答えさせることができるなら、AIが内部に形成した「評価関数」の様式を推測できるだろう。その評価関数は、明瞭な関数形になっていない可能性もあり(いずれにせよ変数の多い多変数関数だろう)、人間がこれまで考案した評価関数とは質的に異なるものかも知れない。


 いずれにせよ、人間とAIとの交流により、その応答から人間の盲点を突いた囲碁理論が浮かび上がってくるだろう。不完全でもAIの「評価関数」の形式が分かれば、それを手掛かりに囲碁の演繹的理論(囲碁ルールを公理とする演繹体系から最善手を導出する理論)を形成する可能性もでてくる。さらに進んで、人間とAIとの協同創作による新囲碁理論形成の可能性もある。それは正に囲碁理論の革命となるばかりでなく、人類とAIとの共存の仕方についても何らかの示唆を与えるだろう。
日本国家と日本人の品格が問われている
日本国家と日本人の品格が問われている

 いま、日本国家の品位と日本人の品格が国際的に問われようとしている。

  安倍政権の横暴な行政は止まるところがない。「森友学園問題」、「加計学園問題」について、安倍首相の権力を用いた裏工作の証拠が次々に暴露されているが、政府は官僚機構と一体となり「知らぬ存ぜぬ」、「そのような証拠はない」といって、事実を隠蔽しようと躍起になっている。 
 「籠池氏の国会証言」や前文科省事務次官前川氏の「記者会見での証言」などなど、これだけ明確な証拠がでても、政府は安部首相をかばってそれらを否定、または無視している。本来は政府が進んで調査すべき問題のはずだが、隠蔽し続け関係者を国会に証人喚問することさえ強引に拒否している。
 そのやり口は、まさに安倍首相の「政権私物化」といえるもので、歯がゆさと憤りを憶える。
 
 他方では、政府が強行採決を急ぐ「共謀罪」法案について、国連の特別報告者ジョセフ・カナタチ氏から「プライバシーの侵害や恣意的適用の恐れがある」との書簡が安倍首相に送られてきた。その指摘に対して、菅官房長官は論理的理由の説明もせず、ただ「誤解であるとか」、「国連の立場を反映するものではない」と批判した。だが、朝日新聞の質問に対して、カナタチ氏から「国連の特別報告者として送ったもので、個人的なものではない。菅氏の指摘はミスリードで、その発言は無恥からなのか、意図的に法案への批判を拒もうとしたのかわからない」と反論したそうである。この政府の対応は国際的信用を落とすものである。

 菅官房長官のテレビ会見で、何時も同じ語り口で顔色一つ変えず淡々と強弁する姿を見ると、このような人に長期にわたり政権を委ねていたらと思うと、空恐ろしさを感ずる。

  戦後、日本は「戦争放棄と人権の尊重・言論の自由」の平和憲法の下で、民主主義的国家(完全ではないが)として、焼け跡から営々として平和的文化を築き、世界的に信用と敬愛をえてきた。その民主主義と言論の自由が危機的状態になりつつある。マスメディアの報道の自由度は先進国の中では最低に落ち、「共謀罪」で「人権保障」にも危険信号が灯っている。これら上記の問題を追求すべく声を大にして叫び、安倍政権反対の行動を起こさねばならない。

  政府は批判意見を抑え、都合の悪い事実には目をつむり、あるいは隠蔽しようとしている。暴走と政権私物化の安倍内閣は戦後最悪の政権であり、「日本国家の品位」を貶めるものである。そしてまた、その政府を支持し(50%以上の支持率)存続を許している「日本人の品格」が今まさに問われている。そのことを私たちは認識すべき時期にある。
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