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科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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米寿を迎えて
米寿を迎えて

 8月7日に、ついに八八歳の米寿を迎えた。お祝いの電話やメールのメッセージを数人の方から頂いた。それほどお目出度いとは思わぬが、この年まで元気でこられたことは目出度いことだといわれ、なるほどと思った。友人仲間がささやかなお祝いの集いを、この日の前後にしてくれる。有り難いことである。
 念願であった『近代科学はなぜ東洋でなく西欧で誕生したか』を、近日中に吉岡書店から出版する運びである。

 私の誕生日は、広島原爆の日(6日)の翌日、2日後は長崎原爆の日である。それゆえ、誕生日の祝いは、精神的に控えめにしてきた。
 「原爆の日」は今年で73歳を迎えた。漸く「核兵器禁止条約」が議決されたが、被爆国の日本は不参加であり、世界的にも批准は遅れているようである。広島原爆被災者追悼の平和式典での阿倍首相のメッセージは空々しいものであった。

沖縄の翁長雄志知事の訃報が8日にあった。まだ若く67歳とのことだ。
沖縄から基地をなくすべく、強固な意思をもって熱心に行動を貫いた立派な人だった。辺野古基地を阻止する最後の手段「埋め立て承認撤回の手続き」の直前に逝去されたことは、さぞ残念であったろう。沖縄に対し日本は冷淡であることを恨んでいたという。胸が痛む。
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ゴミ屋敷
ゴミ屋敷

 西日本の水害地で、ゴミの山が復旧作業の妨げになっている様子が、写真入りで報じられた。今度の災害に限らず、被災地では毎度ゴミの山が問題になっていた。そのゴミの山を見て思い出した。
 
 最近増えていると聞く「老人のゴミ屋敷」のこと、そして地球全体が「ゴミ屋敷」になりつつあることである。テレビで見た老人のゴミ屋敷のすさまじさには驚くが、翻ってみれば、私たちが毎日出しているゴミの量の多さに気がつく。新聞・雑誌や広告のパンフ・チラシの多いこと。スーパーで買う品物や配送の食料品などを、その目で見るといかに無駄な包装が多いことか。安価で便利なビニール袋のために、何でも必要以上に(二重の)包装である。毎週のゴミ収集には多量のゴミの排出である。ゴミ出しを少し怠ると、あっという間にゴミ屋敷になるだろう。

これらは地上の現象であるが、気づかないのが海に流れ込むゴミである。山や海の行楽地のゴミを見ても呆れるが、河川を通して海に流れ込み、そして海水に溶け込んだプラスチック・ビニールの細片が、全ての海洋を汚染し、魚の生態系ひいては生存を脅かしているそうである。これは目に見えないので気づきにくいが、近い将来に大変な事態を引き起こすであろう。人類は地球の陸も海もゴミで汚染し、地球を「ゴミ屋敷」にしているのだ。
 
 CO2排出量を削減とともに、無駄を省きゴミを減らすことは、その気になれば困難ではない。この事態を改善するよう呼びかければ、実行できるはずである
日本国中を覆う「虚しさと閉塞感」
日本国中を覆う「虚しさと閉塞感」

 「濁った暗雲と閉塞感」が、日本国中を覆いつつある。嘘で固めた安倍政権の言動を毎日見せられ、やり場のない怒りが日本国中に渦巻いているが、突き崩せない苛立ちで、空しさが増すばかり。 
 
 立憲民主主義を破壊し、政権を私物化する安倍政権を倒す好機と思われた「森友問題」であるが、安倍首相と彼を取り巻く政官は、隠蔽と見え透いた嘘を次々考え出して、逃げに徹している。よくもこんな嘘を考え出し、平気で言えるものと呆れるばかりである。そんなにしてまでも政権の椅子にかじりつきたいのであろうか。

 この閉塞感に国民はうんざりして、空しさと遣り切れなさに疲れて諦めるのを、安倍政権は狙っているのだろう。先日、毎日新聞記者の嘆き、「嘘・空論と分かっていても、取材して報道する「むなしさ」とやりきれなさ」が報じられていた。これを読んで、私は背筋が寒くなった。 

 日本を覆うこの閉塞感と空しさと、平気で嘘をつく風習は、やがて日本人の精神力を蝕み、やる気を無くして、日本を駄目にするだろう。まさに日本国家の危機である。そのことを安倍首相と与党は認識しているだろうか。

 かって「50年体制の自民党」政権が続いた10余年前にもこれに似た閉塞感とマンネリズムはあった。その時は選挙で自民党は没落し、政権交代が起こった。だが今度の場合は、過半数の世論が阿倍政権に反対しても、小選挙区制では自民党は過半数を維持するだろう。どうすればこの状況を打破できるのだろうか。

 阿倍政権の危険性を認識し、倒閣運動を起こさねば成らないのだが。
  
間接的実証-疫学の有効性
間接的実証-疫学の有効性  
安倍政権の嘘を反証するために


  森友・加計問題について、安倍首相が関わってきたことを安倍政権と官僚は必死に否定するが、それは嘘であることを示す証拠-文書・証言-が次々に出てくる。それでも、安倍首相は頑として認めない。否定しがたい証拠を示せとまでいって居直っている。記録文書よりも 記憶の曖昧な秘書や本人の口頭否定の方がまかり通るのには呆れるばかり。

 物事の真偽を実証する方法に、直接的実証法と間接的実証法がある。直接的証拠によって実証できないときは、傍証となる多数の間接的証拠によって、整合性によって総合的に判断することが可能である。これが疫学的方法であり、公害裁判などにも用いられている。
  自然科学でも、近代科学以後、実験・観測で直接的実証法を工夫してきたが、多くの間接的傍証も有力な働きをしてきた。
現代科学では理論・実験とも複雑になり、直接的実証実験が困難になっている。それゆえ、当の課題と関連する多くの現象と実験を総合して、理論に基づく整合的な判断をもって実証するものが増えている。これも疫学的方法と類似である。 


森友・加計問題、自衛隊の日報隠しについて、これまでの国会での答弁や記者会見の状況を見ると、後から続出する資料・証言に政府や官僚は仕方な部分的に前言を翻して認めざるをえないところに追い込まれている。公文書・記録の隠蔽・改竄、国会での虚偽答弁など切りがなく露呈している。
財務省・文科省の資料、愛媛県の記録などは直接的資料に近いが、それでも否定されれば決定的資料ではないとされる。そこで関係者を国会に証人喚問しようとしても認めない。

これだけ間接的資料と状況証拠が揃えば、疫学的に総合判断して、誰が見ても安倍政権と官僚が嘘をついていることは明らかである。

 それにしても、ここまで追い詰められても嘘を通して居座る神経には驚嘆するばかり。普通の人なら、精神的にとても持たないであろう。これだけ国民の不審を買い、世界に恥をさらしているのだから、一日も早く真実を述べて総辞職するのが国のためである。
安倍政権の醜い藻掻き
安倍政権の醜い藻掻き

隠蔽-出し遅れ-小出し-時間稼ぎ-ウヤムヤへ

これが安倍政権の戦術である。醜い藻掻きに近い政府の姿勢に国民はうんざりしている。
国会に第三者的調査委員を作り、早く真相を明らかにすべきだ。それが国会正常化の近道、正道である。


 安倍政権のこのやり方は、戦後に戦争犯罪・賠償を逃れるために、書類などの証拠を焼却・隠蔽した方法と同じである。戦争犯罪について、国内や外国から追求されると、資料がないといって言い逃れ、証拠を突きつけられると仕方なく認めるといったように、渋々小出しを続けることが続いた。それで信用を失った。(これは政府ばかりでなく企業にも見られる。)
 

 韓国・中国などに対して「日本は何度謝ればよいのか」と嘆きの声が出たが、その原因は、「渋々小出しの反省・謝罪」を続けてきたからで、本心で謝ってないと思われ、信用されずに「まだ隠していることがあるだろう」と疑いの目で見られたからである。

戦後の自民党内閣はその体質を引き継いできた。その極みが今の安倍内閣のやり方である。その上、憲法を無視して、民主主義政治と国会運営を放棄である。一日も早く退陣すべきである。
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