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科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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原油値下がりで経済不安と環境汚染加速
原油値下がりで経済不安と環境汚染加速

 昨年から原油安が続き、ついに1バレル30ドルを割ったと、最近大きなニュースになっている。その影響として問題視されるのは先行き世界経済に対する不安である。中国経済成長の失速から原油安が続き、また世界同時株安・暴落、そしてドル安・円高で日本経済にも悪影響がでsるだろう、などなど。 他方では、石油の価格の下落で消費者は喜んでいる。石油消費量が急増する。交通機関には自家用車の利用が増すであろうし、火力発電も増えるだろう。

 原油価格の急落の事でメディアが取り上げるのは、世界経済への不安と、消費者の喜ぶ声ばかりである。だがもう一つ大きな問題、大気汚染(温暖化)が加速されることを忘れている。メディアに登場する識者・評論家も誰一人このことに言及する者はいない。
 ただただ、経済、経済、景気、景気ばかりである。それだけ世界経済は不安定で、先行きが心配な情勢なのであろが、発想が一面的である。両眼を開いて見るべきだ。
 
 世界サミットや蔵相会議では、環境問題からしても、行き過ぎた原油安を止めるべく、原油生産量を調整するよう産油国に働き掛けるべきである。マスコミはそのように世論を喚起してもらいたい。
筆舌に尽くしがたい暴挙
 筆舌に尽くしがたい暴挙  

 自公与党の絶対多数を用いて安倍政権はついに「安保関連法」を強引に通過させた。理屈も慣例も、世論も、学者の意見も、知識人、文化人など多くの分野の団体の意見も、政界・法曹界の長老の意見も、宗教界の声も、公聴会の証言も、老若男女の市民の声も、・・・・などなど一切のものを無視し続けた。全国の各界各層の人達がこれほど強く叫んだことはこれまでになかったことだ。
 政府は国会の答弁もまともに答えず、安倍首相は質問をはぐらかすか、説明もなく「違憲ではありません」「そのようなことはありません」の剛弁一点張りで議論にならなかった。安倍首相は「視ざる、聞かざる、言わざるの三猿」を決め込んで無理矢理法案を成立させた。彼のやり方は筆舌に尽くしがたい暴挙である。
 日本はもはや何を言ってもやっても認められない、独裁国家のように成った。本当に怒りと虚しさで一杯である。しかし、ここで挫けては政府の思う壺である。法案が通ればやがて冷める、「人の噂も75日」と自民党幹部は言っている。それゆえ「安保関連法」が実効性を失うように反対運動を続けねばならない。 安倍政権退陣を、そして次の参議院選挙で、賛成派の議員を落選させる運動を全国的に強く執拗に展開せねばならない。 
 また、衆議院の小選挙区制の弊害と、恐ろしさを説き、小選挙区制を廃止する運動も合わせて行わねばならない。安倍自民党政権を生んだのは、私たち有権者である。二度とこのような政権が生まれないよう肝に銘じ投票しなければならない。


 自民党安倍内閣の独裁は許せない

 安倍内閣と自民党は、「特殊秘密保護法」に対する世論の強い反対意見や危惧に対して真摯に耳を貸素ことなく、審議もろくにせずに「特定秘密保護法」を強引に成立させた。この12月6日は歴史的な日となるであろう。
この法の拡大解釈の危険性についての弁明は、形式的なもので信用できない。

 安倍首相の独裁的で危険な本音がいよいよ顕わになった。この法律が成立した今後も、警戒と監視を続けて、拡大解釈適用を阻止し、国民の知る権利を要求して行かないと、昔の日本のようにうっかいものも言えない状態になる危険性がある。この秘密保護法は目に見えぬ形で徐々に威力を振るうようになる。そのような社会状況にならぬように監視を怠らないようにすべきだ。安倍首相は着々と憲法改訂、軍事同盟強化などに向けて歩み出している。「特殊秘密保護法」はそのための布石である。

 あれだけの世論を無視して、強権的に議会を運営し秘密保護法を通した安倍首相であるから、今後も国民の声を無視し続けるだろう。それ故、次の選挙で自民党国会議員の過半数を崩して、この秘密保護法を破棄する政府を作るよう努力しなければならない。
 経済政策の「アベノミックス」に釣られて自民党安倍内閣の支持率はまだ50%近くある。早く安倍内閣の危険性に気づく運動を展開せねばならない。それに気づくのが送れては、ものが自由に言えなくなる。その時はすでに遅い。昔の戦前の日本を思い出されてならない。
東京オリンピックについて思うこと 

2020年のオリンピックは東京に決まった。やや大袈裟だが国を挙げて誘致の成功を喜んだ。オリンピックが東京で開催されることは、スポーツ振興を通して国民にやる気と元気を与えることや、経済活性化に寄与するなど、関係者以外の人も含めて皆が喜ぶ気持ちは分かる。しかし、他方では、本当に喜べるのかという気持ちもある。それは私が素直でない性かもしれないが、それなりの理由がある。

 オリンピック誘致競争には相変わらず手練手管の根回しと駆け引きが必要で、ロビー外交などに伴う相当な誘致費用が要る。誘致が決まったら、過剰な会場設営に莫大な経費が必要だから、相当のエネルギー・資源の消費と環境破壊もある。これが経済活性化を生み、震災復興に役立つとの触れ込みだが、その効果には限界があり偏っているから、格差を拡大させるとの疑問が呈されている。 

さらに、選手のドーピング使用、アクロバット的な演技のための過酷な練習の状況は、アマチュアスポーツの域を超えているように思える。もはや、オリンピック選手は真のアマチュアではなれないだろう。その技量を売り物にしないだけであって、練習に必要な多額経費はスポンサーや競技団体が支えているからである。彼らはセミプロであり、国の代表として重い荷を負わされている。それゆえ、国威発揚とばかりにメダルを幾つ誰が取ったと言うことが喧伝されて、偏狭なナショナリズムをあおる。そのナショナリズムがこうじて感情的な対立にまで発展しトラブルを起こしたこともある。 

 もう一つ気に掛かることは急激に悪化する地球環境の問題である。この調子で年々加速度的に悪化していくと、東京オリンピックの2020年にはまともな競技ができなくなるのではないかと危惧される。お祭り気分で喜んでいる状態ではないように思う。 

今年の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書」によれば、この異常気象の原因は人為的なCO2によるものである。近年の異常気象は年々加速度的に進んでいて、この2~3年は地球の平均温度の上昇は直線から急カーブの曲線に変わっている。専門科学者は正確をきしてものをいうので、IPCCの報国は控えめに抑えているように思える。今年の世界の異常気象には驚くが、来年はさらにもっとひどくなるであろう。臨界状態に達すると、相乗効果でカタストロフィックにガタガタと急変するが、その臨界状態は何時来るかが問題である。素人の個人的予想だが、2050年とか21世紀末などと悠長なことでなく、あと10年のオーダーではないかと心配している。地球環境は多くの要素が複雑に絡み合い微妙なバランスの上に保たれている。それが臨界状態に達すると、わずかの変動が巨大な変化を引き起こす(カオス現象)。そうなっては取り返しがつかない

 以上のように、利権絡みの金まみれ、薬まみれ、環境破壊、アマチュア精神逸脱、ナショナリズムなど、多くの問題を抱えたオリンピック大会は本来のスポーツ精神を逸脱している。

 これらの悪弊を避けるに、オリンピック会場はギリシアのアテネに固定すべきだと、以前に4年前の東京誘致のとき、友人との会話で意見一致したことがある。こうすれば誘致合戦、環境破壊(森林破壊、埋め立てなども含む)はなくなる。この案は真摯な検討に値すると思う。
世界歴史教科書と科学・技術 I I
世界歴史教科書と科学・技術 II 

 「科学・技術の社会的意義を歴史教育に」を主張してきたので(以前のブログ参照)、そのような歴史教科書を歴史家と科学史家との協力で作ろうと思い、そのために高校の世界史の教科書を読んでみた。まず『詳説 世界史』改訂版(山川出版社)を読み、その感想を前々回のブログに書いた。次に、『新改訂 世界史B』実教出版 を読み終えたので、その読後感を以下に述べる。


『新改訂 世界史B』(実教出版)を読んで

先に読んだ『詳説 世界史』改訂版(山川出版社 2008)と比較して見ると、構成も内容もかなり異なっている。この差異は執筆者の歴史観の違いによることが読み取れる。
 歴史における科学・技術の役割を取り入れることは、この教科書をベースにできそうである。

1.地域・時代区分とその関連

 地域と時代に区分はほぼ共通しているが、それぞれの地域の取りあげ方と重みに差がある。そして、西欧中心史観からの脱皮の意図がみられる。
 この教科書での地域区分と時代区分は、やはり通常のように、政治権力(国家)の樹立と権力闘争(領土の拡大、支配者の交替)を基本にしてなされているが、それら区分法には民衆の活動に伴う文化や経済の要因がかなり加味されている(『詳説 世界史』と比較して)。したがって、科学・技術の果たした役割を取り入れやすい。
 全体的に言えることは、歴史の流れをできるだけ地域と時代間の相互関連・影響を記述しようとの姿勢が感じられる。古代からの世界の動きを一冊の教科書にまとめるのであるから限界があり、説明は不十分であるのは致し方ない。
 
2.経済、文化(思想・宗教、芸術、)、技術・科学

社会の上部構造の記述は、当然ながら政治・権力を中心になされているが、その変動や推移には、権力闘争や宗教的派閥抗争の他に、生産力(農業、工業)と産業様式の進歩発展とそれに伴う商業と交通・運輸の役割についての配慮がかなり見られる。17世紀の近代科学成立(科学革命)とそれに伴う思想変革の意義、そして産業革命による西欧諸国の進出や社会生活への影響もやや詳しく述べられている。しかし、さらに強調すべき点があると思うし、それら相互の関連づけが弱い。

全般的に科学・技術の事項を取りあげている箇所が、『詳説 世界史』改訂版(山川出版社)に較べてかなり多い。 だが、20世紀の科学革命の意義とその影響をトピックス的に取り上げるに止まっているのは物足りない。  もっと詳細に論じて欲しい。 

3.終わりに:歴史における科学・技術
 
 人類の歴史は、人間が火を使うようになって食種が一挙に多様になり、銅や鉄を利用するようになって生産技術と狩猟と戦争の武器が飛躍的に進歩した。そのために、定着農業が可能になり、食料や生活必需品の生産に余裕ができた。都市や国家ができて支配層と被支配層が生じた。支配領域を拡大し、また遠征を繰り返して巨大王国や帝国が生まれた、そのような度重なる戦や遠征が可能なのは、食料の備蓄と輸送手段の発達があったからである。あまり目立たないが、古代文明から中世にかけて機械の改良・発明も徐々になされた。建築技術と道路施設の技術は大都市の形成に不可欠であったろうし、逆にその過程で技術が進歩し、科学が芽ばえた。その知識の蓄積は近代科学の成立には欠かせない。

 近代科学の成立はその後の社会のあり方、思想・自然観、生活文化を徐々にではあるが大きく変えていった。たとえば、信仰の時代から理性の時代への転換は、大きな宗教改革であり、やがて宗教支配の世界を科学優位の世界に変えた。また、産業革命の影響は世界制覇の地図を塗り替えるほどであったばかりでなく、資本主義社会を可能にし、物質文明をすっかり変えた。その産業革命が起こったのは近代科学の誕生と中世以来の機械技術の進歩とその蓄積があったからである。このように歴史の上部と底辺で科学・技術は絶えず連綿として寄与し続けてきた。

 20世紀の科学革命の意義と、それの思想、技術、政治・経済への影響は近代科学革命にも比肩しうるほどである。それゆえ、もっと詳しく社会全般的に地球規模でそれを見るべきである。いまや、科学・技術は歴史の表に出て政治・経済を動かすまでの力を得ている。現代社会における科学・技術の役割の良い面と悪い面を指摘し、科学・技術のあり方を考えるようにしたい。
 このように、科学は文化であり、社会の上部構造と下部構造に寄与してきた。そのような視点で人類史を書くべきであろう
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