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科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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「STAP細胞」その後
「STAP細胞」その後

「STAP細胞」の論文発表に対して疑義が指摘され、また資料の写真にもクレームがついた。理研や共著者間で、論文の撤回も含めて検討と議論がなされていると大きなニュースになった。
 

 雑誌「Nature」に掲載されて、世紀の大発見であるかのように大々的に報道されたときはそれを信用した。ところが、すぐに資料写真が本物ではないとか、論文の文章の一部は他人の論文の文章が引用もなくそのまま用いられているとか、そして実験結果は再現できないというクレームがついたそうである。
 写真の使い回しや、論文の文章表現については、小保方さんや共著者もその非を認めたようだが、実験の再現性も含めて研究内容は間違いないと何人かの共著者は主張しているそうである。理研での再現実験は成功したとのコメントもある。
 
 STAP細胞の論文に偽写真を用いて研究内容が疑われるような論文を発表することは、研究者としての最低のモラルを破ったことになり言い訳はできない。そのような研究者の論文内容は疑われても仕方がない。他人の論文の文章を盗用した部分は、研究結果に直接関わることではないらしいから、著作権の問題なのでここでは取り上げない。

 しかし、このような画期的研究を公表するとき、共著者(共同研究者)は実験処方や結果を当然ながら吟味し確認するはずであるが、共著者のなかに論文の撤回を主張する者がいるというのも解せない。共同研究者の間で、追試も含めて結果の確認がなされていなかったのであろうか。
 論文内容の信憑性は追試実験で再現可能であるか否かが決め手である。科学の知見は客観的であり、再現可能でなければならない。多分この種の実験は微妙で高度のテクニックが必要であろうが、是非とも追試を行って真偽を確認して欲しい

 むかし、ソ連の生物学者ルイセンコ-ミチューリンが小麦を用いた実験て獲得形質が遺伝するとの説を唱えた。その説を巡って大論争があった。この問題は唯物弁証法の正しさを示すものだといって、スターリンが支持したので政治思想的な要素も絡んで、生物学者の間で激しい論争がおこった。結果は、この説は再現性がないと言うことで否定された。

 獲得形質が遺伝するか否かは、ラマルクの遺伝論以来しばしば論じられてきたが、ダーウィンの進化論(突然変異説)が認められてからは、それが主流となってラマルク説は否定されてきた。だが、ラマルク説、あるいはその修正説の支持者も時々現れる。突然変異の積み重ねだけで、これだけ複雑高度な生物に進化することは地球の年齢45億年では不可能だというのがその理由の一つである。獲得形質も最終的にはDNAに反映されねば遺伝として定着しないであろうが、繰り返し刺激により定着しうる可能性はないのだろうか。「STAP細胞」は獲得形質の遺伝性と関係があるように思える。
 

 私は複雑系科学で学んだことから判断して、この分野では素人ながら、ラマルク説に傾きつつある。それゆえ、獲得形質の遺伝可能性と絡んで、「STAP細胞」の真偽について強い興味を持っている。
「STAP」(刺激惹起性多能性獲得)細胞について
「STAP」(刺激惹起性多能性獲得)細胞について

  理化学研究所の小保方晴子氏が発見した万能細胞「STAP細胞」は、もしこの発見が本当なら、生物学の盲点を突いた感がある。この論文の写真に疑問が呈せられ、検証がひつようとのことであるから、その結果を待たねばならない。
 DNAの操作ではなく、細胞に外部から刺激を与えるだけで本当に万能細胞化しうるならば、まさに驚きであり常識破りの画期的研究成果である。私は生物学については素人であるが、分子生物学や進化に関して興味を持ち続けてきた。また、物理学と科学論の研究を通して自らの自然観を築いてきた。その自然観に基づいて、STAP細胞に関連して想像を巡らした。



「組織細胞がなぜ体外では単純な刺激で万能化するかについて、小保方さんは次のように推測している。“体外に取り出して酸などの刺激を与えるとSTAP細胞化するが、生体内ではその程度の刺激で変わることはない。その理由は、生体内では刺激に対して変化しようとする力と抑制しようとする力がバランスしているからではないか"と。」(朝日新聞2月6日朝刊)
 この記事から、連想される事柄を思うままに綴ってみた。

1.対立物の対立・拮抗 
この推測で連想するのは、かねてから主張してきた「自然現象の基礎にある対立と拮抗」の考えである。自然界のすべての基礎的現象には「定常性の維持と否定の対立拮抗」,すなわち定常的状態に外的作用が働くと、その状態を維持しようとする抵抗が現れる。この現状否定と現状維持の両者の対立拮抗が普遍的にみられる(1)。
 物質間相互作用により現状を変えようとする作用に対して、その変化を妨げようとする傾向(効果)の具体的例は
力学では外力に対する慣性、電磁気学では電磁誘導におけるレンツの法則(磁場の変化を妨げる誘導電流が発生)、熱力学ではルシャトリエ-ブラウンの法則(平衡移動の法則、状態に作用する外力の作用を打ち消す効果が発生)、素粒子物理学では自発的対称性の破れにおける南部-ゴールドストン粒子の出現などがそれである。これらの基礎的法則により、自然界は相対的安定状態を保っている。もし、この対立拮抗の法則がなければ無限小の作用で無限大の変化が起こり、自然界は変転極まりないものになる。つまり、この対立拮抗のバランスが破れることで緩慢な(有限の)変化が起こっているので、相対的に安定な自然が存在しうるわけである。

 STAP細胞化について小保方氏の上記推測は、このことと符号するであろう。もしそうなら、その解釈は「ルシャトリエ-ブラウンの法則の生物版」である。
 トカゲやヤモリの尻尾は切れても再生する、これ以外の生物にも組織や体の一部が再生するものはある。その再生は、切り口の細胞が強い外部刺激を受け、体内で保っていたバランスが崩れて部分的にSTAP細胞化(尾だけになる)して成長したものであろう。生体外に取り出された細胞は単独(あるいは数個)で存在するから、細胞間の相互作用がなくなり、酸性溶液による異質の外的刺激をまともに受けてバランスを崩したわけである。その外的刺激に対して、細胞にはその作用を打ち消す効果が一時的に現れる(これもルシャトリエ-ブラウンの法則によるものである)が、外的作用が勝って変化が起こる。

2.対立物の相互規定性:存在の理法(2) 
 物質(実体)存在の理法は、対立物の相互規定性である。そもそも、宇宙の存在様式は、枠組みとしての時間空間(容れ物)と中身の物質・エネルギーという二つの対立物から成っている。これら対立物は容れ物と中身が独立的に存在するのではなく、相互に相手の存在を前提として存立している。中身の物質は容れ物の時間空間の性質・構造を決め、逆に時間空間の構造は重力を決定し、その重力により物質・エネルギーの分布と運動が決まるという仕掛けになっている。すなわち、容れ物の時間空間と中身の物質・エネルギーとは互いに他を規定し合っていて、切っても切れない存在である。このように、宇宙の構成要素、時間空間と物質とは相互規定し合い一つのシステムとして自己運動をしている。この相互規定的存在様式は、一方の作用に対する他方の反作用といった原因-結果という関係ではなく、互いに他の存在を前提とした「持ちつ持たれつ」の同時的相互規定性である。これが一般相対性理論から帰結される自然界の「存在の理法」であると思う。

 この対立物の相互規定性は宇宙構造のみでなく、自然界に普遍的に見られる。全体と部分の関係(全体は構成要素の単純和ではなく、逆に要素は全体により規定される)は普遍的にいえることである。特に、生物と環境の関係はその典型である。
このことで思い出すのは、生物個体はすべてDNA(あるいは核酸)によって規定されているという「セントラルドグマ説」である。昔J.モノーが『偶然と必然』でこのセントラルドグマを強調した。生物の発生・成長過程を支配する情報の発信源はDNAであり、しかも方向は一方的あって、DNA(核酸)は、細胞内の他の要素や組織など周囲(環境)からの作用によって影響を受けない、つまり情報の流れは一方的であるといった。
 それに対して、上記のような対立物の相互規定的自然観を持っていた私は、このモノー説は肯定できないと批判した。DNAの構造と機能は安定で、環境(細胞液や小器官)からの影響で変化しにくい仕組みになっているであろうが、条件さえ揃えば環境からの反作用で必ず変化するはずであると思ったからである。細胞液の組成や濃度が変化すれば、その影響が何時かは現れるはず、情報の流れは一方的ではないと信じている。個体の発生過程では、DNAが1次情報の発信源であろうが、個体の一生の間に外部からの作用の影響を受けるであろう。
 その後、やはりDNAは環境からの作用で影響を受けることが解明された。
 個体と外的環境との相互規定だけでなく、細胞内でも対立物の相互規定性は成り立つといえるだろう。

3.DNAの未知の領域が関係?
 元は一つの受精卵細胞が分裂を続け、発生過程で徐々に各種組織に分化していく。細胞分裂では常に同じ2つの細胞ができるにもかかわらず、別の組織に分岐する機構はある程度の説明できるようになった。発生過程で個体の内部と外部にある細胞ではその役割に変化が起こり、分化するのだそうだ。その役割分化が起こりうるのは周りの細胞との相互作用(刺激)の差異(重力も影響するらしい)によるらしい。つまり、細胞間の刺激と固体外部(環境)からの刺激で、それぞれの細胞の性質が変わり、各組織に分化するということである。

 遺伝子を担うDNAの働きは制限酵素の作用によって制御されている。酵素の作用によりDNAの一部が抑制され、あるいは活性化されることで、構造・組成の同じDNAでもその働きが変わる。

 ゲノム解読の進展で明らかになったことは驚くべきことに、遺伝子として働いているのはDNAのわずか10%余りで、残る90%近くのものは遺伝情報として表にでないということである。すなわち、蛋白質合成に関与するのはDNAのごく僅かである。ほぼ90%はその役割がまだ分かっていないということである。この事実が明らかになったとき、生物学者(全部ではないだろうが)から、「残る90%はジャンク(ゴミ)だ」と聞かされた。それを聞いたとき私は驚き、そうではなく「まだその作用が分かっていない」というべきで、ジャンクだといって切り捨てるのは、科学者とはいえない」といって反論したことがある。細胞一つとっても、生物のこれほど複雑かつ精巧な機構を知れば知るほど、無駄なものはなく何かの役割を果たしているという信念を抱いていた。だから、90%はジャンクだとは、とても信じがたいのでそう批判したのである。その後、その90%の部分の隠れていた役割が徐々に解明されだした。細胞のSTAP化は、その未知の部分に関係があるように思える。 
 DNAのある部分は通常は休眠状態であるが、事あるときその役割が呼び起こされる部分もあるだろう。成長した個体の組織細胞では、未知の90%の部分が休眠状態になっているのかも知れない。それが外部刺激により活性化されてSTAP細胞化されたのであろう。

 ちなみに、この事実と関連して連想されるのは、遺伝子組み換え技術の安全性である。食用植物など多方面で遺伝子組み換え技術が盛んに行われている。この操作では、表に現れる遺伝要素(害虫に強い、生産量が増すなど)については、生態系への影響や人体への安全性などは検証ずみといわれている。しかし、DNAの一部を切り取ったり他の遺伝子を挿入したりする操作(制限酵素を用いてなされる)のときに、未知の90%の部分にもその操作が及ぶ可能性はないのか。もし、そこの部分に組み替えが起こっても、直ちにその影響は遺伝に顕現してこないだろうから、安全性は検証されてないだろう。、そのような隠れた組み替えがおこるなら、将来それが二次的、三次的効果としてでてこないかと気になる。それは素人の杞憂だろうか。

4.STAP細胞はカオスの縁にある状態
 STAP細胞化の現象は、複雑系の言葉を借りれば、組織細胞が活性化されてカオスの縁に近づいたといえるだろう。生体内で相対的に安定だが非平衡散逸状態にある組織細胞は「散逸構造」とみなされよう(3)。それが分離して単独で体外に置かれると、バランスが破れて外部の刺激を受けやすくなり活性化されるのであろう。その細胞は不安定状態となっていて変化しやすく、僅かの作用でSTAP細胞になるのであろう。しかも、STAP細胞はあらゆる組織の細胞に成長しうるということは、環境に応じて全く異なる結果をもたらすことである。すなわち、培養条件という初期作用の差が全く異なる組織に成長しうるのであるから、これはカオス現象である。初期状態の微少なさが、長時間後に拡大されて非常に異なる結果をもたらすのがカオス現象である。それゆえ、初期条件次第で、いかなる組織にもなり得るSTAP細胞はカオス的状態にあるといえる。

5.獲得形質は遺伝しうる? 
 複雑系科学から学んだ事は、進化における淘汰は発展(成長)過程で作用しているということである。物質の有する自己発展、自己組織化の能力は、環境との相互作用(相互規定的)によって環境に応じた適応進化を可能にする。すると、新たな機能は外的条件にマッチして創発されることになる。そうであれば、淘汰(選択)は発展・進化の過程ですでに作用しているといえるだろう。物質系(生物も)の発展・進化は、ダーウィン説のように突然変異といった偶然性と自然淘汰という必然性の積み重ねではなく、むしろ適応系として環境に合わせて常に状態を再調整しつつ自己発展・進化しているとみるべきであろう。進化系は環境との相互規定的相互作用により、自らが適応するばかりでなく,逆に環境をも変えつつ適応進化していると思われる(4)。

 STAP細胞化にはいろいろなランクがあるだろう。つまり、完全万能化ではなく、部分的多機能化である。切り取られた組織の再生は、切り口付近の細胞が部分的な若返りによるものだろう。これも部分的STAP化であろう。これ以外にも、部分的STAP細胞化があってもおかしくない。たとえば、食物や環境などの変化による刺激によって、体内のバランスが少し破れて、部分的STAP化(若返り)で一部組織が成長し,生物進化が促される可能性もあるだろう。そうならば、ラマルクの進化論も否定できないだろう。
  
 6.STAP細胞化のメカニズムは?  
 いうまでもなく、STAP細胞化の機構の解明はこれからの重要な課題である。すでにいろいろ推測が進み、研究されつつあるだろう。STAP細胞化の機構はDNAの未知の90%部分と大いに関連があると思われるが、細胞はDNAやミトコンドリアなど、いろいろな小器官が細胞液を媒介にして相互連関している一つのシステムであるから、相互規定的な観点から総合的な分析解明が必要であろう。
 遺伝子操作によるiPS細胞の研究技術とそれによって得られた情報知識は、STAP細胞化の機構解明に有効であろう。両研究の協力による成果が期待される。

 STAP細胞化のニュースを聞いた後、こんな事を夢想しつつ、この分野の今後の発展を想像し期待している。 

 参考文献
1.拙著『物理学の論理と方法』(大月書店 1983)
  拙著『複雑系科学の哲学概論』(本の泉社 2013)
2.拙著『科学はこうして発展した-科学革命の論理』(せせらぎ出版 2002),
  拙著『複雑系科学の哲学概論』(本の泉社 2013)
3.G.ニコリス,I.プリゴジン著木畠陽之助,相沢洋二訳『散逸構造』(岩波書店  1980),
  S.カウフマン著・米沢富美子訳『自己組織化と進化の論理』(日本経済新聞社   1999),
4.S.カウフマン著・米沢富美子訳『自己組織化と進化の論理』(日本経済新聞社   1999),
  拙著『複雑系科学の哲学概論』(本の泉社 2013)
『複雑系科学の哲学概論』を出版しました
『複雑系科学の哲学概論』を出版しました

 以前、本書の目的とタイトル、目次をこのブログに載せましたが、それを修正・加筆して、この度9月26日付けで「本の泉社」から出版しました。 定価 1500円+税  

 私の科学論、自然観に基づき新たな観点を採り入れて、複雑系科学の意義、内容を物理学を軸にしてまとめてみました。興味ある方は読んでみて下さい。
 
紹介『複雑系科学の哲学』(仮題)
複雑系科学の哲学概論(仮題)  

(このたび、このような冊子を作りましたので紹介します。興味のある方で、希望があればその原稿をメールで送ることができますので, このメールアドレスに連絡下さい。rsugano@feel.ocn.ne.jp )

まえがき

 物質には自己組織化、進化する能力が具わっている。それゆえ、自然科学は物質の存在様式とその運動法則を認識する科学、いわゆる「存在の科学」だけでなく、発展・進化のの様相と法則を追究しなければならない。そうしなければ、自然科学は自然の仕組みについて半分しか認識しないことになる。宇宙自体を含めて物質の発展・進化の問題を対象とする科学が複雑系科学である。その後、その対象は生物や社会現象にも拡張れてきた。
複雑系科学の研究の意義が認識され、この分野は近年急速に発展している。その複雑系科学の理論は、単に物質系に限らず、生物圏、人間の社会的営為や、あらゆる組織の活動にも適用されるので、重要性がつとに高まっている。そのことを意識して、日本科学者会議第18回綜合学術研究集会(2010年仙台)において、初めて複雑系科学の分科会が設けられた。このとき分科会参加者によって、「複雑系科学研究会」を発足させることが合意され、翌2011年に第1回複雑系科学シンポジウムが大阪で開催された。それ以後、春にテーマを絞ったワークショップ、秋にシンポジウムを開催し、多面的なテーマについて活発な研究討論が続けられている。

 この冊子は、その研究会で報告した拙論を軸にして、複雑系科学の方法と論理を科学哲学の観点から総合的に纏めたものである。筆者は複雑系科学の専門家でないので、取りあげた課題は物理学を中心としたために、偏っていて不十分であるだろうし、誤解もあるかも知れない。
 皆さんの忌憚のないご批判やコメントを頂き、加筆・修正して改良したいと思いこの冊子を作りました。
 
 本論考は「複雑系科学研究会」がなければ生まれなかった。この研究会で議論していただいた方々、特にこの研究会の発足と討論に尽力された東北大学名誉教授嶋田一郎氏、およびこの研究会の組織・運営に多大の尽力をされた研究会事務局長の長野八久氏に感謝します。
   
目次

第1章 複雑系科学とは:複雑系科学の位置づけ
 (1)「存在の科学」と「発展の科学」
    複雑系科学とは、 複雑系科学の特性、
(2)第三科学革命:発展・進化の科学の誕生
第2章 複雑系科学の基礎概念
(1) 物質系の構造や状態に関する概念
    非平衡、散逸開放系、散逸構造、対称性、フラクタル
(2)力学的作用に関する概念
    エネルギーとエントロピー、 エントロピー増大の法則(熱力学第2法則)、
  シナジー(協同性)
(3)状態変化に関する概念
    相転移、対称性の破れ、発展・進化、可逆性と不可逆性、
    発展・進化の不可逆性:ミクロの素過程は可逆的、
    時間の矢:エントロピー時間、アトラクター、カオス
第3章 自然界の階層性
  (1)自然の多様性と階層性
     階層性とは:ミクロの階層、マクロの階層、 階層を区別するもの、
  (2)物質の階層性
  各階層には固有の構造と法則、階層時間
(3)力の階層性,力(相互作用)の3要素、相互作用(力)の階層性、
     相互作用の閉じ込め(遮蔽)、力の多様性、
第4章 対称性の破れと自然界の多様性
(1)自然科学における対称性 
     対称性とその意義
  (2)対称性の破れ
 自発的対称性の破れ:自己組織化
     自発的対称性の破れに関する南部理論、ヒグス場による真空の相転移
  (3)相互作用の統一理論:対称的相互作用の分岐 
  弱電統一相互作用の分岐、 質量の起源
第5章 自己組織化と発展・進化
(1)体系 (system):相対的に安定な部分系
  (2)自己組織化とは
  (3)相転移
相転移の本質、量による質の転化、
  (4)複雑系の条件
     複雑系の特徴
  (5)自己触媒の発生
  (6)相転移による自己組織化、階層の形成
階層の生成と対称性の破れ、自然界(宇宙)のアトラクター  
(6)定常性の維持と否定の対立拮抗、
第6章 物質進化の定義と進化の機構
 (1)進化とは何か
進化の意味は単純ではない、
(2)物質系の運動と発展・進化  
(3)物質系進化の評価基準-進化度の定義
   物質進化の必要条件、体系の形状と自由度
  (4)エントロピーとエネルギーの放出機構
   体積膨張、化学ポテンシャルや輻射による放出
(5)地球のエントロピー放出機構
     地球上での散逸構造発生の源は太陽エネルギー
(6)階層構造と進化
  (7)散逸構造とその生成:自己組織化
     カオスの縁、複雑適応系 
  (8)自己組織化と自然淘汰
     適応進化
 (9)物質系の自己発展と自己反映
     自然科学は自然自体の自己反映
第7章 進化現象の不可逆性について
(1)可逆性と不可逆性
(2)エントロピー増大則と宇宙進化は矛盾しない
エントロピーの放出と収納機構
  (3)宇宙のエントロピー散逸機構と宇宙進化
 宇宙膨張は発展・進化の必要条件を用意、十分条件ではない
  (4)発展・進化の不可逆性:ミクロの素過程は可逆的
非線形性による場合、時間の矢について
第8章 不確実性と確率的予測
(1)複雑系の発展・進化過程の不確実性と予測不可能性の要因
   非線形性によるもの、カオス性によるもの、2次・3次情報によるもの、
     揺らぎによるもの
 (2)確率的選択則とその解釈
決定論での予測不可能性について、 非線形法則における分岐枝
     揺らぎによる予測不可能性
(3)確率的予測は原理的なものでなく、不可避的なものとは限らない
(4)量子力学的確率法則とは異質
第9章 複雑系科学の哲学
  (1)時間とその不可逆性について
     時間は運動のうちに在る、時間の可逆性と不可逆性、
     エントロピー的時間の不可逆性
 (2)実体の存在について
   変化のなかの自己同一性、
物質の本性は相互連関と運動:実体は消えたか?
 (3)相対的実体の意義: 階層における実体
  (4)部分と全体: 創発の形態
     階層間の相互規定性
 (5)分析法、特に要素還的分析法の根拠
  分析的方法の形態、 分析的方法の根拠、
     下からと上からのアプローチ(分析と綜合)の協力が必要
  (6)複雑系科学における分析法
     創発について 
  (7)複雑系と自然弁証法
   (i)複雑系における対立概念とその対立拮抗
   (ii)対称性の破れと自然の進化
      なぜ自然界の対称性が破れるのか? 宇宙・物質の自己発展性
  (8)自然科学は自然自体の自己反映活動
科学の不完全性:自己言及型の論理、「観測」が理論体系の中に入る、
    量子論の不確定性関係、 自然の仕組み:相互規定的存在の理法
  (9)自然科学と価値観
    (i)自然科学は没価値的理論か
(ii)対称性の破れと「価値」概念
(iii)科学理論に含まれうる「価値」概念
(iv) 技術の価値 
第10章 科学理論の形成過程と進歩-複雑系科学の観点から
  (1)科学理論の本質的性格
(2)科学のサイバネティクス的構造
(3)理論体系の構造
     演繹的体系、理論体系の完備性、理論体系のネットワーク構造
  相互規定的循環構造
(4)法則と理論体系の形成
  規則性・法則の形成、演繹的理論の体系化
(5)複雑系としての科学
     協同性効果,理論体系は散逸構造,理論体系の自己発展、
     科学革命は「自己否定的脱体」、科学革命はカオス的相転移
(6)科学革命の連続性と不連続性

ヒグス粒子発見の意義--自然の奥深さと科学の可能性を探る  
ヒグス粒子発見の意義      それは新たな発展の始まり 
          自然の奥深さと科学の可能性を探る  
  
                 
    (京都科学カフェ 2013.1.12.京都大学理学部セミナーハウスにて)                            
(ヒグス粒子の発見については、昨年このブログに書いたが、今度は京都科学カフェで「その発見の意義」について講演を依頼された。そこで、ヒグス粒子の発見の意義と自然の奥深さや科学の可能性を関連させて話をした。前半は以前に書いたものと同じだが、後半は科学論的な観点にウエイトを置いたので、ここに載せることにした。) 

1.はじめに:宇宙・物質の根源に関する画期的な発見 

その存在の検証が長年待ち望まれてきたヒグス粒子と認定できる新粒子がついに発見されたと、ジュネーブにあるCERN(欧州合同原子核研究所)が2012年7月4日に発表した。実験に用いられた加速器はLHC(Large Hadron Collider)と呼ばれる陽子ビームを正面衝突させる装置である。
 ヒグス粒子の存在については、長い間理論的な議論が続き、加速器による検証が試みられてきた。素粒子の世界で働く相互作用(力)は、現在のところ自然界の最も基礎的なものである。その基礎的力には4種(強い力、電磁気力、弱い力、重力)あるが、それら4種の力は根源において唯一つに統一されていたとするのが「相互作用の統一理論」である。その統一力が宇宙誕生の初期に現在のような4種に分岐したと想定されている。その分岐の機構においてヒグス粒子が要の役割を果たしたとみなされていた。

科学者の情熱:なぜここまで追究するか
 素粒子の世界での基礎的相互作用(力)に関する統一理論は、自然の仕組みに関するそれまでのイメージを転換させる画期的なものである。ヒグス粒子はその統一理論において要となる重要なものであり、しかも物質の質量を生む根源的役割もする。それゆえ、ヒグス粒子の存否は素粒子の標準理論にとって死活の鍵ともいえる問題であるばかりでなく、宇宙誕生の根幹にかかわる重要なものである。だから、ヒグス粒子の存在を追究するために、物理学者は情熱を注いできたわけである。宇宙の誕生とその仕組みに関する根本的な問いは、科学者、いや人類の夢であり、その探究にはロマンがある。
だが、ヒグス粒子の質量が理論的に予言できないことや、その崩壊の仕方(モード)が多岐にわたり複雑であるために、その発見が遅れていた。このことは、ヒグス粒子発見の実験はいかに難しいものであるかを示している。
ヒグス粒子の発見は、素粒子理論にとって画期的なものであるがゆえに、莫大な研究費を投じ、数千人の科学者を動員して長年追究してきたわけである。それだけに、ヒグス粒子のこの発見に携わってきた研究者たちの喜びは一入であろう。

2.相互作用の統一理論とは

昔、アインシュタインが電磁気力と重力を一つに纏める「統一場の理論」を提唱したが、成功しなかった。その後、場の量子論に基づいて、別の発想による相互作用の統一理論が提唱された。
基礎的4種の相互作用(強い力、電磁気力、弱い力、重力)は根元的には唯一つであったという「相互作用の統一理論」とは何か、その理論のなかでヒグス粒子がどのような役割を演ずるのか、その説明から始めよう。

 (注)4種相互作用の「強い力」は核力やクォークを結合する最強の力、「電磁気力」は電気・磁気力、「弱い力」は原子核のベータ崩壊やニュートリノに働く力、「重力」は万有引力として知られる最も弱い力である。

宇宙生成のとき、素粒子の4つの基礎的相互作用は区別なくただ一つの対称的な形式であった。だが、宇宙創生期にその統一相互作用の対称性が破れて強、電磁、弱の相互作用と重力に分岐したというのが、相互作用の統一理論である。その分岐の時間は宇宙誕生後、ほぼ10-11秒以内と推定されている。
これら4種相互作用は、みなその性質がかなり異なっているから、それ以前の素粒子論では、それら異種相互作用を別々に追究し解明してきた。統一するというより、むしろ何種類の相互作用があるかを追究していた。一時期、第5の力の存在が問題になったこともある。それゆえ、1960年代に始また、この統一理論は相互作用に関する観点を逆転させたという点で、自然観の転換であった。

 宇宙生成期の高温・高圧の火の玉が大爆発した「ビッグバン」以後、宇宙は膨張して温度が急速に下がり始めた。その膨張過程で、一つに統一されていた相互作用の対称的が、次々に破れて4種に分岐したとみなされている。その統一相互作用の対称性が破れて分岐するときに、ヒグス粒子が不可欠な役割をする。その分岐の機構を組み立てるために、スカラー粒子(スピン0の粒子:これがヒグス粒子)の存在を仮定して、それを理論的に示したのがイギリスのP.ヒグスである(1964)。

3.ヒグス粒子発見の実験

実験装置:加速器LHCとそのエネルギー
CERNにあるLHCは陽子と陽子を正面衝突させる加速器である。加速器は円周約27kmの地下のトンネルに設置されている。1009年から本格稼働。

(CERN加速器の写真)

陽子・陽子が衝突するときの重心系でのエネルギーは8Tev(Tev:1012電子ボルト)である。陽子質量は約1Gev(Gev:109電子ボルト)のエネルギーに相当するから、その8000倍である。
(相対性理論の質量とエネルギーの関係:E=mc2)

実験グループとスタッフ 
世界の素粒子論研究者が集まり延べ約3000人。日本から110人がATLASグループに参加した(中心メンバーは東大の小林富雄教授、浅井祥仁準教授など)。
 陽子同士の衝突により発生する粒子を測定する検出器ATLASとCMSを用いた2組の実験グループが独立に測定し、同時に発見した。
   
日本の技術が貢献:
ATLAS検出装置の建設、加速器の精密機器製作、コンピュータによるデーター解析。
    
(ATLASの写真)

ヒグス粒子の性質:                  
生成;陽子中のクォークからでたグルーオンにより作られるtクォーク対から発生。
質量;発見されたヒグス粒子の質量は約126Gev/c2 (陽子質量の126倍)  である。
 ヒグス粒子の平均寿命;不安定で、約10-23秒で崩壊する。
崩壊モード;Z0Z0、W+W-、γγ、q-反q、など多岐。

検出法:ヒグス粒子が崩壊してできる粒子は、γ線を除き、すべての粒子は不安定で、直ちに崩壊するから、検出器で捉えるのはそれらが崩壊した孫粒子である。
 今度の実験で捉えた粒子は2組のμ粒子対、およびγ線対である。
   
     Z0-→ μ+μ- 
H-→                   H-→γγ 
       Z0-→ μ+μ-


 ATLASによる実験データー:横軸はエネルギー(質量)、縦軸はイベント数

  

ヒグス粒子の同定
陽子-陽子衝突によりいろいろな種類の粒子が多数発生し、飛び出してくる。そのなかで、2組のμ対を検出し、それらのエネルギー・運動量を測定して保存則を満たす組だけを取り出す。その合計のエネルギーが同じ組の数を図のようにプロットする。その数がバックグラウンドより高い所があれば、そこに不安定粒子があることを示している。図では125Gevの所に山がある。その山がバックがラウンドよりも高いほど、粒子の存在確率が高い。γγに付いても同様にする。
      
4.自然の仕組み:統一理論の基礎にヒグス粒子 

統一相互作用の対称性の破れ、:真空の相転移
ヒグス場(粒子)には、荷電φ+と中性φ0の2成分がある。宇宙初期の超高温状態のときはヒグス粒子(φ0)のポテンシャルは(図a)のように、φ0の存在しない状態(φ=0の原点)がエネルギーが最低の真空であった。宇宙膨張で温度が降下すると、2つのヒグス場の一方のφ0 のポテンシャルが(図b)のように変形したとすると、最低エネルギーは、原点ではなく、横軸φ0=±vの所になる。すると、真空は新たに最低エネルギー状態となったφ0 =±vの所に移る。どちらに移動するかは確率的偶然で決まる。いま、真空がφ0 =vに移動したとしよう。ということは、真空は空(φ=0)ではなく、至る所φ0が凝縮して「密度vだけ詰まった状態」ということになる。これを真空の相転移という。
(ちなみに、真空を埋めることのできる場は、スピンや電荷などの物理量を持たないものだけである。それゆえ、荷電ヒグス場φ+は電荷のために真空を埋めることはできない。)

 この現象は、外から何の作用をせずに、ヒグス場φ0が自発的に凝縮を起こして真空が相転移し対称性が破れたことを意味する。このように外からの作用によるのでなく、内部機構による対称性の破れを、自発的対称性の破れという。 vの値はヒグス場の凝縮度であり、真空の対称性の破れの程度を表す量である。vをヒグス場の真空期待値という。
 自発的対称性の破れの機構を理論的に示したのは南部である(ノーベル賞授賞)。

 図.ヒグス場による真空の相転移:真空の対称性の破れ

宇宙を構成している基本粒子とゲージ場
宇宙を構成している基本的物質はクォークと軽粒子であるとみなされている。 
6種のクォークと軽粒子:(注)スピンはすべて1/2(単位はh/2π)
 
 第1世代 u,d(3色);e,νe
    第2世代 c,s(3色);μ,νμ
    第3世代 t,b(3色);τ,ντ
 これら基本粒子間に働く4種の相互作用を媒介するものは、ゲージ場と呼ばれる粒子である(場の量子論では、場と粒子は同じ)。
    強い力:色ゲージ場(8種)グルーオンg、 スピン1,  
    電磁力:電磁場    光子γ、       スピン1、
    弱い力: 弱ボゾン    W±,Z0    スピン1、
    重力 : 重力場     重力子G     スピン2、

宇宙生成期には、これら物質粒子とゲージ場はすべて質量0であり、しかもそれぞれのグループに属する粒子は質的にも区別なく同等であった、つまり物質粒子グループとゲージ場グループとは、それぞれ一括りの同質(対称的)なものであったとみなされている。

物質の属性を識別するのは、それぞれの相互作用である(相互作用が無ければ、物質の存在も性質も認識できない)。たとえば、ある粒子が電気を有しているか否かを知るのは電磁気力(電磁場)による。相互作用を媒介するゲージ場が完全対称(区別なく同等)であれば、相互作用も完全対称的であるから、物質粒子も区別が付かず完全に対称的である。
ただし、重力場は特殊なので、まず強、電磁、弱相互作用の統一理論が提唱された。それを大統一理論GUT(Grand Unified Theory)という。そのGUTはクォークと軽粒子を一括りに同一視するのである。

相互作用の対称性の破れを引き起こすヒグス場
このヒグス場の凝縮によって真空の対称性が破れる(真空の相転移)とき、同時に統一相互作用の対称性も破れて、分岐が起こる。GUTでは、統一相互作用(3種)のうち、まず強い力が分岐独立し、最後に電磁気力と弱い力が分岐した。つまり、2段階の分岐を経て、3種相互作用が別々の力になったとみなされている。それゆえ、ヒグス粒子は少なくとも2種類存在するはずである。
この分岐の機構には、ヒグス場が決定的に重要な役割を演じている。ヒグス場φ0の凝縮による真空の相転移が起こることで、質量0のゲージ場の中の弱ボゾン(W,Z)が質量をえることで、その対称性が破れ分岐が起こる。

対称性の段階的破れ
 超対称性理論(4種相互作用の統一)→ 大統一理論GUT(強、電磁、弱力)→ 弱電統一理論(弱、電磁力)  → 電磁力と弱力

理論展開の歴史的な流れは、まず最初にGUTの一部である「弱電統一理論」に関するワインバーグ-サラム-グラショウ理論が提唱された(1967)。次に強い相互作用を包含する大統一理論へ進んだ。重力は3種の力と異質であり、超対称性理論はまだできてない。そのモデルとして超紐(superstring)理論が有力視されているが、まだ未完成である。

5.質量の成因:物質粒子の質量を生んだヒグス粒子 

「相互作用の統一理論」が提唱されてから、素粒子の世界を理解する観点が大きく変わった。この観点は宇宙成生と宇宙進化の本質に関わることであり、自然観の転換であった。   
物質の質量の起源もその一つである。統一相互作用の分岐の過程でヒグス場が重要な役割を演じ、一部のゲージ場と物質粒子に質量を与えるのである。

ヒグス場は物質場(クォーク、軽粒子)と相互作用(湯川型相互作用)をする。その相互作用により、真空に縮退したヒグス場が物質場に質量を与える。つまり、物質粒子が真空中を運動するときに、ヒグス粒子がまとわり付いて粒子を動きにくくするわけである。ということは、物質粒子の質量の起源は真空を埋めたヒグス場の粘性抵抗のようなものである。
 物質粒子の種類によってその質量は異なる。クォークのt、b、s、c、u、d、および軽粒子のτ、μ,e、νはみな質量が異なる。その質量値は物質場とヒグス場の相互作用の強さfとヒグス場の真空期待値vの積fvに比例する。そのfvが粘性の強さである。クォークは軽粒子よりもfの値が大きいから質量が大なのである。

 ちなみに、標準理論を構成する粒子は物質粒子6,軽粒子6,ゲージ粒子4、計16種類とヒグス粒子2種である。

6.発見の意義と今後の課題

発見の意義
今度発見された新粒子が本当にヒグス粒子H0(φ0)であることが確定すれば、これで標準理論の基礎となる粒子は揃ったことになり、この理論は確かなものと認められるであろう。
・ヒグス場の質量は理論では予言できなかった。125Gevという値は標準理論をさらに精密に仕上げるために重要なデーターとなる。そこから新たな問題が見つかるかも知れない。たとえば、「標準理論からのずれ」など。
・物質の質量の起源はこれまで理論的に説明できなかった。真空に縮退したヒグス粒子によるという説明は、以前からの観点と全く異質のものである。それは物質観の変更でもある。
・この発見を出発点として新たな分野への第一歩が踏み出されるだろう。次の問題は、重力まで入れた全統一理論の完成である。それは暗黒物質にも関連している可能性がある。その理論ができたなら素晴らしいことである。
その全統一理論の対称性は、スピン1/2とスピン0および1の粒子を同一視した超対称性といわれるものである。その超対称性理論によれば、すでに発見されているすべての物質場とゲージ場の相棒として、パートナー粒子(既知粒子とスピンが1/2異なる)が存在することになる。つまり、粒子の種類が現在知られているものの2倍になる。
超対称性理論のモデルとして、超紐(superstring)理論があるが、未完成、かつ問題が多く否定的意見もある。
・標準理論の完成は、それを土台として次の新たな理論への糸口になるかも知れない。
だが、残されたいくつかの問題もある。

残された問題
1)標準理論では、対称性の破れは少なくとも2段階あるので、もう一種のヒグス粒子を発見する必要がある。もう一種のヒグス粒子を探索すると同時に、今度発見された125Gevヒグス粒子の性質を吟味して、どちらの段階のヒグス粒子かを決めなければならない。陽子同士の衝突で生成したのであるから、グルーオンにより生成された可能性が高い。すると、第一段階の強い相互作用の分岐に関わるものではないかと思う。だが、同定には崩壊モードも関係するから、慎重な吟味が必要である。
これらヒグス粒子の検証実験には、電子-陽電子衝突による実験の方がよい。陽子同士の衝突では余分な粒子が沢山発生するから、必要なデーターを選び出すのが大変である。その点、電子-陽電子衝突では余分な粒子の発生が少ないので、データーは綺麗にでるからである。

2)物質質量の大きさを与える(ヒグス場と物質場の)相互作用の強さfを決める原理がない。また、ヒグス場は最初から(虚)質量を有すると仮定されているが、その質量の由来が不明である、さらに、ゲージ理論の枠内に納まらない(はみ出した)ヒグス場の身分を明らかにすることが必要である。標準理論はまだすっきりとした理論形式になっていない。このことは標準理論が不完全であることを示す。
 
3)等価原理の不思議:ここで問題になるのは、物質の質量に関する等価原理である。物質の質量には2種類ある、慣性質量と重力質量。
ヒグス場の粘性抵抗によって生ずる質量は「慣性質量」である。それに対して重力を生み、かつ受け止める「重力質量(重さ)」がある。この2種の質量は、性質も由来も別ものとみなされている。それにもかかわらず「慣性質量」と「重力質量」とが等価(大きさが同じ)であるというのが「等価原理」であり、それは一般相対性理論の基礎原理となっている。
(重い鉄球も軽い羽毛も真空中では同じ加速度で落下するのはこの原理のため。) 
 この異質な2種の質量が同等であるという等価原理は、いかにして成り立つのか?この根拠を解明することが大きな課題である。重力場を含めた相互作用の統一理論が完成すればこの問題は解決するか、少なくとも解明の手掛かりはえられるだろう。

4)相互作用の自発的対称性の破れは南部理論による。相互作用の自発的対称性の破れによって、質量0のスカラー粒子(スピン0)が創生される。これを南部-ゴールドストン粒子という。ヒグス場はその一種とみなされるが、質量の起源など未解決のものがある。
 
5)対称性はなぜ破れるのか:宇宙の創生期の自然界では、すべての存在は一つに統一され対称的、すべての粒子質量はゼロであるとみなされている。それが宇宙初期のビッグバン以後、温度降下とともに対称性が破れて、いろいろな性質が現れたと想定されている。その対称性の破れにより自然の多様性が生じた。自然界の複雑な仕組み(物質の多様性、階層性など)はその対称性の破れの結果である。元の対称性を保ったままならば、何の変哲もない一様な宇宙のままである。
 では、なぜその対称性が破れたのであろうか。その理由はまだ分からない。

6)ビッグバン以前の状態は? 無から有は生じない。
c(光速度)、h(プランクの作用量子)、G(重力定数)を組み合わせてできる
 時間のスケール:プランク時間 tp=(G/hc5)1/2= 5.4×10-44秒
長さのスケール:プランク長  lp=(G/hc3)1/2= 1.6×10-35m 

時空がこれ以下の領域をプランク領域と呼ぶことにすると「プランク領域」の内部は現代物理学の対象外である。
だがこの領域内も無ではないだろう。宇宙の卵が出来るある種の「背景場」があるのではないか。

7.科学の可能性と限界:科学は不完全だが無限に進歩 

人類が自然の仕組みを理解できると言うことは大変不思議なことである。
 人類は、宇宙進化の過程で、物質自身の能力により自然に発生したものであることは今や疑いない。また、人間の記憶や思考なども高度に組織化された物質系の機能の一形態であることも、やがて解明されるであろう。
自然の一部である人間の営為は、自然科学も含めて、全て自然現象の一環である。すると、”自然科学とは自然自体が人類を通して自らを解明する自己反映(自己認識)活動”ということになる。それゆえ、自然科学を単に人間の側からの自然認識としてのみ捉えるのでなく、自然の側から視た「自然の自己反映(認識)」という観点から捉え直すべきであるというのが、かねてからの私の主張である。
これまでの科学観は、自然を対象化し、自然の外に立って客観的に認識するという立場であった。しかし、自然の一部として内から自然を認識する科学を志向すべきである。この科学観は「自然支配の科学・技術」ではなく、「自然との共存のための科学」への転換の指針となるだろう。
 
科学の不完全性
自然の自己反映という科学観に立てば、自然科学の理論は自然が自らについて述べる「自己言及型」の論理となる。すると、ゲーデルの不完全性定理の制約を受けざるを得ない。述語論理におけるゲーデルの不完全性定理によると、矛盾のない理論体系は不完全であり、説明できない現象や真偽が定まらない決定不能命題が必ず存在する(例:嘘つきパラドックス「私は嘘つきである」)。それらの問題を解明するために、仮説を加えて新理論を造ることができる、科学理論の進歩・発展もその例である。だが、その新理論も無矛盾な体系である限り、また新たに説明不可能な現象や決定不能命題が現れる。この過程は永久に繰り返されるから、自然科学は原理的に不完全であって、人間は自然を完全に知り尽くすことはできないことになる。ちょうど人間が人間自らを完全に解明できないだろうように。このことは同時に、科学には終わりはなく、実在の自然に無限に近づくが永遠に到達できないことを意味する。たとえば、科学理論の基礎原理は説明も直接実証もできない仮定であるが、その原理を説明するためには新たに高次の原理を必要とするように、この過程は尽きることはない。
また、ゲーデルの不完全性定理の帰結として、無矛盾な論理体系は自らの完全性をその内部で証明できない。したがって、自然自体は自己完結的な存在であったとしも、自己完結的な自然科学の理論体系は不可能である。よって、自然科学理論の検証には自然に問いかける実験・観察が永遠に不可欠なのである。

物理学理論の進歩:新たな原理に基づき次々に進歩・発展
アリストテレス自然学―近代物理学(ニュートン力学、電磁気学など)―相対性理論―量子力学―場の量子論―・・?

物質の階層:階層は無限に続くのか? 究極を求めて
?-宇宙-超銀河-銀河団-銀河-恒星系-地球(惑星)-マクロ物質-分子・原子-素粒子-クォーク   
  -・・?
 
 観察・実験お技術はどこまで進歩するか。実証科学の可能性と限界の問題がある。

西洋的自然観と自然科学 
このように人類は自然の原理を知り尽くすことはできない。だが、西洋では、全知全能の絶対神の創造した自然は論理整然とした斉一的なものであるから、その仕組みを知り尽くすことができると信じて追究した。「機械論的自然観」(デカルト)と「原子論的自然観」に基づく例外を許さない「絶対的自然法則」という概念が生まれ、その上に西欧の近代科学は築かれた。この自然哲学の基礎には「神―人間―自然」というキリスト教の階層的自然観があると思う。それに対して、多神教(八百万の神)の東洋には、人間も自然の一部であると考え、自然を知り尽くせるという思想は生まれなかった。 

 17世紀以降、西欧における近代科学の成立によって人間は「神」を必要としない論理を獲得した。19世紀の終わりに、ロンドン王立(科学)協会で、ケルビン卿は「物理学は自然の原理を掴んだ。今後はそれを用いて自然現象を説明するだけだ」と誇らしげに講演した。
 だが、科学者のその誇りは幻想であった。20世紀にアインシュタインの相対性理論とミクロ世界の量子力学の誕生により、科学者は科学の不完全さを思い知らされた。そして、科学的認識とは何かを改めて考察し、科学の限界に気づいた。

 20世紀、現代物理学の誕生に伴い、原子論的自然観は「階層的自然観」へと、機械論的自然観は「進化的自然観」へと転換した。この自然観は、物質の存在様式はミクロからマクロまで階層をなし、すべてのものは発展進化するというものである。

 「相互作用の統一理論」は宇宙の仕組みは斉一であり、根元は「一」という自然観に基づくといえるだろう。この統一理論が完成すれば、自然の原理を知り尽くしたことになる(物理の終焉)という科学者がいた。これも西欧的発想であろう。

 中国の道家(老荘)の思想に「道(世界の根元)は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」というのがある。これは「気→陰陽→五行→万物」という中国自然観の元になった。だが、この発展の過程と機構を追究せず、思弁的レベルのままで止まった。西欧的な統一自然観とは異質である。

 ヒグス粒子は宇宙の多様性を生み出し、物質に質量を与えた「万能の粒子」という意味で「神の粒子」と言われたりもする。しかし、ヒグス粒子が活躍する場として、すでに物質粒子とゲージ場があることを念頭に置くべきである。それは「全能の創造主」ではないから、キリスト教の「神」ではない。「残された問題」で述べたように、ヒグス粒子の発見により、新たな問題が現れた。また、ヒグス粒子の出自・身分についての解明が必要である。自然は無限に奥深く、科学的探究は尽きることはない。

8.科学とは何か:科学は精神文明の一翼

昔、自然科学は自然哲学であった
東洋・西洋ともに、古代科学の中心的課題と自然観は「宇宙観、物質観、生命観」であった。これらは現代科学にも引き継がれている。

 近代科学以前の自然科学は「自然哲学」、またはその一部であった。そして、宗教的自然観に強く支配されていた。17世紀に実証科学として合理的理論体系の近代科学が生まれ、哲学や宗教から独立していった。
 自然科学の論理にはそれを築いた文明の基礎にある自然観が反映している。逆に、科学の進歩が自然観の転換をもたらしてきた。科学的自然観と自然科学の発展の相互関係を理解することは、科学研究ばかりでなく科学教育にとっても大切なことである。日本の科学教育ではこれが欠けている。

科学の存在意義:社会的機能 
 科学には二重の意義がある。一つには自然認識を深めることによって精神文明への寄与である。科学は自然観、哲学、人生観の形成に不可欠であり、科学的自然観を通して自然界における人類の地位を認識する。それゆえ、科学は人文・社会学、芸術、宗教と並んで精神文化の一つである。二つめは技術を通しての物質文明への寄与である。科学を技術に応用し生産力とすることで、物質的な豊かさをもたらし、また自然の脅威から身を守る。このように科学は文化の一翼として二つの社会的機能(上部構造と下部構造への寄与)を有する。

 現代では、社会的機能の面で宗教と科学の地位が昔と逆転し、科学・技術は政治・経済を動かすまでになった。それにつれて、科学・技術は政治と直結し、政治の支配を直接受けるようになった。しかし反面で、人文・社会学や倫理の面が置き去りにされて、科学・技術のみ突出して進歩・発展した。その歪みの結果、便利さや物質的豊かさといった物質文明のみ追う傾向が強くなり、多くの弊害が発生している。また、大量破壊兵器の開発や公害・環境問題などにより、人類自滅の危機さえ招きかねない。近年、科学・技術のあり方と存在意義が問い直されるようになった。

 現代では技術的側面のみがクローズアップされ、「科学=技術」であるかのように錯覚されている(日本ではその傾向が強い)。科学と技術は別ものである。基礎科学をもっと大切にすべきである。
精神文明と物質文明とのバランスある発展を求めるためにも、「思想としての科学」、「文明としての科学」の復権を主張したい。
 

         参考文献
「科学とは何か」について、詳しく説明する時間的余裕がないので、次の拙著を参考にして下さい。

1.『科学は自然をどう語ってきたか-科学の論理と自然観』
 (ミネルヴァ書房1999年)
2.『科学はこうして発展した-科学革命の論理』(せせらぎ出版2002年)
3.『物理学とは何かを理解するために』(吉岡書店2012年)

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