科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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大隅良典氏のノーベル医学・生理学賞の受賞
大隅良典氏のノーベル医学・生理学賞の受賞               

 今年はノーベル医学・生理学賞を東京工業大学栄誉教授の大隅良典氏(71歳)が受賞した。細胞が不要になった、蛋白質などを分解する「オートファジー」と呼ばれる仕組みを解明したのが受賞理由であった。日本科学者の3年連続ノーベル賞受賞は誇らしく、大変喜ばしいことである。

 だが、近年は基礎科学の分野で研究費が少なく、若手の後継者が落ちついて基礎研究を続けにくい環境であると大隅さんは憂慮している。もっと基礎科学を重視し、その研究環境を整えよと力説している。最近は特に短期競争的研究費が増え、すぐ成果の出る研究が評価されがちである。これでは基礎科学も若手研究者も育たない。基礎研究がしっかりしてこそ、その上に全分野の科学・技術が開花する。このままでは将来ノーベル賞の受賞も期待できないと、繰り返し述べている。

 科学は技術として役立つだけではなく、精神文明の一翼を担っている。大隅さんのいわれるように「科学は文化」である。文化国家に相応しい科学・技術政策が望まれる。それには「精神文明としての科学の復権」を計るべきだろう。私は以前からずっとそれを主張してきた:拙著『科学は自然をどう語ってきたか』(ミネルヴァ書房 1999年 「技術・科学図書出版優秀賞」)。

 それにしても、いつも思うのだが、日本はノーベル賞となると異常に大騒ぎをする。ノーベル賞は学術界で世界最高の賞であるから、特別視するのはわかる。だが他にも素晴らしい賞は多くあるのに、その受賞はほとんど無視され採り上げられない。受賞者の業績と研究内容を紹介して欲しい。そうすれば科学者になろうとする青少年も増えるだろう。この偏った風潮はマスコミの姿勢によるが、日本人の文化の対する理解のアンバランスを表すものだろう。
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自己組織化におけるエネルギー,エントロピー,シナジー 
 自己組織化におけるエネルギー,エントロピー,シナジー 

 (これは日本科学者会議総合学術会議の分科会「複雑系科学シンポジウム」で報告したものである。)

  1.はじめに
発展・進化の現象で普遍的、かつ中心的役割を担うものはエネルギー、エントロピー(負情報)およびシナジー(協同性)である。これら3要素は自然界のすべての現象に関連している。
 エネルギー保存則はすべての現象を、エントロピー増大則は多体系すべての現象を普遍的に貫く法則である。シナジーは物質の相互作用により生ずる相互連関性、すなわち協同性であるから、質や機能の創発の基である。これも多体系の現象には普遍的にみられるものであるが、まだ普遍的な法則として定量化されてない。
 
 複雑系の進化現象(創発)の必然的予測は不可能であって、確率的にしか予測できないとプリゴジン派は主張した。確かに発展・進化過程で、いかなる質や機能が創発されるかの予測は、今のところほとんど不可能のように思える。また、非線形法則の場合、発展過程に見られる分岐枝の選択予測はできない。カオス現象の未来の結果を予測することも困難である。
 しかし、既存のアプローチ法では法則化は無理でも、観点を変えれば別の新たな法則性が見えてくるはずだと思い、プリゴジン派の見解に批判的意見を持っていた(『複雑系科学の哲学概論』終章)。たとえば、1体系や2体系にはない物理的概念や物理量が多体系には現れる。温度、圧力、内部エネルギー、エントロピーなどは多体系に特有の概念である。分子統計力学はこれらの物理量を用いて、全く無秩序な分子運動の中に熱統計力学の法則(新たな秩序)を見出した。このように、複雑系現象の中の予測不可能なものでも、観点を変えれば別次元の法則性が発見されるであろう。そのようなアプローチには、普遍的法則であるエネルギー、エントロピーが有効かつ不可欠な役割を果たすと考えられていたが、シナジーも重要である。複雑系科学においてシナジー作用の役割を強調したのはH.ハーケンであるが、まだ定量化も法則化もあまり進んでないので、その役割は未知数である。それゆえ、エントロピー増大則でかなり広範囲の現象が理解されると考えられていた。

2.「コンストラクタル法則」について
 E.ベジャンの「コンストラクタル法則(constructal law)」はまさにその一つであろう。ベジャンは、自然界のすべての事象は、流れの中にあり、その中でシステム(散逸構造)はその構造を存続するために「より良く流れる形に進化する」と捉え、それを「コンストラクタル法則」と呼んだ。この法則は、すべての流動系の構造は「エントロピー生成が最小に近づくように設計されていく」と解釈できる。
 彼はこの法則を普遍的基礎原理に据えた。無生物、生物、機械、社会などすべてのものの発展・進化に適用できると主張し、具体例を挙げて分析している。つまり、自然界のすべての存在はこの法則によってデザインされ、形成されていくというわけである。例えば、河川、樹木、肺の気管などはその中の流れを効率よくするように形成されている。そこにフラクタル構造とスケーリング則がみられるという。
 この観点は自然界の発展・進化の方向(適応進化)は必然的であるとし、それを統一的に捉えた優れたものだと思う。進化はダーウィンのように突然変異によるものでなく、この法則に従って「成るべくして成る」といい、またプリゴジンの予測不可能性や確率的予測を否定する。
コンストラクタル法則は適用範囲が広く、進化の方向を統一的に説明する普遍的法則とみなすことはできるだろう。だが、それは進化の方向を決める現象論的法則といえるだろう。その変化の機構をそのシステムを構成する物質の相互作用に基づいて実体論的に法則化する必要がある。
 E.ベジャンの理論のことを最近知り、それに触発されて次の事を考えた。コンストラクタル法則は、第一近似としてはこれでよいだろうが、それだけでは不十分と思うからである。以下にその理由を列挙する。

3.シナジー効果を考慮した法則を
1)コンストラクタル法則は、物事の構造と進化を、エントロピー増大則をベースにして、現象論的、あるいは構造論的に法則化したが、もう一つ掘り下げて実体論的法則を探るべきだと思う。そのためには、システム構造の形成とその変化を構成要素の相互作用にまで立ち入って解明すべきであろう。それには要素間の相互作用によって生ずるシナジーを考慮する必要がある。

2)ベジャンは、地球圏における種々の形態の「流れの存在」を前提にしているが、そもそも「流れ」は如何にして起こるのか。その流れを生むのは物質の相互作用によって生ずるエネルギーであるが、流れの発生機構も解明すべきである。ベジャンは地球上の流れの源を太陽エネルギーと重力としているが、この法則を宇宙規模で考える場合、もっと広いエネルギー源を採り入れるべきである。また、エントロピー増大則と矛盾しない宇宙進化を論ずるには、宇宙膨張も考慮する必要がある。

3)流れの中での構造変化、すなわち発展・進化はいかなる条件の下で起こるのか。その機構が問題である。それは流れとシステム構造の対立拮抗(摩擦・流圧と抵抗)が臨界点(カオスの縁)に達したときにおこるが、そこに至る過程と機構を分析し、理論化すべきである。変化には進化ばかりでなく退化・崩壊もある。一般的に進化には退化が伴う。

4)流れの中でシステム(散逸構造)を形成するとき、またその構造を維持するために、外形と内部構造が問題になる。流れを良くするには抵抗が少なく、高速流に耐えうる構造が有利である。また内部で使用した高エントロピーのエネルギーを吐き出す有効な機能が必要である。そのためには構成要素間のシナジー(協同性)作用が不可欠である。さらに、システムの構造が変化してより良き構造が創発されるときも、シナジー作用が重要な役割を演ずるはずである。

5)自然界の現象の基礎には、現状維持の傾向(慣性)とそれを否定する外的作用との対立拮抗があり、両者の拮抗の破れで運動・変化が決まる。それゆえ、科学理論はみな二つ以上の原理の組み合わせで構成されている。演繹的体系は相互規定的、あるいは相補的原理の組み合わせで構成されている。
この場合も、エントロピー原理に基づくコンストラクタル法則だけでは不十分であり、その補足としてシナジーと関連する法則が必要である。

4.進化におけるエネルギー・エントロピー・シナジー(協同性)の役割 
 散逸構造は周囲(環境)よりも低エントロピー状態にあるから、その体系を維持するためには、絶えず低エントロピーのエネルギー(物質)を採り入れ、それを利用した後に高エントロピーの老廃物を外部に放出している。これも一種の流れ現象である。その点に関しては、外部から採り入れた低エントロピーエネルギーを効率よく利用する機能および老廃物(高エントロピーのエネルギー)を効率よく排出する機能ほど進化している。すなわち、その利用過程でエントロピー増大率をできるだけ少なくする機能を備えた体系ほど進化しているといえるだろう。
 散逸構造が現状を維持し定常状態を保っているのは、一種の慣性とみなせる。しかし、定常状態は永久に保たれることはなく必ず変化し、進化か退化(崩壊)が起こる。その場合、定常状態を維持しようとする慣性と変化しようとする作用との対立拮抗が常にそこにある。その均衡が破れて変化が起こるとき、その拮抗の破れ方(どちらが優位になるか)により進化・退化の仕方が決まる。
進化はエントロピー生成を少なくする体系への変化であると同時に、その局所的部分に限れば、体系自体がより低いエントロピー状態へ移行する変化でもある。ただし、進化により体系が大きくなると全エントロピーは増大するから、単位体積当たりのエントロピー(エントロピー密度)が減少するという意味である。
 
シナジーと機能の創出について
 機能性を有する状態は、無秩序状態よりも低エントロピーの状態にある。たとえば、多数の分子が並んで膜を作れば機能が生ずるが、ランダム状態の分子状態よりも秩序性のある膜状態の方がエントロピーとエネルギーは低い。ランダム状態から膜状態への転化は相転移である。それゆえ、すべての自己組織化と同様に、機能性の創発はエントロピー増大則に逆らった現象である。
 進化の過程では新たな機能が創発されるが、機能性は構成要素間のシナジー作用(協同性の作用)により生まれる。したがって、エントロピーを減少させるシナジー作用はエントロピー増大則と対立拮抗する。
 シナジー作用は構成要素間の相互作用により低エントロピー状態への転化(進化)を引き起こす。物質の自己組織化では、一般的にシナジー作用によりエネルギーもエントロピーも共に低い状態への転化を伴う。システムの維持には適度の安定性が必要であるから、エネルギー的にも低い状態となる。その転化の際に、エネルギーと共にエントロピーが外部に放出されるわけである。それゆえ、シナジーは引力的相互作用により生成される。ただし、エネルギーが低すぎると機能性は逆に抑制されるから、適度のバランスが必要である。 
 相転移はシステム内の非線形的力によって起こる。体系を維持する傾向(慣性)とそれを破る作用との対立拮抗、あるいはエントロピーを減少させる作用(シナジー力)と増大させる作用(エントロピー力)との対立拮抗が臨界点に達したとき不安定になる。さらに、臨界点を超えると相転移によって体系の構造が変化する(質的転化)。 
 相転移は秩序を保とうとする協力的力(シナジー力)と無秩序へ移行しようとするエントロピー的力との対立拮抗の破れによって引き起こされる。すなわち、エントロピー増大作用と減少作用との対立競合である。例えば、温度が下がり臨界点を超えると協力的力が勝ちエントロピーの低い秩序状態に突如として相転移する。
 
 水を熱して生ずるベナール対流も、水流のシナジー効果により生ずる機能である。対流は熱伝導よりも熱の拡散をよくする。その対流により生ずる6角形模様は秩序性の生成であり、それは水流(対流)のシナジー作用による熱拡散機能の生成である。  

5.エネルギー、エントロピー、およびシナジーの関係
 周知のように、エントロピーはエネルギーの質を区別する指標である。シナジーはエントロピーの質を区別する概念とみなされるだろう。その理由は、同じ分子配列(統計力学的エントロピーは同じ)でも相互作用の違いによりシナジー性は異なるからである。同数の分子が並んで膜を形成する場合、分子配列のパターンが同じなら統計力学的エントロピーは同じである。しかし、それら分子間の結合状態により膜の機能は異なる。
 単なる遮蔽膜なら機能は振動の自由度しかないが、半透膜や透過性のある膜であればさらに高度の機能を有する。透過性の機能は分子配列以外の要因、分子間の相互作用によって生ずるシナジー効果である。それゆえ、構成分子間の相互作用が異なれば膜のシナジー性が異り、膜の機能も変わりうる。このように、統計的エントロピーは同じでも、構成分子のシナジーによりエントロピーの質が異なるといえる(その場合、エネルギー状態も変わるだろう)。それゆえ、シナジー性はエントロピーの質を区別する指標となりうるだろう。シナジー性を採り入れた「エントロピー」は統計力学的エントロピーとは異なる概念であり、単純な加法則は成り立たないだろう。
二種類以上の分子からなるシステムでは、さらに多くのシナジー性が現れるから、エントロピーを区別する仕組みは一層複雑になる。
シナジー性によってエントロピーを区別する指標を定義し、その定量化をする必要があるが、それは難しく、まだそこまで行けない。
上記のように、散逸構造が安定的に維持されるにはシステムのエネルギーとエントロピーがある程度低くなければならないが、余り低すぎると機能性が損なわれる。それゆえ、進化はこの3要素が巧くバランスした新たな状態への転化である。

6.川の流れの例
 水流が定常のときは、川底・岸を維持するシナジー力と水流の圧力とは拮抗しており変化はない。しかし、土砂の堆積で徐々に水流の摩擦(水圧)が増しエントロピー生成が増大するとバランスが破れる。その結果、川幅が徐々に変形し水の流れをよくする。その結果、川岸や川底を作る土砂の新たなシナジー力が生まれて水圧とバランスする。これは水を流れやすくする方向への変化(進化)である。この過程では、水流の摩擦の増加で水圧が徐々に増し、岸壁の抵抗が臨界点に達すると、その拮抗が突如破れて川が変形する一種の相転移である。変形後の川の形は、岸壁や川底の土砂の性質により作り出された新たなシナジー作用と水圧とのバランスにより決まる。
 また、水流が増加し勢いが増す場合の変形もある。水圧(エネルギー)の増大により岸壁の抵抗力と水圧との拮抗が破れ、岸壁のシナジー力が負けて岸壁は水圧に耐えられなくなり決壊する。この決壊/氾濫で無秩序状態となり、エントロピー最大の状態である。その結果、水は流れやすい低地の方に移動することにより川の形が変わる。水は流れやすくなりエントロピー生成は減少し(摩擦力が減少)、川岸の抵抗と水圧が拮抗して定常状態となる。これも一種の相転移である。
いずれにせよ、この対立拮抗する力と、臨界点付近の相転移を定量的に扱える理論が求められる。

 この議論は人間社会の人口移動や物流にも適応できるだろう。

 どんな理論でも最初から完全なものはない。コンストラクタル法則を補足する法則が求められるが、まだ定性的なレベルの問題提起しかできない。

 
参考文献
1.E.ベジャン、J.P.ゼイン著“Design in Nature”
柴田裕之訳『流れとかたち-万物のデザインを決める新たな物理法則』(紀伊國屋書店2013)  
2.H. Haken “ Synrgetics” (1980)
牧島邦夫、小森尚志訳『協同現象の数理』
  東海大学出版会(1980)
3.菅野礼司著『複雑系科学の哲学概論』本の泉社(2013)
続 「STAP細胞」その後
続 「STAP細胞」その後

「STAP細胞」の論文に対する疑問が次々に報道されて、今や論文と小保方さんの信頼は完全に失われた感がある。
写真の取り違えとか、他人の論文の文章を盗用したとか、博士論文のデータ再利用とかいったレベルの問題ではない。「STAP細胞」を確認するための資料を差し替えて共同研究者に送ったとなると、研究者としてのモラルを犯した
最悪の行為である。弁護の余地は全くない。折角面白い研究テーマだと思ったのに残念である。

 最初にマスコミが余りにも大きく取り上げ持ち上げたので、その反動も大きい。それにしても、マスコミの報道姿勢も批判されるべきである。これだけ大発見であるから、真実なら大々的に取り上げる価値はあるが、大発見であればあるほどその真偽の裏づけをとる慎重さが必要であったろう。これまでにこのような事件は何度か在った。
 小保方さんの個人的なことまで大々的に持ち上げておいて、疑問視され出すと手のひらを返すように、そこまでほじくり出して批判するのかと思うほど個人的な攻撃が続く。
  
 これで「STAP細胞」の可能性は完全に否定されたのか、それとも別の研究方法も含めて検討の可能性はまだあるのか知りたい。生物の能動性、柔軟性を思えば可能性はあるのではないか。この分野の研究の可能性について聞きたいものである。


 このような研究操作、論文操作がなぜ起こるのか、その理由も考える必要がある。現代では研究者はサラリーマン化している。研究内容よりも論文数を増やすことが業績評価に繋がり、研究費も取れる。研究費を多く獲得できる者(必ずしも研究者として優秀とは限らない)が大学・研究機関で権威をもつようになってきた。そのような者がボスとなり弟子を使って論文を製造し、権威を高めるのである。かってのアメリカがそうであった。
 日本では国公立大学が独立法人化されてからこの傾向は一層顕著になった。今の大学は教育・研究機関としての色彩が薄れて、索漠たる状態になっているような感がある。
 
 論文の数を増やすため、即席研究が増え、論文の質も落ちている。功を焦るから今度の「STAP細胞」のようなスキャンダルが起こるのであろう。だから、この種の問題論文や疑わしい論文は他にも多く隠れているだろう。これは悪しき競争原理の結果である。

 
「STAP細胞」その後
「STAP細胞」その後

「STAP細胞」の論文発表に対して疑義が指摘され、また資料の写真にもクレームがついた。理研や共著者間で、論文の撤回も含めて検討と議論がなされていると大きなニュースになった。
 

 雑誌「Nature」に掲載されて、世紀の大発見であるかのように大々的に報道されたときはそれを信用した。ところが、すぐに資料写真が本物ではないとか、論文の文章の一部は他人の論文の文章が引用もなくそのまま用いられているとか、そして実験結果は再現できないというクレームがついたそうである。
 写真の使い回しや、論文の文章表現については、小保方さんや共著者もその非を認めたようだが、実験の再現性も含めて研究内容は間違いないと何人かの共著者は主張しているそうである。理研での再現実験は成功したとのコメントもある。
 
 STAP細胞の論文に偽写真を用いて研究内容が疑われるような論文を発表することは、研究者としての最低のモラルを破ったことになり言い訳はできない。そのような研究者の論文内容は疑われても仕方がない。他人の論文の文章を盗用した部分は、研究結果に直接関わることではないらしいから、著作権の問題なのでここでは取り上げない。

 しかし、このような画期的研究を公表するとき、共著者(共同研究者)は実験処方や結果を当然ながら吟味し確認するはずであるが、共著者のなかに論文の撤回を主張する者がいるというのも解せない。共同研究者の間で、追試も含めて結果の確認がなされていなかったのであろうか。
 論文内容の信憑性は追試実験で再現可能であるか否かが決め手である。科学の知見は客観的であり、再現可能でなければならない。多分この種の実験は微妙で高度のテクニックが必要であろうが、是非とも追試を行って真偽を確認して欲しい

 むかし、ソ連の生物学者ルイセンコ-ミチューリンが小麦を用いた実験て獲得形質が遺伝するとの説を唱えた。その説を巡って大論争があった。この問題は唯物弁証法の正しさを示すものだといって、スターリンが支持したので政治思想的な要素も絡んで、生物学者の間で激しい論争がおこった。結果は、この説は再現性がないと言うことで否定された。

 獲得形質が遺伝するか否かは、ラマルクの遺伝論以来しばしば論じられてきたが、ダーウィンの進化論(突然変異説)が認められてからは、それが主流となってラマルク説は否定されてきた。だが、ラマルク説、あるいはその修正説の支持者も時々現れる。突然変異の積み重ねだけで、これだけ複雑高度な生物に進化することは地球の年齢45億年では不可能だというのがその理由の一つである。獲得形質も最終的にはDNAに反映されねば遺伝として定着しないであろうが、繰り返し刺激により定着しうる可能性はないのだろうか。「STAP細胞」は獲得形質の遺伝性と関係があるように思える。
 

 私は複雑系科学で学んだことから判断して、この分野では素人ながら、ラマルク説に傾きつつある。それゆえ、獲得形質の遺伝可能性と絡んで、「STAP細胞」の真偽について強い興味を持っている。
「STAP」(刺激惹起性多能性獲得)細胞について
「STAP」(刺激惹起性多能性獲得)細胞について

  理化学研究所の小保方晴子氏が発見した万能細胞「STAP細胞」は、もしこの発見が本当なら、生物学の盲点を突いた感がある。この論文の写真に疑問が呈せられ、検証がひつようとのことであるから、その結果を待たねばならない。
 DNAの操作ではなく、細胞に外部から刺激を与えるだけで本当に万能細胞化しうるならば、まさに驚きであり常識破りの画期的研究成果である。私は生物学については素人であるが、分子生物学や進化に関して興味を持ち続けてきた。また、物理学と科学論の研究を通して自らの自然観を築いてきた。その自然観に基づいて、STAP細胞に関連して想像を巡らした。



「組織細胞がなぜ体外では単純な刺激で万能化するかについて、小保方さんは次のように推測している。“体外に取り出して酸などの刺激を与えるとSTAP細胞化するが、生体内ではその程度の刺激で変わることはない。その理由は、生体内では刺激に対して変化しようとする力と抑制しようとする力がバランスしているからではないか"と。」(朝日新聞2月6日朝刊)
 この記事から、連想される事柄を思うままに綴ってみた。

1.対立物の対立・拮抗 
この推測で連想するのは、かねてから主張してきた「自然現象の基礎にある対立と拮抗」の考えである。自然界のすべての基礎的現象には「定常性の維持と否定の対立拮抗」,すなわち定常的状態に外的作用が働くと、その状態を維持しようとする抵抗が現れる。この現状否定と現状維持の両者の対立拮抗が普遍的にみられる(1)。
 物質間相互作用により現状を変えようとする作用に対して、その変化を妨げようとする傾向(効果)の具体的例は
力学では外力に対する慣性、電磁気学では電磁誘導におけるレンツの法則(磁場の変化を妨げる誘導電流が発生)、熱力学ではルシャトリエ-ブラウンの法則(平衡移動の法則、状態に作用する外力の作用を打ち消す効果が発生)、素粒子物理学では自発的対称性の破れにおける南部-ゴールドストン粒子の出現などがそれである。これらの基礎的法則により、自然界は相対的安定状態を保っている。もし、この対立拮抗の法則がなければ無限小の作用で無限大の変化が起こり、自然界は変転極まりないものになる。つまり、この対立拮抗のバランスが破れることで緩慢な(有限の)変化が起こっているので、相対的に安定な自然が存在しうるわけである。

 STAP細胞化について小保方氏の上記推測は、このことと符号するであろう。もしそうなら、その解釈は「ルシャトリエ-ブラウンの法則の生物版」である。
 トカゲやヤモリの尻尾は切れても再生する、これ以外の生物にも組織や体の一部が再生するものはある。その再生は、切り口の細胞が強い外部刺激を受け、体内で保っていたバランスが崩れて部分的にSTAP細胞化(尾だけになる)して成長したものであろう。生体外に取り出された細胞は単独(あるいは数個)で存在するから、細胞間の相互作用がなくなり、酸性溶液による異質の外的刺激をまともに受けてバランスを崩したわけである。その外的刺激に対して、細胞にはその作用を打ち消す効果が一時的に現れる(これもルシャトリエ-ブラウンの法則によるものである)が、外的作用が勝って変化が起こる。

2.対立物の相互規定性:存在の理法(2) 
 物質(実体)存在の理法は、対立物の相互規定性である。そもそも、宇宙の存在様式は、枠組みとしての時間空間(容れ物)と中身の物質・エネルギーという二つの対立物から成っている。これら対立物は容れ物と中身が独立的に存在するのではなく、相互に相手の存在を前提として存立している。中身の物質は容れ物の時間空間の性質・構造を決め、逆に時間空間の構造は重力を決定し、その重力により物質・エネルギーの分布と運動が決まるという仕掛けになっている。すなわち、容れ物の時間空間と中身の物質・エネルギーとは互いに他を規定し合っていて、切っても切れない存在である。このように、宇宙の構成要素、時間空間と物質とは相互規定し合い一つのシステムとして自己運動をしている。この相互規定的存在様式は、一方の作用に対する他方の反作用といった原因-結果という関係ではなく、互いに他の存在を前提とした「持ちつ持たれつ」の同時的相互規定性である。これが一般相対性理論から帰結される自然界の「存在の理法」であると思う。

 この対立物の相互規定性は宇宙構造のみでなく、自然界に普遍的に見られる。全体と部分の関係(全体は構成要素の単純和ではなく、逆に要素は全体により規定される)は普遍的にいえることである。特に、生物と環境の関係はその典型である。
このことで思い出すのは、生物個体はすべてDNA(あるいは核酸)によって規定されているという「セントラルドグマ説」である。昔J.モノーが『偶然と必然』でこのセントラルドグマを強調した。生物の発生・成長過程を支配する情報の発信源はDNAであり、しかも方向は一方的あって、DNA(核酸)は、細胞内の他の要素や組織など周囲(環境)からの作用によって影響を受けない、つまり情報の流れは一方的であるといった。
 それに対して、上記のような対立物の相互規定的自然観を持っていた私は、このモノー説は肯定できないと批判した。DNAの構造と機能は安定で、環境(細胞液や小器官)からの影響で変化しにくい仕組みになっているであろうが、条件さえ揃えば環境からの反作用で必ず変化するはずであると思ったからである。細胞液の組成や濃度が変化すれば、その影響が何時かは現れるはず、情報の流れは一方的ではないと信じている。個体の発生過程では、DNAが1次情報の発信源であろうが、個体の一生の間に外部からの作用の影響を受けるであろう。
 その後、やはりDNAは環境からの作用で影響を受けることが解明された。
 個体と外的環境との相互規定だけでなく、細胞内でも対立物の相互規定性は成り立つといえるだろう。

3.DNAの未知の領域が関係?
 元は一つの受精卵細胞が分裂を続け、発生過程で徐々に各種組織に分化していく。細胞分裂では常に同じ2つの細胞ができるにもかかわらず、別の組織に分岐する機構はある程度の説明できるようになった。発生過程で個体の内部と外部にある細胞ではその役割に変化が起こり、分化するのだそうだ。その役割分化が起こりうるのは周りの細胞との相互作用(刺激)の差異(重力も影響するらしい)によるらしい。つまり、細胞間の刺激と固体外部(環境)からの刺激で、それぞれの細胞の性質が変わり、各組織に分化するということである。

 遺伝子を担うDNAの働きは制限酵素の作用によって制御されている。酵素の作用によりDNAの一部が抑制され、あるいは活性化されることで、構造・組成の同じDNAでもその働きが変わる。

 ゲノム解読の進展で明らかになったことは驚くべきことに、遺伝子として働いているのはDNAのわずか10%余りで、残る90%近くのものは遺伝情報として表にでないということである。すなわち、蛋白質合成に関与するのはDNAのごく僅かである。ほぼ90%はその役割がまだ分かっていないということである。この事実が明らかになったとき、生物学者(全部ではないだろうが)から、「残る90%はジャンク(ゴミ)だ」と聞かされた。それを聞いたとき私は驚き、そうではなく「まだその作用が分かっていない」というべきで、ジャンクだといって切り捨てるのは、科学者とはいえない」といって反論したことがある。細胞一つとっても、生物のこれほど複雑かつ精巧な機構を知れば知るほど、無駄なものはなく何かの役割を果たしているという信念を抱いていた。だから、90%はジャンクだとは、とても信じがたいのでそう批判したのである。その後、その90%の部分の隠れていた役割が徐々に解明されだした。細胞のSTAP化は、その未知の部分に関係があるように思える。 
 DNAのある部分は通常は休眠状態であるが、事あるときその役割が呼び起こされる部分もあるだろう。成長した個体の組織細胞では、未知の90%の部分が休眠状態になっているのかも知れない。それが外部刺激により活性化されてSTAP細胞化されたのであろう。

 ちなみに、この事実と関連して連想されるのは、遺伝子組み換え技術の安全性である。食用植物など多方面で遺伝子組み換え技術が盛んに行われている。この操作では、表に現れる遺伝要素(害虫に強い、生産量が増すなど)については、生態系への影響や人体への安全性などは検証ずみといわれている。しかし、DNAの一部を切り取ったり他の遺伝子を挿入したりする操作(制限酵素を用いてなされる)のときに、未知の90%の部分にもその操作が及ぶ可能性はないのか。もし、そこの部分に組み替えが起こっても、直ちにその影響は遺伝に顕現してこないだろうから、安全性は検証されてないだろう。、そのような隠れた組み替えがおこるなら、将来それが二次的、三次的効果としてでてこないかと気になる。それは素人の杞憂だろうか。

4.STAP細胞はカオスの縁にある状態
 STAP細胞化の現象は、複雑系の言葉を借りれば、組織細胞が活性化されてカオスの縁に近づいたといえるだろう。生体内で相対的に安定だが非平衡散逸状態にある組織細胞は「散逸構造」とみなされよう(3)。それが分離して単独で体外に置かれると、バランスが破れて外部の刺激を受けやすくなり活性化されるのであろう。その細胞は不安定状態となっていて変化しやすく、僅かの作用でSTAP細胞になるのであろう。しかも、STAP細胞はあらゆる組織の細胞に成長しうるということは、環境に応じて全く異なる結果をもたらすことである。すなわち、培養条件という初期作用の差が全く異なる組織に成長しうるのであるから、これはカオス現象である。初期状態の微少なさが、長時間後に拡大されて非常に異なる結果をもたらすのがカオス現象である。それゆえ、初期条件次第で、いかなる組織にもなり得るSTAP細胞はカオス的状態にあるといえる。

5.獲得形質は遺伝しうる? 
 複雑系科学から学んだ事は、進化における淘汰は発展(成長)過程で作用しているということである。物質の有する自己発展、自己組織化の能力は、環境との相互作用(相互規定的)によって環境に応じた適応進化を可能にする。すると、新たな機能は外的条件にマッチして創発されることになる。そうであれば、淘汰(選択)は発展・進化の過程ですでに作用しているといえるだろう。物質系(生物も)の発展・進化は、ダーウィン説のように突然変異といった偶然性と自然淘汰という必然性の積み重ねではなく、むしろ適応系として環境に合わせて常に状態を再調整しつつ自己発展・進化しているとみるべきであろう。進化系は環境との相互規定的相互作用により、自らが適応するばかりでなく,逆に環境をも変えつつ適応進化していると思われる(4)。

 STAP細胞化にはいろいろなランクがあるだろう。つまり、完全万能化ではなく、部分的多機能化である。切り取られた組織の再生は、切り口付近の細胞が部分的な若返りによるものだろう。これも部分的STAP化であろう。これ以外にも、部分的STAP細胞化があってもおかしくない。たとえば、食物や環境などの変化による刺激によって、体内のバランスが少し破れて、部分的STAP化(若返り)で一部組織が成長し,生物進化が促される可能性もあるだろう。そうならば、ラマルクの進化論も否定できないだろう。
  
 6.STAP細胞化のメカニズムは?  
 いうまでもなく、STAP細胞化の機構の解明はこれからの重要な課題である。すでにいろいろ推測が進み、研究されつつあるだろう。STAP細胞化の機構はDNAの未知の90%部分と大いに関連があると思われるが、細胞はDNAやミトコンドリアなど、いろいろな小器官が細胞液を媒介にして相互連関している一つのシステムであるから、相互規定的な観点から総合的な分析解明が必要であろう。
 遺伝子操作によるiPS細胞の研究技術とそれによって得られた情報知識は、STAP細胞化の機構解明に有効であろう。両研究の協力による成果が期待される。

 STAP細胞化のニュースを聞いた後、こんな事を夢想しつつ、この分野の今後の発展を想像し期待している。 

 参考文献
1.拙著『物理学の論理と方法』(大月書店 1983)
  拙著『複雑系科学の哲学概論』(本の泉社 2013)
2.拙著『科学はこうして発展した-科学革命の論理』(せせらぎ出版 2002),
  拙著『複雑系科学の哲学概論』(本の泉社 2013)
3.G.ニコリス,I.プリゴジン著木畠陽之助,相沢洋二訳『散逸構造』(岩波書店  1980),
  S.カウフマン著・米沢富美子訳『自己組織化と進化の論理』(日本経済新聞社   1999),
4.S.カウフマン著・米沢富美子訳『自己組織化と進化の論理』(日本経済新聞社   1999),
  拙著『複雑系科学の哲学概論』(本の泉社 2013)
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