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科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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新刊案内「近代科学はなぜ東洋でなく西欧で誕生したか」
近代科学はなぜ東洋でなく西欧で誕生したか
-近代科学から現代科学への転換とその意義-

       菅野礼司著  (2019.1.吉岡書店)
  (2,500円 税別)


近代科学の成立の意義は、その誕生自体が人類の文明史における一大エポックであるばかりでなく、それが以後の人類史を転換し発展させる原動力となったことを思えば、これほど大きな歴史的事象はないであろう。それゆえ、このテーマはこれまでに多くの科学史家の重要な課題として関心が寄せられ、研究されてきた。筆者は物理学が専門であり科学史が専門ではないが、科学論の研究とともに、興味をもってこの問題に取り組んできた。

古代から近代科学の誕生まで、東西の文化圏における自然観、思考形式(論理学、数学など)、技術、社会における科学の地位などを比較検討した。
 表題の課題を考察する基本的観点と論点は、1.科学は思想・文化であること、2. 風土に基づく自然観と思考形式が科学に反映されていること、3.科学・技術の性格は、社会制度に規定された科学の目的と科学の担い手に依存、4.科学の質的進化には、その発展段階に適応した新たな自然観と思考形式を持った文化圏(民族)による科学の継承と発想の転換が必要ということである。
東西の文化圏にそれぞれの科学・技術が生まれたが、自然観や思考形式が異なるので、その性格・内容も異質である。
中国の思考法は具象的・実学的で、普遍化体系化に向いてない、インドのそれは普遍的・観念的で科学の概念も明確でなかった、西洋は分析的・論理的で、原理・法則を徹底して追求する傾向が強い。
古代ギリシアからアラビア(イスラム圏)・ラテン・西欧へと、科学の発展段階にマッチした文化圏によって引き継がれ、近代科学が誕生した。
中国、インドの科学・技術は中世までかなり進んでいたが、文化圏としてほぼ閉じていたために、尚古主義に陥り科学の進歩は停滞した。
近代科学の基磯にある自然観は機械論的、原子論的、数学的自然観である。これら自然観と「数学的実験科学」という思想は、東洋には生まれなかった。
最後に、近年の「科学・技術に対する批判」に関連して、近代科学から現代科学への転換の様相とその意義を科学の論理と方法、自然観を中心に考察した。
近代科学から現代科学への転進では、自然観や科学の論理などに質的転換がある。その様相と意義を概観した。

目次

序章
第1節 はじめに
第2節 科学・技術の社会的機能
第3節 「科学」とは何か
第4節 アプローチの方法
第5節 近代科学の特徴:方法と論理

第1章 古代文明における科学と技術
第1節 古代の四大文化圏における自然観と技術
第2節 古典科学の誕生:技術から科学への進展
第3節 中国文明と古典科学
第4節 インド文明と古典科学
第5節 ギリシア文明と自然哲学
第6節 古代科学文明のまとめ

第2章 中世における科学・技術
第1節 中国の自然観と科学・技術
第2節 中世インドの科学
第3節 アラビア科学(イスラム圏の科学
第4節 中世西欧の科学・技術
第5節 まとめ:中世における科学の継承と発展

第3章 近代科学の形成
第1節 近代物理学誕生の前夜
第2節 近代物理学の形成
第3節 近代科学の基礎となる自然観
第4節 デカルト物理学
第5節 惑星に関するケプラーの法則
第6節 学協会の設立
第7節 ニュートンの総合
第8節 第一科学革命
第9節 近代物理学の完成へ
第10節 科学の前線が拡大:物理、化学、生物学
第11節 西欧近代科学の性格と論理的特徴
第4章 現代科学-20世紀の科学の特徴
第1節 20世紀における科学の展開
第2節 第二科学革命
第3節 現代科学の論理の特徴

終章 21世紀の科学:第三科学革命
第1節 自然科学は「人類による自然自体の自己反映」
第2節 21世紀の科学
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ノーベル医学生理学賞 本庶佑教授に
ノーベル医学生理学賞 本庶佑教授に

今年も日本人科学者本庶佑教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。本庶氏ご自身はもとより、日本の基礎研究が認められたことは大変喜ばしいことである。
 ガン治療薬のオブジーボの発明にいたる基礎研究で、免疫細胞の働きを抑えるPD-1分子の発見には、生命の仕組みの奥深さ、複雑さと巧みさに改めて感嘆させられる。


  テレビ会見における本庶教授の、研究に対する確固とした揺るぎなき信念は語る姿には感動を覚えた。日本の現状を憂えてノーベル賞金を基に若手研究者育成のための基金を作るという。

 ノーベル賞となると何時ものように、昨夜からマスメディアは大きく取り上げている。テレビでの受賞紹介のニュースや、討論などを聞いていると、見方が一面的・現象的な傾向があるので気になることが多い。まず言いたいことは、このよう討論の場には、研究現場のことを身を持ってよく知っている科学者を複数参加させるべきである。

 近年は日本の科学研究、特に基礎科学分野で力量が目に見えて低下していることがしばしば指摘されている。将来ノーベル賞級科学者は出にくいという。その理由として挙げられるのは、研究費の減少、研究費の配分法の歪みが第一にあげられている。確かにこれは深刻な問題である。欧米や中国などではGNPに対する研究費率は増えているが、日本はむしろ減っている。科学研究の規模の巨大化、スピード化で研究費は益々増大するから、問題は深刻である。科学研究には無駄がつきものである。また一見無駄のように見える「無用の用」にも目を向けるべきである。研究には精神的ゆとりや遊び心も必要である。「無用の用」も回り回って後で生きてくることもある。
 安倍政権は国際情勢の危機を煽って不必要な軍事費を増やし、アメリカから巨額の兵器を買わされている。それよりも科学研究費や福祉に回すべきだと多くの人は思っているだろう。
 
 日本の科学研究の現状で、憂えるべきは研究資金の不足のみではなく、その配分法である。直接的には実験費の不足のみではない。現状は、成果がすぐ目に見える研究や大型プロジェクトへの重点配分優先である(技術優先)。間接的には、大学・研究所における研究者数の減少である。科学者数を増やし、優遇すること、特に若手研究者の身分を保障し、落ちついて基礎的な問題に長年取り組める研究環境を作ることである。浮き草のような不安定な研究生活を送っている優秀な若手研究者の何と多いことか。偉大な研究成果は、一人の天才によってなされることは稀にあるかも知れないが、まずないといえる。研究者の幅が広く裾野が広がっていることが高山の存在条件である。

 国内外の多くの研究者の交流と討論を通して、その相互刺激によって素晴らしいアイデアが生まれる可能性が高い。ノーベル賞受賞者は、欧米に留学中に、あるいは協同研究で研究テーマを見つけ、発想と研究の腕を磨いた方が多いことにも注目すべきであろう。

 研究条件や研究環境とは何かを総合的に判断した議論や発言が欲しい。研究者の参加してないテレビの議論には、これらのことに着目して本質を突いた発言が見られない。
 誰かの片言節句を引用して、一面的な私見を述べているのを見かけるが、的を外れていることが多い。たとえば、「資金がないから良い研究はできない」というが、それは「何もできない人の言うことだ」といった発言もある。このようなことは稀で、特別な研究者にしか当てはまらない。昔と違い、現代では教育・研究の状況は変わっている。
 
 繰り返すが、この種の討論、議論には、経験豊かな研究者と現場の研究者を複数参加させてるべきである


追記: 
 この研究の最も偉大な成果は、免疫細胞の働きを抑えるPD-1分子の発見にある。免疫細胞の働きを抑えるPD-1に類似するメカニズムは他にもあるだろうから、それは生理学の基礎研究の成果である。それゆえ、この発見こそノーベル賞に値するものであると思う。
  だがマスメディアでは、ガン治療薬のオブジーボの発明の方が大きく取り上げられ、称賛されている。オブジーボの発明も素晴らしい成果ではあるが、それはむしろPD-1発見の応用といえるだろう。

 基礎研究であるPD-1の発見の真価を理解せず、目に見える実用的成果であるオブジーボの方にばかり目が行くのは、日本人の発想、「何お役に立つのか」 の現れであろうか。 これでは、基礎研究が重視されない日本の精神風土は変わらないだろう。
 本庶教授に限らず、これまで多くのノーベル賞受賞者が基礎科学を重視し、育てよと訴えてきたが、改善されない。


マスコミは、そのことを支持し、持ち上げるように、ノーベル賞受賞の意義を報道して欲しい。報道姿勢が歪んでいるように思えてならない。
人工知能(AI)への過信
人工知能(AI)への過信

深層学習(Deep learning)が開発されてから、AIの進歩は目を見張るばかりである。
最も困難と思われていた囲碁でトップ棋士に完勝してから、一躍世界中の注目を浴びている。今やあらゆる分野にAI技術を利用しようと、鎬を削って開発競争が始まった。いずれ、AIは人間を凌駕する時期(シンギュラーポイント)がくるだろうと予想されている。だが、総合的に人間の能力を超えることはそう簡単ではないはずだ。

 近い将来に、AI技術は社会のあらゆる分野に進出し、人間の仕事の半分はAIに奪われるだろうといわれている。そのこと自体は人口減・人手不足の助けになるだろう。しかし、新たな仕事・職業が次々に生まれるから、仕事がなくなることはないだろう。

 このように、AIに対する行き過ぎた期待と不安が交錯しているが、AIへの過信は危険である。たとえば、社員の採用にAIを導入している会社が増えているそうだ。採用合否の判定基準としていかなるデータがインプットされているか知らないが、多様な人間の能力を正しく判定できることは、まだまだ不可能であろう。AIによって、一度不採用になると、AIを導入している会社や組織から排除されてしまうそうである。その様な事例がすでにあるとのことだ。一旦AIに「ダメ」といわれた者は、挽回の機会を与えられず、社会的排除が続けられかねない」と山本龍彦慶応大教授は指摘しているそうだ(1月7日朝日新聞)。

 このようなシステムが定着したら、とんでも無い過ちを犯すようになる。昔、コンピューターが銀行や公共企業に導入され始めた頃、集金や預貯金などの現場でトラブルがよく起こった。コンピューターを過信して、企業側は「コンピューターの計算だから絶対間違いない」と言い張った。だが、後にプログラムのミスであったことが判明し、企業側が謝罪した。それ以後、「コンピューター神話」はなくなった。どれほど正確な機械でも、それを作り操作するのは人間であるから、製作過程で人為的ミスの入りうることを忘れてはならない。少しでもコンピューターの基礎知識(たとえばプログラミング)のある者なら、「絶対間違いない」とはいわないはずであった。

 これと類似の過ちを再び犯さないようにしなければならない。AIも膨大なデーターを入力して判断し行動するが、そのデータとて人間が選択したものである。その与えられたデーターによってAIは学習(深層学習)するが、限られた範囲で判断する。その判断結果を絶対視してはならない。人間の能力は千差万別、個人差があり、その能力の発揮も環境や条件によって変わる。その微妙な違いを、人間なら臨機応変に判断できるが(人により差があるが)、機械であるAIにはまだできない。

 何事でも、過信による画一的な思い込みは恐ろしい。AIは急速に社会の多方面に浸透するから、トラブルも多くなるだろう。それを利用する者は、AIとは何か、その基本的なところを理解して過ちを繰り返さないように気をつけねばならない。
近代科学はなぜ東洋でなく西洋で誕生したか
近代科学はなぜ東洋でなく西洋で誕生したか

 かねてから少しずつ書きためてきた表題の原稿が、漸くこのほど完成した。下記の「まえがき」のような目的と内容である。
この種の読み物は売れないので、出版社との交渉も一苦労であるが、周囲の人たちは興味を示してくれている。
これが最後の著作のつもりでいる。


近代科学はなぜ東洋でなく西欧で誕生したか(仮題)
         -近代科学を超えて現代科学へ- 

まえがき
 近代科学の成立の意義は、その誕生自体が人類の文明史における一大エポックであるばかりでなく、それが以後の人類史を転換し発展させる原動力となったことを思えば、これほど大きな歴史的事象はないと思う。
 それゆえ、このテーマはこれまでに多くの科学史家の重要な課題として関心が寄せられ、研究されてきた。筆者は物理学が専門であり科学史が専門ではないが、科学論の研究とともに、興味をもってこの問題に取り組み、文系・理系分野の仲間と協同で長年研究会を続け、研鑽を重ねてきた。そのなかで、東洋と西洋との文化を比較検討することにより、近代科学成立の経緯と意義を考察した。その成果を不十分ながら『東の科学・西の科学』(共著)(東方出版1988)として上梓した。

 その延長として、筆者はその後も「近代科学はなぜ東洋でなく西欧で誕生したか」を考察してきた。だが、この課題は非常に広くかつ奥が深いので、限られた人数で一次資料を探索しながら進めることはおそらく無理であろう。まして語学において非力な筆者にはそれは不可能である。幸いに日本では優れた科学史家や科学論が纏められた著作や論文があり、また海外著作の翻訳もある。そこで、これまでの科学史家の努力の諸成果を二次資料として用い、筆者の科学観に基づいて科学史的に妥当と思われるそれら資料を採択することにした。その資料に頼りながら当時の文明とその歴史的動態を分析することで、筆者なりの推論と解釈を重ねてきた。それによって古代から東洋と西洋における科学の発展過程を辿り、なぜ近代科学が東洋でなく西洋で誕生したのかを、その特徴的と思われる理由を取り上げてまとめたのが本書である。
 さらに最後に、近代科学から現代科学への移行過程を概観し、自然観や論理の転換の特徴とその意義を考察する。それに基づいて、近代および現代の科学・技術に対する批判を踏まえ、今後の科学のあり方を論ずる。

 科学・技術の性格は社会制度に規定された科学の目的と科学の担い手に依存する。科学の内容と形式には、それが築かれた文化圏(あるいは民族)の自然観と思惟形式が反映している。そして重要なことは、科学の進歩・発展は一つの文化圏に閉じていては限界があり停滞するということである。科学の進歩には、その発展段階に応じた自然観と思惟形式が求められるが、それに応えうるには新たな自然観と思惟形式をもった異なる文化圏(民族)にその科学が移行し継承されてこそ可能である。そのことが科学の発展史を通して明らかになる。
 西では古代ギリシアからアラビア(イスラム圏)・ラテン・西欧へと、科学の発展段階にマッチした文化圏によって引き継がれ、近代科学が誕生した。東洋では、中国・インドともに、科学・技術の継承はそれぞれの文化圏内に閉じていたために、尚古主義に陥って自然観と発想が固定化された。そのために、中世までに進んでいた科学・技術の進歩は停滞した。
 科学の進歩・発展には、ある局面では発想の転換が必要である。そのためには、科学文明がそれまでとは異なる自然観と思惟形式をもった文化圏(民族)によって継承され、新たな発想と思考形式をもって研究が進められる必要があることを強調したい。現代科学は西洋的近代科学の論理と方法を引き継いでいるが、新たな自然観と論理をもってそれを超克し、世界科学になりつつある。


目次

序章   (23ページ)
第1節 はじめに
第2節 科学・技術の社会的機能、
(1) 現代科学・技術に対する批判について
(2) 近代科学の論理と方法について
(3)科学批判に対する問題意識
第3節 「科学」とは何か
(1) 科学の定義について
(2) 科学と自然観の相互依存
(3) 自然科学の本質:「科学は自然自体の自己反映活動」  
  科学の不完全性:自己言及型の論理
第4節 アプローチの方法 
(1) 風土論
   (i) ユーラシア大陸の代表的3地域
(i i) 風土と人間の相互依存性
(2)対象とする東西の文化圏
(3)比較項目
 (i) 自然観:宇宙観、物質観、生命観、自然と人間との関係
 (i i) 思惟形式:論理学と数学
 (i i i) 科学の方法:分類法、実証法、数学記述
 (i v) 科学の社会的地位:科学・技術の役割と担い手
 (v) 科学と宗教との関係
 (v i) 科学・技術の伝承と発展の経緯
第5節 近代科学の特徴:方法と論理
(1)観察・実験による実証性
(2)数学による記述
(3)公理論的演繹理論の体系化

第1章 古代文明における科学と技術 (58ページ)
第1節 古代の4大文化圏における自然観と技術
(1)エジプト文明
(2)メソポタミア文明
(3)インダス文明
(4)黄河・長江文明
第2節 古典科学の発祥:技術から科学への進展
第3節 中国文明における古典科学
(1)中国の自然観
(2)中国の宇宙観・天文学
(3)中国の物質観
(4) 中国医学と本草学
(5)中国の思惟形式
(6)中国の伝統数学
(7)物理学的科学と技術
(8)科学の社会的地位:科学・技術の役割と担い手 
第4節 インド文明と古典科学
(1)インドの自然観
(2)インドの科学・技術の性格
(3)物質観:元素論、原子論
(4)物理学的科学:運動論
(5)インド錬金術
(6)生命観と医薬術
(7)思惟形式:論理学
(8)インドの数学
(9)科学の社会的地位:科学・技術の役割と担い手
第5節 ギリシア文明と自然哲学 
(1) 古代ギリシアの自然観
 (i)第1期 イオニア的自然観(自然学)
 (i i)第2期 アテナイ期の自然観(自然学)
 (i i i)第3期ヘレニズムの自然観(自然学)
(2)古代ギリシアの宇宙観・天文学
(3)物質観:元素論と原子論
(4)古代ギリシアの医学
(5)ギリシアの思惟形式
(6)ギリシアの数学
(7)古代ギリシアの科学と技術
 (i)物理的科学  
 (i i)技術
(8)アリストテレスの総合
(9)自然学の社会的地位と担い手
(1 0)ローマ帝国の科学・技術
第6節 古代科学文明のまとめ

第2章 中世における科学・技術 (31ページ)
第1節 中国の自然観と科学・技術
(1)中世中国の自然観
(2)宇宙論・天文学
(3)中国の技術
(4)思惟形式
(5)中国数学の黄金時代
第2節 中世インドの科学
(1)インド数学
(2)インドの運動論 
(3)インド科学の停滞理由
第3節 アラビア科学(イスラム圏の科学)
(1)ギリシア・ヘレニズム科学の移行
(2)イスラムの自然観
(3)アラビア科学の特徴
(4)アラビアの天文学
(5)物質論と錬金術
(6)物理的科学:観測・実験科学の芽生え
(7)アラビアの医学
(8)アラビアの数学
(9)アラビア科学の貢献  
第4節 中世西欧の科学・技術
(1)12世紀ルネサンス
(2)中世西欧の自然観
(3)数学的実験科学の方法:グロステスト
(4)14世紀西欧ルネサンスとその影響
(5)中世西欧の科学・技術
 (i) 静力学
 (ii) 運動論
(6)天文学・宇宙論
(7)コペルニクスの地動説
(8)空間革命
(9)中世西欧の技術
第5節 まとめ:中世における科学の継承
(1)異民族による学術文化の受容と発展
(2)学術の継承・発展の条件

第3章 近代科学の形成 (43ページ)
第1節 近代物理学誕生の前夜
(1)新たな科学のための哲学
(2)デカルトの自然哲学 
第2節 近代物理学の形成 
(1)ガリレイの功績
(i)地動説の力学的擁護 
(i i)自由落下法則
(i i i) 慣性法則の発見
第3節 近代科学の基礎となる自然観
(1)真空の存在
(2)原子論的自然観
(3)機械論的自然観
(4)数学的自然観
 (i)数学化の意義
(i i) 数量化の可能なものと不可能なもの
第4節 デカルト物理学
第5節 惑星に関するケプラーの法則:円のドグマからの脱出
第6節 学協会の設立達成
第7節 ニュートンの総合
(1)ニュートン力学の成立 
(2)『プリンキピア』とその意義
(3)ニュートン派とデカルト派の対立:万有引力をめぐる論争
第8節 第一科学革命
(1)科学革命は二段階で達成
(2)自然法則概念の転換
(3)ニュートン力学成立の社会的影響
第9節 近代物理学の完成へ
(1)ニュートン力学の整備から解析力学へ
(2)微分積分学の誕生:数学革命と科学
(3)力学的決定論
第10節 科学の前線が拡大:物理、化学、生物学
(1)電磁気学
(2)光学
(3)熱学から熱力学へ
(i) 熱素説 
(i i) 熱の運動論
(i i i) 熱機関:カルノー機関
(i v) エネルギー保存則
(v) エントロピー増大則
(4)熱(分子)統計力学
(i) 熱力学の 実体的基礎づけ
(i i)時間反転不変性とエントロピー増大則の矛盾の問題
(5)原子論に基づく近代化学の形成 
(6)生物学の新展開
( i ) 解剖学・生理学
(i i) 細胞学の形成
(i i i) リンネの近代分類学
(i v) ダーヴィンの進化論
(7)近代科学の完成 
第11節 西欧近代科学の性格と論理的特徴
(1)近代科学の基礎にある三つの自然観と「絶対性」の概念
( I ) 三つの自然観
(i i)「絶対性」の概念を骨格とする理論体系
(2)近代科学の論理構造
(i)観察・実験による実証法
(i i) 数学による記述とその効用
(i i i) 演繹的理論の体系化

第4章 現代科学-20世紀の科学 (20ページ)
第1節 20世紀における科学の展開
(1)科学の新展開
 (2)現代科学は世界科学となった
第2節 第2科学革命
(1)物理学革命の始まり:相対性理論
 (i)特殊相対性理論
 ( i i )一般相対性理論
(2)量子力学の誕生:最大の物理学革命
 (i)前期量子論の意義と役割について
 ( i i ) 量子力学の成立
(3)素粒子論:究極物質を求めて
 (i)相対論的場の量子論と反粒子
 ( i i ) 素粒子論の始まり
 ( i i i ) 素粒子の複合模型 : クォーク
 ( i v ) 物質の階層性
 ( v ) 相互作用の統一理論
(4)進化する宇宙:膨張宇宙論
(5)量子化学と物質科学
(6)生物学革命
(7)情報科学の誕生
第3節 現代科学の論理の特徴
(1)絶対概念から相対概念へ
(2)物理学の理論構成にみる質的変化
(3)新たな概念による自然界の再分類
(4)要素還元的分析法を超克して

終章 今後の科学の意義と目的:第3科学革命 (7ページ)
第1節 自然科学は「人類による自然自体の自己反映」
(1)自然・人類・科学の関係
(2)科学の不完全性:自己言及型の論理
(3)自然との共生を目指す科学・技術
第2節 21世紀の科学
(1)第三科学革命:複雑系科学、認知科学の誕生
(2)21世紀の科学は名実ともに「世界科学」となり得るか
(3)科学の価値について:科学と技術の区別を 
本格的人工知能(AI)の始まり
本格的人工知能(AI)の始まり

初歩から自己学習するAI
 人工知能(AI)の開発のなかでも、囲碁ソフトの急速な進歩にはみなが目を見張った。トップのプロ棋士を追い越すのはまだまだ先との予想に反し、ついに2016年にアルファ碁(Alpha-Go)が出現してトップ棋士に圧勝した。アルファ碁の出現は囲碁界ばかりでなく、人類社会に大きな衝撃を与えた。その後の改良によりアルファ碁は更なる進歩を遂げて、人間のレベルを超えたので、人間を相手の囲碁を打ち切り引退すると宣言した。今度は、囲碁AI同士の対局で研鑽するという。
 AIの長足の進歩は、深層学習(deep learning)ソフトの開発によっている。深層学習のAIはパターン認識の分野で開発され、それを囲碁ソフトに応用して成功した。

 深層学習のソフトは、莫大な量の情報(画面など)をAIに記録させ、それによって帰納的に法則性を学習させる方法である。
 初期Alpha-Goの場合は、最初に囲碁ルール、定石、手筋など基礎的な知識を与えておき、その上でプロ棋士の打った棋譜何千万局を記録させて、学習させるというものであった。その学習により、単に人間の打った手を真似て学習するというのではなく、莫大な数の棋譜(1次情報)から帰納的に法則的なもの(2次情報)を編み出して着手を選らぶというものであった。その2次情報は、人間の棋譜から与えられた知識(1次情報)を超えたものであることは、アルファ碁がプロ棋士は避けて打たない着手(発想外の着手や悪手とみなされる着手)を打って勝ったことである。
 それでもアルファ碁の着手は、人間の棋譜を学習して得たものであるから、まだ人間の世界に止まっているとか、いくら強くても囲碁AIはその着手の意味を理解してない(なぜその手を選んだか説明できない)ということが、人間にとってせめてもの救いであった。囲碁AIはその着手の意味を理解してないか否かは議論の余地のあるところだが、AIはまだ人間の手のひらの中にあったろう。ところが、それも怪しくなる事態が起こった。

本格的AIの始まり
アルファ碁を開発してきたDeep Mind 社が新たに開発したAlpha-Go-zero は人間の打った棋譜には一切頼らず、自習で棋力を向上するものである。ただ囲碁のルールのみ入力し、あとはそのコンピュータ同士で自己対局させ、学習させるというものである。その棋力の成長速度はまさに脅威的でる。学習を始めて3日後、400万局の自己対局で初代アルファ碁を超えたという。初代アルファ碁相手に、アルファ碁ゼロは100戦全勝したそうだ。40日で2,900万局をこなし、2代目のアルファ碁マスターを追い越して、100番勝負は89:11で勝ったそうである。
 人間の棋譜から学んで成長するよりも、かえって白紙のまま自学で成長する方が早いのだろうか。人間からの情報や指導なしに、自己学習によって棋力を向上させる囲碁ソフト、これこそ人工知能である。
 アルファ碁ゼロの棋譜を見ると、その進化過程で発見した定石や手筋などは人間のものと極似しているという(大橋拓文6段,)。すると、進化の道筋は本質的なところでは一つなのだろうか。囲碁以外の分野でも、人類の進化過程で開発してきた文化の形式と同様のパターンをAIは自己学習で辿るであろうか。ゲームなどルールや形式が整った理論的なものは、発達のパターンは限られているのかも知れない。数学のような論理的なものは、その発達のパターンや形式は、AIも人類と似たものを形成するかも知れない。
 しかし、言葉などはそう単純ではないだろう。ある一つの言語における必要最小限の文法と単語だけを教え、AI同士会話をさせて、言語の発達をみるのも興味あることである。あるいはもっと初歩から、AIの言語の発達過程が見られたらもっと面白い。チョムスキーの言語理論がテストできる。

 物事の発達に関するこの研究は、人類とAIとの共存社会はいかなる形態や制度になるか、また地球外文明の形態を想像する上でも参考になる重要な情報である。

 それにしても、人類が何千年も掛けて営々と積み重ねて達成した囲碁の殿堂は、わずか40日ほどで超えられてしまった。恐ろしいといえば、まさに恐ろしいことである。
 人間の指導なしで進歩するこの技術は囲碁AIに限らず、今後いろいろな分野に応用されていくだろう。本格的AI時代の始まりである。今のところは、個別分野でのルール・規則など基礎的知識のみを仕込んだAIの開発であるから汎用性はないが、いずれ近いうちに2種、3種の分野を統合した多用性の自己学習AIが氾濫するだろう。そうなると、本当に人類とAIの共存社会が始まる。だが、この技術を野放しにすると、人類の破滅を招く危険性を有する。その意味ではとんでもないAIが出現したといえる。
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