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応用と活用力不足の学力について
 応用と活用力不足の学力について

 今年文部科学省によって行われた小・中学生に対する全国一斉学力調査の結果がでた。その特徴として、特に問題とされたのは、基礎学力知識に対して、その知識を応用したり、実際に活用したりする力が不足しているということであった。つまり、昔から常に指摘されていることだが、机の上で教科書的知識を覚えるが応用力が弱いとか、理数科の場合には機械的計算はできるが論理的問題や応用問題に弱いということと同じ結果である。一寸問題をひねるともうできないというのが、今度の学力調査における算数の成績に出ている。このことは総合的判断力の不足とも関連している。

教科縦割り教育の弊害
 日本の学校教育の現状は、教科を縦割りに分断し、しかもばらばらな個別知識を詰め込む教育であるために、獲得した知識を統合し積極的に活用する場を授業の中でつくらない。それゆえ、わざわざ「総合学習」という教科科目を設定せざるをえなくなったのだと思う。だが、極端な「教科縦割り、個別知識詰め込み教育」の中での総合学習は、教育方法としては矛盾したものである。

 総合学習を通して、覚えた個々の知識を実際に日常生活や社会の仕組みなどいろいろな課題に応用し活用するならば、ばらばらな知識も相互に関連づけられ、その中で応用力や総合的判断力は養われるだろう。だが、総合学習導入当時から私が度々主張してきたように、本来の「総合学習」は、日頃の授業の中で教科ごとに学ぶ知識内容を互いに関連付けながら学習を進めるというものではなかろうか。

 たとえば、今の教科縦割り式授業では、理科と数学を切り離してしまうので、数学で習った式の意味やその演算法を理科で活用するような発想が育たない。高校では化学に出てくる原子・電子と物理の原子・電子とが同じものであることを知らなかったという生徒の話もある。これは極端な例であるが、すべて個別知識をばらばらに覚えているだけでは困る。

 せっかく理科を学んでも、それを教科書の知識、机上の知識として覚えるが、自然の仕組みや実生活とは別世界のことと思っているようだ。だから、日常生活に科学の知識を活かした科学的なものの考え方ができないので、オカルトや占いを信じる若者が多いのだろう。英語の学習でも、文章の講読と会話は切り離され、別ものとして改めて英会話を学ぶのも根は同じ縦割り教育にある。
 
 最近の理科の教科書は写真、絵、図が多く、文章による説明が激減している。他方では、読解力が落ちているといって、本読みの時間を設けたりした。これも矛盾した教育方ではないだろうか。読解力は、国語の時間だけでなく、社会科、理数科、生活科などすべての教科を通して養えるし、また養うべきである。むしろそうしてこそ本当の読解力がつくのだと思う。

 教科縦割りではなく、すべての教科を関連づけて学ぶようにすれば、応用力や総合的判断力は自然とつくはずである。

一斉学力調査に対する疑問 
 それにしても、今度の学力調査は、調査目的に対して感度の鈍い試験問題と方法であるとの指摘もある。このように大きな費用と労力を掛けた全国一斉学力調査の成果がこの程度では、繰り返してやる必要もないだろう。問題内容を充分研究して、統計値として充分信頼できる程度の生徒数によるサンプル調査で済むはずである。
 
 全国一斉調査は、過去の例のように、成績を上げるために歪んだ競争と、試験のための偏った勉学を煽る危険性もある。
 
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