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複雑系科学における不確実性と確率的予測について
複雑系科学における不確実性と確率的予測について                                

複雑系科学において、発展・進化の過程は一義的でなく不確実であって、結果の予測は困難である。それゆえ、確率的予測とならざるをえないといわれている(I.プリゴジン『確実性の終焉』)。その不確実性の原因と確率法則の意味について考察する。不確実性と確率法則を強調しすぎると、不可知論に陥る危険性があるので、そのことを念頭に置いてこの問題を議論する必要があるだろう

(I)複雑系の発展・進化過程の不確実性と予測不可能性の要因

1)複雑系は構成要素が多く、多種相互作用が複雑にからんでいて、非線形相互作用が支配的である。
2)非平衡散逸開放系であり、不安定な臨界状態の近く-カオスの縁-にある。それゆえ、系の発展過程は境界条件(環境)の影響を受けやすい。
3)揺らぎがカオス的に増幅され易い不安定状態にある。その結果、非線形運動法則に従い、解が一義的でない。
 4)新たな質や機能が創発されるが、創発の種類と形式は内部状態ばかりでなく、外部(環境)からの作用にも依存する。それゆえ、発展の予測が困難である、
 5)初期条件(1次情報)のみでは発展過程は決まらず、創発形式は環境からの作用(2次情報、3次情報)にも依存する。これらの原因が絡んで一層不確実性が増し、予測不可能になるといえる。

(II)相互作用の非線形性とカオス

i)決定論的方程式は積分可能である限り、初期条件を与えれば解は一義的に決まる。それゆえ、未来の状態を正確に予測できる。しかし、相互作用が複雑になると、非線形方程式などのように積分不可能になる。そのような場合は、解が一義的でないために予測が出来ない。
 よく知られている例はポアンカレーの3体問題である。決定論的ニュートン力学でも、3体以上の系では2つ以上の天体が互いに同時に重力を及ぼし合うので相互作用が複雑になり、非線形方程式となって積分不可能である。この3体系の例では、特別な配置状態(3体が正三角形など)を除いて、積分できず一義的解は存在しないので未来の状態の予測は出来ない。したがって、決定論的理論でもカオス現象となり、遠い先の予測が不可能な場合がある。自然界では、一般的にこのような場合の方が多い。
 非線形方程式では、パラメータや初期条件を変えることで、解がドラスティックに変化したり、分岐解が生ずるのでどの分岐枝を取って進行するのか一般的に予測は困難である。
 
ii)複雑系は多体問題である上に、非平衡開放形であるから、絶えず境界(環境)からの作用の影響を受けつつ変化発展する。だから初期条件のみでは将来の状態は決まらない。とくに、カオスの縁にある不安定な非平衡状態は初期条件や境界条件に敏感に反応するので、予測は一層困難である。
 開放系は内部状態と外部環境との相互作用(物質、エネルギー、エントロピーの出入)が絶えずあるので、系の発展方向は内部状態のみでは決まらない。初期条件を1次情報とすると、発展過程で創発される質や機能は2次的、3次的情報となり、それによって変化発展の方向が左右される。たとえば、生物個体の発生過程では、成長はDNA(1次情報)のみでは決まらない。DNAの1次情報のみに支配されて発生が進むならば、細胞分裂では同じ細胞しかできないので組織分化は起こらない。細胞分裂による成長過程で、細胞配置(内部や外部など)や重力作用に差が生じ、それによって組織分化が起こるが、それらは2次的、3次的情報である。
 初期状態の1次情報が十分に得られた場合でも、2次、3次情報による創発の状況が予測できないなら、複雑系の変化発展は予測できない。もし、1次および2次以上の情報を正確・精密に知りうるならば、決定論的法則に従う現象は予測可能なものもあるはずである。

(III) 確率的選択とその解釈
カオスの縁にある複雑系は、長期間後の結果の予測が困難で、かつ解が一義的でないためにその発展過程がどの分岐枝を取って進行するか不明である。それゆえ、系の進行はいかなる分岐枝を選ぶかの予測は確率的にならざるをえない。しかし、その選択法則が予測できないのは、必ずしも原理的に不可能というものばかりでないはずである。なかには
系の状態が複雑であるために運動法則(運動方程式)が未知であるからであって、基本的には決まった法則が存在するものもあるだろう。
発展方程式が分かっているが、分岐枝の予測ができない例としてロジスティク写像をとろう。生物の個体数の世代変化に関する漸化式(ロジスティク写像)は
             Xn+1 =αXn (1-Xn)

(ただし、 n = 0, 1, 2,・・.を世代番号とし、αは0<α<4のパラメータ)である。これも非線形方程式である。
パラメータαの値により、Xn(n→∞)の収斂する先の値Xが変わる。αが3以下では一定値に収束するが、3≤α≤3.56995の範囲では収斂値が2つに分岐してXはその間で振動し定まらない。さらに、3.56995<αではXnは4つの値の間を変動する。α=4附近では連続的な領域を激しく変動して全く定まらない。
αの値が大きい場合のこの現象は予測不可能な例とされる。このロジスティク写像は決定論的方程式である。αが3以下の場合はXの値の予測は完全に可能である。αが3を越えると、世代nが一つ変わるごとにXnは2つあるいは4つの値を不連続的に変動して収斂しないから、予測できないとされる。αが4附近では全く予測不可能という。しかし、写像式が確定しているゆえ、決まったn番目の世代のXnは計算できて、決まった値を得るのだから予測はできる。ただし、一定値に収斂しないので、nを決めないn→∞での値は予測不可能であり、どの値を取るかは確率的にしか予測できないというのである。それゆえ、このような現象は、全く予測不可能というわけではないことに留意すべきであろう。

ポアンカレーの3体問題のように、決定論的運動法則に従うカオス現象は多い。カオス的現象は、初期条件が微少だけずれても長時間の後には無限に異なる結果を生ずる。その場合にも、初期条件を厳密に与えれば、その方程式を用いて(積分はできなくとも)、その後の軌道を数値計算によって予測できる。したがって、決定論的法則の下でのカオス現象の予測不可能性は、初期条件や境界条件の不確実さによるといえる。

 予測不可能性を生むもう一つの要因は「揺らぎ」である。閉鎖系でも開放系でも不安定な多体系には揺らぎがある。とくに、非平衡な複雑系がカオスの縁にあるとき、その揺らぎが大きく増幅されて系は不安定になり、系の変化の予測は不可能となる。このような場合は、その系の決定論的運動法則(運動方程式)を見出すことが困難であるから、予測は不可能なのである。
 その典型的な例は気象予報である。気象現象は大気の気圧、温度、湿度などが絡み、かつ海と陸地が外的境界条件となる複雑系である。大気が不安定な状態にあるとき、カオス的に揺らぎが拡大される。これらの要因を取り入れた予報理論はまだ不完全であり、大気と外的条件に関する情報が十分でないために、天気予報の当たる確率はあまり高くない。しかし、近年、人工衛星など観測法の改良進歩と観測量の増加で、データ量の増大と精度の改善で、正確な情報量は飛躍的に増大した。また理論の進歩と大型コンピュータのお陰で、気象予報の当たる確率はかなり高くなった。気象現象はカオス的要素がかなりあるので、まだ長期予報は不正確であるが、短期、局所的予報の当たる確率は昔と比較すると格段の差がある。この先、データと理論の改良でさらに改善進歩し、長期予報の精度も増して行くであろう。

(IV)確率的予測は原理的・不可避的なものとは限らない
 いずれの場合も、複雑系の構成要素数が多く、かつ内部相互作用が複雑である場合は、非平衡・不安定のゆえに揺らぎが増幅されるために、厳密な方程式が発見できないことが不確実性と予測不可能性の主たる原因であろう。また、複雑系は初期条件や境界条件(2次、3次情報も含めて)に強く依存しやすいが、その情報を正確に捉えられないこともその原因である。
すべての現象において、部分系における構成要素間の短時間の素過程は、それぞれある定まった自然法則に従って運動・変化しているはずである。それゆえ、将来、認識が進み、系の運動を支配する法則と初期条件・境界条件などの情報が正確に掴めるようになれば、それ相当の確実性を備えた法則が発見され、予測可能な複雑系が見出される可能性はあるように思える。その意味で、複雑系の予測不可能性と確率法則は原理的なものではないだろう。
 ただし、初期条件や境界条件については、ハイゼンベルグの不確定性関係との関係を付言しておく必要があろう。この不確定性関係により、位置と運動量(速度)との積はプランク作用量子hを下限とする不確定性をもっている(Δx・Δp>h/2π)。それゆえ、力学的情報としての初期条件を厳密に決めることはできない。もし、カオスの縁にある複雑系の発展に、プランク定数hの程度の不確定性が問題になるほど微妙であるならば、初期条件や境界条件の不定性から来る不確実性は除去できない本質的なものとなる。

(V)まとめ 
以上の考察から分かるように、マクロな複雑系の運動発展に関する予測不可能性や確率的法則性は量子力学の確率法則とは本質的に異なる。量子力学の理論体系は、物質系の状態を表す波動関数の運動を与えるシュレーディンガー方程式(あるいはハイゼンベルグの行列力学)と系の観測に関するボルンの確率解釈(波動関数の絶対値の2乗が状態の観測確率)とからなっている。シュレーディンガー方程式は波動関数の運動に関しては決定論的方程式である。それゆえ、この二つは全く質的に異なる独立な仮定であるから、量子力学は木に竹を接いだような論理体系になっている。ミクロ実体の2重性(粒子性と波動性)から生ずる不確定性関係の示すように、量子力学の不確定性とボルンの確率解釈とは本質的・原理的なものである。
 それに対して、複雑系科学における不確実性と予測の確率的法則は量子力学のそれとは質的に異なることに留意すべきである。将来、科学の進歩によって確実性を回復するものがないとは言えない。
 また、不確実・予測不可能な複雑系の現象でも、これまでの科学における法則とは質の異なる法則性が存在するはずである。質点力学の法則と統計力学の法則の違いのように。したがって、不確実性の内容を吟味して、その意味と条件を明らかにする必要もあろう。とくに、複雑系の不確実性からくる予測の確率法則は、原理的に不可避的なものなのか、それとも科学論理と観測技術が未発達のためなのか、あるいは両者を含むものなのかを明らかにすることは、複雑系科学において重要な課題であろう。
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