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ゲージ理論の拘束条件に関するディラックの予想について
ゲージ理論の第1類拘束に関する「ディラックの予想」について
     -なぜディラックは誤ったか?-
 


(4年前に『ゲージ理論の解析力学』を上梓した。そこに書いた第一類拘束条件とディラックの予想について、ある友人に質問された。それが契機となって、この小論をまとめた。式や記号が分かりにくいかも知れない。詳しく知りたい方は、メールでご連絡ください。メール:rsugano@feel.ocn.ne.jp)
(これを京都産大 益川塾セミナーで12月10日に話すことになった。)


はじめに 
 ディラックはゲージ理論に現れる拘束条件(さらに一般的に、特異ラグランジュ関数から導かれる拘束条件)を系統的に扱うアルゴリズムを開発して、美しい理論体系への道を拓いた[1]。この功績は素晴らしいが、この分野で非常に重要な問題をやり残したと思う。

 ゲージ理論を記述するラグランジュ関数からは拘束条件が現れる。一般的に、特異ラグランジュ関数から派生する拘束条件には、第1類拘束条件と第2類拘束条件がある。第1類拘束条件はゲージ理論に関わり、第2類拘束条件は位相空間での自由度を縮減するが、さらに、大域的対称性に関わる。 

 特異ラグランジュ関数から導かれる拘束条件を1次拘束と呼ぶ。これら拘束条件は、運動方程式と整合的であるためには、それら拘束条件の時間微分(拘束条件とハミルトン関数とのポアッソン括弧、量子力学では交換関係)から、一般的に新たな拘束条件が2次拘束、3次拘束と次々に派生する。1次からk次拘束まですべての拘束の集合の中で、ポアッソン括弧に対して閉じている拘束条件を第1類拘束、閉じてないものを第2類拘束と呼ぶ。この第1類拘束の存在がゲージ理論の特性である。

 ディラックのやり残した課題は、(i)ゲージ変換の生成子(無限小変換の母関数)と第1類拘束との関係、 (ii)第2類拘束と大域的対称性に対する変換生成子の関係、 (iii)位相空間と速度位相空間との対応,
(iv) 第1類拘束とゲージ固定の関係である。
 これらの4つの問題を筆者らは解決したと自負している。さらに、その過程で以下に示すディラックの予想の誤りを指摘した。(詳細は参考文献2または3にまとめた。)
 
第1類拘束に関するディラックの予想 
ディラックはゲージ理論に関わる第一類拘束条件について次のような予想(conjecture)をした。
“第1類拘束条件は、1次拘束と2次以降の拘束は、すべて質的に同じであり同列に扱ってよい”と。

 実は、上記の(i)~(iv)はディラックのこの予想と密接に関連している。

 このディラック予想から、ゲージ理論におけるハミルトン関数の作り方やゲージ固定の方法に混乱が起こった。
 拘束条件のある系のハミルトン関数は、通常「全ハミルトン関数」HT を用いるべきであることをディラックは最初に示した。全ハミルトン関数とは、第1類1次拘束を Φα1(p,q)、k次拘束を Φαk(p,q)と記すと(k=1~K,α=1~Rは、R個の1次拘束を表す指標である。)

      HT =H+vα Φα1 (1)

である(αについての和の記号は省略)。ここにHは正準ハミルトン関数、vαは任意関数である。
 ところが後に、ディラックは上記の予想にしたがって、全ハミルトン関数HT の代わりに、すべての第一類拘束を加えた「拡張されたハミルトン関数」HE

  HE =H+ λαk Φαk (2)

(αとkについて和を取る。以下同じ)を用いてもよいと主張した。電磁場のような簡単な例では、一見HE 形式デモ矛盾がないように思えるし、位相空間での定式化のみ見ていたのでは不整合性に気づかないので、彼のこの予想をみな信じてHE形式を用いるようになった。
 
このディラックの予想の正否を巡って、永い間議論がなされた。それに対して、筆者らはディラック予想は誤りであることを早くから主張してきた。その根拠として、(1)1次拘束とk次(k≧2)拘束とは同等ではなく質的に異なること、(2) HT が正しい時間発展の生成子であることを証明し、(3)その実例をモデルを作って示した。

 これらの問題について、論文やワークショップでの議論により、何度も論争を繰り返した結果反論もなくなり、漸く20年ほど前に筆者らの主張が認められるようになった。
 その証明過程で、なぜディラックが誤った予想をしたかを、さらにその根拠と思われる理由も明らかにしたい。以下にそれを述べる。

 質点系のモデルをとり、速度位相空間(qi,ξi =dq/dt)、(i=1~N)と位相空間qi,piの次元を2Nとする。
(1)1次拘束の特殊性
 ヘシアン行列のゼロ固有値ベクトルとの関係 [4]
 まず、1次拘束とk次(k≧2)拘束とが質的に異るのは、1次拘束 Φα1(p,q)を速度位相空間に引きもどすと、恒等的にゼロになることである:
 
Φα1(p(ξ,q),q)≡0    (3)

しかし2次以降の拘束Φαk(p(ξ,q),q)はゼロにならない。この違いは、以下に見るように重要な意味をもつ。
 ヘシアン行列

Ajj = Ajj =∂2L/∂ξi∂ξj = ∂pi /∂ξj (4)

の階数が N-R( rank(Aij)= N-R)のとき,(Aij)はR個のゼロ固有値を有し、それに対応してR個のゼロ固有値ベクトル ταi が存在する。

   Aij ταj =0, (α=1~R) (5)

Aはラグランジュ関数から直接導かれる1次拘束の数であり、ゲージ自由度の数であることが示される(後述 (3)式に示すように、1次拘束は速度位相空間で恒等的にゼロになるから、それを qiおよびξi で微分すると、それぞれみなゼロになる。

   ∂Φα1 /∂qj≡0 、    (6)

∂Φα1/∂ξj=∂Φα1/∂pi・∂pi/∂ξj=∂Φα1/∂pi・Ajj ≡0 (7)

(5)と(7)式から

ταi = ∂Φα1/∂pi (8)

を得る。このような関係は1次拘束のみの有する特性であり、2次拘束Φαk(k≧2)にはない。この性質が1次拘束と2次以降の拘束との重要な違いである。

(2)ゲージ変換の生成子(母関数)と第1類拘束、およびゲージ自由度 [5]
ゲージ変換の生成子(母関数)G(p,q)は第1類拘束の一次結合で表される:

G =εαk Φαk (α=1~R、k=1~K) (9)

εαk は未定関数であるが、以下に示すGの定常条件(Gが運動方程式と整合的であるための条件である)により、εαK を除き、k=1~K-1の εαk はすべてεαK とその時間微分により表される。

{G,HT}+ ∂G/∂t ≡0 (mod Φα1) (10)

HTに含まれるvαは任意関数であるから、(10)式は次のように分解される。

{G,H}+ ∂G/∂t ≡0 (mod Φα1) (11)
{G,Φα1}≡0 (mod Φα1) (12)

この両式からεαk の漸化式が導かれる:

     dεαk/ dt +εαkー1 + εβK Cαβk =0     (13)

ここに Cαβk は次式で与えられる

    {ΦαK ,H }= Cαβk Φβk

 この漸化式からすべての εαk (k=1~K-1)は εαK とその時間微分の1次結合で表される。ここで、最高次拘束の係数εαK のみが任意関数である。それを改めてεα(t)とおくと、GはR個のεα を任意関数とするΦαk の1次結合で表される。R個のεα はゲージ変換の自由度に対応する任意関数である。
 無限小ゲージ変換は

   δqi ={qi,G}
δpi ={pi,G}

で与えられる。それゆえ、1次拘束Φα1 の数Rがゲージ自由度である、つまり、1次拘束の数がゲージ自由度を決める。したがって、1次拘束は高次拘束とは同等でないことは明かである。

 また、ゲージ変換の生成子は、すべてこのように構成したGであり、それ以外に存在しないこと、つまり、作用積分がゲージ変換で不変ならば、その変換の生成子はそのラグランジュ関数から得られる第1類拘束(1次および高次拘束)の一次結合であり、その形はこのGと一致することも示した[6]。(これが2番目の理由である)。
 Gを決めるときに(10)式においてHT でなく、1次拘束と高次拘束を同列に扱った(2)式のHE を用いると、λαk はすべて任意関数であるから、Gのなかのεαk はすべて任意関数となり、ゲージ自由度はRxKとなる(電磁場のゲージ自由度は2となる)。つまり、すべての第1類拘束がゲージ変換の生成子になる。だが、元のラグランジュ関数は、そのようなRxK個のゲージ変換で不変ではない。これでは実際のゲージ理論と矛盾する。

 もし、(1)で示した1次拘束の特性と、ゲージ変換の生成子が第1類拘束の1次結合でこのように表されることに、ディラックが気づいていれば、1次拘束と高次拘束の質的差異を認めて、上記のような予測をしなかったであろう。

(3)位相空間と速度位相空間との整合性について[7]
 (1)に示したように1次拘束条件は速度位相空間で恒等的に消えるために(5),(6),(7)式が導かれた。これらの式を用いて位相空間から速度位相空間への写像、およびその逆写像が可能となる。
 そして1次拘束条件は速度位相空間で恒等的に消えるから、HT の付加項Φα1 は速度位相空間には寄与しない。それゆえ、その変換による結果は元のラグランジュ関数と同じ内容となる。すなわち、HT形式では位相空間と速度位相空間とは同等であり、位相空間で定式化された関係式(運動方程式やゲージ変換など)は速度位相空間にそのまま引き戻されるから、両空間での形式化は整合的である。
 それに対して、HE形式では、HEの付加項のうち高次拘束条件は速度位相空間で消えないために、HEは元のラグランジュ関数とは異なる力学を与える。事実、HE から導かれる位相空間での関係式を速度位相空間に引きもどすと整合的でない結果を得る。さらに、その引き戻しができないようなモデルも存在する。

 特に、ディラックの予測を巡る議論で提示されたフレンケルのモデルラグランジュ関数[8]は両空間での整合性の問題を浮き彫りにした。そのモデルでは3次拘束まで現れるが、ヘシアン行列 Ajjの階数が3次拘束によってもう一つ下がるものである。そのことに気づかなかったので、HT形式もHE形式も辻褄が合わず、一時期混乱が続いた。しかし、ヘシアン行列の階数が拘束条件によって下がるために、もう一つ新たに1次拘束が現れることに気づき、それをHTに加えたものを改めてHT とすれば、ゲージ変換の生成子も含めて、すべて整合的な理論が得られる(3)(4)。これもHEではなく、HT 形式が正しいことを示す例である。
これらのことからも HE 形式、つまりディラックの予想は正しくないといえる。

(4)第2類拘束条件の役割 
第2類拘束条件の役割について、ディラックはあまり重視してない。第2類拘束は必ず対で現れ、位相空間の自由度を縮減するだけであると考えた。
 しかし、第2類拘束も大域的対称性変換(定数パラメータ変換)の生成子を作る。その生成子は第2類拘束の1次結合により表されること、およびその構成方法を、筆者たちは導いた。それにより、大域的変換の自由度は、やはりヘシアン行列の階数の減少数(1次拘束の数)に等しいことも示した[9]。
 第2類拘束に関するこの性質は、ディラックが気づいていなかったことである。彼は、第2類拘束は位相空間の自由度を縮減するだけといい、あまり重要視しなかった。

参考文献
(1)P.A.M. Dirac: Lectures on Quantum Mechanics (Belfer Graduate School of Science,Yeshiba
University, 1964 ),
(2)木村利栄・菅野礼司著『微分形式による解析力学』吉岡書店1988,
(3)菅野礼司著『ゲージ理論の解析力学』吉岡書店2007,
(4)R. Sugano and H. Kamo : Prog. Theor. Phys. 67 (1982) 1966,
(5)R. Sugano : Prog. Theor. Phys. 68 (1982) 1377,
L. Castellani: Ann. of Phys. 143 (1982), (同時に独立に発表)
(6)R. Sugano and Y. Kaguraoka :Z. Phys. C52. (1991), 437,
(7)R. Sugano, Y. Saito and T. Kimura: Prog. Theor. Phys. 76 (1986)283,
(8)A. Frenkel: Phys. Rev. D21 (1980), 2986.
(9:)R. Sugano and T. Kimura: Phys. Rev. D41 (1990) , 1247.
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