科学・技術と自然環境について、教育を考える。
この道はいつか来た道-「特定秘密保護法案」
この道はいつか来た道-「特定秘密保護法案」

 「特定秘密保護法案」に対して、国民と各界から批判と反対意見が強く湧き上がり、マスコミも総じて批判している。国民主権国家として最も基本的なものである国民の知る権利を制限し、報道の自由が犯される危険性に対して、また秘密の指定法と範囲の曖昧さについて、政府と自民党は納得できる説明をしない。野党との修正協議でも、名ばかりで本質は変わっていない。「秘密」の情報公開は60年まで伸ばせるのでは公開の意味がない。要するに、法案の基本姿勢は譲らず、一番危惧されるところは保持したままである。民主党の代案を無視して、衆議院を多数の力で遮二無二通過させた。まさに暴挙である。

 福島での「公聴会」は全員が反対か批判的であったが、それには耳を傾けようともしない。以前から公聴会は規則で決まっているから開くだけで、形式を整えるための通過儀式であった。結果は最初から決まっていて、議会で決議するための準備であった。しかし、今度は政府・与党の推薦する陳述者までも法案を危惧し、全員が反対であった。このような例はこれまでなかったのに、それさえも無視したのである。

 将来、日本の進路を左右し、国民生活を束縛するこのような重要法案を十分な審議もせず、なぜ短時間のうちに成立させねばならないのか。アメリカとの約束があるのか、安倍内閣と自民党は国会での法案審議を長引かせると、ますます反対意見が盛り上がるだろうことを恐れて、強引に今国会で成立させるつもりのようでもある。国会審議の政府答弁を聞いていると、この秘密保護法案の審議ですでに何か秘密が隠されているように思えるし、何が秘密であるのかさえも分からないような答弁である。 

 政府の説明では、国民の基本的知る権利や、報道の自由を制限するものではないと、繰り返し答弁しているが、これだけ多数の国民の反対意見や危惧を顧みず、公聴会を無視する姿勢を見ると誠意はなくとても信じる気にはなれない。百歩譲って、たとえ今の政府はそのつもりでも、法律はは一人歩きをするもので、時を経て社会情勢が変わっていくと、次第に拡大解釈されて猛威を振るうものである。日本社会の政治風土から判断して、その可能性は高い。安倍首相はそのような状況を作る準備を次々に進めていると思う。憲法改定手続き、教育法、教科書改訂など、着々と手を打ってきた。

 この「特定秘密保護法案」は縛りが曖昧で、拡大解釈できる危険性は十分ある。かっての「治安維持法」がその典型例である。そうなってから気づいてもおそい、その時は自由にものが言えなくなっている。

 戦後の長期自民党政府は、アメリカの日本への原爆持ち込みや、沖縄返還時の秘密協定など、数々の秘密を証拠があっても「知らぬ存ぜぬ」と嘘をいって隠し通した。国会で嘘の説明や答弁をしても政府・官僚は罪にならないで、秘密を暴いた記者が罪になるという一方的な制度が、すでにこれまでの秘密主義日本の状態である。この秘密保護法も、何が秘密かを十分知らされず、罰せられるのは国民である。
このような悪法は破棄すべいである。

 「個人情報保護法」は本来は、個人のプライバシーを保護して人権を守るためのものであるが、この法律は府・政府・官僚や役人の言い逃れ、責任回避の隠れ蓑に使われている。この「個人情報保護法」と「特定秘密保護法」とを組み合わせて使えば、権力者に一層好都合なものになろう。  

 安倍首相は「日本を取り戻す」と言うが、彼の右翼的思想信条からその言動と政策を見ると、それは「昔の日本」を取り戻そうとしているように思える。野党の修正案受けいれは名ばかりで本質は譲らないで押し通せたのも、世論を無視して強引に成立させようとできるのも、現在の安倍首相の力がそれだけ強大であることを示している。自民党の中でも安倍批判はできない状態だそうだ。公明党はほぼ金縛りの状態である。いま日本は非常に危険な状態にある。この機を逃して政府に反撃できないと、安倍自民党政権は長期間続き、将来が危ぶまれる。
スポンサーサイト
Copyright © 2005 自然と科学. all rights reserved.