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『21世紀の資本』と『資本主義の終焉』  
『21世紀の資本』と『資本主義の終焉』  

  いま、トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房)が世界的に注目されている。また水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社)も広く読まれている。

  ピケティは過去200年以上に亘り、資本主義の下での資本収益率(r)と経済成長率(g)の関係についてデータを分析した。資本収益率rとは、利潤、配当金、利息、貸出料など資本から入ってくる収入のことであり、経済成長率gは給与所得などによって表されるものだという。その分析結果から、21世紀の資本の行方について警告している。
 
 それによると資本収益率(r)は平均で年に5%程度であるが、経済成長率(g)は1%から2%の範囲で収まっている。r>gということは、資産によって得られる富の方が、労働によって得られる富よりも速く蓄積されやすいということであり、経済的不平等、すなわち貧富の格差が増してゆくことになる。この傾向は1930年から1975年の間、世界大戦や世界恐慌により一時期減少したが、1970年代後半からは、富裕層や大企業に対する減税などの政策によって、格差が再び拡大に向かうようになったという。

彼の経済理論は新しい問題提起であると賞賛されているようだ。中産階級は消滅して「1%の富裕層が世界の富の99%を握る」という歪みが生ずる根拠をこれによって明らかにしたと。
今後は経済成長率が低い世界が予測されるので、資本収益率(r)は引き続き経済成長率(g)を上回る。そのため、何らかの対策を打たなければ、富の不均衡はこのまま維持されることになる。「科学技術が急速に発達することによって、経済成長率が20世紀のレベルに戻るという考えは受け入れがたい」、このままでは資本主義も民主主義も保たないと指摘している。その対策として、不均衡を和らげるには、最高80%の累進所得税制を設け、税逃れのためタックス・ヘイヴンのような場所に資産を移動することを防ぐために、この税制に関する国際的な協定を結ぶ必要があると、ピケティは主張している。

 ニュアンスは少し違うが、資本主義の未来について、ピケティのこの予想と同じようなことを、水野和夫も主張している。(『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社2014年))
彼は15世紀頃からの利子率と資本収益率の変動などのデータを分析した。その結果、資本主義経済制度のもとで、少数の資本家への富の集中と、資本の収益率が低下しゼロに近づきつつあることを指摘示し、そのことから資本主義の終焉を予測した。さらに、それに伴う西欧の終焉と歴史の危機を警告している。
その対策として、バブル崩壊で資本主義の終焉を迎えるのではなく、そして資本主義の暴走ではなくソフトランディングをすべきだという。以前は、資本主義は国家を利用し、国家も資本主義を利用してきた。だがグローバル化時代の巨大資本にとって国家が足枷になった。グローバル資本主義の暴走にブレーキを掛け、それに対抗するには世界国家が必要であるという。

2人とも経済の専門家だけに、経済制度について広く目を配り、詳細なデータを用いた考察には説得力がある。私は経済の専門家ではないが、目を開かれ、なるほど学ぶところが多い。
それにしても、ピケティの論考と、それについて人々が論ずるものは、資本主義経済の仕組みや貧富の格差の拡大といった経済に関する問題のみである。この時代に未来の経済制度を論ずるに当たって欠かせない重要な要素は、地球の収容能力と環境問題からくる成長の限界である。この問題を考慮しない考察では未来社会の姿について正しい予測はできないと思う。水野氏の論考もほぼ同様である。その点にわずかに言及しているが、地球環境の点からも経済成長には限界があること、もはや拡大・成長の余地はないのに、無理に拡大させればバブルが弾けると指摘するに留まっている。
現在の総人口は、もはや地球の収容能力を超えている。全人類がひどい格差なく文化的生活を営むための資源・エネルギー、食料は不足している。地球は有限であり、これ以上経済成長を続ければ、地球環境は破壊されるだろう。すでに気象異変にその兆候は出ている。

 私は経済の専門家ではないので、経済に関する詳細データによる裏付けはできないが、「国家経済の破綻と世界経済の危機」について論じた事がある(『唯物論と現代』48号(2012))。ここでの問題と関連する要点は以下の通りである。
近年の金融危機の背景には慢性的な経済危機があり、それが世界を覆いつつある。その危機とは国家経済の破綻の恐れである。日本やアメリカを筆頭にほとんどの先進国は累積する財政赤字に悩んでいる。これら国家財政の赤字の増大は政治・経済の仕組みや社会制度による構造的なもので、必然的傾向であろう。グローバル化と激しい経済競争のために、それぞれの国家は昔のようにマイペースで緩やかに成長を続けることはできなくなっている。一国だけがその競争の渦の外に位置することは最早許されない。好むと好まざるとにかかわらずグローバル化と開発競争の波に巻き込まれてしまう。その開発競争は加速度的に進むので、その流れの中にあるすべての国家は不安定となり、その政治・経済の構造を維持するのが難しくなりつつある。

 国家財政の危機を救うには、増税か経済成長による景気回復しかないと言われている。富裕層からの税の徴収ができればよいが簡単ではない。他方、経済成長には限界がある。最早人類の活動は地球の収容能力を超えて、パンク寸前である。それを科学者・技術によって解決する望は少ない。技術にはプラス効果のみでなく、必ずマイナス効果がある。エントロピー増大則を回避することはできないからである。それゆえ、危機脱出の道は狭く、容易ではない。
 もう一つ資本主義を崩壊させる要因は、金融資本市場という虚の世界の成長であろう。資本主義は商品生産とサービス業からなる実の世界である。金融資本市場は貨幣(金本位制を止めてから、貨幣は実体のないものとなった)だけを動かし何も生産しない虚の世界である。先進国の金融緩和により、その虚世界が実世界を超えて巨大化し、全世界を動かしていることは虚が実の資本主義を中から掘り崩していることになる。資本主義の終焉の次にはいかなる社会が望ましいのか、それこそ経済学の重要な課題である。
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