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AIの発達した未来社会
AIの発達した未来社会

AIの急速な発達により、未来社会の予想も盛んである。その予想において問題となっているのは大きく分けて二つあう。

1.悲観論:現在社会における人間の仕事の大半はAIに奪われて、失業者が増える。
2.楽観論:人間のすることがなくなり、暇ができて余暇をどう過ごすのか。


この予想はいずれも的外れである。その理由:

現在社会における人間の仕事のうち、AIが取って代わるものは、規則的でルーチン化されやすい仕事はである。しかし、抽象的概念作りや、協調性が必要な仕事は当分残るだろう。創造的な仕事は人間の領域だといわれているが、それでも、人工知能が将来全く進出しえない仕事はないだろう。創造的仕事とは何かが問題ではあるが、人間がまだしてない(やり残した)創造的仕事をAIはかなりのレベルでなしうる。たとえば、技術・芸術分野。

それよりも重要なことは、AIの開発により、次々に新たな仕事が生み出されることである。AIによって能率が上がり、仕事を遂行する時間が短縮されても、その時間を余暇に回すのではないということである。社会活動のテンポが早くなり、社会全体の仕事量が増して余暇は(それほど)増えない。AI技術を用いた仕事、AI運用に関連した仕事が新たなに生まれることと、社会活動のスピード化により、全仕事量はかえって増える可能性がある。
過去にもこれと同じようなことが言われた時期があった。自動機械化、ロボット化が進めば、人間は今の半分働けばよい時代がくると。しかし、これだけ自動化が進んでも、労働時間は減らず、労働力不足で、長時間残業、過労死が絶えない。
その理由は、一つの画期的技術が生まれると、それに付随する仕事と、その技術を利用した新たな仕事が急速に拡がり、その技術による能率アップ以上の仕事が社会全体で増える。その典型例は、新幹線、パソコン、携帯電話などである。それによってスピード化が進み、人間は機械に使われ追いまくられるようになった。(拙稿「人工的社会と人類の未来」『唯物論と現代』No.20,1998、を参照されたい。)


他方の楽観論について:たとえ、AI化により余暇ができたとしても、遊んで暮らせるのは極一部の人である。誰でも少し働けば生活できる給料を得られる社会でなければ、皆がそのような生活を楽しむことは不可能だ。そのためには仕事と富を分け合う社会制度、格差のない(少ない)社会、福祉充実の社会、激しい競争のない社会でなければならない。資本主義社会ではそれは無理である。その楽観論が実現される理想的社会制度を模索すべきだ。
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