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科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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ノーベル医学生理学賞 本庶佑教授に
ノーベル医学生理学賞 本庶佑教授に

今年も日本人科学者本庶佑教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。本庶氏ご自身はもとより、日本の基礎研究が認められたことは大変喜ばしいことである。
 ガン治療薬のオブジーボの発明にいたる基礎研究で、免疫細胞の働きを抑えるPD-1分子の発見には、生命の仕組みの奥深さ、複雑さと巧みさに改めて感嘆させられる。


  テレビ会見における本庶教授の、研究に対する確固とした揺るぎなき信念は語る姿には感動を覚えた。日本の現状を憂えてノーベル賞金を基に若手研究者育成のための基金を作るという。

 ノーベル賞となると何時ものように、昨夜からマスメディアは大きく取り上げている。テレビでの受賞紹介のニュースや、討論などを聞いていると、見方が一面的・現象的な傾向があるので気になることが多い。まず言いたいことは、このよう討論の場には、研究現場のことを身を持ってよく知っている科学者を複数参加させるべきである。

 近年は日本の科学研究、特に基礎科学分野で力量が目に見えて低下していることがしばしば指摘されている。将来ノーベル賞級科学者は出にくいという。その理由として挙げられるのは、研究費の減少、研究費の配分法の歪みが第一にあげられている。確かにこれは深刻な問題である。欧米や中国などではGNPに対する研究費率は増えているが、日本はむしろ減っている。科学研究の規模の巨大化、スピード化で研究費は益々増大するから、問題は深刻である。科学研究には無駄がつきものである。また一見無駄のように見える「無用の用」にも目を向けるべきである。研究には精神的ゆとりや遊び心も必要である。「無用の用」も回り回って後で生きてくることもある。
 安倍政権は国際情勢の危機を煽って不必要な軍事費を増やし、アメリカから巨額の兵器を買わされている。それよりも科学研究費や福祉に回すべきだと多くの人は思っているだろう。
 
 日本の科学研究の現状で、憂えるべきは研究資金の不足のみではなく、その配分法である。直接的には実験費の不足のみではない。現状は、成果がすぐ目に見える研究や大型プロジェクトへの重点配分優先である(技術優先)。間接的には、大学・研究所における研究者数の減少である。科学者数を増やし、優遇すること、特に若手研究者の身分を保障し、落ちついて基礎的な問題に長年取り組める研究環境を作ることである。浮き草のような不安定な研究生活を送っている優秀な若手研究者の何と多いことか。偉大な研究成果は、一人の天才によってなされることは稀にあるかも知れないが、まずないといえる。研究者の幅が広く裾野が広がっていることが高山の存在条件である。

 国内外の多くの研究者の交流と討論を通して、その相互刺激によって素晴らしいアイデアが生まれる可能性が高い。ノーベル賞受賞者は、欧米に留学中に、あるいは協同研究で研究テーマを見つけ、発想と研究の腕を磨いた方が多いことにも注目すべきであろう。

 研究条件や研究環境とは何かを総合的に判断した議論や発言が欲しい。研究者の参加してないテレビの議論には、これらのことに着目して本質を突いた発言が見られない。
 誰かの片言節句を引用して、一面的な私見を述べているのを見かけるが、的を外れていることが多い。たとえば、「資金がないから良い研究はできない」というが、それは「何もできない人の言うことだ」といった発言もある。このようなことは稀で、特別な研究者にしか当てはまらない。昔と違い、現代では教育・研究の状況は変わっている。
 
 繰り返すが、この種の討論、議論には、経験豊かな研究者と現場の研究者を複数参加させてるべきである


追記: 
 この研究の最も偉大な成果は、免疫細胞の働きを抑えるPD-1分子の発見にある。免疫細胞の働きを抑えるPD-1に類似するメカニズムは他にもあるだろうから、それは生理学の基礎研究の成果である。それゆえ、この発見こそノーベル賞に値するものであると思う。
  だがマスメディアでは、ガン治療薬のオブジーボの発明の方が大きく取り上げられ、称賛されている。オブジーボの発明も素晴らしい成果ではあるが、それはむしろPD-1発見の応用といえるだろう。

 基礎研究であるPD-1の発見の真価を理解せず、目に見える実用的成果であるオブジーボの方にばかり目が行くのは、日本人の発想、「何お役に立つのか」 の現れであろうか。 これでは、基礎研究が重視されない日本の精神風土は変わらないだろう。
 本庶教授に限らず、これまで多くのノーベル賞受賞者が基礎科学を重視し、育てよと訴えてきたが、改善されない。


マスコミは、そのことを支持し、持ち上げるように、ノーベル賞受賞の意義を報道して欲しい。報道姿勢が歪んでいるように思えてならない。
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