FC2ブログ
科学・技術と自然環境について、教育を考える。
五輪や万博に浮かれている時代ではない

五輪や万博に浮かれている時代ではない

  2025年の国際博覧会(万博)は大阪に決定したので、関係者や一般市民の喜びの声と共にマスコミは大々的に報道した。2020年の東京五輪に引き続き、大きな国際イベントが日本で開催される。そのことはそれほど喜ぶべきことなのか、疑問の念が湧いてくる。

その理由は、国民生活を犠牲にした経済優先、莫大な予算支出(出所は税金)、環境への悪影響にある。


五輪のテーマ「震災復興」といい、万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」といい、理念は肯定できるがそれらはスローガンに終わり、内実を伴わないように思える。本当の目的は経済効果のみ優先されるのではないか。五輪の設営・運営予算が、最初の予定より何倍にも大きく膨れあがるところにも、その本質が現れている。万博も同じだろう。カジノの開設と抱き合わせの計画を見れば、「輝く未来」の夢は浮かんでこない。本当に利益を得るのは、一部の関係者と財界であろう。

 温暖化ガスCO2の排出削減は遅々として進まぬどころかまだ増え続け、地球環境は悪化して、25年頃には取り返しの付かないところに達するだろう。20年の五輪では、マラソンのみでなく、他の競技にも支障がでて、まともな運営はできなく成るのではないかと、私は以前から言い続けてきた。気候異変に伴う大台風、大水害、大干閥、山林大火災など、年々ひどくなっている。

 大阪万博のテーマ「未来社会のデザイン」は、まず「地球環境の保護・改善」の上に描かれるべきであろう。お祭り騒ぎで浮かれている時期ではないと思う。 

 現在の人類は、地球温暖化・汚染を防ぎ、地球環境を救うことを第一に優先すべきで、やらなくてもすむ大イベントは当分止めるべきである。たとえば、五輪の会場はアテネに固定し、余分な経費を削減するため、誘致競争、会場設営(環境破壊を伴う)を止めるべきだ。そして国威発揚などと、夢中になってメダルの数を競うのもどうかと思う。
 温暖化ばかりでなく、地球は海も山も、そして陸地もゴミの山、「ゴミ屋敷」になりつつある。地球環境の悪化がこのまま進めば、人類の生活は脅かされ、生存すら危うくなる。経済効果を狙うイベントによって、一時的に景気が少し回復したとしても、生きるために生活防衛設備(台風・水害対策、冷暖房など)の経費が嵩んで、その後家計はそれ以上に苦しくなるであろう。
スポンサーサイト



Copyright © 2005 自然と科学. all rights reserved.