科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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複雑系科学の哲学
 自然界の対称性の破れと多様性:複雑系科学の哲学       
        存在の科学から発展・進化の科学へ    
 
 ( この草稿はあるシンポジウムで報告したものである。)


目次
0.序論
 近代科学の成立(第一科学革命)
 現代科学(20世紀)の展開(第二科学革命)
 発展進化の科学(21世紀)(第三科学革命)
複雑系の特性
 新たな科学観-科学の不完全性
1.自然界の階層構造
 (1)物質の階層性:各階層には固有の構造と法則
 (2)相互作用(力)の性質:3要素
(3)相互作用の階層性
(4)相互作用(力)の閉じ込め
(5)相互作用の閉じ込めと物質の階層構造
    階層間の関係
2.自然界の対称性とその破れ
 (1)対称性の意義
 (2)対称性の破れ
(3)相転移の本質
 (4)相互作用の自発的破れ:統一相互作用の分岐
(5)対称性の破れが自然界の多様性を生む要因
3.物質の相互連関
 (1)物質の階層と実体
(2)部分と全体:相互規定性
  (3)科学理論の階層性
4.複雑系: 自己組織化、自己発展
 (1)エネルギー、エントロピー、シナジー
(2)自己組織化
(3)非平衡散逸開放系
 (4)可逆過程と不可逆過程
5.複雑系科学と自然弁証法
(1)普遍性と多様性
(2)具体的普遍とその意義
(3)すべての階層を貫く普遍法則 


0.序論 
 自然界の現象は一見非常に複雑かつ多様であるが、その背後にはある一定の法則にしたがって運動変化していることを、人類は自然科学よって認識してきた。そして、その法則性のなかにいろいろな対称性があることを発見した。その対称性は物質の形や原子配列(結晶)のような空間的形式ばかりでなく、物質の分類上の性質や物理法則の不変性といったところにも見出される。本稿でいう「対称性」は幾何学的なものでなく、主にこのような自然法則に関する対称性である。対称性の破れと自然の多様性は宇宙誕生以来の発展・進化のなかで自発的に創成されてきたものである。

 自然科学はこれまで二回の科学革命を経てきた、そして今第三科学革命に入りつつあるといえるだろう。科学革命による新しい科学の誕生ごとに科学の研究目的と科学の方法が変わってきた。第三革命以後の自然科学は物質の発展・進化の原理・法則を探究することを重要な課題としている。その科学の論理と方法の変化の過程をまず概観しておこう。

近代科学の成立:17世紀(第一科学革命)
 それは17世紀にニュートン力学の成立によって始まり、電磁気学、熱力学、化学など近代科学として19世紀までに築かれた。
近代科学は初めて実証科学としてその論理と方法が築かれ、その論理と方法の基本的なものは、その後の自然科学の手本となった。
近代科学の基礎にある自然観:機械論的・原子論的・数学的自然観であり、後に力学的自然観が生まれ定着した。それら自然観が近代科学の論理と方法に反映され、この自然観に基づく自然の仕組みを掴もうとした。
 近代科学の目的は、自然界には「何がいかにあるか」、つまり物質の存在様式とその運動の原理・法則を探究することにあった。
 それは19世紀の末に一応完成したと思われ、物理学は自然の原理をすべて手にしたと科学者は自負した(ケルビン卿の講演)。しかし、それは幻想であった。

現代科学(20世紀)の展開(第二科学革命)
 20世紀初頭にアインシュタインの相対性理論が誕生し、次いで量子論が築かれたことで、近代科学の適用限界が明らかになった。特に、量子論は自然の深さを改めて意識させ、自然科学の意味を再検討することを余儀なくさせる認識革命であった。
 自然観の転換:近代科学の原子論的自然観は階層的自然観へ、また機械論的自然観は進化的自然観へ移行した。数学的自然観は引き継がれたが、その内容は発展しさらに深められた。
 この自然観の転換により、物質の存在様式と運動法則の見方が変わった。自然の階層性とすべての物は変化・発展するという観点(進化的自然観)に達した。
 現代科学の特徴:自然科学のすべての分野が全面開花し(分子生物学、物質科学、宇宙物理学、情報科学など)装置・予算規模の巨大化と測定技術の精密化が進むと同時に、科学と技術が密接に結合した。これらすべての分野の進歩発展の基礎に、物質科学の進歩による新材料の合成と物作りの技術、およびコンピュータの開発があることを指摘したい。
 その結果、自然科学のすべての分野を関連させて自然界を総合的に理解する方向に変わってきた。この宇宙は創生期のビッグバン以来、絶えず発展・進化してきた。物質の本性で最も大事なものはこの発展・進化の能力である。それゆえ、これまでの科学のように、物質と時空の存在様式とその運動法則のみの探究では自然の半分しか理解したことにならない。すなわち、自然界(物質と時空)の発展・進化の様式とその原理・法則を把握しなければ、自然の仕組みを十全に理解したことにならない。
 しかし、これまでの自然科学の主目的は自然の存在様式の探究という範囲に止まっていた。だが、これまでの科学の進歩によって、現在では発展進化の科学への準備も漸く整ったと思われる。

発展・進化の科学(21世紀)(第三科学革命) 
 この宇宙は創成期のビッグバン以来、発展進化してきた。その進化は宇宙を構成する物質自体の自己運動によるものである。物質にはそれだけの自己組織化能力と進化能力がある。そして、宇宙の進化は必然的なものと思われる。
 20世紀の終わり頃から、科学者は物質の自己発展・進化の原理と法則を探究すべきであることに気づき、自然科学は「存在の科学」から「発展・進化の科学」へ進展しつつある(プリゴジン)(1)。
 発展・進化の科学の中心的課題は、宇宙の進化(物質・時空間)と生命の発生・進化の機構である。そして、生命科学として生命の本質の探究、遺伝・発生機構と生命制御の科学が、認知科学として記憶、思考、心理の解明、脳の科学(「脳を知る」、「脳を作る」、「脳を守る」)がある。
 20世紀の階層的自然観と進化的自然観は物質や生物の進化を扱ったが、それは現象論の域を出なかった。これからの発展の科学はそれを引き継いではいるが、それには新たな視点、および科学の論理と方法が必要であろう。それが第三科学革命の所以である。
発展・進化の科学には、新たな科学の論理と方法が必要であるが、存在の科学の知識を否定するのではなく、存在の科学の理論を基礎にしてその上に築かれるはずである。そこには論理の連続性と不連続性(否定)がある。そのことは、相対性理論や量子力学の誕生はニュートン力学に始まる近代科学なしには到達できなかったこと、およびその革命には理論の連続性と不連続性が見られることと同じである。その意味で、今や存在の科学は発展・進化の科学のための準備を整えたわけである。

複雑系の科学の特性 
 物質は自己組織化と進化の能力を具えている。その原動力は物質間の相互連関(相互作用)である。物質系の存在様式と運動変化はその内部の構成要素間の相互作用と、外部との相互作用により規定される。エントロピー増大則により、閉鎖系はいつかは退化し平衡に達する。それゆえ、自己組織化・進化する系は非平衡開放形である。これを散逸構造とプリゴジンは呼んだ(2)。散逸構造の系は一般的に「複雑系」である。
複雑系の特徴は
・多数の構成要素からなり(数と種類がある臨界値を超えた数)、構成要素間の相互作用は複雑に絡んでいる。 
・平衡状態から遠く離れた不安定な状態である。平衡からのズレは外部からの作用による場合と、構成要素や内部相互作用の「ゆらぎ」により引き起こされる場合がある。その外部作用の効果や内的揺らぎは、同位相(コヒーレント)現象、またはカオス的不安定さによって増幅される。
・複雑系は非平衡開放系であるから、絶えず外部(環境)と物質、エネルギー、エントロピー(情報を含む)の交換をしつつ相互作用をしている。これにより非平衡不安定性が増幅される。
・系の内部に自己触媒的作用が生まれ、新たな質(機能)が創成されて自己組織化が起こ る。つまり、自己創発的な発展・進化がおこる。
・自己組織化は自発的対称性の破れ、相転移として発現する。それゆえ多様化が進む。
・ 複雑系の発展・進化は非可逆的、かつ非決定的(確率的)過程である。
発展・進化は長期的に見れば不可逆な歴史的過程であるが、短時間かつ部分的には構
成要素間のごく短時間の素過程の積み重ねである。それゆえ、基本的には可逆的過程の積み重ねであ。
非決定性はその複雑系がカオスの淵にあり非平衡不安定(臨界状態)であるためである。 状態変化の方向の選択には、ゆらぎが重要な役割をする。これが非決定性の要因の一つである。
・複雑系科学の適応範囲は広範で、各階層の物質系のみでなく、インターネット、生物種 集団、生態系の行動、さらに人間社会内の組織、国家の行動にまで及ぶ。
・複雑系科学特有の普遍的法則があると同時に、各階層に固有の複雑系科学の法則がある。
 
新たな科学観-科学の不完全性(3)
 人類は宇宙の進化の過程で発生したものであることは今や疑いない。また、人間の記憶や思考なども高度に組織化された物質の機能の一形態であることも、やがて解明されるであろう。自然の一部である人間の営為は、自然科学の活動も含めて、全て自然現象の一環である。すると、”自然科学とは自然自体が人類を通して自らを解明する自己反映活動”だということになる。それゆえ、自然科学を単に人間の側からの自然認識としてのみ捉えるのでなく、自然の側から視た「自然の自己反映(認識)」という観点から捉え直すべきであろう。そのような科学観は、これまでのように自然の外に立って自然を対象化して認識する科学ではなく、人間も自然の一部であることを踏まえ、自然との一体感をもって、内から自然を認識する科学である。このように科学を規定すると、これまでの科学観では気付かなかった新たな科学の側面が見えてくる。
 第一に、自然の自己反映という科学観に立てば、自然科学の理論は自然が自らについて述べる「自己言及型」の論理となる。すると、ゲーデルの不完全性定理の制約を受けざるを得ない。ゲーデルの不完全性定理によると、矛盾のない理論体系は不完全であり、説明できない現象や真偽が定まらない決定不能命題が存在する。自然科学は原理的に不完全であって、人間は自然を完全に知り尽くすことはできないことになる。このことは同時に、科学には終わりはなく、無限に発展しうることも意味する。したがって、自己完結的な自然科学の理論は存在しない。
 第二は、物質の自己組織化、自己発展に関するものである。物質には秩序形成の資質、すなわち自己組織化、自己発展の能力が備わっている。宇宙のこの発展・進化は、宇宙自体の創発(emergence)現象であり、いわば自然にとっての「自己実現」の過程とみなせる。宇宙自体の進化や、物質の自己組織化とその進化を対象とする科学は、内部からの自然認識、つまり「自然の自己反映」という観点が必要であろう。
 認知科学は人間自体を対象にする自己認識の科学であるから、このような科学観が必要である。
 第三は、自然との共生のための科学のあり方である。自然界におけるヒトの地位を自覚し、新たな価値観の上にそれは見出さなければならない。

1.自然界の階層構造
(1)物質の階層性
 物質分布は連続的でなく、切れ目のある階層をなしていて、自然界は上層にも下層にも何階もの階層構造をしている。このことは自然の豊かさと奥深さを示すものである。
物質分布の階層性:
宇宙-超銀河-銀河団-銀河-恒星系-地球(惑星)-マクロ物質-分子・原子-素粒子-クォーク-(サブクォーク)?                    (生物の階層)    
  生物界の階層:生体高分子-細胞内構造体-細胞-器官-個体-個体群-生態系

 物質のこの階層系列が有限か無限かは今のところわからない。下にはサブクォーク、上には多宇宙の可能性もある。
各階層には固有の構造と法則 
 物質の階層は、単なる空間的大きさで物質分布を区切っただけのものではない。各階層には、それぞれ性質とスケールの異なる物質で構成され、特有の構造がある。したがって、階層ごとに質的にも異なる特性がある。
 それぞれの階層を構成する物質も構成要素間の力も異なるから、法則性も階層ごとにさまざまである。その差違をもたらす根本的なものは物質間の相互作用(力)の違いである。たとえば、素粒子の階層には基礎的な相互作用があり、物質に関する基本的法則がある。恒星からなる銀河の構造は重力と力学法則(ニュートン力学あるいは一般相対性理論)によって決まる。
 さらに、階層ごとに固有の時間スケールがある(階層時間と呼ぶことにする)。マクロ階層の標準的階層時間のスケールは数秒ないし数分であるのに対して、素粒子の世界では10-23~21秒(核時間)、原子の階層では化学反応の時間10-8秒程度、銀河の階層時間は数千万年から億年である。これら階層時間はその階層の構成要素の大きさと相互作用の性質で決まる。(詳細は省略)

(2)相互作用(力)の性質:3要素 
 物質の本性は運動変化と相互作用(力)である。相互作用がなければ、物質の運動や質的変化もなく、物質の存在も属性すらも認識できない。したがって、自然界を規定するすべての根源は物質間の相互作用(力)にあるといえる。
相互作用(力)の働き方の3要素(4):
 力学的相互作用(力)の働きを区別する重要な性質として次の3要素がある:
(a)力が作用する物質の属性:電気力は電荷を帯びた物質間にのみ働き、電気的中性の物質には働かない。それぞれの力が作用するのはそれに対応した特定の属性をもった物質のみである。
(b)力の強さ:非常に強い力から弱い力まである。核力は非常に強く、電磁気力は中程度、重力は非常に弱い。化学結合力である原子間力は電磁気力より弱いが中程度の強さである。
(c)力の到達距離:その力が及ぶ範囲の長短である。電気力や重力の作用は無限遠まで及ぶが、原子間力は原子の大きさの数倍程度、核力は原子核の大きさ程度で非常に短い。
 力の働き方には3つの特性がある。もし、力の到達距離がすべて同じで、物質の種類に区別なく働けば、物質の階層性はなく、自然界は何の変哲もない一様な世界となろう。また、強い力の到達距離が無限大ならば、宇宙は強い力で一色に塗りつぶされ一つの塊となろう。 

(3)相互作用の階層性 (5) 
 上記の3要素の特性は相互作用の現象面に着目したものである。相互作用を区別するものとして、この他に階層性、閉じ込め(遮蔽)機構、伝達機構がある。
 働きの異なる諸相互作用を分類する上で極めて重要な概念は、相互作用の階層構造である。相互作用の多様性と物質の階層性を生み出す根源は、むしろ相互作用の階層性にあるといえるからである。
 高次の相互作用:基礎的相互作用を1次相互作用として、それから次々に2次、3次相互作用が派生する。
・2次相互作用:原子間力(核力、化学結合力など)
・3次相互作用:分子間力(ファン・デル・ワールス力)
  原子の構造と性質により規定される分子間の短距離力である。
・4次相互作用:弾性力、圧力などマクロな力
それぞれの相互作用は上記の3要素を備えている。力の作用の3要素と力の階層性によって多種多様な作用が生じ、物質の階層性と自然界の多様性が創成されているのである。
 複雑な物質系同士や階層間の相互作用として、さらに高次の相互作用も考えられる。また、生物体の組織間や個体間の相互作用、生物個体と環境との相互作用などの高次相互作用もある。高次相互作用になるほどその作用形態は複雑になる傾向がある。


(4)相互作用(力)の閉じ込め 物質が階層構造をなすための必要条件として、相互作用(力)の閉じ込め機構が欠かせない。この相互作用の閉じ込め機構は、相互作用の到達範囲をある領域内(一つの階層領域)に限定して、遠く階層の外にまで及ばないようにするからである。
 まず、4種の基本的相互作用(強、電磁、弱、重力相互作用)を取りあげよう。強い相互作用はグルーオン(膠粒子)を媒介にして、「色電荷」を帯びたクォークには働くが、色荷のないものには働かない。それゆえ色力は無色状態の素粒子には作用せず、素粒子の外に及ばないようになっている。このことを「色電荷」あるいは「色力」の閉じ込めという。色力を媒介するグルーオンの質量は本来ゼロであるから色力は無限遠まで働くはずであるが、この閉じ込め機構により素粒子の拡がり程度までしか及ばないのである。
 電気力は電荷を帯びた物質にしか働かない。だから、同量の正負電荷がごく近くにあると遠方からは電気的に中性に見えて電気力は働かない。原子は正電荷の原子核とそれを取り巻く電子の負電荷は同量なので、電気的に中性である。それゆえ、原子の大きさに比べて十分遠く離れた原子間には電気力は効かない。これは電気力の閉じ込めといえる。
 これらと対照的に閉じ込め機構の全くないのが重力である。重力質量に正負の区別がないので、重力荷を打ち消すものがなく閉じ込められずに無限遠まで及ぶ。重力は極めて弱いながらも引力のみなので、恒星系や銀河など天体や宇宙の構造を支配する。
 相互作用(力)の閉じ込めは本来遠距離力であるものを、その作用を狭い領域に閉じ込めて近距離力にしてしまう遮蔽機構である。この閉じ込め機構とは別に、核力や弱い力のようにもともと到達距離の短いものは「距離による閉じ込め機構」とみなすことができる。その相互作用(力)を媒介する粒子の質量が大きいほど到達距離は短いので(媒介粒子の質量に反比例)、この閉じ込め機構では媒介粒子の質量が閉じ込めの役をしているといえる。核力を媒介するπ中間子は質量を有するので、その到達距離は原子核の大きさ程度である。
 このように見ると、素粒子レベルでの相互作用(力)の閉じ込め機構は、大別して「中性化(遮蔽)」と「媒介場の質量」の二種類があるといえるだろう。
 2次的相互作用の化学結合力(原子間力)は原子を取り囲む電子を(電気力の下で)媒介にして生ずるので、その作用範囲は原子の階層の程度である。

(5)相互作用の閉じ込めと物質の階層構造 
 もしもクォークの色荷が閉じ込められていなければ、色力は無限遠までとどくので全宇宙は強い色力によって支配され、それ以外の力の役割はほとんど隠れてしまい、自然は単純な構造になってしまうであろう。また、もし電子の負電荷と陽子の正電荷の絶対値が同じでなければ(あるいは一方が他方の整数倍でなければ)、原子は電気的に中性でなくなるので、マクロ物質や星が帯電し、宇宙の仕組みと宇宙構造は電気力に支配されてしまうであろう。なぜならば、電気力は重力よりはるかに強く、無限遠まで働くからである。しかし、現実の電子と陽子の電荷の絶対値は等しく、電子と陽子は全宇宙でほぼ同数なので、原子も星も電気的に中性であり、電気力は宇宙構造にほとんど影響しない。他の力に較べて桁違いに弱い重力が最も大きな恒星系や銀河系、さらに宇宙の構造を決定しているのは、他のすべての力が閉じ込められているのに対して、重力のみ閉じ込めがないからである。
 次に、物質の階層構造と相互作用(力)の関係をみよう。電気力の閉じ込めが不完全であり、重力の閉じ込めが無いために、それらの力が物質の階層を貫いて作用するから、階層間にも関連がつき、上の階層と下の階層とが互いに影響を及ぼし合っているのである。 もし、すべての力が各階層内に完全に閉じ込められているならば、物質の各階層はばらばらに分離して、複雑な階層構造はおろか安定なマクロ物体すら存在しないであろう。例えば、電気力が原子内に完全に閉じ込められているならば、電子を媒介にした化学結合力(2次力)は生まれず、したがって分子も結晶もできないから、原子はすべてばらばらになる。そのような場合は、複雑な階層構造をもった物質は存在しないどころか、自然界は真空中を原子が重力のみの作用で自由に飛び回る混沌状態となるか、せいぜい暗黒の星(原子の巨大な塊)ができる程度である。
 電磁気力の閉じ込めが不完全(原子はイオン化しやすい)であるために電子を媒介として、2次的な化学結合力が近距離力として派生し、多様な物質と階層構造ができるのである。もし逆に、重力が有限の距離に閉じ込められているならば、星や銀河は生れないであろう。
 強い色力の閉じ込めはほぼ完全であるが、素粒子の拡がり程度には漏れるので、核子はπ中間子と相互作用(吸収、放出)をし、そのπ中間子を媒介にして2次的な強い核力が派生する。これによって原子核がつくられ、次に電気力により原子が生まれた。
階層間の関係 
 このように、相互作用(力)の階層性と閉じ込め機構により生じた各種相互作用は、物質の階層性と密接に関連していることが分かる。各階層を作る主相互作用の閉じ込めと、外部への僅かな漏れによって階層間の相互作用が生じ、下の階層からその上の階層が生成されているのである。したがって、上部階層の構造や性質も下部階層によって一部規定されている。
 階層間の関係はこれだけでなく、さらに複雑である。下部の階層を構成している物質とその相互作用(力)の働きによって上部の階層は作られるから、下の階層の多様性が上部階層の多様性に直接反映される。たとえば、原子核の種類はそれを構成している陽子と中性子の数で決まる。陽子と中性子が何個づつ結合し、また何個まで安定に結合するかは素粒子レベルの相互作用である核力の性質(力の3要素)による。つまり、どのような原子核が存在しうるかは素粒子の階層の実体と相互作用(核力)に規定されている。そうしてできる各種原子核に対して、原子核の正電荷(陽子数に同じ)に等しい電子が結合して各種の原子ができる。それゆえ、多種の元素原子が存在するのは、原子核の多様性によっている。原子の化学的性質は主として電子配列により決まる。原子の化学結合力によりその上の階層の化合物や結晶ができるのであるから、マクロ階層の多様性とその構造などは原子の種類とその性質に依存してきまる。こうしてみると、原子核の階層の実体と相互作用がすぐ上の原子の階層ばかりでなく、さらに上のマクロ階層まで間接的に反映されているわけである。   
このように、下の階層はその相互作用の閉じ込めが漏れて直ぐ上の階層を生成し直接規定するばかりでなく、さらに上の階層の構造や多様性に直接間接に影響しているといえる。
こうしてみると、もし4種の1次相互作用のうちで一つでも存在しなければ、あるいはそれら相互作用の強さや到達距離が現実と違っていたら、この自然界は全く様相を異にするであろう。この多様性に富んだ自然の様相は、物質と相互作用の実に見事な組み合わせによってできていることに改めて気づかされるであろう。

2.自然界の対称性とその破れ
(1)対称性の意義 (6)
対称性概念の元は幾何学的な左右対称、回転対称などであった。その概念は徐々に自然科学(特に物理学)にも拡張され、物理学の基礎理論(力学、素粒子論など)において大変有用な役割を果たしている。たとえば、座標変換に対する理論の不変性、類似素粒子の入れ換えに対する理論の不変性などはその対称性の例である。
“ 対称性概念の拡張:空間の対称性→物質構造・性質の対称性→理論式の対称性→”
 物理学において対称性が重要視されるのは、法則の美しさばかりでなく、対称性は保存則と密接に関係しているからである。つまり、一つの対称性に対して一つの保存則が成り立つのである(ネーターの定理)。
 物理学における対称性は、理論形式あるいは基礎的法則についてもいえる。たとえば、ある力学理論が座標変換や変数変換で不変であるとき、その理論はその変換について対称性を有するという。その場合、その変換に対して保存則が存在する。座標変換や変数変換のもとでの不変性は、その理論の客観性に繋がる。(1)
 自然界に多くの対称性がみられる。対称性の概念は自然認識の重要な形式である。本来、自然界の存在様式の基本的なところは対称的であるが、現実の自然界ではその対称性の多くは破れている。つまり、現実に見出される対称性は近似的対称性である。
また、素粒子には内部対称性というものがある。その対称性は素粒子の内的属性に関する対称性のことである。 素粒子には荷電スピン対称性以外にも種々の内部対称性が考えられるが、それら対称性のほとんどは破れていて近似的対称性である。物質の基礎的実体である素粒子の諸々の対称性の破れが、上の階層構造に反映されて、自然界の階層性や多様性を生み出しているのである。
 このように実在の自然における存在形式は多種多様で、ほとんどの対称性は近似的である。その多様性(破れた対称性)の中に隠れた対称性を見出すことは、具体(現象)から具体的普遍(実体)へ、そして普遍(本質)に至る方法である。 これは自然科学の方法、「現象-実体・構造-本質的理論」と同じ自然認識の過程である。

(2)対称性の破れ
 対称性の破れには大別して2通りある。外部作用による破れと、内部相互作用による自発的破れである。前者の場合は、電磁場などの外場によるものや外圧による変形などである。他方、後者の自発的対称性の破れは、内部相互作用によって起こる相転移の一種であり、自然の自己発展・進化の要因であるから極めて重要なものである。
 外部からの作用によるのではなく,その系の構成粒子(磁化の場合は鉄原子)同士の内的相互作用により対称性が破れる現象を「自発的対称性の破れ」という。この自発的破れはあまりポピュラーではないが、気づいてみれば自然界には多くある。よく知られている例は鉄の磁化、超伝導、超流動などである。

(3)相転移の本質 
 一口に言うと、相転移は転移点での比熱変化の異常、あるいはエントロピー変化の異常である。相転移には第一種と第二種がある。この異常変化により新たな質が創発される。自己組織化や進化過程には一般に相転移がみられる。
 相転移は体系内の非線形的力によって起こる。その力は秩序を保とうとする協力的力と無秩序へ移ろうとするエントロピー力との対立競合によって引き起こされる。温度が下がり転移点を超えると協力的力が勝ちエントロピーの低い秩序状態に転移する。分子(原子)配列が流動的で無秩序な液体が固体になると分子(原子)が規則正しく並ぶ結晶となる。超流動や、強磁性への相転移もエントロピーの低い秩序状態への移行である。逆の向きへの相転移はエントロピー力が勝って無秩序状態へ移行する現象である。したがって、相転移は秩序性、つまり対称性の不連続的変化と見ることができる。
 相転移の理論的解明 
 物質系の質的変化、特に相転移の場合は、相転移の種類に応じてそれぞれエネルギーやエントロピー(温度、圧力なども含む)に決まった臨界点がある。それらの臨界点は測定により現象論的に決められている。だが、臨界点と相転移のメカニズムは、その物質系の構成物質と相互作用の特性、および境界条件により力学的に決まるものであるから、その物理的(力学的)条件を理論的(実体論的)に解明すべきである。それは複雑系の発展過程における質的変化のメカニズムの探究にも必要なことであろう。 

量による質の転化
 相転移は量による質の転化の法則の典型的例である。ある量の均一な物質系に少量の(熱)エネルギーを外部から与えると、分子運動がわずかに活発になるから、エントロピーもわずかに増大する。 内部エネルギーが連続的にゆっくり増大するとき、通常の状態ではエントロピーも連続的に緩やかに増大する。しかし、内部エネルギーや温度が臨界点に達すると、その付近では少しのエネルギー増加によってエントロピーすなわち無秩序性は突如飛躍的に増大し、対称性が破れて状態が質的に変化する(第一種相転移)。 さらに、臨界点でエントロピーの変化率(微分係数)が不連続となる第二種相転移があるが、その場合も臨界点を超えると物質系の秩序性が転化する。これらはまさに、エネルギーとエントロピーの量的変化による物質の質(相)的転化である。

(4)相互作用の自発的対称性の破れ:統一相互作用の分岐
 素粒子論における四つの基礎相互作用(一次相互作用)は、元は一つであった統一的相互作用の対称性が自発的に破れて分岐したものと想定されている。これが「相互作用の統一理論」である。
 一見異質でかつ独立なもののように思える四種の基礎相互作用は、根源(宇宙創生期の超高エネルギー状態)においては一つの対称性のもとに統一されていたというこの理論は、自然観の転換ともいえるものである。
 元は唯一つであった普遍的相互作用が四種に分岐し、次いで基礎相互作用の分岐が2次、3次の高次相互作用に反映されて、さらに多様な階層的相互作用を生み出したのである。もしこの分岐がなければ、相互作用の階層性も派生せず、したがって物質の多様性も階層性も生じ得なかったはずである。

(5)対称性の破れが自然界の多様性を生む要因 
 統一的普遍性が対称性の破れにより多様化する。それゆえ、「対称性」は普遍性と多様性を媒介する重要な概念である。
 なぜ自然界の対称性が破れるのか?この課題は、物質はなぜ相互作用をするかに次ぐ最も根源的な問題の一つであるが、まだ本質的なことはなにもわからない。
 現象論的、あるいは実体論的な理由としては次のように理解される。均一で対称的状態よりも、対称性が破れた方がエネルギー的に安定な場合が多い。たとえば、結晶体は原子の組成が純粋なものよりも、僅かに不純物が入っていた方が安定である。また、対称性が破れ多様な状態の方が確率的に起こりやすいから、エントロピー増大則の現れとみることができるだろう。だが、対称性がなぜ破れるのかに対するこの説明は結果論であって、正面からの本質的説明にはなってない。

物質の自己発展性・自己組織化 
 物質系の自己組織化の起こる複雑系は非平衡開放形であるから、必ず外部との相互作用をしている。その際、外部作用がその物質系の構造や機能形成に直接寄与するようなものではいけない。つまり、自己組織化とは、外部から特定な干渉(その系の構造や機能を生ずるような特性をもった作用)なしに空間的・時間的構造や機能を形成することである(ハーケン)。
 たとえば、水が外部から熱を受けとり沸騰して生ずるベナール対流現象で、外部から与える熱は対流によって生ずるパターンの特性を持っていない。鉄の磁化も外部に熱を放射して温度がある臨界点以下でなければならないが、熱放射は鉄原子の整列とは直接関係ない作用である。
 宇宙は創成期より、自発的に対称性が破れて相互作用が分岐し、その結果、膨張する過程で物質の多様化(各種素粒子から種々の原子へ)が進んだ。さらに、それと共に相互作用も階層的に多様化した。こうして物質の自己組織化能力が次々に創発され、宇宙は自己発展・進化してきたわけである。
 自己相互作用による自発的対称性の破れによって、エネルギーのより低い基底状態に転移し(真空の相転移)、相互作用の分岐が起こり、自然は多様化した。相互作用も物質も元は一つのものが分岐し多様化したわけである。さらに、物質の階層形成も自己組織化の一環である。これらの変化は宇宙内部での自己運動によるものであるから、宇宙の自己発展である。
 物質系の構成粒子間の内部相互作用で対称性が破れ自然界が多様化し、次にその効果で物質の多様化と自己組織化が起こることは、外部作用によるものではなく、物質自体の有する自己発展・進化能力によるものである。このように物質には自己組織化能力と自己進化の能力が具わっている。種々な物質を作りだす構成的相互作用の種類が多様なほど、自然界に存在する物質の種類は多くなり、階層の種類も多様となる。
 複雑系としての物質の自己組織化能力は、その物質系を構成する物質の種類と粒子数が多いほど高いことが知られている。すでに述べたように、自発的対称性の破れは構成粒子の数が多くなければならない。鉄の磁化、超伝導、素粒子対称性の自発的破れ(南部理論)の場合は内部相互作用をする構成粒子の数は理論的には無限大であったが、実際には粒子数はある閾値以上あれば自発的対称性の破れは起こりうる。
 物質の種類が多いことは相互作用の種類も多く複雑であることを意味する。ということは、物質系を構成している物質数と種類が多いほど相互作用の数も多く複雑になる。それゆえ、そのような物質系は複雑系となりやすいので、自己組織化、発展・進化が起こりやすい。また、物質間の相互作用が多様なほど生成物質の種類も多様となるから、さらなる発展進化が起こるようになる。
 複雑系を構成する粒子数がその閾値を超えると自己組織化能力が創発されることは、いろいろなモデルで示されている。ということは複雑系の自己組織化、自己発展の機構は自発的対称性の破れとみることができるだろう。それゆえ、対称性の破れによる自然界の多様化は自然の自己組織化・進化の必然性を示唆するものであろう。宇宙の進化、物質の進化は自発的なものであり、自然自体の自己実現として必然のように思われる。

相転移による階層の生成
 種々の相転移の形式が、種々の階層を生んだ。物質の階層がいかにして生まれたかを構成要素(実体)とその相互作用から解明するのが、複雑系科学の段階であろう。それぞれの階層は一つの複雑系とみなせる。複雑系科学は各階層がいかにして形成されたかを物理、化学的に解明する段階にある。
 階層の生成は相転移によると見ることができるだろう。たとえば、原子の階層が生まれたのは、宇宙初期の電子と原子核のプラズマ状態相から電子と原子核が結合した結果で、これはプラズマ相から原子(主に水素とヘリウム)の気体相への相転移である。その原子集団(気相)が凝固して、液体や固体になる(マクロ物質の階層)のも相転移と見られる。宇宙に拡がっているガス体が重力により収縮して銀河や恒星が誕生するのも相転移である。生物の誕生には各種の膜の生成が不可欠である。膜は多くの機能性を生む階層の一つである。ばらばらな有機分子集団が膜を形成する過程も相転移とみなせる。

自然界(宇宙)のアトラクター
 自然界はどの方向に向かって発展進化するかは予測不可能である。その理由は量子論的確率法則ばかりでなく、非平衡開放系としての複雑系の運動はカオス的であり、系のゆらぎの影響を受けやすいので予測不可能な要因を内包しているからである。
 自然界は一つの巨大な複雑系システムとして自己発展しているが、アトラクターが存在するかも知れない。その系のリアプノフ関数とアトラクターは複雑で多数あるかも知れない。もしそのようなアトラクターが存在するなら、そのアトラクターに向かって自然は発展・進化しているはずである。この場合、アトラクターは「自然の目的」(自己実現の目標)とみなせるかも知れない。しかし、そのアトラクターは永久に不変・不動ではなく、自然の発展・進化に伴って創発される新たな質によって変わっていくだろう。つまりアトラクターは次々に創発されていくだろうから、自然の発展・進化には不変な「目的」は存在しないだろう。そうならば、自然の発展・進化の経路は収束せず予測不可能である(目的論的自然観の否定)。

3.物質の相互連関 
1)物質の階層と実体 
いかなる物質も永遠に安定なものはなく、何時かは必ず運動・変化する。その結果宇宙は発展進化を続ける。(進化的自然観)。複雑系の科学は物質の自己発展、自己組織化を重視して、不変実体はなく、すべての存在を「他との関係性」と「生成消滅」として捉え直すべきであるとの主張がある(5)。この観点はすべてのものを発展進化のうちにみる弁証法的自然観として、一面では正しいだろう。しかし、実体概念を全面的に否定することは誤りであると思う。
存在と実体
 物質の存在について、古代から観点が変わってきた。すべてのものを運動変化のうちに捉え常住のものはないとする立場(ヘラクレイトス、仏教)と、運動変化のうちにも不変実体の存在を想定する立場(原子・元素論)があった。
 プラトンは不変かつ普遍的「真存在」としてイデアを考えた。それに対してアリストテレスは物質を実体と属性に分け、個物としての実体に質料と形相を与えた。質料は可能態(dynamis),形相は個物をそのものたらしめる現実態(energeia)であるとした。
 しかし、いかなる物質、個物も独立し孤立して存在しえない。実体も他のものとの関係のうちにあり、独立ではありえない。それゆえ、すべての存在は相互関連の中にあることの視点が不可欠である。すると、すべての物はある物の部分であり、逆にその内に部分を包含する。ここに一と多、部分と全体の関係が問題になる。
 さらに、すべての物質は運動変化するが、それは生成・消滅の過程であり、創造でもある。したがって、永遠に独立不変な実体は存在しない。だが、この非独立、非実体の存在を強調するあまり、物質の存在をすべて関係性と運動・変化に解消し、実体概念を存在の哲学から除くことは行き過ぎた誤りであろう。その理由を以下に述べる。
相対的実体の意義
 各階層の物質はそれぞれ限られた固有の階層時間・空間内で相対的に安定である。それゆえ、それら階層の構成要素は、その意味で相対的に安定であり、階層時間・空間の範囲での運動変化のなかで自己同一性を保っている実体とみなせる。空間的時間的に永遠な不変実体は存在しないが、このように階層的な実体を想定することはできる。永遠不変なものは存在せず、すべてのものは消滅・生成のうちにあるからといって、実体概念を完全に否定して、物質の存在様式一切を「関係性」と「生成」に帰してしまうのは行き過ぎであろう。(5)
 物質の階層的自然観に立ち、それぞれの階層に固有の法則性を認めるならば、その階層レベルでの運動変化のなかに相対的に不変な実体を想定すべきである。たとえば、素粒子の階層での時間スケールは10-23秒、空間スケールは10-13cm程度であるから極めて小さい。だが、スケールの大小は相対的なもので、絶対ではない。素粒子は絶えず相互転化しているが、この時間・空間スケールでは電子・ニュートリノや陽子・中性子は安定であるから実体とみなすことができる。さらに、π中間子などの寿命10-8~-10秒は核時間と較べて極めて長くほとんど無限とみなせるのである。実際に、そのような多くの素粒子現象がある。さらに、広く素粒子の現象はハドロンの構成要素クォークとレプトンを相対的に不変な実体として記述できるし、記述すべきである。そうしなければ、素粒子論の法則・理論は成立しえない。また、原子レベルの階層では、化学変化が基本的現象であるが、化学反応における不変実体は元素原子である。元素原子を実体としてこそ化学理論が成立するのである。自然科学の中にいろいろな分科が存在しうるのは、階層ごとにこのような実体を認めることで、それぞれ固有の理論を築きうるからである。
 相対的ながらもこのような不変実体を各階層で認めるべきである。そうでないと、各階層における運動・変化を、階層に固有の法則で統一的に説明できない。絶対的不変実体は否定されて存在しなくとも、このような相対的実体概念を導入する意義を強調しておきたい。これは実体に関する「絶対性と相対性」の重要な見方である。

(2)部分と全体: 相互規定性
 各階層にはその構成要素と相互作用に対応してそれぞれ固有の法則性があり、その法則に従って、その階層内部で運動変化していると同時に、外部とも相互作用をしているわけである。
 すでに述べたように、上の階層の性質は下の階層(構成要素)により基礎づけられるが、「全体は部分の単純和ではない」とよくいわれるように、上部階層には下の階層に還元できない特性がある。部分にはなく全体(上部階層)に創発される質は次の3種に大別されるだろう。
 (a)静的な属性:構造のあるシステム、構成要素とは異る堅さ、色など、
 (b)力学的質:温度、圧力、内部エネルギー、エントロピーなど、
 (c)運動機能:機械的機能、力学的機能、生物的機能など
このうちで、最も優れたものは運動機能の創発である。
 全体系の構造と性質は当然ながら部分(構成要素)によって規定されるが、逆に部分は全体によって規定されている。なぜならば、構成要素の存在様式と運動法則は全体系の大きさや形(境界条件)に依存するが、その運動法則を決める相互作用(力)の場(平均場)は境界条件に規定されるからである。
 また、生物固体の行動は環境により、あるいはそれが属する種の集団によって規定されている。また、逆に環境や種の集団は固体からの作用によって成り立つ。このように、全体と部分とは相互規定の関係にある。 

(3)科学理論の階層性
 もう一つ付け加えたいものは理論の階層である。前述のように、各階層に固有の物質があり、それらに固有の力が作用しているから、各階層にはそれぞれ固有の構造や運動の仕組みと固有の法則がある。したがって、法則にも階層性があり、法則の階層性は相互作用(力)と物質の階層性の区分にほぼ対応している。

4.複雑系: 自己組織化、自己発展
(1)エネルギー、エントロピー、シナジー 物質の運動・変化を、相対的に自立した物質系(体系)として見ると、体系の状態変化の方向は二つに分かれる:
 (1)乱雑化の方向で、通常「退化」と呼ばれる。
 (2)秩序化の方向で「進化」の必要条件である。
(1)の乱雑化は主として(近似的)閉塞系で、エントロピーは増大するのに対し、(2)の秩序化は開放散逸系で起こり、系のエントロピーは減少(情報量は増大)する。
 生物も含めて、物質進化は秩序性の増大であるばかりでなく、機能性や安定性(体系、個体を維持するため)の増大も必要である。したがって、(2)は進化の必要条件ではあるが充分条件ではない。
 機能性は構成要素間の協同性効果(synergy effect)あるいは広義の同位相(コヒーレンス性)によって生まれる。構成要素のランダム自由度を抑制して拘束系をつくれば、通常協同的自由度が派生する。たとえば、膜のように2次元拘束系をつくれば、構成分子間の連関による2次元自由度、すなわち膜の振動や、遮蔽性、半透過性などの機能性が現れる。同位相による機能性の出現の例はレーザーである。
 運動の力学的度量を表す指標はエネルギー・運動量であるが、運動の結果生まれる乱雑化(あるいは逆に秩序化)の程度を表す指標はエントロピーである。さらに退化や進化の判定にとって主要な因子である秩序性や機能性の程度を与える指標としては協同性(シナジー)がよいであろう。エントロピーはエネルギーの質を区別する概念であるが、協同性はエントロピーの質を区別する概念といえるだろう。なぜならば、エントロピーが同じ状態でも機能性は一般には異なる。たとえば、分子の空間的配列が同じならエントロピーは同じだが、その分子間の相互作用によって関連性(結合状態)は変わるから機能性は異なる。また、超流動、超電導状態はボース凝縮のためにエントロピーは最低状態であるが、機能性は大きくない。したがって、複雑系の変化・発展を考察するにはエネルギー、エントロピーおよびシナジーの概念が必要であろう。(6)自己組織化理論でシナジー効果を指摘したのはH.ハーケンである(7)。

(2)自己組織化
 この宇宙の自己発展・進化の過程で、これだけ複雑な機能を有する生物が偶然の積み重ねで生まれることは確率的にはありえない。宇宙進化、生物の発生も起こるべくして起こったとみるべきである。物質はそれだけの自己組織化と進化能力があるのだ。
 物質系で構成要素の数と種類、および相互作用の種類が増していき臨界点を越えると自己触媒系となり、自己組織化能力が生ずる。たとえば、複雑な化学系(化学スープ)の中で、分子の種類の数と全分子数がある閾値をこえると相転移が起こり、自己複製に対して触媒能力をもつ化学物質系ができる。そして、秩序化が進み自己組織化能力が創成されることが分かった。しかも、その物質系の発展する方向にはある種の法則性があり、生物の発生にはそれなりの必然性があると思われるようになった。ダーウィン主義の突然変異と淘汰ではなく、カウフマンの言うように複雑系科学の進歩により、「この宇宙はなるべくしてなった」という立場が有力になりつつある。(8)
  淘汰という概念は、突然変異が起こった結果の状態に対する自然選択の意味で用いられることが多い。この立場では、淘汰は発展・進化の過程ですでに作用していると言うべきであろう。いかなる状態の不安定な散逸構造ができ、それがいかなる方向に移行していくかは、その系の内的・外的条件の相互関係により規定されている。したがって、その系の発展過程の方向は外的条件にマッチしたように進行する。ということは、淘汰はすでに発展過程の中に働いているわけである。「淘汰は結果に対してではなく、過程の中にある。」
 自己組織化能力を有する複雑系は、一般に非平衡開放系でなければならない。不安定なカオスの縁にある複雑系が状態変化することで、質的な進化がおこる。また、非線形相互作用により生ずる分岐点において進路の選択を迫られる。それゆえ、この発展・進化は不可逆過程である。

(3)非平衡散逸開放系 
 複雑系科学においては、物質系の自己組織化・進化の理論で非平衡散逸開放系が重要な役割を果たす。このような物質系を散逸構造とプリゴジンは呼んだ。だが、自己組織化と進化の過程では臨界点を越えた不安定散逸構造(平衡状態から遠く離れた散逸構造)こそが新たな秩序を自ら創成する。そのことを主張したことはプリゴジンの大きな功績である。
 しかし、そのような不安定散逸構造が自然界でいかにして実現されうるのか、これこそ自己組織化・進化の科学で重要な問題であろう。このことに関する問題意識とその研究はあまり進んでないように思う。だが、これこそは複雑系科学における大きな課題である。
 自ら新秩序を創成する物質系はエントロピーがかなり低い不安定状態でなければならない。 エントロピー増大則はエネルギー保存則と並び、自然界で普遍的な物理法則である。そのエントロピー増大則のもとでは、すべての閉鎖系はエントロピーの高い平衡状態の方向に移行するから、そのような低エントロピーの不安定な散逸構造がいかにして自然界で形成されるのかが重要な問題である。特殊な条件がなければそのような自然過程は起こりにくい。不安定な散逸構造の例としてベナール対流がよく引用されるが、ベナール対流は人為的な現象である。宇宙は混沌状態から現在の状態に進化し続けてきたのであるから、物質の部分系が周囲(環境)との相互作用でそのような不安定散逸構造の状態になる可能性はあるに違いない。だが、いかにしてそれが実現するのかその過程と法則性を解明せず、「はじめに散逸構造ありき」では、発展・進化の問題は半分しか解明されたことにならない。
 宇宙の物質は常にエントロピーを放出し続けているが、宇宙の熱的死滅はなく、むしろ進化し続けてきた。その理由は宇宙膨張によりエントロピーを吸収する余地が増大して、エントロピーの空間的密度は減少し続けてきたからである。銀河も恒星もこうして誕生しえた。だから宇宙自体の進化とその内部の部分系の進化が可能だったのである。(8) しかし、それだけでは自然状態で不安定散逸構造が形成される理由にはならない。多様な部分系間のダイナミックな相互作用と運動法則によって、その生成は説明されるべきである。

(4)可逆過程と不可逆過程
 複雑系の発展・進化の過程は不可逆的であり、一回限りの反復不可能な過程である。このような過程では、現在の状態はそこに達するまでの過去の履歴に依存する。それゆえ、不可逆な歴史的過程にはこれまでの可逆過程の理論(非歴史的決定論的「存在の科学」)は通用せず、新たな科学論理が必要だとよくいわれる。
要素還元主義の限界を示すものとして次のことがよく言われる。要素にはない質が全体系には創発されるから、要素分解法によっては解明されないものがある、それゆえ全体的把握の方法と論理が求められる。この指摘はもっともであるが、それを強調するあまり、可逆過程の科学理論とは縁を切り、全く新たな理論を築くべきだ(パラダイム転換)というのは行き過ぎだと思う。
 全体系も構成要素の性質を反映し、全体と部分は相互規定の関係にある。部分なくして全体はない。また、長期的に見れば不可逆な歴史的過程も、要素間のごく短時間の過程の積み重ねである。それゆえ、全体系の不可逆過程も、構成要素から成る素過程の短時間の積み重ねであることを忘れてはならないだろう。この素過程は力学法則に従う可逆過程である。
 全体系と部分の関係は、空間的な部分(構成要素)と全体の関係のみではなく、時間的にもいえることである。短期間の素過程は可逆的でも、長期的には不可逆的過程となりうる。それゆえ、複雑系の不可逆過程の理論も、これまでの可逆過程の理論に依拠して組み立てていかざるを得ないと思う。(「可逆性と不可逆性-発展・進化現象の不可逆性について」参照)
 ただし、非線形理論のカオスの縁にあって、どの分岐枝を選択するかは予測不可能な非決定論(確率法則)に従うであろうから、全体系では不可逆過程が本質的となる局面があるだろう。だが、その根底にはある種の法則性があるだろう。また、散逸構造系の生成は局所的なエントロピー減少の過程であるから、それはエントロピー的時間の局所的な逆行現象であることを指摘しておきたい。
 非決定論的予測不可能性と確率法則の指摘は重要であるが、それをあまり強調すると不可知論になりかねない。複雑系の確率論はカオスの予測不可能性(非決定性)によるものであるから、量子論的確率論とは異質のものである。それゆえ、慎重な検討が要るだろう。

5.複雑系科学と自然弁証法
(1)普遍性と多様性
・多様性と普遍性は対立概念:両者を媒介(止揚)するものが対称性である。
 多様性は普遍性が具体的特殊性として発現したもので、普遍性は抽象的かつ一般的概念として多様性の基底に存在する。根源的一(普遍性)が創発的発展によって分岐し多(多様性)になる。その時、一般的には対称性が破れる。
・複雑系における新たな質(属性、構造、機能)の創発が多様化の内的原動力である。
 創発:構成要素の数と結合数(相互作用ボンドの数)が臨界点を超えると、構成要素にはない新たな質がその体系に生成される-量による質の転化。
自己発展には不可欠な要因である。

(2)具体的普遍とその意義
具体的普遍とは
・ヘーゲルの用語:真に普遍的なものが自己を特殊化する弁証法的運動の中で自己自身であり続けること。悟性が現実を捨象して取り出してくる形式的・抽象的普遍に対立する概念である。
・具体的普遍は、階層的自然においては、各階層の特性を担う実体のこと。各階層の範囲内での現象で不変に保たれる(相対的)実体がある。
具体的普遍の意義
・各階層に特有の実体と構造・法則性がある-階層的多様性。
その実体は階層ごとに異なる。具体的普遍は抽象的普遍と具体的現象を媒介するもの。

・具体的普遍の把握は、認識過程に関する武谷3段階論の「実体論的段階」に相当する。
・多様性の形態:階層-種-個物。

(3)すべての階層を貫く普遍法則
 普遍法則の例:エネルギー保存則、エントロピー増大則、電気量保存則、
これら普遍法則は、現段階では絶対的法則とみなされている(近似的保存則として質量(物質)の保存則など)。しかし、将来破れて、より広い普遍法則に包摂される可能性がある。
・絶対的保存則は普遍(法則)であるが、その法則を担うエネルギーとエントロピーの形態は多様であるから発現形態は異なる-普遍性と多様性の統一の例である。 


        参考文献
(1) I.プリゴジン著 小出昭一郎・我孫子誠也訳『存在から発展へ』(みすず書房)
I・プリゴジン著 安孫子誠也・谷口佳津宏訳『確実性の終焉』(みすず書房)1997
(2)G.ニコリス,I.プリゴジン著木畠陽之助・相沢洋二訳『散逸構造』(岩波書店1980)
(3)拙著『科学はこうして発展してきた-物理革命の論理』せせらぎ出版(2002)
(4)拙著『力とは何か』丸善株式会社(1995)
(5)拙著「科学は自然をどう語ってきたか」ミネルヴァ書房(1999)
   拙稿「自然の階層性から見た物理、化学、生物、地学」『物理教育』Vol.51,No.4
(2003)
(6)拙稿「対称性の破れと自然界の階層性」『物理教育』Vol.57,No.2 (2009)、
「宇宙の仕組みと対称性の破れ」『唯物論と現代』43号(2009)
(7)小林道憲著『複雑系の哲学』麗澤大学出版会(2007)。本書は示唆に富む良書であ
るが、一部行き過ぎた主張があると思う。 
(8)拙稿「物質の進化とその定義について」『科学基礎論研究』Vol21, No.2(1993)
(7)H.ハーケン著牧島・小森訳『協同現象の数理』東海大学出版会(1980)
H.ハーケン著 奈良重俊訳『.情報と自己組織化 複雑系への巨視的アプローチ』
(シュプリンガー・フェアラーク東京)(2002)
(9)S.カウフマン著(1995),米沢冨美子訳(1999)『自己組織化と進化の論理-宇宙   を貫く複雑系の法則-』日本経済新聞社
(10)拙著『物理学の論理と方法 下卷』第17章(大月書店1983)
(11)前掲(10)の上巻 
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