科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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囲碁を学にするには
囲碁を学問にするために         
 (囲碁教育研究会で依頼された報告)    

[1]囲碁の理論化について

 囲碁の経験的法則を理論化し、科学的な学問体系にできれば素晴らしいことである。
碁盤目は19x19=361あるので、初手から終局まで、可能な着手の組み合わせは莫大なものになる。したがって、その全ての変化を尽くすことは遠く人力の及ぶところではない(注参照)。しかし、いかに大きくとも、その着手の組み合わせ数は有限である。 それゆえ、それらを全て尽くすことは原理的には可能であるから、必勝法は存在するはずである。ということは、最善手を見出す必然的法則を導く囲碁理論は存在するはずである(それと同時にコミの数も決まるはず)。それを「究極囲碁理論」と呼ぶことにしよう。
 その究極理論のための論理を発見し、囲碁理論を一つの演繹的体系に組み上げることは、人間には不可能であろうが、経験的に積み上げられてきた囲碁の法則性を理論化し、それを究極理論に向けて進化させることは可能である。そのような理論化の努力は、囲碁ソフトの開発には絶対に必要であり、また、その論理は他分野へ応用できると思われる。
そこで、囲碁教育研究会では、「囲碁を学問にしよう」との願望を抱き、その試みがなされつつある。それにはまず、囲碁を学問にするための予備考察「学問であるための条件」を明らかにしておく必要がある。
 
(注)囲碁の着手可能数:原理的には361!(階乗)ある(実際には、最初の数手は第1線、2線には打たないし、長くとも300手位で終わるので、盤面を最後まで埋め尽くすことはないから、実質的にはこれよりかなり少ないが、取り跡に打つこともあるので、ほぼ300!程度であろう)。 361!は 10700 以上になる(300!でもほぼ  10600)。これがいかに莫大な数であるかは、この宇宙に存在する素粒子の数がほぼ 1080 であることと比較すればわかるであろう。 全く比較にならないすうであり、まさに超天文学的数などという生やさしいものではない。 したがって、囲碁の着手変化を尽くすコンピュータ・メモリーも、必勝の囲碁ソフトも作りえない。

[2] 学問であるための必須3要素  
 全ての学問には、それぞれ固有の研究対象、固有の研究方法、および固有の理論体系とがある。これが学問であるための3要素である。それを数学と力学を例に考察する。

ユークリッド幾何学の場合 (公理的理論体系として最初に完成された論証数学)
 古代エジプト、バビロニア文明は、日常的経験(生産活動)や測量・天体観測技術を通して得られた数論と幾何学に関する知識を蓄積し、ある程度理論化した。 その幾何学的知識を、ギリシア文明が受け継ぎ、幾何学の理論体系に集大成したものが『ユークリッド原論』である。

研究対象:図形の性質と図形間の関係を追求することである。
研究方法:公理に基づく推論によって、図形に関す問題(定性的、あるいは定量的問題)を立  て、それを証明す  る、いわゆる「前提(仮定)-証明-吟味」することである。
 『ユークリッド原論』は、それまでの直感的証明法に代わり、論理的演繹によって証明する論証数学を築いた。
 論証法として、演繹法(直接証明法)、背理法(間接証明法)、数学的帰納法、などが用いられる。      その際、分析・総合などの思考法も用いられる。

理論体系:基礎概念、公理系、諸法則(定理)からなる体系

基礎概念:まず公理や法則を組み立てるための基礎概念(点、線、面、角度、平行線、等しい、など)を定義する。
 公理系:その概念を基に公理系を設ける。(任意の点から任意の点に直線を引くこと、直線の延長、1点を中心に円を引くこと、全ての直角は等しい、平行線の公理など、5つ)(『ユークリッド原論』ではアイテーマ・公準となっている。これ以外に、算術と幾何学における推論規則となるアキシオマータ・公理もある。)
 公理とは基礎概念から組み立てられる命題であって、(経験的判断に基づいて)普遍的に妥当と思われる最も基礎的な仮定である(証明できない命題)。
 公理系とは、推論規則によって、それから図形(幾何学)の性質に関する新たな命題(定理、法則)を次々に導くことができて、一つの理論体系を築くに必要な公理の集合系である。これを演繹的公理系と呼ぶ。
 公理系の充たすべき条件は、公理は互いに無矛盾であること、演繹的体系として必要十分なものを具えている(余分なものを含まない)ことである。 この条件を充たすものを完備な公理系という。
公理系の変化は学問の進化をもたらす。ユークリッドの平行線公理に代わり、別の平行線公理を仮定すると非ユークリッド幾何学になる。これは幾何学の進歩発展である。
定理(法則):基礎概念の定義と公理系とから、新たな基本定理(法則)が導かれ、同時に二次的概念が派生する。ユークリッド幾何学の場合、基本定理は対頂角は等しい、平行線の同位角同士・錯角同士は等しい、三角形の内角の和は2直角などである。三角形の合同条件や相似条件も基本定理に入る。2次的概念は、垂直、対頂角、補角、三角形、二等分線、円弧、半径、接線などである。
  
  公理系とこれら基本定理とから、2次的な定理が導かれ、同時に新たな2次的概念(3次的概念)が派生する。直角三角形に関するピタゴラスの定理、三角形の3本の2等分線は1点に交わる(重心に関する定理)、円に内接する三角形の性質に関する諸定理などが重要な2次的定理である。さらに、系(特殊な定理)が次々に導かれる。
 理論体系:数学(自然科学も)の理論体系は、個々の知識や個別法則の単なる寄せ集めではない。 これら基礎概念、公理系、定理・法則が有機的に関連し合った一つの演繹的体系が理論体系である。 その理論体系は、研究対象の事柄(幾何学では図形の性質や関係など)を、できるだけ広範囲に解明、あるいは説明できるものが望ましい。対象となる全ての事柄を解明できる理論体系は「完備な理論体系」である。

[3] 囲碁を一つの学問にするには(やはりこの3要素が必要である)

(1)研究対象
 ゲームとしての囲碁理論、および囲碁の発展史の2つがある。
ゲームとしての研究対象は、囲碁ルールの改良と完全化を追求すること、そして、決められたルールに従って囲碁ゲームを勝利に導く戦略と戦術を見出し、それを理論化することである。
 また、囲碁発展史の対象としては、囲碁を単にゲームとしてその発展史を見るばかりでなく、文化の一形式としてその発展の歴史を探究し、囲碁の社会的存在意義も探る。

(2)研究方法(手段)
 ゲームとしては、勝利への戦略や戦術を探究するための論理を求める手段である。すなわち、囲碁ルールに従った推論規則、それによる読み(予測)である。
 戦略・戦術を築くための方法には、分析・総合と帰納・演繹の論理的方法がある。分析法の例は着手の部分的評価をする手割り論などであり、総合法は部分を関連づけて全体の情勢を判断するものである(定石の選択など)。帰納法は経験的に最善手を発見し、布石や定石の改良に寄与する。演繹法は囲碁ルールに従って囲碁理論(法則)からさらに新たな法則を導いたり、最善手(できれば必然手)を見出すために用いられる。その際、定石や手筋、および死活などに関する技術を活用する。
 また研究方法として、当然ながら、実戦的経験が不可欠である。実戦は囲碁理論の開発に必要であるばかりでなく、理論の検証にも役立つ(数学の場合は具体的問題への応用、自然科学の場合は実験・観測に相当)。
 囲碁発展史の研究には、通常の歴史研究と同じ方法が用いられる。昔からの文献や囲碁の道具を発見し、検証する。

(3)理論体系 
 囲碁の基礎概念:白黒の石、盤目(交点)とその数、星、天元;繋ぐ、切る、囲む、取る、地などである。死活、コウもルールを決めるために必要な基礎概念である。
 公理系に当たるもの:囲碁ルールである。ゲームが支障なく進行できて、終局し勝敗が決定できるような完全なルールは、完備な公理系といえる。これに関しては、日本ルールは完備とはいえないだろう。
 囲碁のルールは時代とともに変化改良されてきた。事前置き石制(予め星に白黒同数の石を置いた状態から開始)から自由布石制への進化がった。また、中国ルールから日本ルールへの変化もある。ルールの改良はゲームとしての囲碁の進化である。
 ルールの変化は、二次的概念や理論内容に影響する。
 囲碁理論:囲碁理論の目標は、囲碁のルール(公理系)に従って、戦略・戦術を立て、最善手を決定できて、ゲームを勝利に導ける理論体系を築くことである。必勝法である「究極理論」は完備な理論体系である。それは不可能であろうが、それにできるだけ近い理論を求めているわけである。
 囲碁の基礎概念の定義と囲碁ルールとから派生する二次的概念には、碁盤に関するものとして隅、辺、中央、3-三などがあり、石の形の関する呼び名(掛かり、1間飛び、桂馬、コスミなど)と石群の性質を表す概念(模様、厚み、壁など)がある。死活に関しては、セキ、隅の曲がり4目などであろう。法則に関するものは、布石、定石、手筋、ヨセなど。
 これら基礎概念、二次的概念、および囲碁ルールから、囲碁の論理や法則が導かれ、体系的理論を築くことが可能なはずである。

 囲碁理論には、序盤、中盤、終盤に特有なものがあり、それぞれ異なる。それら3つの段階には、個別法則として経験的に得られた帰納法則と、論理的に導かれた理論的法則とがある。それら法則は、囲碁の格言になっているものが多い。(ただし、経験的帰納法則が多い。)たとえば、「厚みに近寄るな」、「厚みを囲うな」は半経験・半理論的法則である。攻め合いの手数に関する法則(目あり目無し、内駄目と外駄目の数、大中・小中など)は理論的法則といえる。
 序盤には、戦略的構想を立てる総合的理論が求められる。その構想の実現に向けて布石を行う。それゆえ、序盤の理論は布石理論が中心である。定石の選択、大場・急場、先手・後手などが、布石理論における重要な2次的概念である。布石理論は、ある程度理論的裏付けはされるが、まだ経験に基づく帰納的法則の域を脱していない。
 定石選択や布石理論などは、戦略にかかわる重要なものであり、序盤における高度の抽象的理論であるが、まだ経験的に蓄積された知識を基に見出された個別法則である。それら法則の評価に個人差(好み)があることからも分かるように、確かな論理によって導かれた普遍法則(何時何処でも適用できる法則)ではない。
 定石は部分的(局所的)領域に関する半帰納的法則・半理論的法則である。定石の評価に個人差があることや、定石の進化があることからわかるように、まだ経験的法則である。
 定石や布石の適否の吟味法に手割り論がある。手割り論は結果の適否を論理的に論証するための分析的手段である。
 中盤の理論は、戦略的構想を完成させるための戦術理論であろう。石数が多くなるので、考慮すべき要因が複雑に絡む。攻防、打ち込み、死活に関する手筋(技術)に関する理論が中心となる。石の死活に関する理論は、かなり分類され体系化されているが、まだ経験法則から抜けられない。新詰碁問題がまだ次々に創作されていることはその証拠である。  
手筋は主に中盤・終盤(序盤でも使われるが)における戦術にかかわる技術である。
終盤は、主としてヨセの理論である。ヨセの理論も終盤における戦術的技術であり、死活を考慮した手筋と先手後手がものを言う。ヨセの方法はかなり定量的理論に体系化されている。
囲碁理論の体系化を: 法則には適用範囲の広いものと、特殊的なものがある。できるだけ適用範囲の広い普遍的法則が望ましい。最終目標は、必然的着手(最善手)を論理的に演繹できる普遍法則である。
 経験的帰納法則であれ、論理的普遍法則であれ、それら個別法則を関連づけて囲碁理論を一つの演繹的理論体系(次の着手が決定できるための理論)にまとめるべきである。
 「玄玄碁経」「官子譜」や「孫子の兵法」などの教訓は囲碁理論を組み立てる際に参考になろう。それら教訓を随時その中に織り込んで、考察するのがよいだろう。

[4] 囲碁論理の複雑さ 
 囲碁の演繹的理論体系を築くには、「ゲームの理論」の援用が不可欠である。 しかしながら、囲碁論理の特徴は、石の働きの2面性からくるものであろう。 厚くし過ぎると全体に遅れるし、先に走りすぎると薄くなる。 地に辛ければ勢力を張られるし、隅や辺によりすぎると閉じ込められる。 これら2面性は相補的な関係にあって、一方を立てようと思うと他方が立たず、バランスよく両立させるのは難しい。 さらに、囲碁理論には背反的性格がある。 「右を打とうと思えば左を打て」、「厚みを囲うな」などがそれである。 このように常識的判断に反する思考が求められる。 囲碁に限らず、物事には全て2面性があり、条件次第でよくも悪くもなる。 格言はある一面を強調するものが多く、大抵の場合それと反対の意味のことをいう格言がある。 その中でも囲碁の格言には2面性が強いように思う。
 囲碁の有するこの二つの特性:相補性と背反性という2面性は、型通りの形式論理には収まりきれない弁証法的論理といえるであろう。 また、一つの着手決定に考慮すべき条件が多義にわたる(攻め、守り、厚み、石の強弱、死活、地など)からである。 それらの条件の重要度は、状況により変わるし、判断には幅がある(個人差)から、まだ決定論的法則(一義的に答えが出せる法則)を求めるのは無理である。 それゆえ、ファジー論理(前提条件や答えに幅を持たせる論理、曖昧論理)を用いねばならないだろう。 これらのことから分かるように、囲碁の推論規則と証明法は、複雑であり、弁証法的論理や多値論理を必要とするだろう。
 いずれにせよ、次の最善手を導くための理論を築くには、着手の評価関数を構成することが不可欠である。 何が最善手かを明確に決めるには定量的理論を必要とするからである。 定量化には評価関数を作るのに採り入れるべき「基準要素」とそれら要素の「優先順位」を見出すことが先決である。 それには、エントロピーやシナジー(共同性)などの考え方が役立つかもしれない。 着手評価を定量化する基準を見出すことが、評価関数を作る鍵である。
 囲碁理論、特に序盤・中盤の理論の体系化には評価関数が不可欠で、それが理論体系の要になるだろう。

(注)「ゲームの理論」:
 ゲームの理論は、フォン・ノイマンによって創始された。 最初の理論は、最も単純化された「2人和ゼロゲーム」である。 2人の対戦者が得点を争い、2人の得点数の和は常にゼロとなるゲームである。 これが定量的ゲーム理論の始まりであり、この論理の定式化の意義は大きい。その後、ゼロ和でないものや、1対複数、複数対複数のゲーム理論が開発されている。特に、ナッシュによって、ゲーム理論は質的に飛躍を遂げ、経済理論にも活用されている。
 囲碁は2人ゲームであるが、「和ゼロゲーム」ではない。また、現在までに開発されているゲーム理論よりも、複雑な論理を必要とするように思える。 それでも、現存のゲーム理論を下敷きにして考察すべきであろう。

[5] 「理論の体系化」の意義 
 囲碁の理論化(学問化)の意義に触れておきたい。 囲碁は理論化が難しく、それを体系化することはさらに困難であるが、しかし不可能ではないと思う(完備な究極理論は無理であるが)。
 体系化された理論は演繹的推論によって証明や予測を容易にする。 したがって、見通しがよくなり理論の発展を促すので、理論を体系化することは大変重要である。
 フォン・ノイマンは戦略論から「ゲームの理論」を開拓し、定量的ゲーム理論を作った。 その理論はゲームの領域を超えて、社会学や経済学などと結びついたオペレーション・リサーチの飛躍的発展をもたらした。 囲碁を単なるゲームの域をこえて、学問的な理論体系に仕立てることができるならば、上記の意味で、これまでの論理学とは異なる新たな論理学と人間行動学などへの道を開く可能性すらあるだろう。
 囲碁には多分にファジー(曖昧)なところがあり、一手の価値を定量化しにくいので定量的理論化は困難ではあるが、それだけに定量化の成果も大きい。 このような研究は囲碁ソフトの開発にも欠かせないものであろう。 囲碁の理論化(定量化、法則化など)はすでに部分的に出来ているものもあるが、不完全であり、かつ不明確なところが多いし、まだ気付いていない問題もあるだろう。 最善手を論理的演繹によって決定できる理論がまだないから、経験(練習)によって養われた感性によるところが大である。 現段階では、先ず直感により好手と思う着手をいくつか考え、読みの力でそれら着手を吟味し、最善手と信じる手を選んでいる。つまり、感性と読みの協同である。

 囲碁理論を築くには、不十分ながらも蓄積されてきたそれら概念、手法、法則などを、さらに徹底的に分析して明確に定式化した上で、理論を組み上げねばならない。 その際、最も重要なことは、それらを普遍化し、一つに纏めて理論的に体系化することである。 科学理論の本質は、基礎概念や基本法則をきちんと論理的に定義し定式化することにあるが、大事なことは、それら基礎概念や法則をばらばらに寄せ集めただけのものではなく、有機的に関連づけて演繹的な体系に組み上げているところにある。 この演繹的に体系化された理論ゆえに、先の見通しがよくなると同時に、未知領域への発展的推論と予言能力を有するのである。 それゆえに自然科学は飛躍的に発展し得たことを認識すべきである。
 一般に、理論の普遍化と定式化は、理論の客観性を増すばかりでなく、その内容を正確に他人に伝達することを容易にする。 それゆえ、理論的知識の伝承において経験的熟練と単なる感に頼る部分が大幅に減少する。 それが理論の急速な進歩発展を可能にする所以である。
 囲碁理論を、学問として体系化できれば、その理論は普遍性と客観性を増すので、理論的知識の発展と蓄積も飛躍的に増大する。 そうなれば、直感に頼るところも減るので、他人に伝え広めることも容易になり、囲碁の上達も早くなる。

[6] 自然科学、数学、囲碁の理論体系の比較
 囲碁理論を数学理論と対比させるばかりでなく、囲碁と経営の理論を比較して相互の類似性を解明することは、両者の発展のために有益であろう。 その理論を公理的に体系化する場合、数学や科学の理論体系が参考になる。 だが、経営理論との対比は、数学よりも自然科学(特に物理学がよい。 生物学はまだ公理的体系化がなされていない)の方が適切であろう。 自然科学は自然から情報を採り入れつつ前進発展するという点で、一種のサイバネティクス系である。 それゆえ、学問体系の論理構造として、数学(ユークリッド幾何学)、物理学(ニュ-トン力学)と囲碁を対比させてみるならば、得るところは大であろう。

囲碁
 対象:囲碁規則とその完全化、勝利の戦略と戦術

方法: 囲碁ルールに従った推論、読み、手割り、
    戦略・戦術を築く方法、布石、定石、手筋の開発、
    分析総合、帰納繹演、実戦による検証

 理論体系:
基礎概念:白黒の石、盤目の数、繋ぐ、切る、囲む、取る、 
      地、駄目、死活、コウ
 公理系:囲碁ルール (矛盾のない 完備なルール)
理論:基礎概念とルールから戦略・戦術を立て、
    最善手を決定できる理論体系を目指す(必勝法は究極理論)、
    部分法則・技術として布石、定石、手筋とその発展改良法、
    評価関数による定量化、
    序盤、中盤、終盤の定量的理論化、詰碁理論も独自の体系

ニュートン力学
対象:物体の運動規則、運動の原因

 方法:現象→実体→本質(注1)、仮説→演繹→実証、
    分析総合、帰納演繹、観察・実験による実証、
    定量化(数学の援用)、演繹理論の体系化

 理論体系:
基礎概念:時間、空間、速度、加速度
     質点、質量, 慣性、力(作用)、 反作用、
 公理系:慣性の法則、運動法則、作用・反作用の法則、
(基本法則)
 理論: 基礎概念と基本法則から力学の1次法則を導き
     力学の演繹的体系を築く、
    全ての力学現象を理論的に解明(説明)
 未知の現象を予測可能性、予言-演繹-検証は理論体系の検証
    (1次法則は運動量保存則、エネルギー保存則、弾性法則など)
    力学に関して相対的に完備な体系(注2)

ユークリッド幾何学 
対象:図形の性質と図形間の関係

 方法:公理に基づく推論、 図形問題の証明、
   前提-証明-吟味、公理、証明の吟味、
   分析総合、帰納演繹、演繹理論の体系化、
 
理論体系:
 基礎概念: 点、線、面、角度、平行線、等しい、など
  補助線
公理系:平行線の公理など5つ、
     直線や円を書くこと、全ての直角は等しい、
 理論:基礎概念と公理系から幾何学の定理を導き演繹的理論体系を構成、
   幾何学図形の性質を解明、
   公理系-1次定理-2次定理-系、公理系が無矛盾で必要十分なことの吟味
   予測可能性-新たな問題、相対的に完備な理論体系


(注1)「現象-実体-本質」(科学的認識の3段階論)について
 科学的認識の重要なことは、現象を分析して、現象の背後にある本質(法則)を掴むところにあると、一般にいわれている。 その本質を把握するまでの過程は、現象からいきなり本質を掴むのではなく、その前に、それら現象を担っている実体の認識が重要な鍵となることを指摘したのが、武谷三男である。 これがいわゆる「認識の3段階論」である。
 本質が具体的姿で現象するには、その現象の舞台となる担い手がある。(何もないところに現象は起こらない。) その担い手の普遍的なものを実体と呼んだ。自然科学の場合、その実体は物質的なものばかりでなく、形相的なものもある。
 ニュートン力学においては、その形成過程で、惑星の運行に関するケプラーの法則が重要な役割を果した。 ケプラーの法則のなかの惑星の「楕円軌道」が実体の一つであると武谷は主張した。ギリシア以来の「円」の完全性というドグマから脱却し、円軌道(神の意志)に代わり楕円軌道を導入したことが、天体運動を力学の対象にした。 そして、運動法則と万有引力を確立することに決定的役割を果したというのである。
 自然科学では、普遍的実体の探求と発見は本質論へ進むために、理論の進歩・発展の鍵であると認められるようになった。 しかし、武谷による実体の定義が明瞭でなかったので、一部混乱があり、自然科学以外の分野では余り評価されなかった。
 私は、武谷の「認識の3段階論」を高く評価するが、実体の意味とその役割について不十分なところがあると考えている。 そこで、認識過程の中間段階で、「実体」のみでなく、「実体の構造(現象舞台の構造)」も重要であると思う。
ニュートン力学では、質点、質量の他に、太陽系の構造(ケプラーの3法則)、宇宙空間の構造(ユークリッド性;無限で等方・等質)、時間の一様性などは力学現象の舞台として、ニュートン力学形成に欠かせない重要な「実体・構造」概念である。 (詳細は拙著『科学はこうして発展した』せせらぎ出版、参照) これら実体・構造を正しく解明し把握したから、本質としての「ニュートン力学」に到達し得た。
 ユークリッド幾何学の場合、現象に当たるものは、点、直線、曲線(円、双曲線、放物線など)、面(平面、球面など)の組み合わせでできる色々な図形の存在(作図)であろう。 実体・構造に当たるものは、ほとんどの平面図形の基礎的要素である3角形と円、およびその幾何学的な特性である。これらの幾何学的特性を正しく認識したから、単純な公理系の上に体系的理論を築くことに成功したわけであろう。
これとの類比でいくと、囲碁の場合は、現象に当たるものは、ゲームの進行そのもので、石の配置とその進展の様相であり、最後は勝敗であろう。 実体・構造に当たるものは、布石や定石の形、さらに一連の石群の構造特性(模様、厚み、勢力など)であろう。 序盤・中盤で重要な役割を演ずる評価関数も機能的実体といえるだろう。 それら実体・構造の役割と効果を正しく把握した上で、囲碁の体系的理論ができる。 囲碁理論における「本質」に当たるものは、評価関数を軸にした基本法則によって最善手を決定できる理論体系である。
経営戦略の場合、現象-実体・構造-本質に当たるものは何か、そして、物理学や囲碁理論との対応は?この対比をおこなうことと、囲碁理論をさらに具体的に3段階に組み上げていくことが今後の課題である。

(注2)「相対的完備」についてニュートン力学は、日常的に経験する力学現象を一通り解明し説明できるので、力学の理論体系として一応完備な理論である。しかし、実在の自然は非常に内容豊かで無限に豊富である。日常経験を超える高速度の現象(光速度に近い運動)や、原子・素粒子などミクロの現象には、ニュートン力学は適用できない。その意味で、ニュートン力学は完全な意味で完備な理論体系ではなく、限定された力学現象の範囲で成り立つので、「相対的完備系」である。実在の全自然に対して適応できる科学理論は「絶対的完備系」であり、それは究極的な理論である。自然科学はそのような究極理論には永遠に到達できないであろう。(詳細は、拙著『科学はこうして発展した』を参照されたい。)
 ユークリッド幾何学についても同様なことがいえるので、それも相対的完備系である。
 囲碁の場合の完備な理論体系は、必勝法の理論である。それは不可能である。最善手をできるだけ多く示せる囲碁理論は相対的に完備である。

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