科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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八十歳になって思うこと
八十才になって思うこと

 昨年夏、ついに八十才になった。正月にお屠蘇を飲みながら考えたことを綴ってみる気になった。

 幼少の頃病弱でとても成人できないだろうといわれていたが、母のお陰で次第に健康になり、ここまで生き延びてきた。それにしても21世紀の世界を見ることなどとてもできないと思っていたのに、21世紀になってからもう十年経つ。
 世の中が良くなり、素晴らしい人生ならば、活きていた良かったと思うが、状態は逆で、地球環境も社会も悪くなることばかり目につく。いやな思い出が多く長生きして良かったとはいえない。

 一人暮らしの最近は、活きていることが面倒になることが時々あり、死んだ方が楽になれるだろうと思うことがある。しかし反面では、まだやり残したことがあるから、それを完成せずにやり残して死ぬのは残念との思いもあった。まだ暫くは生を授かり活きていくだろう。そして、折角授かった命を大切にして、やり残したことを一つでも二つでも仕上げてこの世に残して行こうとも思う。どうものんびりと趣味のみに活きることができないたちのようだ。死ぬまで何か考え続けるだろう。近年、身辺整理をはじめた。無駄な延命策はしないようにと尊厳死協会にも入会した。

 八十才のなった今年は、人の親切や情けを沢山受けて有り難いと思うことが多かった。傘寿のささやかな祝いを娘と孫が、また親しい知人達がしてくれたし、市大研究室の後輩と卒業生たち(近隣に住む者)が「傘寿を祝って飲む会」を持ってくれた。そればかりでなく、近年は一人暮らしの私のことを気遣って、親切にいたわってくれる方が多くなった。お酒の好きな私をたびたび自宅に招待してくれたり、飲む会を開いてくれたりする機会が増えた。日本酒が好きな私のために、美味い酒や食べ物をしばしば贈って下さるようになり、年末には特に多く頂いた。その他にも、私のためにしてくれたのかと後から気づいたことがいろいろあった。これらのことを振り返ると、昨今は人の親切の有り難さが本当に身にしみる。

 特に嬉しいことは、私がこれまで書いたり話したりしたことに対して評価を頂き、勉強になったとか、これからも頑張って続けて欲しいといってくれる人が増えてきたことである。今でも原稿の依頼が時々ある。ほとんどのものは無報酬の原稿だが、私でも役に立つならばと、できるだけ書くようにしている。  

 これまで、自然と社会にばかり目が向いて、人と人との関係を疎かにして、がむしゃらに活きてきたように思う。その報いかと思いあたる節も過去には多数ある。これからは人との繋がりをもっと大切に活きようと反省している。

八十才まで元気に活動できるのは素晴らしいとか、私の存在が励みになるとかたまにいわれる。お世辞にもそう言われると、ついその気になってもう少し頑張って今の生き方を続けようかという気になる。
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