科学・技術と自然環境について、教育を考える。
  • 05«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »07
世界経済と資本主義的経済制度の破綻
世界経済と資本主義的経済制度の破綻

始めに 
現代社会は、通信・運輸の発達により、必然的に全地球は一つに結ばれている。グローバル化によって世界の政治・経済や情報・文化の繋がりは緊密化し、環境、資源・エネルギーなど多くの要素が複雑に絡み合っている。グローバル化時代には、通常の熱力学的法則(エントロピー増大則)に従えば、世界中の人類社会は平均化され統一化が進むはずであるが、現実は逆で地域格差や貧富の格差がますます拡がっている。このような現象が起こりうることは、複雑系の科学によって理解できる。システム(社会・国家または世界)の構成要素の数が多大であり、それら要素が多くの要因により複雑に絡み合っていれば、自己組織化が起こり、部分的に不均一化が生じてそれが自己増殖し増大していく。つまり地域格差や富が一部に集中するような現象が起こりうる。また、近年の世界経済は不安定であり、情報化社会では局所的小さな原因が契機となって、瞬間的に世界恐慌を引き起こし易い状況にある。このようなカオス的現象が生じうるのも、複雑系の特徴である。
 
 今の世界は政治・経済が非常に不安定であり、この状態は改善の見通しが立てにくい。世界経済と資本主義的経済制度が破綻しかかっているように思える。その根本的原因は、資本主義的市場原理優先の経済制度と、技術革新による高能率と利便性の追究による浪費にあるだろう。その根拠を挙げて分析してみよう。私は自然科学が専門なので社会科学に関しては素人であるが、その素人の目で見、感じたことであるから、間違いや見落としが在るであろうが、的外れではないと思う。

1.先進国の国家財政破綻の危機 
 急激な金融危機の裏に慢性的経済危機が世界を覆いつつある。それは国家経済の破綻の恐れである。日本とアメリカを筆頭に、ほとんどの先進国は累積する赤字財政に悩んでいる。国家ばかりでなく地方自治体も同様な傾向にある。その国家財政の赤字(赤字国債)は増える一方で、急速な景気回復でもない限り減少する見込みはほとんどない。それと平衡して多くの地方自治体も経済破綻の瀬戸際にある。
 近年、世界的金融恐慌や経済危機が立て続けに起こっている。アメリカのサブプライムローンに端を発して、リーマンショック、原油価格の乱高下、ドバイ経済危機、ギリシアに始まるユーロ圏の危機など、今後何が起こるか分からない程不安定な情勢である。グローバル化の時代には、政治・経済の不安定な状況は全世界に拡がりカオス現象を引き起こしやすい。一国の経済危機は全世界を揺るがす。
 文明が進むに従い人類社会の仕組みがどんどん複雑になり、国家の機能・役割も多様化し肥大化した。科学・技術の進歩はそれに拍車を掛けてきた。今や平均的な日常生活に必要な設備や物品は非常に多くなり、家庭の出費は昔に較べて何十倍にも肥大化したことからもわかるように、それと同じく国家の財政も莫大な額に膨らんだ。軍事費、公共施設費、教育・研究費、社会福祉費、医療保険費、環境保全対策費などなど、種類も金額もどんどん増えてきたし今後も増大するばかりであろう。そのジレンマを脱するためにと「小さな政府」を目指して、規制緩和と民営化の構造改革を推し進めたのがアメリカの新自由主義と市場原理優先政策であった。その結果が貧富の格差拡大、社会の歪みと矛盾の拡大であった。
 今の状況が続けば、遠くない時期に経済的に破綻する国が続出するのではなかろうか。日本はその先頭を走っているように見える。グローバル化された世界では、2、3の発展途上国を除いて、どの国も似たような状態にあるから、一つの国が倒れるとドミノ式に波及して世界経済は破綻するだろう。一国の経済破綻は関係諸国の援助で一時的救済は可能であろうが、世界の先進諸国の一斉破綻では救済の手を差し伸べるものがない。

2.技術革新で効率・便利さ追究:無駄と贅沢、非必需品の増大 
 人類の飽くなき利便さ追究により、科学・技術の発達で生活は実に便利になった。その反面、日常生活にとって必需品以外の設備が次々の増えている。一般家庭でも便利な機器を多く備えるようになり、昔に較べて家計の出費は増大するばかりである。これが貧富の相対的格差を生む一つの要因であろう。
 本来、科学・技術の発達は生産能率を上げるから、一人ひとりの労働時間は短縮され、かつ社会全体の富は増加するはずである。しかし、新たな技術を用いた産業や仕事が生まれ、社会の全仕事量はかえって増大する。それゆえ、全労働時間は増え、失業者は減るはずだが、現実は逆で職場の労働人口は増えず、一人の労働時間は延長されて過労死まででる始末である。この原因は労働配分が歪んでおり、富の分配制度の不公平さにある。そのために、失業者をつくり、低賃金の労働者を増やしてきた。こうして経済的格差が増大した。その上に、家庭の生活費が増大するような便利さを求める社会のために、一層生活困窮者が増えた。
 一方では飢えと生活苦に喘いでいるのに、他方では極度に贅沢な生活がみられる。また金余り現象で投機資金が世界経済を掻き回している。人類社会はいろんな面で極度の二極化が進み、多くの矛盾が蓄積される一方である。

 技術革新の持つ矛盾:地球環境の悪化,特に地球温暖化は急速に進んでいて,もはや猶予できないところにきているように思える。地球環境保全のために,CO2排出の削減や省エネルギー技術の開発の必要性がしばしば唱えられている.国連を初め日本政府もその方針を打ち出している。環境破壊を防止して地球を救うのも,科学・技術での力が大変有効かつ不可欠であることは間違いないから,その方針に反対するつもりはない.しかしそのような方法には限界があるし,そればかりでなく,その新技術も使用法によっては逆にエネルギー消費を増やしたり,新たな環境破壊の要因を生み出したりする可能性があることを認識すべきであろう。技術も使いようで益にも悪にもなる。
 大型機器の小型化は、その製造のための資源が節約されるし,運転のためのエネルギー消費量が大幅に減る。それゆえ,環境破壊を阻止するのに大変有効であるように思える。たとえば,コンピュータの場合,半導体のICチップス技術が進んだために,大容量メモリーの大型コンピュータの小型化で資源と電力の節約は計り知れないであろう。また,超微細物質を操作し細工するナノテクノロジーの進歩は,多方面で機器の小型化を可能にしつつある。これらの技術開発により,非常に多種機器の小型化が進み,莫大な資源とエネルギーの節約が可能になる。だが喜んでばかりはいられない。コンピュータの小型化により,パソコンが一般家庭にまで大量に進出し、今では携帯電話機がそれに替わろうとしている。その結果,社会全体で見れば,パソコン・携帯電話の全台数は指数関数的に膨れ上がり,その製作に必要な資源量と電力消費量は大型コンピュータ時代に較べて却って急増した。さらに、技術革新によるIT機種の改良は日進月歩で進むから、IT企業は生き残りをかけて次々に新機種を売り出さざるをえないようになっている。そのために使い捨てと売れ残り商品の廃棄の無駄は目に余るものがある。(環境問題:「技術革新で地球環境は救えるか」参照)
 この状態はIT産業に限らない。身の回りを見れば家電機器をはじめ、自動機器、事務機,医療機器など似たようなことはいくらでもある。この種のものは,その機器が便利であればあるほど,また情報化社会が進めば進むほど,需要が増大し普及する。それにつれて人間の欲望もまた増大する。それにつれて技術は自己増殖するから、まさに悪循環である。これが技術革新の有する矛盾である。
 市場原理優先の資本主義経済制度のもとでは、全ての産業(製造からサービスまで)は技術革新に追われて走り続けねば倒産に追い込まれる。また、経済成長が3~4%に維持されねば社会(あるいは国家)は不況になり、その機能が保てないようになっている。だから、建造物や機器はある時期に建て替えや買い換えねばならぬように設計されているという。このままでは、この状態をいつまでも継続できるはずはない、早晩破綻するだろう。「持続可能な発展」は無理である。(「進む人工的世界と人類の未来-新しい科学のための哲学を-」参照)
 
 おかしな経済学:現代の経済学は人類社会に格差のあることを前提にしているという。ただし、その格差を是正するために、市場競争で豊かさを達成し、その成果を分配し直すことで格差を是正すべきであるというのが、多くの経済学者の総意に近いそうである。しかし、その成果としての富の分配法を正すの役は政治である。今の政治にその力があるだろうか。資本主義的市場原理を変えずにそれが可能であろうか。そのような経済学舎は無責任ではないか。 また、地球環境のことを考えれば、これ以上生産力や経済力を市場競争で伸ばして、使い捨て生活を続けることは許されないだろう。全ての人間が安定した平均的水準で生活できるように均せば、すでに人類の総人口は地球の収容能力の1.2培に達しているそうである。だから先進国家は、経済的格差の是正を人為的に遅らせていると思いたくなる。

3.不安定な政治・経済
 人類は環境破壊、食料・資源不足、人工過大などいくつかの問題に直面している。また、ほとんどの国家は経済的な困難を抱え、不安定で破綻の縁にある国も少なくない。世界経済もいつ大恐慌が起こるかも分からない不安定な状況にある。
 そのために、政府は一時逃れに金融緩和政策をとるから、金余り現象で投機資金がだぶついている。 物を作るよりも、投機資金を動かして大儲けをしようと金融工学が生まれ、マネーゲームが盛んになった。また、食料・資源・エネルギー不足につけ込んで、多国籍企業や投機屋が物価を操り、世界経済を席捲している。いまや、一握りのそれら多国籍企業や投機屋が国家・社会を動かしている感がある。そのような投機的動きは規制すべきだが、今の市場原理主義時代には限界がありあまり効果がない。
 社会活動が多様化し多くの構成要素が複雑に絡み会っている現代は国家の政治・経済のシステムは複雑系である。まして、世界が一つに結ばれれば一層複雑なシステムとなる。それゆえ、内部に自己組織化の作用が起こり、不均一な部分系ができる。すなわち、いろいろな組織や仕組みが生まれうる。また、不安定な状況では、小さな作用が増幅されて巨大な効果を生むカオス現象が起こりやすい。情報・運輸ネットワークが発達したグローバル社会では、ごく短時間にカオス現象が全世界に拡散する。
 近年の世界情勢は、先進国も発展途上国も政治・経済的に不安定であり、そこに投機資金が動くので、カオス現象が起こりやすい。リーマショック、ドバイ危機、ギリシア危機などが次々に起こり、それら一部の危機が瞬く間に拡大されて全世界に波及する。 
 日本に目を向けるなら、経済不況の時代には社会福祉費などが増える一方で国家の支出は増すが、税収は減る。まして増税はできない。この状態がいつまで許されるのか。日本の赤字国債は国内で消化されていて、外国金融に依存してないからまだ大丈夫だとの説もあるが、ものには限度がある。ついに日本の債券の格付けが下がった。「量的変化による質の転化」という法則がある。量的変化がある限度(臨界値)を越えると質的転換が起こる。その質的転化はこの場合、国家財政の破綻である。 

4.議会制民主主義の矛盾と機能不全 
 もう一つ、議会制民主主義がマンネリ化してまともに機能しなくなったことが、この危機を脱出することができない原因である。それどころか、むしろ危機を増幅しているように思える。
 国家財政の危機や、世界経済の不安定性を克服するには、国民の痛みを伴うような思い切った政策転換も必要である。それにはリーダーシップのある政治家が求められる。大量の赤字を抱えた国家財政を救うには、増税は不可避であろう。経済を活性化させれば税収が増し、国家財政は改善されるという説もあるらしいが、それにも限度がある。第一、いかにして経済を活性化させるのか。その手だてすら見出せずにずるずるとると現状に追従している。以前の経済バブルのような活況は不可能であるし、もうご免である。 
 このような状況では、議会制民主主義の矛盾・弱点が浮かび上がってきくる。政治家・議員は当選するために集票を最優先させて選挙民の顔色を気にするから、この窮状を脱するためのまともな政策を掲げて選挙を戦わない。そのようにして当選した議員達は、議会で建設的な政策をつくる議論よりも、党利党略のための非難合戦、揚げ足取りに多くの時間を浪費している。そして世論調査の数字ばかり気になり、その数値に振り回されている。
 党利党略のために、過去には選挙制度の改変がしばしばなされた。今の小選挙区制は少数意見を切り捨てるどころか、時には半数近い死票がでる。僅かの票差で当落が決まるから、全国的にはそれが積もり積もって、僅かの票数の差で議席数に大きな開きができる。これは選挙におけるカオス現象である。二大政党制を実現しようとして小選挙区制にしたために、少政党が育たず、その上衆参議院の捻れ国会で動きが取れなくなっている。
 また、選挙に首長や議員にタレントが有利であることも議会制民主主義が形骸化されていることを示している。この現象は選ぶ方、選挙民にも問題があるが、マスコミの責任のほうが大きい。選挙に限らず、すべての面でテレビタレント、マスコミに騒がれる者が異常に幅をきかす時代である。マスコミに乗った有名人はますます有名になり、もて囃される。下手にマスコミに楯を突いたり批判したりすると、潰されるか無視されるから、マスコミには頭が上がらないという状況ができた。
 今や、マスコミは非常に強い力を有し、それゆえの奢りがある。取材の方法や態度にそれが見られる。マスコミは天下の公器であるから、謙虚になって報道の内容と姿勢を正すべきである。しかし、それマスコミの内部に求めることはできないだろう。一旦得た「力」を自ら放棄することはマスコミに限らずない。政治家や官僚が既得権利を容易に手放さないのと同じである。

5.望まれる政治・経済の根本的改革:
    資本主義と市場原理優先主義に変わるものを!
 
 もはや資本主義の破綻は明らかであろう。政治・経済の社会制度を根本的に改革しなければ、これらの危機を脱することは不可能であろう。それには資本主義的市場原理優先の制度に代わる新たな制度を見出し、築かなければならないと思う。
 今のこの危機から脱するにはどうすべきかを、世界中が国を挙げて真摯に議論すべきである。それには強い政治的リーダーシップと新たな政治・経済理論の構築が必要であろう。政治・経済の仕組みが複雑化し、グローバル時代には、この危機を救う政治・経済の新理論を築くことは非常に難しいであろうが、そのような理論(完全なものはないが)は存在するはずである。諦めず一人ひとり考えねばならないが、特に世界の社会科学者・政治家たちの研究に期待したい。
 もうゆっくり構えている余裕はない。社会の活動量とテンポは累進的に加速されている。したがって、昔の百年に一度の危機は、現代では十年に一度、いや数年に一度の頻度で起こっているからである。
 地球環境、資源・エネルギー、人工過剰問題とともに、ここに挙げた上記の問題も人類の抱えている危機の要因である。
スポンサーサイト
この記事へのコメント

管理者にだけ表示を許可する
 
Copyright © 2005 自然と科学. all rights reserved.