科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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自然法則の可逆性と不可逆性
自然法則の可逆性と不可逆性
 -発展・進化現象の不可逆性について- 
                       
 
 (以前このブログに「複雑系科学の哲学」を書いたが、それを『日本の科学者』Vol.46.No.5に掲載した。その続きである。)
 
0.はじめに

 複雑系科学の分野で、しばしば強調されていること:進化の過程は一回限りの現象であり、時間的に非可逆である。したがって、時間反転に対して不変であり、可逆的かつ反復可能なこれまでの理論は通用しない。本質的に不可逆な法則と理論を築くべきだという(プリゴジン)(1)。
発展・進化の方向は一方的であり非可逆現象であるというこの主張は、大まかには肯定できるから、複雑系科学には新たな論理と方法が必要であろう。だが、これまでの可逆理論は通用しないとか、非可逆性を本質とする新理論が必要という主張には必ずしも肯定できないものがある。そこで、そのような主張について検討し批判をする。
発展・進化の非可逆的現象といえども、構成要素間の短時間の素過程では既存の可逆的理論は適用できる。また、進化の全過程はその可逆的素過程の積み重ねであるから、エントロピー増大則によって基本的なところは理解できる。そして、宇宙進化とエントロピー増大則とは矛盾しないことを指摘したい。それゆえ、本質的に非可逆な理論を築く手掛かりもなく、そのような新理論を必ずしも必要としない。


1.エントロピー増大則と宇宙進化は矛盾するか?

宇宙を一つの閉じた体系とすると、宇宙の全エントロピーは増大し続け、ついに宇宙は熱的平衡状態に達して変化・発展は停止し宇宙は死滅するだろうとの予測が、熱力学第2主則(エントロピー増大則)が提唱されてから常にいわれてきた。しかし、現代のビッグバン宇宙論によれば、この宇宙の初期は極めて狭い空間に閉じ込められた高温、高圧、高密度のガス状態(クォークスープという)から始まった。真空の相転移に
よるエネルギー放出で、そのガス状態が約135億年前に大爆発を起こして四方に飛び散り、冷却しながら膨張を続けて現在の状態になった。その過程で水素やヘリウムなどの軽元素原子核が作られ、さらに星雲や個々の星が生まれ、今日の宇宙にまで進化してきたと
推定されている。  
この宇宙の銀河や恒星系の秩序ある分布状態を見ると、ビッグバン当時の無秩序な混沌状態よりも、むしろ現在の宇宙の方が秩序性が高く局所的にはエントロピーが減少しているかのごとくみえる。無秩序性が極度に大きい高温高圧の混沌状態から、現在の宇宙が生まれたとするのはエントロピー増大則に反し、一見矛盾しているように思える。だが、それは矛盾ではない。宇宙の全エントロピーは増大し続けてきたにもかかわらず、宇宙の境界が膨張しているために、宇宙は開いた体系と同じ効果が生ずるからである。つまりこの宇宙は外部とエネルギー・エントロピーの交換はなく一つの閉じた系ではあっても、膨張宇宙はエントロピーに関しては実質的に開いた系と同じなのである。(2)

2.宇宙膨張は開いた系と同じ効果

エントロピーの放出と収納機構 
それを理解するために次の例をとって考察しよう。一定体積Vの箱の中に水滴(水の塊)を入れると、箱内が飽和蒸気圧に達するまで水は蒸発し続ける。話を簡単にするために、最初水滴を入れるまでは箱の中は真空であったとする。箱内の水の蒸発が進んで平衡に達したとき、この系のエントロピーは最大になる。水滴と水蒸気との共存して平衡になった状態のエントロピーと、最初に水滴を入れた瞬間の水滴のみの状態のエントロピーとを比較すれば、明らかに蒸発前の方がエントロピーはずっと小さい。水の全分子が水滴の小さな体積vに密集して存在している方が、箱の全体積Vに気体として分散し無秩序運動をしている状態よりも、確率的にはるかに起こりにくいからである。すなわち、水滴の蒸発によって箱内の全エントロピーは大きく増大したわけである。だが、残った水滴にも着目すれば、気化熱のために水滴自身の温度は下がり、分子数も減っているから、残った水滴のエントロピーはもとの状態よりも減少している。
 すると、箱内の全エントロピーは増大したけれども、水滴は水蒸気を蒸発させたことによって周囲にエネルギーとエントロピーを放出することで、それ自体のエントロピーを減少させたことになる。水滴が蒸発した後に平衡に達したとき、この系の全エントロピーは最大になった。しかしその状態からでも、さらに箱の体積を大きくすれば、蒸気圧は下がり蒸発は進むから、全エントロピーはさらに増大し、残った水滴部分のエントロピーはさらに減少する。それゆえ、箱の体積を増せば、さらにエントロピーを収容できるわけである。
体系のエントロピーを減少させながら成長するもっとも典型的な部分系が生物固体である。生物は新陳代謝により、外部の環境から食物として低エントロピーを摂取し、高エントロピーを環境に吐き出しつつ成長しているわけである。その生物個体の全エネルギーと全エントロピーは成長によって増大するが、単位体積当たりのエントロピー(エントロピ-密度)は環境と較べて減少しているわけである。しかし、外部に吐き出すエントロピーを加えると全体としては増大している。
この他の例として、結晶の生成・成長がある。結晶が生成・成長することは、そこだけ見れば明らかに秩序性の増大である。だが、結晶前の原子・分子がばらばらのときに比べて、結晶状態の方が構成原子・分子の結合エネルギーが低い(だから安定なのである)から、分子が結晶に取り込まれるとき、熱や輻射などの形態でエネルギーを周囲に放出すると同時にエントロピーも放出する。したがって、結晶成長は局所的にはエントロピー減少の現象であるが、放出された熱や輻射まで入れると、全系のエントロピーは増大している。
このように周囲にエントロピーを発散することによって、その部分系のエントロピーは減少しうる。
 生物に限らず、ある物質系がその体系を保ちつつ変化・発展するには、通常はその体系内で造り出されるエントロピーを外部に放出しなければならない。エントロピー放出の機構にはいくつかの方法がある。上記の生物の例では、新陳代謝で排出物とともにエネルギーとエントロピーを環境に放出している。結晶の場合は熱伝導・輻射により外部にエントロピーを放出する。
 物質系においては、原子・分子といった物質粒子を放出(化学ポテンシャルの放出)するか、熱伝導や輻射によってエントロピーとエネルギーを散逸させるのが最も普通の放出機構である。体系がエネルギーのより低い状態に落着くとき、化学ポテンシャルとして物質粒子、または熱や輻射を放出するとともに、エネルギー・エントロピーを外部に散逸させている。その放出機構のなかで輻射として放出するのが最も効率的であろう。

宇宙のエントロピー散逸機構と宇宙進化 
宇宙進化を問題にするには、先の箱と水滴の例でいえば、水滴を宇宙星雲や銀河・星に対応させ、水蒸気を宇宙に充満する輻射と星間物質に対応させれば、本質的なところは理解できる。箱の容積を拡大することは宇宙の膨張に対応するわけである。初期の狭い領域に閉じ込められた高温高圧のガス状物質は、そこだけをみると非常に高いエントロピー状態のように思えるが、後の周囲の広い空間(現在の宇宙空間)を考慮すれば、実は低エントロピー状態にあったともいえる。宇宙膨張によるエントロピー密度変化の大まかな様子を分析してみよう(2)。
 現在の宇宙における物質(星)密度は薄いので、物質分布は(星を分子に見立ててもよい)理想気体とみなしうる。宇宙初期の体積をv、膨張後の現在の宇宙体積をVとし、宇宙内の原子数(または素粒子数)と光子数の和をNとすると、大まかにいって初期エントロピーと現在のエントロピーとの差は、

   △S~Nklog(v/V)<0

となる。Nはとてつもなく大きい(1080以上)からエントロピーの増大量△Sも莫大な量である。これだけのエントロピーが膨張した宇宙空間に吸収されているわけである。

 この説明はまた次のように表現することもできる。ある時点の宇宙空間が許容しうるエントロピーの最大値をSmとし、その時の内部状態のエントロピーをSとすると、その後にその状態が発展する速度はSm-Sによってきまる。この差が大きいほど発展速度は大きくなりうる。時間とともにSは増大してもSmの増大率の方がSのそれよりも大きければ、Sはいくらでも増出し続けることができる。全宇宙の物質、または個々の星は輻射(光)によってエントロピーを周囲の空間に放出し、自らはエントロピーの低い状態に進化するが、周囲の空間が宇宙膨張とともにどんどん大きくなるならば、Smが増大するためにいくらでもエントロピーを放出し続けることができるわけである。もし、宇宙空間の大きさが一定有限であれば、宇宙内の物質(星)からの輻射がたまって、ある温度に達すると熱平衡状態になり、そこで輻射の放出も止まりそれ以上進化できなくなる。
以上の説明と本質的には同じであるが、エントロピー密度の概念を用いると、いっそう定量的にはっきりする。状態変化がゆっくり進行するときや、または全体系を部分系に分けてその部分領域の中ではほぼ平衡状態とみなせるとき、エントロピーは加算的であるとしてよい。すなわち、全体系のエントロピーは部分系のエントロピーの和となる。すると単位体積当たりのエントロピー、つまりエントロピー密度sが定義できる。平衡状態にある理想気体のエントロピー密度は

    s=S/V=N{CVlogT+Rlog(V/N)}/V

となる。エネルギーが保存するときエネルギー密度は体積Vに反比例するから、温度Tも大まかにいって体積Vの冪乗(べきじょう)で減少するとしてよい。すると上式のsはN一定のとき

     s ∝ (NlogV)/V 

となる。熱輻射の場合も理想気体の場合と本質的に同じで、エントロピー密度sはほぼ  (logV)/Vに比例する。それゆえ、このsはVの増大とともに急速に減少する。

 宇宙内の物質分布(銀河または恒星分布)は希薄であるから、理想気体で近似すると、宇宙膨張による体積Vの増大とともにエントロピー密度は急速に小さくなるのである。ということは、宇宙空間の膨張によってこの宇宙はエントロピーを収納する能力を急速に増大していくことになる。このことは、先述のSmの増大率がSのそれに比してはるかに大きいことを示している。このように、宇宙膨張はエントロピーを外部に吐き出すのと同じ効果を生ずるので、結果的にはエントロピーに関して開いた系とみなせるのである。また話題を呼んでいるブラックホールはエントロピー吸収のホールでもある。それは物質・エネルギーとともにエントロピーを吸収するのみで、外に吐き出すことはない(ブラックホールの蒸発はここでは無視する)。このようなわけで、全宇宙のエントロピーは増大し続けても、エントロピー密度は減少するため、局所的には星や銀河が誕生し進化が進みうるのである。
 宇宙の膨張過程で、混沌とした一様なガス状態の物質雲が区切れて部分的に収縮が起こって銀河が発生し、その中でさらに星が誕生する。そのガス状物質がどの程度の大きさに区切れるか、つまり銀河のスケールを決めるのは、ビッグバン宇宙の名残である背景輻射(3K輻射)のほんの僅か揺らぎである。その揺らぎの波長が銀河のスケールに反映される。区切れたガスの収縮過程では、重力ポテンシャルが重要な役をする。重力ポテンシャル(位置エネルギー)はヘルムホルツの自由エネルギーである。収縮がある程度進行し、中心部の温度が上昇すると核反応が起こり輻射を出し始める。これから後の銀河や星の進化は前述の宇宙進化の説明が当てはまる。
 銀河や星の誕生は、宇宙内でエントロピーの低い部分系が生成されたことになる。その銀河や星の生成過程で、輻射により多量のエネルギーとエントロピーが宇宙空間に放出されたが、それは宇宙の膨張で吸収されたわけである。その後も星はエネルギー・エントロピーを放出しながら進化を続けてきた。
 宇宙が膨張し続ける原動力は言うまでもなく物質や光に蓄えられているエネルギーである。宇宙の初期の真空の相転移を除いて、その後の全エネルギーはほぼ一定とみなせるから、エネルギー密度は体積に反比例して減少する。したがって、エネルギー密度の減少率~1/Vはエントロピー密度の減少率~logV/Vよりもわずかだけ速い。このちがいは宇宙進化の速度に関係するだろう。もし、両者の減少率が等しいか、逆の場合には宇宙進化は現実より早い速度で進行したであろう。

エネルギーはエントロピーを生み出し、かつ収納する源動力 
全宇宙に蓄えられているエネルギーは物質の相互作用を通して物質に運動・変化を与え、その結果エントロピーを生み出すので、発展・進化が起こりにくい平衡状態の方へ移行する。しかし、同時にそのエネルギーによる爆発のお陰で宇宙は膨張し、発生するエントロピーを収納する空間を作り出しているわけである。すなわち、エネルギーはエントロピーを生み出す原動力であると同時に、そのエントロピーの処理能力をも自ら作り出す力(創発力)をもっているのである。このメカニズムが物質の能動性(自己組織化能力)に反映されていると見ることができるであろう。
 このように宇宙の発展・進化の現象は、物質と時間・空間、およびエネルギーとエントロピーの織りなす壮大なドラマである。ここには宇宙のこれら構成要素(時空間と物質)が相互に規定し合って自己発展するという自然弁証法がみられる。

宇宙の再帰性(回帰性) 
ちなみに、宇宙の再帰性(回帰性)に言及しておく。昔から、宇宙の状態は物質の運動により変化するが、巡りめぐっていつかは元の状態に戻る可能性があるというポアンカレー説がある。宇宙の大きさと内部の物質量は有限であるから、元に戻る確率は極微ではあるが、ゼロではないというわけである。機械論的宇宙模型なら、ある周期で同じ運動を繰り返すかも知れない。しかし、進化する宇宙ではそう単純ではない。星の誕生初期には自由エネルギーを失って熱的エネルギーや熱輻射をだし、さらに核反応が起こると光とニュートリーノを宇宙空間に放出している。それゆえ、光子・ニュートリーノも含めて素粒子数の増加は莫大である。さらに宇宙膨張を考慮すると、宇宙の再帰可能性をたんなる確率論のみで論ずることはできない。エントロピーの確率解釈と力学法則の可逆性によって宇宙の回帰可能性を確率論に基づいて主張するのを見かけるが、宇宙膨張がなくとも話はそれほど単純なものではない。 
 もう一つは、もし、宇宙がある時期から収縮を始めたら、宇宙はもと来た道を遡及して元の状態にもどるかという問いである。これは時間の矢を逆転させる問題と関係している。運動法則が可逆的ならば、宇宙は元の状態に返るだろうか。これも星の光子・ニュートリーノ放出・吸収を考慮すると、単純に結論できない。宇宙に充満している光子・ニュートリーノすべてが、それらを放出した元の原子あるいは素粒子に吸収されるならば、宇宙の状態は可逆的に元にもどるといえるだろう。しかし、宇宙の収縮が始まると同時に、宇宙内のすべての粒子や光子の運動方向が逆転するわけではない。それゆえ、宇宙が収縮するだけで、すべてが元の鞘に収まることは考えられない。したがって、宇宙の可逆性に関しては否定的にならざるをえない。 

3.地球のエントロピー放出機構 
地球はそこに住む生物も含めて絶えず複雑な運動変化を続けているから、地球はエントロピーを生成し続けている。それにもかかわらず、地球の全エネルギーとエントロピーはほぼ一定に保たれ、物質と生命の進化が進んできた。ということは、絶えず低エントロピーのエネルギーが補給され、高エントロピーのエネルギーが放出されているということである。

 地球は太陽からの光を吸収し、エネルギーと低エントロピーを取り入れて変化・発展している一つの物質系である。太陽は高熱源なので、低熱源からの熱輻射と比較して、太陽光は低エントロピーのエネルギー源である(波長の短い光は低エントロピー状態)。その光を吸収し利用して、地球上の物質(無生物)や生物はいろいろな活動や変化をしている。その現象によって、地球系では絶えずエントロピーが生成されている。現代では、とくに人間の活発な活動によりエネルギー利用が激しく、異常にエントロピーが増大している。発生したそのエントロピーは、熱輻射によってエネルギーとともに地球外の宇宙空間に放出されている。地球の温度は太陽に比べて非常に低いので、地球から出る熱輻射(長波長)はエントロピーが高い。地球の夜側では熱輻射を放出するばかりであるから、地球の温度を冷却しエントロピーを低くする働きをしている。これが地球のエネルギーとエントロピーを定常状態に保つ放出機構である。エントロピーは単独では存在せず、必ず物質や光などに担われて生成され、また移動する。このように、地球は高熱源の太陽からの光で低エントロピーのエネルギーを受け取り、低熱源としての熱輻射によってエネルギーとエントロピーを宇宙空間に放出している散逸開放系である。したがって、地球にとって宇宙空間は、生物の場合の外部環境に相当する。もし太陽系が大きなドームで囲まれた閉空間ならば、太陽からの熱輻射で何時かは熱平衡に達し、太陽系内のすべての発展・進化は止まる。

地球上での散逸構造発生の源は太陽エネルギー 
 太陽光エネルギーは地球上の物質に不均衡をもたらし、また生物に活動エネルギーを与える。物質の自己組織化や生命進化が起こるのは非平衡開放系、つまり散逸構造系である。エントロピー増大則の支配する自然状態では通常は平衡状態の方に移行するから、そのような非平衡散逸構造は通常出現できないはずである。にもかかわらず、地上には散逸構造の複雑系が生まれ、自己組織化と進化が進んできた。散逸構造の出現はエントロピー増大則に反する局所的現象である。それゆえ、この過程では局所的にエントロピー的時間の逆行が起こっているといえる。   
 地上に局所的な不安定非平衡系を作り、散逸構造を出現させる源は太陽光エネルギーと地球内部の地熱である。地球のマグマは地表より遙かに高熱であるから、低エントロピーのエネルギー源である。太陽光の照射が異なる昼と夜の部分で平衡状態が破れる。また昼間だけ見てもでも、太陽光の反射・吸収率が大陸と海洋では異なるし、地表の物質の違いによる吸収率の差で局所的に非平衡状態ができる。
吸収された熱エネルギーの不均衡で海水の蒸発や大気移動が起こる。地上の部分系は孤立状態の物はなく、程度の差はあれすべて散逸開放系であるから、周囲の状況が不安定な時、その不均衡状態が増幅されて、平衡状態から遠く離れた非平衡散逸系が出現しうる。台風や竜巻の発生は、そのようにして生じた大気の非平衡状態が、周囲の大気が不安定の時、カオス現象として大増幅されて発生したものである。

 物質系の状態変化の形態として相転移がある。相転移は不連続的状態変化を引き起こし、体系の質的変化を伴う。その結果、新たな階層が形成される場合がある(3)。したがって相転移は物質進化には非常に重要な役割をする現象である。相転移の際には熱や輻射によってエントロピーとエネルギーを放出、あるいは吸収する。海水が蒸発したり、水蒸気が水滴(雲)となるのは、地球上で起こるもっとも頻繁な相転移現象である。
 いずれにしろ、エントロピー増大則の下で、非平衡な散逸開放系(あるいは散逸構造)ができるためには、低エントロピーのエネルギーが不可欠である。そして、物質代謝機構やエネルギー形態の転換機構が有効に働くことが、エントロピーとエネルギーの散逸には欠かせない。しかし、不安定非平衡状態がいかにして散逸構造にまで発達するか、その物理的機構の一般論はまだ解明されてない。その一般法則と理論化が複雑系科学の本質的課題の一つである。

4.発展・進化の不可逆性:ミクロの素過程は可逆的 
 複雑系の発展・進化の過程は不可逆的であり、多くは一回限りの反復不可能な過程である。このような不可逆過程では、現在の状態はそこに達するまでの過去の履歴に依存する。それゆえ、不可逆な歴史的過程には既存の可逆過程の理論(決定論的「存在の科学」)は通用せず、新たな科学論理が必要だとの主張がある。これについて考察する。

 要素還元主義の限界を示すものとして次のことがよく言われる。要素にはない質が全体系には創発されるから、要素分解法によっては解明されないものがある、それゆえ全体的現象に特有の法則を把握するための方法と論理が求められると。この指摘はもっともである。
発展・進化過程とその不可逆性は、構成要素には還元できない質、つまり全体系に創出される高度の質である。だが、要素還元法の限界を強調するあまり、可逆過程の科学理論とは縁を切り、全く新たな理論を築くべきだ(パラダイム転換)という主張があるが、それは行き過ぎだと思う。
 全体系も構成要素の性質を反映し、全体と部分は相互規定の関係にある。部分なくして全体はない。このことは時間についてもいえることである。全体系の不可逆過程も、短期的には構成要素運動の素過程の積み重ねであることを忘れてはならない。しかも、この素過程は力学法則に従う可逆過程である。それゆえ、発展・進化現象は長期的に見れば不可逆な歴史的過程であるが、部分的には構成要素間のごく短時間の素過程の積み重ねである。
 このように全体系と部分の関係は、空間的な部分(構成要素)と全体の関係のみではなく、時間的にもいえることである。短期間の素過程は可逆的でも、エントロピー増大則により長期的には不可逆的過程となりうる。それゆえ、複雑系の不可逆過程の理論も、これまでの可逆過程の理論に依拠して組み立てていかざるを得ないと思う。
 ただし、非線形運動方程式が時間反転に対して不変であっても、非線形理論のカオスの縁では、どの分岐枝の運動過程を選択するかを予測できない場合があろう。そのように予測不可能な非決定論(確率法則)に従う場合は、不可逆過程が本質的となる局面があるかも知れない。だが、その根底にはある種の決まった法則性があるだろう。

時間の矢について 
 ミクロ粒子の素過程は可逆的運動法則に従っているが、多粒子系のマクロ現象は不可逆変化となる。この不可逆現象の進む方向が、エントロピー的時間の方向である。その方向はエントロピー増大則によって決まるというのが、現代物理学による解釈である。

 それに対して、プリゴジンは複雑系の自己組織化や進化現象の不可逆性から、不可逆過程は本質的なものである考えて、不可逆的力学理論を築こうとした。だが、以下に述べる理由により、その考えには同意できない。
 1)まず、全体系の構成と運動変化も、構成要素とその運動変化からなっている。そして、上記のように、構成要素間の短時間素過程は可逆的であっても、多体系ではエントロピー増大則により不可逆性は生ずる。
 2)ニュートン力学(および相対性理論)と量子力学などの既存理論では、素過程における基本的運動方程式が可逆的であるか否かは、相互作用(力)の性質で決まるようになっている(自由運動の方程式は時間反転で不変)。相互作用(力)が時間反転に対して不変ならば、運動方程式、ひいては運動法則は可逆的である。
 ところが、現在知られている素過程の相互作用(力)のほとんどは時間反転に対して不変である。時間反転で不変でない相互作用は唯一つ、素粒子レベルの極弱相互作用(弱い相互作用よりもさらに一桁弱い)のみである。この極弱相互作用は、中性K中間子崩壊で発見され、「CP対称性の破れ」として知られているものである。この相互作用は弱すぎて通常の力学現象には寄与しない。したがって、複雑系のようなマクロ現象には関係ない。それゆえ、マクロ運動の基本法則は可逆的である。
 3)本質的なところで、不可逆な力学法則を作るには、全く新たな概念に基づく運動方程式を作らざるをえないだろう。だが、それを作るための指針となる手掛かりが今のところない。
 ニュートン力学、相対性理論、および量子力学など、質的に新たな理論が生まれる前には、既存理論が不完全であるとか、それに矛盾する現象などが発見されていた。だから、それを手掛かりに指針を見出すことができたし、新理論を求める必然性があった。だが、今のところ時間の不可逆性と時間の矢の方向はエントロピー増大則で理解できて、それと矛盾することはまだ発見されていない。それゆえ、そのような新力学理論を作るべき必然性はまだないし、いかなる形式の理論を築くべきかわからない。
このように、複雑系の発展・進化の不可逆性は、本質的な基礎原理ではないことを指摘したい。

    参考文献
(1) I.プリゴジン著 小出昭一郎・我孫子誠也訳『存在から発展へ』(みすず書房)
I・プリゴジン著 安孫子誠也・谷口佳津宏訳『確実性の終焉』(みすず書房)1997
(2)拙著『物理学の論理と方法 下卷』第17章(大月書店1983)
(3)拙論「深雑系科学の哲学」『日本の科学者』Vol.46, No.5(2011.5)
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