科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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「再生可能エネルギー」という表現は非科学的
「再生可能エネルギー」という表現は非科学的
     この名称は「持続的自然エネルギー」と改めるべきだ

 かなり前から「再生可能エネルギー」という表現が、マスコミや市民運動団体でしばしば用いられている。
今度菅内閣が提案している「再生可能エネルギー特別措置法案」もそうである。マスコミの記事やテレビの討論会では、「再生可能エネルギー」と「自然エネルギー」の両方が、ほぼ同じ意味で用いられている。
(人により一方のみ使っている場合が多いが、両方を使う人もいる。)

「再生可能エネルギー」は科学的に間違いであるから、やめるべきだということを、私は以前から主張してきた。
このブログでも3月10日に、類似の誤用語についても含めて、その理由を詳しく書いた。その意見にみな同意してくれる。しかし、まだ「再生可能エネルギー」は多く用いられているので、再び取りあげることにした。

 まず昨日、内閣府宛に「再生可能エネルギー特別措置法案」の名称について意見を送った。「エネルギー問題は、人類にとって最も重要な課題の一つですから、この法案には賛成ですし、実現を望む者の一人です。しかし、この法案の名称について、違和感を憶えますので私見をお送りいたします。」

 その理由:「再生可能エネルギー」という名称です。この表現は科学的には誤りで、不適切です。英語の“renewalble energy”の日本語訳のようですが、これも適切な表現ではないです、それを「再生可能エネルギー」とするのはなおさら賛成できません。
 水力、風力、太陽光の自然エネルギーなども、一度利用したエネルギーは自然には元の状態にもどることは決してありません。すべての使用したエネルギーを元にもどすには手を加ええばならず、そのさいかえって多くのエネルギーが必要です。この表現ですと、発電に利用した風力・太陽光エネルギーなどが、自動的に元の状態にもどるのかと誤解されます。「再生可能」という場合、何を再生するのか、その意味が分かりません。自然に再生可能なエネルギーは存在しません。それよりも「継続的自然エネルギー」あるいは「持続的自然エネルギー」(“sustainable natural energy”)の方が適切な表現と思います。これでは長すぎるなら、せめて「自然エネルギー」とすべきでしょう。これら自然エネルギーはすべて太陽によって供給され継続されているものです。
 
 字数に制限があったので、以下の補足的説明は割愛せざるをえなかった。ここに再現する。
「自然エネルギー」というと原子力エネルギーも自然エネルギーではないかという批判があるかも知れませんが、原子力エネルギーは、核燃料をえるまでにすでに何段階も人の手(技術)を経ていますので、通常の自然エネルギーとは質的に異なるものです。科学的に厳密にいえば、すべてのエネルギーは「自然エネルギー」ですが、質的な差異により区別してよいでしょう。
 それなのに、このような「再生可能」という名称を使うのは、科学的にも誤解を与えます。いまの科学・技術の時代には「科学リテラシー」といわれるように、科学の基礎知識は「読み・書き・計算」と同様に一般的教養とすべきでしょう。そのような時期に、これでは非科学的な表現を政府が普及させることになりかねません。法案の名称は変更すべきです。

追加:「自然エネルギーの定義」(試案)
 原子力も含めて、自然エネルギーか否かを区別する基準を定め、何を持って「自然エネルギー」とするかの私案を提示する。
 エネルギーを利用する場合、そのエネルギー源を自然状態から利用可能な状態に持ってくる過程において、技術的な事前処理を必要とするか否かをもって判定基準とすべきだろう。その人工的事前処理を必要としないものを自然エネルギーと定義する。
 風力、水力、太陽光などは直ちに動力・発電に利用できるゆえ、自然エネルギーとする。ただし、それを利用するには当然装置がいるが、すべてのエネルギー利用には必ず機械装置が必要であるから、この利用機会装置は自然エネルギーの基準から除いてよい。
 それに対して、化石燃料は利用するまでに、掘り出して利用現場に運ぶ手間がいる。もっとも極端なものは原子力発電で、燃料のウラン235を鉱物から取り出し、原子炉に入れるまで非常に多くの技術的過程を経る。それゆえ、これらは非自然エネルギーとする。
 ただし、エネルギー源として取り出すまでの過程において、人工的処理を必要とするにも程度に差があり、明確に線引きできないものもあり、今後さらに出るだろう。そのような場合は、事前の人工的処理に質的な差異があれば、それによって自然エネルギーか否かを区別してよいであろう。たとえば、ダムからの水力利用には、ダム建設という工事が必要であるが、一旦ダムを造れば維持管理だけで済む。この水力を自然エネルギーとしてよいか微妙である。だが、機械装置の維持管理はすべての場合に不可欠であるから、ダムからの水力も、強いて分類すれば、自然エネルギーとしてよいであろう。

 エネルギー利用までに事前処理を必要としないものは、エネルギーの利用効率は高く、利用後の環境汚染も少ない。したがって、自然エネルギーは優れた資源である。大いに活用すべきである。


付記:蛇足ながら、言うまでもなく「エネルギー保存則」により、エネルギーを利用しても全エネルギー量は増減しない。通常「エネルギーを消費する」といっているのは、科学的に厳密に言うならば、「有効な(エントロピーの低い)エネルギーを有効でない(エントロピーの高い)エネルギーに変える過程でエネルギーを利用」するというべきである(「省エネルギー」も同様誤りです)。しかし、長く面倒なので、これまで便宜的に使用されてきた。この言葉は今更変更しにくいかも知れないが、今後このような非科学的な言葉を増やすべきではないと思う。
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この記事へのコメント
再生可能エネルギー
「再生可能エネルギー」と云う奇妙な用語には疑問をもっていましたので、今回の議論には大賛成です。私は、エネルギー問題の専門家ではありませんが、様々な自然エネルギーに関する議論を聞いていて、地球上の存在量と密度、各変換機器の効率、耐用年数、機器製造ならびに維持管理に要するエネルギー、等々も考慮すべきではないかと考えています(本題とは少し異なった問題ですが)。
光易恒[URL] 2011/07/30(土) 17:29 [EDIT]

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