科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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科学理論の形成と進化-複雑系科学の観点から
    科学理論の形成と進化-複雑系科学の観点から

(これは9月19,20日に、大阪大学で行われる「複雑系科学研究会シンポジウム」で報告する予稿である。)

キーワード:
実在の自然と対象的自然、サイバネティクス系、理論体系の循環論的構造、相互規定性、科学の不完全性、理論の完備性、 演繹的体系、概念・法則のネットワーク構造、複雑系としての科学、協同性(シナジー性)、自己触媒(作用)、臨界点、相転移、カオス、分野の分岐、理論体系の能動性と柔軟性、科学革命、アトラクター、


 科学はサイバネティクス系として自然認識を深めていく活動であるが、その行動様式は複雑系のそれとみなせる。そのような観点で科学を考察すると、新たな課題が見えてくる。

1.科学理論の本質的性格(詳しくは文献(1)(2)参照)
 まず、科学とは何か、その本質的性格を明らかにしておく。

(i)人間も自然の一部であるから“科学は自然が人類を通して自然自体を解明する自己反映活動”である。すると、科学理論は自己言及型の論理となり、ゲーデルの不完全性定理によって、科学(無矛盾な論理体系)は本質的に不完全であり、その理論体系は相互規定的循環論の論理構造となる。
 この科学観に立てば、科学は人類が自然の外に立ち自然を対象化して認識するのではなく、むしろ自然の内部からの認識活動である。

(ii) 自然科学は自然から情報を取り込みつつ、その構造や仕組みを探求し、それをフィードバックしながら進む自己制御のサイバネティクス系である。科学理論は能動性と柔軟性を有す。
 その意味で、自然科学の体系は、実在の自然に対して開かれた散逸開放系である。
(iii)科学の不完全性ゆえに、科学的自然像(対象的自然)は完全ではなく実在の自然そのものではない。その自然像は科学の進歩・発展とともに実在の自然に近づいていく。
   
   実在の自然            対象的自然  
                     (科学的自然像)
           
            ←作用       認識主体       社会
            情報→          
                      科学(理論・方法)
    

   

(iv)科学理論は、対象とする分野の現象を説明するだけでなく、未知のものを予測・予言する能力を持たねばならない。
 科学的「予測・予言可能性」は、ニュートン力学のように決定論的法則の場合は問題ないだろう。だが、複雑系科学のように「予測は不可能」といわれる分野にも、科学である限り「予言可能性」は不可欠であると思う。ただし、その意味内容は、決定論のそれとは当然異なる。質点の集合系を扱う分子統計力学には、質点力学とは異質の法則と理論があり、統計力学的予測・予言は可能であった。それと同様に、複雑系やカオス現象にも固有の法則と理論があり、それに即した予測・予言能力が求められる。

(v)科学革命の特性は、論理的には「自己否定的発展による脱体」ということである。この自己否定的脱体は科学の発展過程でいかにして可能かが問題である。

2.科学のサイバネティクス的構造 
 科学の認識活動はサイバネティクス的行動である。自然科学は、認識対象である「実在の自然」の中にあって、科学的自然像「対象的自然」、および「科学(理論体系と方法)」と「認識主体」とからなるサイバネティクス系である。認識主体は操舵士である。これを複雑系としてみるならば、実在の自然は環境に、対象的自然は科学を包む膜(境界)に、科学(理論体系と方法)は組織化された個体系に対応するだろう。あるいは、1個の細胞にたとえれば、それぞれ環境、細胞膜と細胞液、細胞核に対応するだろう。対象的自然と科学は一つのシステムを作る。
サイバネティクス系としての科学活動は、観察・実験によって実在の自然に作用し、そこから情報(負エントロピー)を採り入れ、その情報をフィードバックしつつ行動を選択する。その結果、科学的認識は自然の奥深く進み、かつ自らは自己発展する自己制御系である。このフィードバック過程で重要な機構は「理論(仮説)-演繹-検証」の方法である。この方法によって正確な情報を選択的に取り入れ、理論を検証しつつ科学は進歩・発展する。その進路を決めるのは対象的自然像と理論の協同である。
 また、科学は社会組織の中の科学以外の分野(政治・経済、思想、文化など)からの影響を受け、また逆に社会に対して作用する。科学と社会との相互作用は、科学の形成と進化において無視できないが、2次的作用として扱ってよいだろう。それゆえ、本稿では考慮しない(技術の進歩は社会との相互作用を無視できないが)。
社会組織および科学者集団と科学の相互関係は、改めて別の考察が必要である。
 科学理論は不完全ながらも演繹的体系であるから、実在の自然に直接依存せずに、対象的自然の範囲内でも、ある程度は自己運動によって理論的進歩は可能であり、観察・実験の解釈もその範囲でできる。通常の科学研究はこれである(T.クーンはこれを「通常科学」と呼んだ(3))。ただし、観察・実験は実在の自然の中でなされることを忘れるべきでない。それゆえ、科学は実在の自然(環境)に対して開放系である。(クーンはこの点を考慮しなかった。)
 実在の自然と理論の矛盾(実験・観察による新現象の発見)、あるいは理論内部の非整合(たとえばニュートン力学とマクスウェル電磁気学)が発見されると、その解決のために理論の本質的転換が引き起こされる(相対性理論の誕生)。それとともに対象的自然像も大転換する(パラダイム転換)。これが科学革命である。

 (注) 本来のサイバネティクスは、観測する側(自動制御系)と観測される側(環境)が静止固定したものでなく、両者の相互作用により変化する世界を対象とする工学理論である。いかなる制御系も(また生物も)情報を取り入れてそれを蓄積しつつ成長する。したがって、全く進歩・発展しないサイバネティクス系は自然界には存在しない。ここでは学習するオートマトンをイメージしている。フォン・ノイマンは、機能進化も、また自己増殖もしうるオートマトンが論理的に可能であることを証明した。
 
3.理論体系の構造
演繹的体系
 科学理論は、基礎概念と基本法則(または原理)を中核とする演繹的体系である。理論体系は諸概念・諸法則の単なる寄せ集めでなく、それらは相互に有機的に関連した一つのシステムである。
 理論が演繹的体系であることは、「理論(仮説)-演繹-検証」の方法が機能するために、また予言能力を有するために不可欠である。すなわち、理論の演繹的体系化は科学活動がサイバネティクス系として効果的に行動できるために必要なのである。
 また、科学の予測・予言可能性は、科学理論体系が有するこの演繹可能性にある。

理論体系の完備性
 だが、科学は本質的に不完全であるから、実在の自然に関することをすべて説明し予測できる完備な理論はありえない。しかし、理論体系は、少なくとも対象とする自然現象や法則について説明可能か不可能かを判定できるだけの能力を有することが望まれる。すなわち、理論と現象の間に矛盾があるか否か、あるいはその現象は対象的自然の範囲内にあって説明可能か否かを判定できなければならない。そのことが可能である理論体系を「完備系」と呼ぶことにする。全自然に対して完全に完備な理論体系は存在しないが、対象的自然の範囲では完備、つまり「相対的完備」であるべきである。
 ニュートン力学の場合、対象的自然は、原子論と機械論に基づく力学的自然像である。理論体系は力学現象(質点、剛体、流体運動)を、原理的ながら一通り説明可能であり、説明不可能な現象か否かを選別できる。光速度に近い運動は対象外であることが後に分かり、相対性理論が生まれた。それゆえ、ニュートン力学は通常の運動現象に対して相対的完備である。
 最初からそのような理論は望めないが、確立した理論体系は相対的完備系である。

理論体系のネットワーク構造
 科学の理論体系は基礎概念と基本法則を核として、すべての科学的概念や法則はネットワーク構造を形成している。しかし、その結合の仕方は一様でなく強弱があり、そのネットワークの中に、特に強く結ばれたクラスター(房構造)がある。
 ニュートン力学の例:(長さ、時間、速度)、(加速度、質量、力)、(慣性法則、運動法 則、作用-反作用法則)括弧の中の概念、法則はそのグループ内で、それぞれ強く結合されクラスターをつくる。(詳細は文献1を参照)

相互規定的循環構造
 ゲーデルの不完全性定理により、自己完結的な科学の理論体系は不可能である。したがって、一つの理論体系の中の基礎概念や基本法則の論理的意味を、すべて観測情報を基にして下から積み上げ法式で定義することはできない。つまり、すべての理論的概念を観察言語のみで定義することはできない。 (「論理実証主義」の結論)
 力学の例:長さ、時間、速度の物理的意義は循環論的にしか定義できない。速度の定義には長さと時間がいる。時間の定義には等速度(あるいは規則的周期)運動がいる。離れた2点間の距離を計るには時間と等速度が定義されていることが必要である。これら3概念の定義は循環論的構造にある。
 ニュートン力学の基本3法則のそれぞれの役割は、それだけでは決まらず、3法則を合わせてそれらの意義と役割りが決まる仕組になっている。運動法則の舞台を設定するのは慣性法則であり、その上で運動法則によって力、加速度および質量の関係と意味がきちんと決まる。力が定義されてこそ、作用反作用の法則の意味も決まる。
 運動法則の中の質量、加速度、力の関係とそれらの意味も、この運動法則によって与えられるが、その関係も循環論的関係にある。
 力学以外の科学理論においても、基礎的概念・法則(原理)はこのような循環論的関係にあり、理論体系全体でその意義が決まる仕掛けになっている。それゆえ、無矛盾な自己完結的理論体系は存在しない。(例:一つの言語体系において、すべての単語を説明する辞書は循環論的説明になる。)

4.法則、理論体系の形成
・規則性・法則の形成:サイバネティック活動により、ある特定の現象について集められた情報量が、ある閾値を超えると、帰納法によりそこに規則性が見出されて法則となる。情報群の法則化は、秩序形成、一種の組織化である。(作るのはもちろん認識主体の人間である。)帰納法は現象論的法則化ばかりでなく、仮説の選択にも役割を演ずる。
 法則にも認識論的なレベルがある。
  現象論的法則-実体・構造のモデル化-本質的法則 
  (認識に関する武谷3段階論の修正版)
・実体・構造モデル:現象論的説明を一歩進めて、その現象の舞台としての実体や構造の モデルを形成する。そのモデルを足場にして、現象の解明と理論化が促進される。
・本質論的理論:基本的法則を中心にした演繹的理論体系-相対的完備系。対象的自然の 範囲で、論理的には一応閉じた理論系である。
・演繹的理論の体系化:科学の理論体系は、概念・法則の単なる寄せ集めではない。
 個々ばらばらに、あるいは独立的に形成された諸概念と諸法則も、相互の関連が明らかになり、一つのネットワーク構造をつくる(理論体系の自己組織化)。その中核となるもの、そこから派生する周辺的なものとがあり、クラスター構造ができあがる。こうして全体が有機的に連結され、一つの演繹的体系が形成されていく。だが、その体系は柔軟性と能動性を有し硬直したものではない。この体系化により、理論の威力は質的に増大する。それによって情報の獲得と知識の生産・蓄積が進み、理論体系は成長する。それゆえ、この演繹的体系化は科学の方法の一つとして重要な意味を持つ。
 その成長があるレベルに達すると理論内部に組織の再編が起こり、新概念・原理に基づく理論体系の再整備がなされる(新秩序の形成)。たとえば、ニュートン力学の中の解析力学。電磁気学におけるマクスウェル理論。素粒子論における複合模型(クォーク模型)。
 また、内部に新分野の芽が生まれて、成長が臨界点に達するとやがて独立し分岐する。

5.複雑系としての科学
・協同性効果(synergy effect)(4):
 個々の法則にも、多少の理論的演繹力(説明、予言)はあるが、それらが集まって体系化された理論は、相乗効果によりその演繹力は質的に増大する。(個々の法則の持つ能力の単なる加算ではない。)この相乗効果は、いくつかの概念と法則の協同性により生まれる。システムの秩序化には、構成要素間の近接的相互作用のみでなく、長距離力(相関)が必要である。その長距離相関を生むのはこの協同性効果である。
 例:ニュートン力学の3法則は独立したものであるが、それらが協同して強力な理論体系となる。特殊相対性理論の2つの原理、運動の相対性と光速度一定性とは全く独立な原理であるが、その2原理を併せないと物理理論は作れない。
協同性効果は複雑系の形成、特に散逸構造の形成に極めて重要な役割を果たす。理論体系における相乗効果はそれと同じパターンである。

・理論体系は散逸構造:
 一応完結した理論体系(相対的完備系)は対象的自然とともにサイバネティクス系として、実在の自然に作用し、そこから情報を獲得する。その意味で理論体系は散逸開放系であるが、その体系は通常科学の範囲では相対的に安定であるから、「散逸構造」とみなせる。この散逸構造は成長を続けて、次への発展・進化を準備する。

・理論体系の自己発展:
 科学のサイバネティクス的活動は絶えず続けられ、停滞することはない。この活動が止まると、既存理論は形骸化し、衰退する。
 通常科学の活動範囲でも、自然からの情報と理論的知識は増大し蓄積される。それにより理論体系自体と対象的自然は増大し発展する。その結果、理論の説明能力と予言能力は増す。これは科学の自己成長、自己増殖である。
 演繹的理論体系の中の中心核は基礎概念と基本法則であり、その中心核は自己増殖のための一種の自己触媒の役割をする。
 情報・知識の蓄積の成果は、理論体系に矛盾する現象が現れたとき、仮説の設定、選択に寄与する。それゆえ、通常科学といえども、それによる成長を軽視してはならない。

・科学革命は「自己否定的脱体」(1)
 この自己否定的脱体は科学の発展過程でいかにして可能か。
科学の理論体系は、対象的自然の中で相対的完備であり、近似的に閉じている。それにもかかわらず、実在の自然のなかに自らと矛盾する現象や説明不可能な事象を見出し、やがて自己否定へと転換する。
 その転換が可能であるのは、(a)科学理論は実在の自然に対して散逸開放系であること、(b)(相対的)完備性のゆえに、説明可能か否かを判定できること、(c)既存理論と矛盾するものでも、現象論的法則や実体モデルの形成までは可能であること(理論体系の柔軟性と能動性)などである。
 特に(c)について、現象論的段階、実体・構造論の段階では、その根拠を理論的に説明できなくとも、事実として認めうるからである。その現象論的法則や有効なモデルは触媒作用をなし、それを支える現象や傍証例が集まる。ここでは演繹よりも帰納法が重要である。
それら情報が臨界点に達すると、既存理論を超えた新原理(仮説)が生まれ、それが成長して相転移が起こりうる。ただし、旧理論の全面否定ではなく、そこには連続性と不連続性がある。
 
・科学革命はカオス的相転移:  
 理論と矛盾する現象が現れたとき、それを解決するのに、新たな概念や仮説の追加で済むのか、理論の本質的転換が必要かは、直ちには判定できない。しかし、完備な理論体系ならば、サイバネティクス的活動により、いずれの方法で解決できるかを明らかにできる。
矛盾の絞り込み-概念・仮説の追加では解決できない矛盾問題が現れると、それの解決のための模索が始まる(揺らぎの波及)。その模索により、矛盾の所在(理論体系のどこと矛盾するか)と矛盾の論理的性質が明らかにされる。その検証過程で、類似の矛盾的現象が発見され、既存理論は通用しなくなると、それに替わる新理論の探究が始まる。
 新理論間の競合-新理論のための仮説は多数可能である。仮説の内容は、認識主体(科学者)の経験と自然観に依存する。それら新理論と旧理論間で競合が起こり、論争が続く。論争の勝敗の決め手は観察・実験(実在の自然からの情報)との整合性であるが、それを可能にするのは、理論体系の相対的完備性と「仮説-演繹-実験による検証」のサイクルである。これはまさに科学のサイバネティクス的活動である。競合に勝ったものが新理論として受容される。これが科学革命である。
 カオス的相転移-既存理論にとって異質の新現象の発見が素で、理論体系に揺らぎがうまれる。それは初期には小さくとも、次第に波及・拡大すると、ついには新旧理論の交替という大きな変化をもたらす。しかも、最初発見された新現象は既存理論では説明できないものであるから、それがどのように成長するか、またどのような影響を与えるかは、予測不可能である。したがって、いかなる新理論が生まれるかは初期には予測できない(結果を予測できない)。これはカオス的現象である。
 また、旧理論と新理論は質的に異なるから、科学革命は理論体系の相転移による新秩序の生成とみなせる。

・新分野の誕生・分岐
 ある科学分野の中に、その理論とは異質の概念・法則性が芽生え、それが成長して、新分野の科学が誕生することがある。それは科学革命のような自己否定的脱胎ではなく、分野の分岐による発展である。生物学で言えば新種の発生(進化)である。 
6.まとめ
 本稿では、主に物理学を例にして論じたが、この論理は他の科学分野にも通ずると思う。
自然科学の認識活動はサイバネティクス的運動であり、その形成と進化は複雑系の自己組織化、自己発展・進化とみなせる。科学革命はカオス的相転移であるが、その変化の方向は全く無秩序・予測不可能とは限らない。なぜならば、実在の自然がアトラクターとなるからである。
ちなみに、科学革命のカオス的様相、自己否定的脱体と関連して、T.クーンの「科学革命における新旧理論間の共役不可能性」とN.R.ハンソンの「データの理論負荷性」に言及しておく。
 観察・実験の設定とデータの解析・解釈は理論に依存するからといって、ハンソンは実験データの客観性を、ひいては科学の客観性を否定した。このデータの理論負荷性は否定できないが、それのみ強調して、「理論のデータ依存性」を無視したのでは、正しい科学論とはなりえない。科学は実在の自然に対して開かれていることを忘れるべきでない。「理論のデータ依存性」には帰納法が主役であるのに対して、「データの理論負荷性」には主に演繹法が働く。帰納と演繹を併せてこそまともな科学論となる。
また、クーンは、科学革命のときの新旧理論は、概念・法則の意味(たとえ同じ語彙でも)や論理は完全に異質であり、それらの間には共役不可能な断絶がある、それゆえ新旧両理論は比較できないといった。この見方は一面的であり、実際の理論転換を見ない形而上学的な解釈であると思う。新旧理論の間には連続性と不連続性がある。
 もし、「データの理論負荷性」のみで、「理論のデータ依存性」を考慮しなければ、既存理論のなかで閉じているので、理論に矛盾する現象は永久に見過ごされるか、発見されたとしても、それに手の下しようがない。さらに、「共役不可能性」と断絶性のみで、両理論間の連続性を認めないならば、旧理論と関係なく横滑り的に新理論を持ってこなければならない。これでは、科学革命のダイナミクス、自己否定的脱皮はいかにして可能なのかを説明できないことになる。いやむしろ、問題にさえならない(1)。

             参考文献
1.拙著『科学はこうして発展した-科学革命の論理』(せせらぎ出版 2002)
  拙稿「科学のサイバネティクス構造」『科学基礎論研究』(No.93、1999)
2.拙著『科学は自然をどう語ってきたか』(ミネルヴァ書房 1999)
3.T.クーン著・中山茂訳『科学革命の構造』(みすず書房1062)
4.拙稿「複雑系科学の哲学-対称性の破れと対称性」『日本の科学者』(2011.5)
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