科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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再度「 国家財政の破綻と世界経済の危機」
再度「 国家財政の破綻と世界経済の危機について」        

 (このテーマについて9月に私見を書いた。それについて貴重なご意見を頂いたので、それを参考にして加筆を行い、ここに再提示する。)
               

1.グローバル化は平均化よりも格差を拡大 
急速なグローバル化によって今や世界は一つになり、昼夜の区別も喪失しつつある。それにより世界の政治・経済や文化の連繋は緊密になり、統一化が進んで人類社会は平均化されていくはずである。先進国の文化が発展途上国に進出して近代化を促進し、平均化が進んだ面はあるが、現実は必ずしもそうとは限らない状況である。
発展途上国の経済成長を促し、文化交流が推進されることで、先進国との格差が縮小することもあろう。事実、東アジアや南米の一部に著しい成長が見られる。だが、それは一部であって、総合的に見ると全体としては逆であって、経済的支配により国家間や地域間格差と階層的な貧富の格差をますます拡大していることも見逃せない。グローバル化によって人と物・金の交流、および情報量だけは確実に増えたから、その点では均一化は進んだであろう。
近年、世界的金融恐慌や経済危機が立て続けに起こっている。アメリカのサブプライムローンに端を発して、リーマンショック、原油価格の乱高下、ドバイ経済危機、ギリシアに始まるユーロ圏内の国家財政の危機、アメリカの累積的財政赤字など、今後何が起こるか分からないほど不安定な情勢が続いている。日本も累積赤字で国家財政が破綻しかかっている。グローバル化の時代には一国の経済危機は全世界を揺るがす。特に、現代のように不安定な経済状態では、ちょっとした要因が原因で巨大な変動をもたらすカオス的現象が起こりやすい。
 未だに人類社会は一方では飢えと生活苦に喘いでいるのに、他方では飽食と富の偏在があり、近年その格差はむしろ増大している。さらに金融緩和による金余り現象で投機資金が世界経済を掻き回している。その力は一国の生存を左右するほどである。いま人類社会はいろんな面で極度の二極化が進み、多くの矛盾が蓄積される一方である。

2.慢性的赤字財政 
 近年の急激な金融危機の裏には慢性的経済の危機があり、それが世界を覆いつつある。その危機とは国家経済の破綻の恐れである。アメリカを筆頭に、ほとんどの先進国は累積する財政赤字に悩んでいる。国家ばかりでなく地方自治体も同様な傾向にある。その国家財政の赤字(負債穴埋めの赤字国債)は増える一方で、急速な景気回復でもない限り減少する見込みはほとんどない。
 文明が進むに従い人類社会の仕組みがどんどん複雑になり、国家の機能・役割も多様化し肥大化した。科学・技術の進歩はそれに拍車を掛けてきた。市民生活においても、現代では、生活必需品以外に、平均的な日常生活に必要な設備や家財・物品(特に電化製品)は非常に多くなり、家庭の出費は昔に較べて多大である。さらに、教育および文化・娯楽のための経費も増大している。したがって、それに見合うだけの個人収入を必要とするが、給料はそれに比例して上がらない。いやむしろ、非正規社員が増えて、サラリーマンの平均収入は減っている。その結果、ローンや借金を抱えた家庭が多い。それと同じことは国家の財政についてもいえる。国家の支出は莫大な額に膨らんだ。軍事費、公共施設、教育・研究費、社会福祉費、医療保険費、環境保全対策費などなど、種類も金額もどんどん増えてきたし今後も増大するばかりであろう。その赤字財政に追い打ちをかけている要因は、少子高齢化、医療技術の発達による保健医療費の膨張、不況による社会福祉費の増加である。
そのジレンマを脱するためにと「小さな政府」を目指して、規制緩和と民営化による構造改革を推し進めたのがアメリカの新自由主義の市場原理優先政策であり、それを真似た小泉内閣であった。だが、公共投資や大型開発プロジェクトは増え、それへの投資は国債増発となった。その投資の恩恵は主として大企業に向いている。国家財政の赤字は一層膨らんだ。また、バブル崩壊による経済危機のときには、その原因を作った銀行や金融機関は公的資金の注入で助けられ、その穴埋めは国民の税金によってなされている。その結果、かえって貧富の格差拡大と福祉の切りつめなど矛盾の増幅であった(インフレが進んだ国もある)。
ところが、経済不況の時代には支出は増えても増税はできないから、赤字国債は増える一方である。この状態がいつまで許されるはずがない。欧米に較べて、日本の赤字国債は国内で消化されていて、外国金融に依存してないからまだ大丈夫だとの説もあるが(円高の原因)、ものには限度がある。日本国家財政の累積赤字は国内総生産(GDP)の2倍以上で、その比率は世界一高い。「量的変化による質の転化」の普遍的法則があるから、この状態が永く続くはずがない。
現代では国家の財政破綻はどのようなときに起こるのだろうか。日本は敗戦のとき、莫大な軍事費の赤字で国家財政が破綻したことは覚えている。債券も札もすべて紙切れになり、国民はみな路頭に迷った。今の状況が続けば、遠くない時期に経済的に破綻する国が続出するのではなかろうか。EU、米に次ぎ日本はその先頭を走っているように見える。グローバル化された世界では、先進国はどこも似たような状態にあるから、一つの国が倒れるとドミノ式に波及して世界経済は破綻するだろう。発展途上国もその煽りを受けて被害を受ける。

今や人類は、環境破壊、食料・エネルギー・資源不足、国家財政と世界経済の危機などにより、生存の危機に直面している。これらの問題に共通している根本的原因は、資本主義社会とその下での無規制な市場経済であるように思われる。それともう一つ、議会制民主主義がマンネリ化してまともに機能しなくなったところにあるのではないか。政治家・議員は当選するために選挙民の顔色を気にし、当選を最優先するから思い切った政策を打ち出せずにずるずると現状に追従している。また、選挙に首長や議員にタレントが有利であることも議会制民主主義が形骸化されていることを示している。これは選ぶ方、選挙民の問題である。(選挙に限らず、すべての面でテレビタレント、マスコミに騒がれる有名人が異常に幅をきかす時代である。)

3.激しい開発競争に駆り立てる資本主義下での市場原理
 強力なグローバル化と激しい経済競争によって、それぞれの国家は昔のようにマイペースで緩やかに成長を続けることはできなくなっている。一国だけがその競争の渦の外に位置することは最早許されない。好むと好まざるとにかかわらずグローバル化と開発競争の嵐に巻き込まれてしまう。生産の低コスト化を求めて、企業は低賃金の地域に資本を投資し、あるいは工場を移転させている。また、先進国は食料・資源を求め、また市場開拓のために貿易自由化を押しつけて発展途上国や後発国の門戸をこじ開けようとする。
この経済競争に落後せず生き残るために、先進国と発展途上国の各企業・国家は篠木を削っている。それはまた国家の権威を懸けた経済競争でもある。国内総生産の準位や経済成長率を競い、そのために日進月歩の技術開発競争に勢力を注がざるをえない。この開発競争に負けることは、企業も国家も没落を意味する。この科学・技術開発競争の結果、既存技術はすぐ古くなり、旧製品は次々に破棄されていく。消費者もそれら新製品を買わされるような仕組み(製品の寿命を短くするなど)と社会的環境を起業家は創り出す。その無駄は計り知れないであろう。こうして、物質生活は豊かになるが、平均的家庭の生計は苦しくなっている(中流階層の喪失)。
また、現代の高度に進歩発達した科学・技術のもとでは、開発競争によって次々に新技術が生まれ、関連産業が起こっている。一つの優れた新技術が開発されると、その技術を応用した機器や設備が生み出されていくからである。したがって、技術開発は指数関数的に伸びていく。この状況の根底には資本主義的市場原理が作用していることは明かであろう。人間の欲望はきりがない。便利で贅沢な暮らしに慣れた人間は、それを当たり前と思い贅沢と感じなくなる。それゆえ、次々に便利さを求めるから、技術開発は止まるところがない。昔からある諺「必要は発明の母」には、要求を満たすために技術が開発されるという意味があった。だが、現代では「技術が必要を創り出す」という傾向がある。必要性がなければその商品は売れないが、大企業はそれを買わざるを得ないような社会環境を作ることまでやる。売るために次々に流行を作ったり、ある時期には「消費は美徳」という流行語を作ってまで購買を煽った。これは行き過ぎた資本主義経済の典型であろう。
「市場原理」に立つ経済制度には、経済効率を促し効率改善や技術開発を刺激するという長所もあるが、節度のない資本主義下での市場経済は、上記のような、生き残りのための激しい開発競争に追い込み、行き過ぎて自己破綻に突き進む危険性を内包している。それゆえ、市場経済には何らかの規制が必要である。

成長の限界
 毎年5%以上の成長率を続けなければ、国家財政と安定経済を維持できないような現在の社会制度はおかしいし無理がある。経済成長率に適合した国家財政を組み立てるべきであるが、税収によってこれ以上赤字を増やさないためには少なくとも何パーセントの経済成長が適切なのだろうか。さらに赤字を減らすには何パーセント以上が必要か、そして果たしてそのような経済成長は可能なのだろうか。5%成長を持続するには、経済問題以外にも環境、資源、人口問題など多くの制約がある。それら要因を勘案して検討しなければならない。
 先進国では、今後は経済成長率の低下は必然的な流れであるから、いずれゼロ成長に適合した国家財政を組まねばならなくなるだろうとの予想を経済の専門家から聞いた。ならば、徹底的に切りつめた国家予算にせねばならないだろう。無駄を省く程度では追いつかないだろうから、今の経済制度、社会制度では不可能のように思える。
地球が生物を維持できる能力には限界がある。全世界のすべての人間が最低の文化的生活を維持できるように平均化すると、現在の人口70億人ですでに地球の収納能力を遙かに超えているという。このまま行くと2050年には総人口は98億人になると推定されている。この総人口を維持するには、ゼロ成長では不可能である。また、科学・技術革新だけではこの困難を克服できないだろう。いずれにせよ、産児制限で人口増を抑え、さらに減少させる事が、今もっとも緊急の課題である。

4.危機脱出の方策はあるか?
世界経済は閉じた複雑系である 
 人類社会は多くの要素が複雑に絡み、構成要素の数も多いので、いわゆる「複雑系」である。現代では、政治・経済は国家ごとに独立に運営されているが、貿易、金融、投資、多国籍企業などを通じて、その活動は国内で閉じず国際的に開かれている。それゆえ、国家組織は世界の政治・経済組織の中にある散逸開放系である。科学・技術時代におけるグローバル化になり、開放系としての性格は一層強くなった。
 一国の経済活動に着目すれば、物資や資金は絶えることなく国際間で出入し続ける開放系であるが、この開放系(国家)はその流動の中で相対的に安定しているので「散逸構造」(注)を形成している。しかし、グローバル化に伴い、政治・経済活動の活発化と、関税撤廃・自由貿易が進むことにより、物・資本の出入が激しくなり、散逸構造としての国家は外部からの強い影響を受けるようになった。さらに国内の社会機構の複雑化により不安定要因が増している。散逸構造は外部との出入流が適量で定常的ならば安定状態を維持できるが、その出入流が急激に変化したり、限度を超えて増大したりすると、その構造は破壊する。それゆえ、いまや散逸構造としての国家組織は壊れ易くなっている。実際に、発展途上国のなかには経済的に崩壊の危機に陥った国もあった。
その不安定性は弱小国のみではない。特に先進国は上記のように、国家財政は税収よりも支出が急速に増大し、国内要因だけでも財政破綻の危険性が一般化している。発展途上国もグローバル化の中では、徐々に同じ道を辿るようになる。
 これまでは一国の財政危機は、外国や国連などからの援助によってまだ救う道はあったが、それも限界に達しつつある。EU圏内での危機がその典型である。また、巨大国アメリカの財政危機には他国からの援助はあまり効果がない(現在は日本と中国がドルを貯めかろうじて支えているが、この状態が続けば将来破綻するであろう)。この財政危機の問題を、地球全体を一つの世界としてみるならば、状態はさらに深刻である。世界経済は散逸開放系ではなく、閉じた複雑系であるがゆえに、その内部に危機脱出の抜け道を見出さねばならない。つまり、景気回復によって増大する生産物を消費する(排出エネルギー・エントロピーを吸収する)ところを作りださねばならない。それは現在の政治・経済制度のままではほとんど不可能であろう。

(注)散逸構造:外部に対して開かれている部分系が、自己組織化により生まれた秩序性をもった定常的構造のこと、すなわち非平衡状態の開放系がエネルギー・エントロピーを散逸していく流れの中に自己組織化によって生まれる、定常的な秩序的構造である。国家の場合、人・物・資本の流れがエネルギーの散逸に当たり、生物の新陳代謝に相当する。その散逸過程の中で、系の内部でさらに自己組織化が進むと、より高次の散逸構造に進化する。
散逸構造は相対的には安定であるが、エネルギーなどの散逸が急激に変化すると散逸構造は崩壊(死滅)する。 水を加熱して対流を起こさせると、適度の加熱により水の表面に綺麗な多角形の模様ができる(秩序化)。これは散逸開放系の自己組織化の例で、ベナール対流という。さらに強く加熱すると沸騰してその模様がきえる。これは秩序の崩壊である。

自然条件として地球は開放系
 幸いにして、人類社会の複雑系は経済活動だけで閉じているのでなく、地球の自然活動と強く関連している。世界は経済圏としては閉じているが、自然条件として見れば地球はエネルギー・エントロピー的には閉鎖系ではなく、開放系である。地球は、太陽から低エントロピーのエネルギーを受け取り、それを利用して生ずるエントロピーを宇宙空間に吐き出している散逸開放形である。この自然条件を巧く活用すれば、危機脱出の道がないわけではないだろう。これまでの人類社会はそれを上手く活用して成長を続けてきた。だが、上記のように、それにも限界がある。もう一つの自然条件の利用は、地球外への進出、つまり宇宙開発である。だが、この方策も技術的・経済的制約があり、短期には実現しそうにないので、急速に高まる地球上の危機の救出には間に合いそうにない。

5.経済成長で活路はあるか?
 国家の財政危機を救う方法として、増税や経済成長が上げられている。しかし、不景気の時期に増税は、国民生活を一層苦しくするので反対が多い。だが、背に腹は代えられないという主張も成り立つ。政治家は選挙があるので、口には言っても増税を容易に断行できない。
 もう一つの方法は、経済成長により景気をよくすれば税金は自然に増えるから、まず経済成長だ、という成長論である。この方法が可能なら、反対意見はないだろう。それならば、経済成長論者は、そのためには何%の成長が必要か、そしてその方策は何かを具体的に示すべきである。
 だが、その実現は極めて困難である。その理由にはいろいろあるが、主なものは資本主義経済制度と自然条件(資源、環境問題)の制約である。規制のない資本主義のもとで市場原理を優先する制度では、景気のよいときは矛盾が表に出ないが、不景気時代には弱肉強食の競争で、個人の貧富の格差と国家の優劣の格差がさらに増幅され景気回復に繋がらない。現に、失業率は増し、個人消費は増えない。また、少数の発展途上国が経済的に台頭した反面で没落国家が増えている。さた、物質と人の交流は盛んであるが、出稼ぎ移民の急増で内紛や民族対立が頻発している。これが格差増大の原因ともなっている。

 景気低迷の先進国(北米、EU,日本など)は、景気を刺激するためのカンフル注射としての金融緩和と低金利政策は、あまり効果が見えない。それらは経済成長を促すよりもむしろ金余り現象で投機マネーを増やすばかりである。投機家は従来の株・為替・債券・金などへの投資を超えて、だぶついた資金を資源・食料・住居などあらゆる物を投機対象にして世界経済を蹂躙し混乱させている。その結果、貧富の格差は増大し、「人類の1%の富裕者と99%の貧しき者」という極端な状況を作りだした。
では、この先景気が上向き、世界的に経済成長がなされたなら、この経済危機は救えるだろうか。その経済成長が可能であるためには、少なくとも二つの問題を克服しなければならない。その一つは世界経済の成長を維持できる収容能力(消費、公共資産、資本蓄積)の問題であり、二つ目は地球の環境問題である。
 経済成長と環境保全を両立させうるほど技術開発は進んでない。(「科学・技術開発で地球環境は救えるか」ブログ09年5月参照)

6.社会の消費量と資本蓄積には限界がある
 経済危機を脱し、国家の財政破綻を救うには、経済成長率は年何%なら見込みがあるのか。年5%ではとても足りないであろう。するとCO2削減どころか、CO2排出量がますます増えて地球環境はもたないだろう。この調子では、大気汚染防止を初め地球環境保全の技術開発は経済成長に追いつかないだろうし、エコ技術の開発が経済成長に寄与する割合はそれ程大きくない。エコ技術開発だけでは世界の経済危機を救うことはできない。
もう一つの問題は、地球は有限であり世界経済圏は閉じているゆえ、経済成長によって増大し続ける生産を吸収する容量(消費・公共資産、資本蓄積など)はどこまで拡大できるかということである。これが一国の問題ならば、散逸開放系なので、貿易により生産物を輸出入することで方法はあるが、全地球の経済圏は開放系ではなく閉じている。それゆえ、打開策は容易でない。
 ただし、上記のように、地球は自然条件としては散逸開放系である。太陽からの低エントロピーのエネルギーを受け、熱輻射によって高エントロピーのエネルギーを宇宙に放出しているからである。それゆえ、そのエントロピー差を利用することにより、資源が続く限り生産量を増やすことは、エコ技術の開発によって当分は可能である。問題は、その生産物をどこがどのように吸収し収納するかである。その収納容量を増やさない限り、世界経済圏は閉鎖系であるから行き詰まる。収容容量を増やす活路をどこに見出すのか。発展途上国はまだ生活レベルが低いので、先進国並みに引き上げれば、生産増加分を収容できる余地はあるだろう。だが、資本主義経済制度のもとでは、見返りがなければ富の分配はしない。発展途上国にはその経済力が不足しているので、消費と蓄財は先進国に偏在し物余り現象が生ずる。先進国からの拠出金を用いた国連や国際通貨基金(IMF)などによる経済援助は一時的でその額も限られている。それゆえ、現在の政治・経済制度では、国の経済も世界経済もその成長には限界がある。
 富(生産財)の分配法を改め、労働を分け合う(ワークシェア)制度に改めなければ(いまの資本主義では不可能)、経済の安定成長は不可能であるばかりでなく、経済状況は常に不安定でデフレ・恐慌、金融危機は短期間に繰り返されるであろう。そして、遠くない将来に、多くの国の財政と世界経済は破綻することになるだろう。その改革がうまくいっても、現在の人口は地球の収容をすでに超えていることを念頭に置かねばならない。それゆえ、世界を平均化した場合、先進国での生活水準は下がることはやむを得ないが、それでも地球はもたない。歯止めのない経済競争の続く資本主義経済制度は破局の時期に来ているように思える。
ちなみに、世界経済の成長と膨張宇宙との類似性に言及しておく。地球経済圏は閉鎖系であるが、好景気を維持するためには生産量の増加と、それを吸収しうるだけの消費量(個人消費と社会資本)を拡大しなければならない。生産活動は社会の(ひいては地球の)エントロピーを増大させる。生産物を受け容れる余地を作り出すことは、エントロピーを吸収する余地を作ることである。それは、宇宙(閉鎖系)の進化と似ている。全宇宙のエントロピーは増大する一方であるが、宇宙膨張により拡大する空間が、その増大するエントロピーを吸収してきた。それが宇宙進化を可能にしている機構である。このように、景気を維持するために消費領域(エントロピー吸収の余地)を拡大することは、膨張宇宙に例えられる。宇宙膨張に限界があるか否かは、まだ明らかではないが、人類社会で生産量を永遠に増やし続けることは不可能である。地球の収容能力には限界があるからである。

7.グローバルの中のクラスター化:防衛の自己組織化 
 交通・運輸、および情報通信が発達すれば、グロ-バル化は必然であり、地球は一つの領域に強く結ばれる。しかし、無規制の市場経済を優先する資本主義制度のもとでは、地域的な平均化がなされるのではなく、地球全体が激しい競争の場となり、国家間の格差はむしろ広がる。紛争・競争の緩和役として国連が作られたが、常任理事国のエゴで半ば機能不全に陥っている。
グローバル化が進み、国際的にあらゆる物の流通(吸収・散逸)が盛んになると、国家機構(散逸構造)が激しく揺さ振られ、散逸構造の維持は困難となり、さらに散逸が限度を超すと崩壊する。(水を下から熱して対流を起こさせると、適度の加熱で対流に蜂の巣のような模様が水面にできる。これは一種の秩序化、自己組織化であり、ベナール対流という。さらに加熱を強くすると、その模様は消えて対流は無秩序になる。)そこで、その競争に負けないために諸国家は自己防衛の地域組織を作る。こうして、いくつかの近隣国家が協力するクラスター組織が生まれた。これが、散逸開放系のなかの自己組織化である。緩い結合組織はASEAN、南アメリカ圏、アラブ圏などであり、強い結合はEUである。この現象は自己組織化の一種である。それでも、EUのように内部不均衡が次第に蓄積されて、目的通り巧く機能しなくなっている。
 今問題になっているTPP(環太平洋経済連携協定)は関税など国家間のすべての障壁を取り去って自由に交流できる組織を目指している。だが、それでは内部構造が失われてエントロピー最大の平衡状態になり易いから、早晩行き詰まり活力は失われるのではなかろうか。今後、このような国家間の協力組織に変わる社会組織ができるかも知れない。
 大西 広は書いている。資本主義の本質は「資本蓄積が社会の第一義的課題となる社会である」という。ところが、先進国の経済成長率は今後低下し、やがてゼロ成長(あるいはゼロに近い微成長)の時代になる。すると「資本蓄積ゼロ」となり資本主義の終焉を迎えるだろう。資本主義後の社会は「社会主義社会」、「共産主義社会」であろうと。
 資本主義に替わる社会が「社会主義社会」か「共産主義社会」かということについては異説があろう。マルクスの時代と違って、現代では環境問題、資源・エネルギー枯渇、人口超過などの問題がある現状を考慮すると、地球は狭く開発には制約があるので単純にそのように結論できないと思う。いずれにせよ、将来を見通した計画性をもった社会でなければならないことは明かである。

 現段階のこの危機を脱するにはどうすべきかを、国家や個人のエゴを棄て世界が協力して真摯に取り組むべきである。それには資本主義に替わる新たな政治・経済理論の構築と強い政治的リーダーシップ(ファッショ的でなく民主的)が必要であろう。政治・経済の仕組みがこのように複雑化した時代には、この危機を救う新しい政治・経済理論を築くことは非常に難しいであろうが、そのような社会制度(完全なものはないが)は存在するはずである。私は政治・経済の専門家ではないが、新たな仕組みへの芽は社会の底辺ですでに生まれつつあるように思える。
 もうゆっくり構えている余裕はない。社会の発展テンポは累進的に加速されている。したがって、昔の百年に一度の危機は、現代では十年に一度、いや数年に一度の頻度で起こっているからである。政治・経済の社会制度を根本的に、かつ早急に改革しなければ、これらの危機を脱することは不可能であろう。それには一人ひとりの意識改革と生活スタイルの変革も不可欠である。

8.おわりに
 現在の人類が抱えている困難な問題は多い。それらはこの経済的危機を生む要因でもある。それゆえ、この危機から脱出するには、これらの問題を克服しなければならない。   

それらを列挙する:
・発展途上国における人口増加:全地球の格差を無くせば、人口はすでに地球の収容能力を超えている。これが貧 富の格差の是正を阻んでいる。
・他方、先進国と発展途上国の一部における少子高齢化が進んでいる問題がある。このために福祉・医療費は増大 し、税収の減少となる。
・食料・水資源・エネルギー不足:人口増加と一人当たりの消費量増加に生産力が追いつかない。
・地球環境破壊による異変:温室効果ガス急増による気候異変が、いろいろな分野に各種災害をもたらしている。 環境保全のために、経済成長には限界がある。
・資本主義経済制度の破綻:世界経済は慢性的に不安定化し、一つの経済危機はカオス的に世界に波及する状態で ある。資本主義的経済制度に替わる制度が必要であろう。ある程度の計画経済と市場経済に対する制約が必要で はなかろうか。

貨幣の役割が変質:本来貨幣は商品売買の媒介役であった。それが起業のための資本となり利潤 を生むための資 本蓄積が目的になった。そして、ついに生産ではなく、投資・投機によって「金が金を生む」 ようになった。 物の生産やサービス業による利益ではなく、投機による金儲けのための金融工学まで誕生した。 しかも、貨幣の流動が国際的に自由なので、大量の投機資金が瞬時に世界を駆けめぐることが出来る仕組みにな っている。そ のために投機資金が世界を動かし、混乱させている。
  もとは貨幣の価値は金本位制を基礎としていたが、為替レートの自由化と金本位制の廃止によって、貨幣価値 の基盤がなくなった。頼るは信用のみである。ドルが基軸通貨となったので、ドルの信用が支えであった。その ドルに対する信用が失われ、今や世界経済は砂上の楼閣である。
  このように、貨幣の役割は質的に変化した。それゆえ、貨幣の機能を改めて、確かな基盤のある貨幣制度を作 るべきであろう。そして、投機を強く制限すべきである。

 とにかく、世界の政治・経済情勢は、大手術による抜本的な制度改革が必要である。
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