科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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おかしな呼び名[デジタル教科書]
おかしな呼び名「デジタル教科書」

 最近、インターネットとパソコンを用いた教育法が進められている。この教育技術について、批判的意見や留意点を指摘する学会や教育研究者はいる。その長所短所についてはこれからの研究と成果を待たねば、安易に結論できないだろうから、ここでは論じない。それについて一つだけ言えることは、現代社会では、自らの体や手を触れ直接体験して憶える場が少なくなっているのい、それがますます助長されるということである。自然に触れたり、体や手を動かすことで学ぶことの大切さが忘れ去られていくのが気になる。 

 それはさておき、ここで言いたいことは「デジタル教科書」、「デジタル機器」など、その教材の呼び名についてである。そもそも、「デジタル」とは言うまでもなく、情報通信や記録の方法、つまりIT技術に関する用語である。通信や記録の方法には「アナログ(連続的)法」と「デジタル(不連続的)法」があるが、デジタル法は情報を不連続化して数値(0,1)で表すものである。それなのに、「デジタル教科書」とはなにを意味するのかと訝からざるをえない。この名からイメージするのは、書かれた内容がデジタルな教科書である。皮肉な見方をすれば、「断片的な知識をばらばらに詰め込んだ教科書」なのかと言いたくなる。

 そうではなく、デジタル通信やワープロの技術を利用した教科書という意味ならば、「デジタル通信技術を用いた教科書」というべきであろう。そのような持って回った呼び名よりも、紙に印刷した本の代わりに電気通信技術を利用した教科書という意味で「電紙版教科書」と名付けた方がよいであろう。

 正しくない命名は、物事の考え方や理解の仕方に、知らず知らずのうちに影響するもので疎かにできない。まして教材の呼び名はもっと慎重に考えるべきである。文部科学省がこの表現を用いているようであるが、改めることを提案したい。 

 私はこれと似た表現「再生可能エネルギー」について指摘した。エネルギーには有効なものと有効でないものとがある。エネルギーの総量は保存し不変である(エネルギー保存則)が、一度利用したエネルギーは有効性が減る。それに手を加えずに自然状態で有効エネルギーに再生されることはありえない(エントロピー増大則)。有効なエネルギーに再生するには、それ以上の有効エネルギー使用が必要である。だから、「再生可能エネルギー」というのは非科学的である。むしろ「持続的自然エネルギー」、長過ぎるならせめて「自然エネルギー」と言うべきであると提案した。「自然エネルギー」とは、それを利用するまでに、そのエネルギー自体に人工的操作がなされてないという意味である。この主張は、私が呼び掛けた範囲の人たちには受け容れてもらえた。

 これに類似する非科学的呼び名は他にもあるので、それらをまとめて指摘したことがある。(「科学的に気になる表現」『日本の科学者』Vol.38,No5(2003))
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