科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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創作落語「相対性」
創作落語 「相対性」        

 (以前から、アインシュタインの「相対性理論」の解説書や専門書を書いてきた。そこで、何時かそのうちに「相対性理論」を題材にした落語を作ると言ってきた。素人の創作ではあるが、皆さんに披露したい。)


 いまの世は科学・技術時代といいますが、科学の理屈はどうも難しく素人には分かりにくいようですな。学校で習う勉強で理科の苦手な人は多い。子供の頃は好奇心が強いから、自然関することに興味を持ってなんでも親に聞いたものです。だから子供は科学が嫌いじゃないんです。学校で習う理科が段々難しくなっていくと、分からなくなる。分からないから嫌いになるというわけですな。これは理科教育の方法が悪いのでしょう。
しかし、大人になると、いろんな経験を積んで知識も増えてくるので理解力が増します。だから、大人になってから、科学の話を聞く機会があると、まえよりは理解できるので、科学は面白いものだと気づく人が結構いるんです。昔からよくいうでしょう、社会人として最低の素養は「読み・書き・算盤」だと。現代ではそれだけでは足りません、もう一つ「科学」をそれに加えるべきだと思うんです。科学の基礎知識をね。

えへん。それにしても時間というものは不思議なものですな。人はみな否応なしに歳をとって、死んでいく運命にある。誰でも歳は採りたくない。昔中国に、死ぬのがいやだと、不老不死の薬を探してこいと家来に命じた皇帝がいましたが、そんな薬なんぞはありません。歳を採らない方法があればすごいですね。
 時間にもいろいろありますな。たとえば、暇で時間を持て余しているときは時間の経つのが遅く感じますが、楽しいときはあっという間に時が過ぎて行く。これを心理的時間といいます。しかし、時間というものは個人個人の状態に関係なく全国の時計は一斉に時を刻んでいる。だから、時間は人が寝ていようが起きていようが、何時何所ででも一様に経過していると思うのが常識ですな。これは物理的時間というものです。このように時間にもいろんな種類のものがあります。ところが、時間についてこの常識をひっくり返すような科学が20世紀の初めに発表されたんです。驚きですな。分かり切ったものと思っている時間でさえそう単純ではないということなんです。


 休みの日に暇で時間をもてあましている2人が顔を会わせて、不平を言いながら歩いている。
「このごろ不景気で困る。その上天災と人災が重なってどうにもならないね。家にくすぶっていると退屈で1日が長くてしょうがない。ぱっと面白いことはないかなあ・・」

 2人が横丁の家の前を通り過ぎようとすると、塀に張り紙を見つけた二人

相棒の浦山「なんだ、この張り紙は・・・。」「なになに、明日の午後二時から、拙宅の広間で「相対性理論」(あいたいせいりろん)という、ためになる面白い話をします。是非ご参集下さい。二石」
亀田「ためになる面白い話なんて、今頃本当にあるのか? そもそもなんだい、この“あいたいせいりろん”とい うのは。」
浦山「うん、わけがわからん。金儲けの話なら面白くためになるけどなあ・・」
亀田「あの二石さんというのは、元は学校の理科の先生だったんだが、定年退職してから、暇つぶしに近所の人を 時々集めて、素人落語や紙切りをやっているんだ。最初のうちは物珍しさと面白さに引かれて、からかい半分で 集まっていた者も結構いたけどな、そのうちに落語にも飽きたか、人もあまり集まらなくなった。そこで、今度 は趣向を変えて何か変わったことをやる気になったらしいんだ。」
浦山「なんだいこの“相対せいり論”というのは。」
亀田「生理っていうからには体に関係がることだろう。健康にいいことなら聞いてみようか。」

そこに通りかかった和気さん。
和気「やあ、二人で何を話しているんだい?」
浦山「いやね、あそこの塀に、角の隠居二石さんが、こんな張り紙をしていたので、どう せ大した話じゃないだ ろうと言っていたところなんですわ。」
和気「ああ、あそこの二石先生のことか。先生の落語は素人離れをしていて結構面白かっ たし、時には何か考え させられるためになる話も入っていたよ。」
亀田「そうかな、俺なんかは大して興味もなかったけどなあ・・」
浦山「どうせお前なんぞは、話の筋も録に分からず、“落ち”の意味も直ぐには分からず に、家へ帰ってからか みさんの説明を聞いて、やっと笑う口だからな。」
亀田「あんまりバカにするんじゃねえ!お前だって落語の枕のことも知らなかったくせ  に。」
浦山「ところで、この“相対せいり論”というのは何のことですか? 女性の生理と関係あるんですか?」
和気「いや、それは“そうたいせいりろん”と読むんですよ。私もよく知らないが、何でも奇想天外な物理学の理 論だそうです。今度の新しい趣向の話はためになるかも知れないよ。一緒に行ってみないかね。」
亀田、浦山「そうかい。物理というと難しそうだが、奇想天外な面白い話というなら、敬老のつもりで付き合ってやろうか。どうせ日曜日は仕事もないし・・。」

 いよいよ翌日の二時前になると、張り紙を見て先生宅にいつもの顔ぶれ数人が寄り合っていた。
セルフサービスの茶菓の用意がしてあるので、それぞれ自分でお茶を入れて喉を潤しながら、世間話をしている。

亀田「今日はどんな話かな。話のネタをなぜ前もって知らせないのかね。」
和気「それは、皆をあっと言わせてやろうとの下心だろうよ。飛びきり突拍子もない話か もね。」
浦山「しかしよ、元理科の先生だから、奇想天外な話というからには、科学マジックでも交えて驚かせるようなこ とをやるのかと思っていたんだが。」
和気「いや、先日先生に会ったときに、今のような科学・技術の時代には少しは科学のこ とを知らなきゃ、人間 じゃあない。食って寝てばかりでは犬や猫と同じだといっていたから、難しいことを話すのかも知れないぜ。」
亀田「俺はそんな七面倒な話は苦手だ、帰ろうかな。」

そこへ先生が現れて、
先生「いやあ、皆さんよくぞお集まり下さった。何人おいでかな。えーと、ひーふーみーよー、全部で6人です  か。」
先生「今日来られて、私の話を聞いた方々は、きっと素晴らしい思いをしますぞ。生きているうちにこんな話が聞 けてよかったと思いますぞ。人生観が変わること請け合いです。」
亀田「それ本当かね。これまでの落語は初さん、熊さんなんかのでて来る、たわいない話 が多かったけどね  
 え。」
先生「それは心得違いだ。私が言うのもなんだが、落語は話芸としても立派な芸だ。道具 と言えば、扇子と手拭 いだけだ。たったこれだけの道具で、噺家一人が何人ものいろいろな表現を演じて見せるでしょう。話の筋にし ても、その笑いの中に洒落もあれば人情もある。日本にしかない立派な伝統文化なのです。この落語の芸の良さ を分かる人は、優れたユーモアのセンスを持った立派な文化人ですぞ。」
和気「先生、私もかねがねそうじゃないかと思ってました。さすが先生だけあって上手い ことをいいますね。」
亀田「そうかねえ。じゃあ家に帰ったら、かみさんに自慢しよう。俺は今日立派な文化人になったぞ、 って 
 ね。」
浦山「はっは、文化人が聞いて呆れらあな。お前なんぞは、さしずめ、うるさい蚊の類だ。 明治維新の頃の川柳 じゃないが“ブン蚊、ブン蚊と夜も寝られず”と言われるのが落ちだろう。」
亀田「また人を馬鹿にしやがって。お前の文化だって、せいぜい古くさいアコーデオンを ブンカブンカと吹かし て煩がられているじゃないか。」
和気「まあまあ、そんなことで喧嘩していても仕方がない。それよりも先生の話に耳を向 けましょうや。」

先生「今日の話はな、何時もよりも、もう一歩進んだ文化人になれるものだ。現代はな、科学・技術の時代だ。だ から、科学のことを少しは知らないと、一人前の大人ではない。 恥をかくこともある。科学は立派な文化なん ですよ。」
亀田「では今日の話は、文化の科学をネタにした落語文化というわけか。」
浦山「これぞ文化中の文化だ!ぶんかぶかに膨れそうだな。」 
先生「そんな下らん洒落を言っている場合じゃない。今度の東日本の大震災一つとっても、津波のために福島の第 一原子力発電所が大事故を起こして大変なことになっているでしょう。避難を余儀なくされている人は真にお気 の毒だ。科学に無知な人たちは、事故が起こってから慌てて原子炉や放射能の勉強を始めている。科学的知識の ない人たちは、「風評被害」に惑わされやすい。今ニワカ原子力博士が増えているが、遅すぎる。普段から少し は科学的知識を身につけておくべきだということを、今度の事故は教えている。」
浦山「でも科学ってものは難しくて取っ付きにくいなあ。俺は学校の勉強で理科が一番苦 手だった。」
先生「そこで今日は、皆さんがびっくりするような面白い科学の話をしよう。それを聞い て科学に興味を持って くれれば、私もやりがいがあるというものだ。」
亀田「やっぱり元先生だ!少しはあやかりたいねえ。」

先生「今から百年ほど前に、アインシュタインという大変偉い物理学者がいて、画期的大論文を発表した。しか 
 し、その論文の内容があまりにも突飛だったので、発表当時は科学者仲間でさえも、本当の意義を理解せず、あ まり評価されなかった。」
浦山「へえー、そんなに奇想天外の理論だったのですか。」
先生「そうですよ、すごい理論なんです。ところが、アインシュタインはユダヤ人なので、その当時ドイツのナチ ス党から迫害されて、 そんな理論はユダヤの物理学であってまともなものではないと、ドイツの一部科学者が 悪口を言って、排斥した人もいたくらいだ。
 しかし、次第にその理論の真価が理解されると、一躍世界中にその名が轟いたのだ。」
浦山「その理論が相対性 理論というのですか?」
先生「そうです。皆さんの中には一度は聞いたことのある人もおられるだろう。そう、相対性理論と言うんです。 “相対”というのは、絶対の反対の相対です。相見互いにと言うところですね 」
和気「先生、大理論というのはいろんなことに関係があるそうですね。」
先生「そうなんですよ。 この相対性理論というは、今からお話をする時間のことだけでなく、原子力のもとになっ たすごい理論です。この相対性理論がなければ、原爆も原子力発電もなかったというわけです。」
亀山「それなら、アインシュタインは悪い科学者じゃないですか。」 
和気「一概にそうとも言えませんよ。アインシュタインはそんなつもりでその理論を作ったわけではない。人類が 原爆を作ったことを悔やんだそうですね。」
先生「その通りです。」

先生「アインシュタインは有名になると、世界中から招待されて講演旅行をして廻りました。その途中に、日本に 立ち寄ました。日本に向かう途中船の中で、彼にノーベル物理学賞の授賞の知らせが届いた。しかし アインシ ュタインは日本贔屓だったので、そのまま日本に上陸した。」
和気「その時、日本中が大歓迎をして、新聞にも大きく出たそうですね。」
先生「そうなんですよ。アインシュタインの名前と相対性理論のことが毎日のように大活 字で報道されたそう 
 だ。だから猫も杓子も関心をもった。そこでとんだ笑い話ができて、 いまだに残っているんですよ。
 京都は祇園のある芸者が新聞を見て、“あいたいせい理論”というからには、私も是非 詳しく知りたいと思っ た。その解説書を買いに行ったそうだ。物理学の相対性を、“男女が相対する性(セックス)”と誤解したんだ よ。」
亀田「それは面白い。でもそんな勘違いをするのも無理ないよ。だって、その理論を作った博士の名前が“アイシ タイン(愛したいン)”と言うんだから、つい男女の愛のテクニックと早とちりをしたんですよ。」
先生「はは・・。「愛したいン」ではなく、アインシュタインですよ。アインシュタインというのは、ドイツ語で 一つの石、だから“一石さん”とでもいうところで、堅い人です、そんなふやけた人ではないね。」
浦山「それはそうと、アインシュタインは、その相対性理論とやらでノーベル賞をもらっ たのですか?」
先生「いや、アインシュタインは相対性理論と同時にもう一つすごい論文をその同じ年に発表した。」
和気「へえ、すごいですね。大論文一つ書くだけでも大変なのに!」
先生「その理論というのも、当時は奇想天外だった。」
亀田「その博士は、常識外れで気が変だったんじゃないですか?」
先生「そう思った人もいただろうな。それはさておき、その理論というのはこういうものです。
  皆さんは光とは何者か知っていますか。」
浦山「明かるく光るあの光のことですか。それなら聞くだけ野暮だ。」
先生「そうですね。それまでは光は波だと信じられていた。ところが、アインシュタインは光は波であると同時に 粒子でもあるという説を立てた。」
亀田「ほうら、やっぱり分裂症だ。」
和気「それでも、その新説によって、それまで説明できなかった光電効果という現象を見事に説明したそうです  ね。光が金属に当たると電子が飛び出すのが光電効果だと聞いたことがあります。」
浦山「それでノーベル賞は、そちらの論文に対して与えられたのですか。」
先生「そうなんです。どういう訳か相対性理論ではノーベル賞をも貰わなかった。」
亀田「それは残念でしたね。もし一石さんがノーベル賞を二つ貰っていれば、まさに“一 石二賞”だったの  
 に。」
和気「亀田さん、上手い洒落を言うね。」
亀田「そうでしょう。これも先生の落語のお陰かな。それなのに浦山の奴、俺のことを落語の落ちも分からない奴 だと馬鹿にするんですよ。ひどいでしょう!」

和気「先生、では、相対性理論というのはどういう意味なんですか?」
先生「“相対”とは言うまでもなく“絶対”と対になる言葉ですが、この場合は、詳しく 言うと“運動の相対  性”といって、絶対運動というものはないという意味なんです。」 
浦山「いきなり難しくなったな。そもそも絶対運動ってのはなんですか?」
先生「そうだな、たとえば大昔は地球は宇宙の中心に静止していて、絶対に動かないと思 っていた。そうなら、 絶対静止の地球に対して運動すれば、それは絶対運動というわけだ。昔の人々はそう信じていた。ところが地球 は宇宙の中心に鎮座しているのではなく、太陽の周りを一年に一回廻っていると言うことが分かった。これが有 名なコペルニクスの地動説だ。この話は聞いたことがあるだろう。」
和気「あります。中学校で習いました。」
先生「すると、地球は絶対静止ではないから、運動の基準にならない。地球に対して運動しても、絶対運動とは言 えないわけだ。不動の基準になるものがなけりゃ、絶対運動というものはないということになる。運動というも のはこちらから見れば相手が動いていると言えるし、相手から見ればこちらが動いていると思える。だからすべ ての運動はどちらが動いているか決め手はない、相見互いで相対的だということになる。」
亀田「頭がこんがらかってきた。もう少し易しいたとえ話で説明して下さいよ。」
先生「うんそうだな。新幹線に乗っている時に、列車が地球に対して運動していると普通 はそう思うが、実は列 車が止まっていて、地球が反対方向に動いているといってもいいんだ。どちらから物事を見るかで見方が違って くるが、どちらが正しいか絶対的なことはいえない。お互いに自分の方が止まっていて相手が動いていると思っ ても、どちらも正しいというのだ。つまり 運動は相対的で、何を基準にしてスピードを決めてもよいというわ けです。」
浦山「そう言えば、電車に乗っていると、外の景色が後ろの方に動いているような錯覚をすることがある。」
和気「なるほど、運動は相対的なもので、地球に止まっている人から見れば列車が走っている、列車の中の人か  ら見れば地球が反対側に走っているというわけですね。」
先生「その通り、物事は大体のところ相見互いであって、相対的だというわけですよ。それを運動の相対性とい  うんです。
 でも、アインシュタインの相対性理論がでる前は、ニュートンが築いたニュートン力学というものが正しいと  信じられていた。ニュートンは、宇宙には基準となる絶対静止の空間があり、何者にも乱されない一様に進む時 間がある。いわば「神様の定めた空間と時間」というものがあると主張していたんだ。それを絶対空間・絶対時 間と名づけた。」
亀田「するてえと、宇宙の中心に不動明王みたいな神様が鎮座ましましていて、俺は絶対 だ、すべて俺を基準に して運動とそのスピードを決めろ、といっているようなものだ。」
先生「また上手いことをいうね。まあそのようなものだ。 
 だが、絶対空間や絶対時間はどうして決めるのか、それが曖昧だった。神様が決めたと いっても、それはどん な神でどこにいるのか分からない。科学的には決めようがなかったのだ。」
和気「アインシュタインはそんなあやふやな絶対空間・時間は止めて、運動はすべて相対 的だ、運動の基準はど こにとってもよいはずだ、といったのですね。」
浦山「なるほど、そういうことだったのか。しかし、それだけで画期的にすごい理論になるんですか? それくら いのことならもっと早く発見されていたでしょう。」
先生「そこですよ浦山さん、さすがいいところに気がついたね。科学はそう単純にはいかないよ! アインシュタ インはもう一つ重要な原理を仮定したんですよ。むしろそっちの方が重要なんです。しかも信じられないような 突飛な仮定なもんで、なかなか理解して貰えなかったのです。」
亀田「へえ、どんなことなんですか?」
先生「狐に騙されたと思うようなことだからじっくり話そう。皆さんも落ち着いてようく考えなさいよ。
 まず、この世で一番速く走るものは何だと思いますかね、亀さん。」
亀山「そうねえ、ジェット機よりも鉄砲の弾の方かな、いや人工衛星でしょう。」
浦山「いや、太陽の周りを回っている地球の速度の方が速いと聞いたことがある。地球の その速さを“公転速  度”といって、一秒間に30kmとかで、とてつもなく速いそうだ。それなのに、地上の物はよく吹き飛ばされ ないねって、その時私は驚いたもんだ。」
和気「それよりも、光が一番速いでしょう。秒速30万kmだそうだ。地球の公転速度よりも一万倍も速い。」
先生「そうなですよ。この自然界で光が一番速い。一秒間に30万kmですよ。時速ではないのですよ!30万k mといえば、その長さは驚くなかれ地球の赤道7回り半だ。それだけの距離を、光は1秒間に直進するんです  よ。」
浦山「そりゃすごいスピードだな、人工衛星なんぞ問題にならない。」
先生「その光の速度について、アインシュタインは信じがたいほど、突飛なことを思いついたのだ。」
和気「また光に関係したことですか。アインシュタインは光がすきですね。」
先生「そうかも知れないね。話を進めよう。
 今そこの街頭の電灯をぱっとつけて、光を出したとしよう。その光が飛んで行く先を皆さんが見て、その速さを 測ったとしたら秒速30万kmのはずだ。ではその同じ光を、秒速30kmで追いかけているロケットの中の人 が計ったとしたら、どれだけの速度になると思いますかな?」
亀田「そんなの易しい引き算だ、当然30万kmから30kmを引いて、秒速299970kmです。」
先生「ふふん、そう来ると思ってました。普通常識的に考えれば誰でもそう答えたくなる。 
 ところが驚くなかれ、アインシュタインはその光の速度は、ロケットの人に対してもや はり30万kmだと言 ったんですよ。さらに、光と逆向きに飛んでいるロケットに対しても、その光速度は同じく秒速30万kmだ  と。」
和気「ということは、光の源つまり光源に対して止まっていようが、走っていようが関係なしに、すべての人に対 して光速度は同じ30万kmということですか。」
先生「そうなんです。観測する人の運動速度に関係なく、光速度は常に30万kmだと主 張したのだ。」
和気「つまり、光速度に対しては、普通の足し算や引き算は成り立たないというわけです ね。」
先生「その通りです。極端な場合、光を光速度で追いかけても、また反対方向に逃げても、 光速度は変わらず30万kmというんだ。光速度に光速度を足しても引いても、変わら ずに同じ光速度ということになる。
 これを光速度一定性の原理というんです。」
亀田、浦山「そんな馬鹿な!アインシュタインはやっぱり頭がおかしいのではないですか? 1+1は1、1-1も1だなんて。幼稚園生でも間違えない足し算だよ。」
先生「初めはそう思うのも無理はないよね。光速度一定性の原理というのは、それほど突飛な仮定だからね。普通 の人には思いもよらないことを考えるのが天才なのだ。
 アインシュタインは運動の相対性と光速度一定性という2つの原理を使って相対性理論を築いたのだ。」
亀田「いくら天才でもひどいよ!世間を惑わす妖怪だ。ああ頭がおかしくなった。狐に化かされているようだ。」
浦山「狐とまではいかなくとも、何か手品のような話だな。」
和気「そうですね。分かり易く、その絡繰り手品の種を早く明かしてください。」
先生「その種は、長さや時間の計り方が、地上の人とロケットの中の人ではそれぞれ違うということです。つま  り、両方の人が同じ尺度の物差しと時計で速さを計れば、光源に対して地上の人と光を追いかけているロケット のなかの人では、光速度は当然違うはずです。普通の足し算でよい。
 ところがアインシュタインは、長さや時間のスケール、つまり物差しと時計の尺度というものは、何時何所でで も同じではない、計る人の状況によって変わるということに気づいたんですよ。」
亀田「へえ、たまげたね。納得いかないけど、手品の種というのはそれですか。」
浦山「そんなことを言い出したら、文房具屋や時計屋は困っちゃいますよ。“相対性理論反対!”と抗議のデモ行  進をしたでしょう」
先生「いや、直ぐに困るようにはなっていないのです。地球上にいる人達は、みな共通のものでよいのです。」
亀田「そんなかってな決め方でいいんですか?」
和気「先生は科学の法則は、何時何所ででもみんな同じでなければだめだといってたじゃないですか。」
浦山「そうでしょ!誤魔化しちゃ駄目ですよ、先生」
先生「いやごまかしているわけじゃないです。お互いの速度、つまり相対速度が光の速さに近いときに、2人の物 差しと時計が違うというのです。地上での日常の運動はそんなに速くないから、共通で良いのです。」
浦山「だから、これまで誰も気がつかなかったというわけですか。」
和気「それにしても、1mの物差しは何時何所ででも同じ1mだと思っていましたが、スピードで動いているとそ の物差しは1mではないということですか。」
先生「そう言うことです。時計も同様に静止しているか、運動しているかで時計の針の進み方が違うんですよ。」
浦山「ではどのように変わるんですか?」
先生「運動している物差しは、運動方向に縮んで短くなり、運動している時計は遅れる。その縮みや遅れ方は、そ れぞれの物差しと時計で光速度を計るとみな同じ30万kmになるように変化するんです。つまり、ロケットの 中の人も自分の縮んだ物差しと遅れた時計で光速度を計れば、地上に静止している人と同じく30万kmになる 仕掛けになっているわけです。」
亀田「手品の仕掛けはそれですか。なんだか誤魔化されているようだな。新幹線に乗っても俺の時計は少しも遅れ ない し、鞄が短くなったりしないけどなあ・・。」
先生「そうでしょうよ。その訳は、新幹線のスピードが光速度に較べて、問題にならないほど遅いからなのです。 だから、物差しの縮みや時計の遅れは、感じられないほど小さ 過ぎるんです。」
和気「なるほど、ということは光速度と同じくらいのスピードで走れば、その影響を感ずることができるのです  ね。」 
先生「たとえば、ロケットが光速度の3/5、つまり秒速18万kmで飛んでいれば、進行方向の長さは4/5、 すなわち1mの物差しは0.8mに短縮する。時計のテンポも4/5、すなわち静止時計の5時間に対して、4 時間に短縮されて1時間遅れます。」
和気「もっと速く飛べば、もっと短くなる。」
先生「そうですなあ・・、光速度の99%のロケットで飛べば、約14/100になる。 言い換えれば、地上の 時計が100時間進んでもロケットの中の時計はわずか14時間 しか進まないことになる。」
亀田「するてえと、ロケットに乗っている人はそれだけ歳を取らないということですか。
 長さも縮んでぺしゃんこになるんですか?」
浦山「じゃあ、ちょうどよいスピードで飛べば、内のデブのかみさんはスリムになっていい女になる?」
亀田「それはいいね。俺も少し瘠せたいから、ロケット旅行をしようかな。」
和気「でも進行方向にだけ縮み、横の法は変わらないのだから、身の回りが都合よく細くなれるわけではないな。 向きによっては変に細くなって、よけい醜くなるかもよ。」
浦山「ちぇ、がっかりさせるな!」
亀田「でも、時計が遅れるということは、ほぼ光速度のロケットに乗って宇宙旅行をすれば歳を取らない??」
浦山「そんなうまいことがあるの? じゃあ浦島太郎の話というのは本当にあったんです かね!でも亀はそんな に速く泳げないよ。遅いものの代名詞なんだから。」
先生「理論的にはあり得る話だ。昔の人の中には想像力の豊かな者がいたからね。竜宮は遙かかなたの西方浄土に あるとされていたから、光速度に近い速度でその亀は泳いで行ったのかも知れないね。神様の遣いの特別な亀だ ったのかもね。」
浦山「はは、そこにいる亀とは大違いだ。」
亀田「こいつまた人の悪口を言ってるな。」
和気「まあそう内輪喧嘩をしなさんな。そう言いながら二人は結構仲が良いじゃないです か。」
浦山「それなら、俺も速いロケットができたらそれに乗って宇宙旅行をしてみたいな。歳 を取らずに長生きして 旅ができるなんて夢物語だ。」
亀田「俺も行きたいな。ところでそんなに速いロケットはいつできるんですか?」
先生「いまの科学・技術レベルでは当分は無理だな。お前さんたちの活きているうちは見込みはない。」
浦山「なんだ、つまらねえ。喜ばしておいて、楽しい夢を消すなんて、先生も人が悪い。最初からそうと言ってお いてくださいよ。」
和気「それはそれとして、運動は相対的だとアインシュタインがいったのなら、ロケット のことだけ考えない  で、地球に残った人たちのことも考えないといけないでしょう。地 球の方は一体どうなるんですか?」
先生「おお、さすがは理科好きの和気さんだ。良いところに気がつきましたな。
 地上の人がロケットの中を見れば、さっき言ったようになる。運動は相対的ということは、ロケットから地球を 見れば、地球上の人も歳を取らないということになる。」
和気「物事は相身互いということですか。結局一方だけ都合のいい話はないということで すね。」
先生「そういうこと。自分にだけ都合の良いことは世の中に無いですよ。」
亀田「地球に残したかみさんは歳を取って死んでしまい、俺がもどってきたときは、若い嫁さんを貰えるのかと思 っていたのに。つまらねえ、もう帰ろうかな。」
先生「仕様がないね。科学のことにもう少し興味を持ってくれればいいんだが。あれあれ、あの二人はお菓子だけ 食べて帰ってしまったか。」

 家に帰った亀田さん、今日の話は訳の分からない話だった、と独り言をいいながらごろりと横になった。そのうちにウトウト・・・。

亀田「おや?俺は宇宙を飛んでいるようだな。地球がどんどん遠くなっていく。あっと言う間に米粒のように小さ くなっていく・・。」

 あたりを見回して
亀田「やっぱりロケットの中だ。おや、浦山お前も一緒か!」
浦山「そうなんだ、気がついたらロケットのなかだ。UFOにでもさらわれたのかな。」
亀田「このまま何所まで 飛んで行くのかな。心細くなってきた。」
浦山「なんだ、先生の話の時は、宇宙旅行をしたいなんて偉そうなことを言っていたくせに。いざとなるとから っきし意気地がないな。見ろ、このロケットは何もかも揃っていて、生活に不自由はないよ。居心地はよさう  だ。」
亀田「そういえばそうだな。仕方ない、銀河旅行としゃれ込むか。竜宮に行って乙姫様でも迎えてくれればいい  んだがなあ。」
浦山「あそこに見えるのが竜宮座だ。」
亀田「乙女座はその中にあるのか?」

 暢気なことをいいながら二人は宇宙旅行を続けているうちに10年余り経ちました。

浦山「竜宮座が目の前に近づいてきたぞ!」 
亀田「乙女座の乙姫様に会って、握手とキスをしたいけどなあ。それがかなわなければ一目だけでも拝みたいもの だ。」
浦山「やっぱり竜宮座は綺麗だなあ。珊瑚はお花畑のようだし、海藻はおいでおいでと手を振っているようだ。」亀田「あそこにいるのは乙姫様だろう。素晴らしい美人だ。小野小町か楊貴妃かというところだな。握手したいけ  どロケットのなかでは、手も届かない。高嶺の花か。」
浦山「おや、ロケットの速度が落ちてきたぞ。ゆっくり竜宮座を見物出そうだ。」
亀田「乙姫様に段々近づいてきたぞ。いやー綺麗だね。夜目・遠目・傘の内、て言うが、とんでもない近くで見る と一層美人だ。」
浦山「おー!こちらに手を振って、出迎えてくれているようだ。でもロケットから出て握手できないのが残念だな あ。ロケットの扉を開けたら、たちまち窒息死だからな。」
亀田「なんとかして乙姫様をロケットのなかに連れ込んで、一緒に旅行できないかな。」
浦山「無茶なことを言うんじゃない。せめて会えただけでも幸せと思え。」
 2人声を揃えて「乙姫様、私たちは地球からやってきました。昔浦島太郎が亀に乗って、竜宮にきたことがある でしょう。今回は亀と浦がロケットでやってきました。」
乙姫「貴方達は浦島太郎さんの親戚ですか?あのときのことが忘れられません。帰ったらよろしくと言ってくださ い。」
2人「えー、浦島太郎の子孫です。昔の浦島太郎さんは、もうとっくに亡くなりました。」
乙姫「そうですか、竜宮では歳を取らないのに、地球に帰ったから亡くなられたのですね。お気の毒に。だから帰 るのを私は引き留めたのに!何時までも2人で楽しく暮らしたかったわ。」
亀田「あー、何と優しい乙姫さん。抱きしめてあげたい。」
浦山「見ろ、乙姫様が俺たちに投げキスをしているぞ。せめてそれで我慢しよう。」
亀田「残念だが俺もお別れの投げキスを返そう。」 

 こんなことを言って浮かれているうちに、ロケットは方向回転を始め地球の方に引き返した。

亀田「折角竜宮座に着たのに、ゆっくり見物する間もなく出てしまった。でも竜宮の乙姫様を間近に見られただけ でも生きていた甲斐があったというものだ。」

地球に向かうロケットの中で、それからまた10年ほど過ぎました。

浦山「ロケットは地球に近づいているぞ。あの点のようにみえるのが地球だ。もうすぐごご帰還だ!」
亀田「地球を発ってから何年経ったかな?」
浦山「もう大方30年は経っている。だが、地球から見ると、俺たちはわずか3年ほどしか歳を取ってないはず  だ。」
亀田「ではうちのかみさんは、もう60の婆さんになっているな。俺はまだ35歳だ。」浦山「うちのも同じだ。 そんな婆さんを相手に生活するのはご免だな。離婚して若い嫁さ   
 んを貰って、もう一度楽しい人生をやり直しだ。」

 こんな一人よがわりを言っているうちに、ロケットは地球に着きました。「さあ着いたぞ!」とロケットのハッチを開いた途端に、二人は白髪のおじいさんになった。二人は顔を見合わせて、あっといった。

二人「ああ、これはなんと言うことだ。」
亀田「開けたらたちまちお爺さんか!すっかり当てがはずれた。」
浦山「やっぱり浦島の玉手箱と同じだ。」
亀田「こんなことなら竜宮座でロケットを止めて乙姫様のところに残ればよかった。」

2人はぶつくさ不平を言いながら家路につきました。

亀田「おい、ただ今。今帰ったぞ。 返事がないな。なんだか様子が変だぞ。」
かみさん「あら、あんた帰ってきたの!」
亀田「“帰ったの“って愛想がないね。何十年ぶりにご帰還というのに。」
かみさん「ああ、お互い歳を取ったねえ」
亀田「ああ、宇宙旅行が長すぎて、爺さんと婆さんになってしまった。 
 おや、そこにいる爺さんは一体誰だい?」
かみさん「お前さんが宇宙旅行にでかけて、もう帰らないと聞いたから、あの人と結婚したのよ。もう20年一緒 に暮らしているのよ。」
亀田「なんだと!お前だけ再婚して、俺だけ一人とはひどいよ。“相対性”というなら俺も嫁さんをもらってなきゃ話が合わないよ。 
 ああ、アインシュタインは嘘つきだ!」
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