科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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どうなる原子力規制委員会
どうなる原子力規制委員会 

  福島第一原発事故の反省から、原子力安全委員会と原子力安全・保安院に替わり、政府から独立した権限を有する「原子力規制委員会」が発足した。この新制度改革は望ましいものであるから、その活動に期待したかった。だが、規制委員会はその発足から怪しい雲行きであり、この先が思いやられる状態である。

  原子力規制委員会の人事は国会承認事項であるにもかかわらず、国会の運営がまともに機能していないので、野田内閣は国会を通さず全委員を任命して発足させた。田中俊一委員長は元原子力村に居たので、委員長とすることにかなりの批判がでたが、結局政府は押し通した。このように規制委員会は発足当初から問題視されていた。しかも、事務局として安全規制や危機管理の実務を担う原子力規制庁の幹部官僚は、経済産業省など原子力を推進する官庁の出身者らが名を連ね、その多くはこれまでの原発政策で問題視された人たちである。この経過を見ただけで、原子力規制委員会と規制庁は、日本の原子力政策を本当に体質改善できるのかと危ぶまれる。この先の運営が思いやられると危惧していたのは私だけではないだろう。 

 その危惧することが、残念ながらすでに現れた。規制委員会は最初の記者会見で、「新聞赤旗」の参加を排除したそうである。その理由は「特定の主義主張を持って書かれている方はご遠慮願います」であったという。それぞれの報道機関は、政治的な問題については独自のスタンスに立ち、自社の見解を持って報道している。政党機関誌であろうとも、非常識に偏ったものでなければ排除する理由にはならない。これまでの原発に関する「新聞赤旗」の報道は、私の知る限り並外れたものではなく、むしろ世論を反映した真っ当なものであった。それを排除するのは原子力基本法の中の3原則「自主・民主・公開」に反するものである。規制庁のこの方針に「新聞赤旗」が抗議すると、「会場が狭い」とか「これまでの会見参加の実績」など次々に排除理由をすり変えて言い逃れしたという。しかし、その言い訳は誤りであり、他の新聞社からも批判が出て、ついに規制庁は記者会見に「新聞赤旗」の参加を認めたそうである。この報道規制は単に一政党新聞の問題ではない。この事実を聞いて、最初の危惧は残念ながら杞憂ではなかったと思った。

 今回の「排除」の処置は、「規制委員会」単独の判断出はなく、恐らく「規制庁」によるものであろう。もしそうならば、「規制委員会」は最初から、元経産省など原子力村の中心にいた官僚が主流を占める「規制庁」の手綱に操られて動く機関であると言われても仕方がない。 

 それにしても、マスコミはこのような事態を正すべく、抗議の姿勢でこの事実を報道すべきだと思う。これは情報公開の原則と報道の自由とに関わる重大なことだろう。物事は最初の一歩を誤ると、その先ずるずると偏っていくからである

 原子力規制委員会設立の目的は、政官業が囲った原子力村のなかで築かれた原発政策に対する国民の不信を払拭して、信頼のおける方針を打ち出すために発足したはずである。これまでの経過を見ると、規制委員会は信頼を得るどころか、元の木阿弥となって不信を募らせる結果になりそうである。もうすでに「原子力村」は姿を変えて復活しているのではなかろうか。そうなったらなら、私たち国民は大変不幸である。

 原子力規制委員会の初仕事は、「原子力災害対策指針案」作りであった。それによると防災重点区域を、これまでの原発から8~10kmであったものを30kmに拡大した。また、50km圏内の住民を対象に安定沃素剤などの備蓄の検討を要請した。これらの事は評価されるべきものである。福島原発事故と過去の原発政策の反省の上で、規制委員会は外圧に左右されずに毅然とした姿勢で新原子力政策と安全基準を作って欲しい。それは目先の方針でなく、人類が原子力とどう向き合っていくべきかについて、しっかりした理念と哲学の上に作るべきである。日本の原子力政策は、国内のみならず外国、特に東洋の諸国にも影響を与とえるからである。

 原発再稼動の決定権については、政府も規制委員会も責任を放棄し、その権限が何処にあるか不明確である。規制委員会は、個々の原発が安全基準を充たしているか否かを審査するだけで、再稼働の判断は政府と地元自治体に任せるといい、政府は稼働の判断はしないという。これでは責任逃れといわれても仕方がなかろう。わが国における原発の将来計画、なかでも原発再稼動は世論を二分する重要な課題であり、もし過極事故が起こったなら日本全体に影響が及ぶ重大問題であるから、決定権と責任の所在を明確にしておかなければ、一旦事が起こった場合に対策遅れになりかねない。
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