科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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囲碁を学問にするために
続々 囲碁を学問にするために(2)  

 以前、大阪の「囲碁教育研究会」で「囲碁を学問にするために」というテーマの報告をした。それに対するコメントをいただき、それに対する私の考えを述べた。(このブログ「囲碁と教育」の記事参照)
 11月に再び、最初の「報告」を議論するためにその内容の説明を依頼されたので、その要旨と補足「続々」を追加したものを話した。その追加分をここに掲載する。
                          
ゲームとしての囲碁の特性

 囲碁の対局パターンは莫大で人力を遥かに超えるが有限であるから、それを全部並べ尽くすことは原理的にかの うである。それゆえ、必勝法、最善手は存在するはずである。そのことを前提にして論考する。

情報公開(open)ゲーム  
 囲碁や将棋は、互いに情報を公開した状態で交互に打ち進む。相手は最善手を打つことを前提として、着手を決 めることができるから。最善手は原理的ながら論理的に推論しうる。麻雀やブリッジは情報を隠してするゲム。

囲碁の観点の違い:石の生き残りゲームか、地取りゲームかで理論化が少し異なる。
 それゆえ、ゲーム規則にも反映する。   
構築型のゲーム:囲碁はゼロから出発し、互いに自らの構想を実現するように打ち進む。
 着手の自由度が最も多いゲームであるから、研究課題も非常に多い。
 
囲碁理論研究の目的 
 囲碁理論(論理)の発展・進歩、 囲碁ソフトの開発、 初心者の上達法の開発
 囲碁教育法の開発-子供、老人の入門用:入門用テキストからソフトの作製を

研究対象
・囲碁用語の定義-整理し、用語の意味の解説
・ゲーム規則の研究:中国、日本、台湾ルールの比較検討-完備な規則を追究
・ゲーム理論の研究:最善手・必勝法はあるか、勝つための理論
 布石、定石、手筋、寄せ、詰め碁などの開発と分類-その理論的体系化。
 戦略・戦術の研究:囲碁は構築型のゲームであるから、序盤・中盤の有利な構想を探究実利か厚みか、地か模様 かなど。
 戦術はすでに囲碁格言に纏められているが、それ以外にもあるだろう。

・分析法の開発:手割り論は優れた分析法である。モンテカルロ法もその一つ。
 他の分析法を開発すること(たとえば、エントロピー、シナジー概念を用いる方法)。
・囲碁ソフトの開発
  正攻法-布石、定石理論を用いて、評価関数を求める方法。
モンテカルロ法-結果から遡上。論理より結果がすべて。

アプローチの方法
 囲碁理論の構築:勝つための理論を目指す。
(1)情報公開ゲームであるから、常に最善手を打つという前提で、論理的に純粋理論を追究する方法が、理論化 の第一段階。
 これは数学や自然科学のように、情報は原理的に公開されている(自然は嘘をつかない)場合に相当する。それ ゆえ、囲碁の理論化には数学や物理学の方法が参考になりうる。
(2)現実の対局では棋力の程度によって最善手は望めない。そこで2人の駆け引き
 や、相手の出方を予想した上で着手を選ぶこともある。理論的最善手だけでなく、次善の策として心理作戦も使 うわけである。
 この方法はゲーム理論を応用した経済学の場合に似ている。情報の一部を隠し相手の出方によって次の手を考え る。これは相互に最善となる結果に落ち着くような駆け引きゲームである(ナッシュ理論)。この理論化は純粋 理論化よりも複雑で難しいから、確かな理論はできない。これは理論化の第二段階である。

純粋理論化の方法
・正攻法:着手の効果を理論的に追究し、評価関数を構成して最善手を求める方法。
 評価関数の表現法とその決め方が難しい。
・モンテカルロ法:結果の状態から遡って着手を決めるが、コンピュータの容量と時間  に制限があるから最後 まで読めない。「何手先までいった状態で情勢判断をするか(序  盤、中盤、終盤で異なるだろう)」を決め る理論、情勢判断の理論が必要である。余分な分岐枝の切り捨て法の理論化など、論理は必要である。  
  モンテカルロ法は、答えを見て回答を決める一種のカンニング法であるから、棋力には限界があるようにう。
・ファジー論理の活用:1手の着手にはいろいろな働き(役割)がある(攻め、守り、消しなど、)ので評価は多 義的である(多次元ベクトルで表現するのがよい)。また、価値判断は棋風にもよる。それゆえ、着手評価や情 勢判断はきちんと定まらず、不定要素がある(幅がある)のでファジー論理を用いた理論化の可能性もある。
 ・その他の可能性:正攻法による囲碁理論の研究により、新たな論理学が生まれる可能性もある。
 
実際の囲碁対局を「複雑系」と見ると 
 人間の思考力には限界があるから、最善手による完全な対局は望めない。そこで、実際の囲碁では勝つためにいろいろな要因が絡む。相手の思考傾向や癖を考慮して駆け引きもなされるだろう。まさに複雑系であり、力学理論よりも経済学の状況に近いかも知れない。
以前、森口先生より次のような指摘があった。囲碁の理論化はむしろ、「複雑系」の理論が必要となる。経済学に例をとると、複数の企業が市場で競争をする『寡占的競争』の例があてはまる。いくつかの有限の手を考慮した上で、利得の最大化、および、損害の最小化をはかっていくと、たぶん『ここらで手を打とう』という妥協点=部分均衡点がみつかる。そこで、無難なワカレに到達して、次のラウンドにすすむというわけである。
しかし上述のように、囲碁の理論化には、自然科学の方法が適用できると思う。自然科学の複雑系は経済学のそれよりも単純化できる。

自然科学における複雑系は、構成要素の数とそれらの間の相互作用の数(連結手、ボンドの数)が臨界点を越えた物質系である。この物質系は非平衡開放系であり、外部環境の影響のもとで、内部物質の相互作用によって発展・進化する法則を探究するのが複雑系科学である。複雑系の種類や外部環境との相互作用の仕方は多様であるから、状況により発展・進化の法則は異なるが、できるだけ広く共通する普遍的理論を構築することを目指している。そのためには、やはり出来るだけ副次的要因を排除し純粋化をする必要がある。この方法は物理学の場合と似ている。経済学的複雑系はもっと多くの難しい要因が絡むので、単純化、普遍化は困難であろう。
 囲碁を複雑系としてみると、盤面上の石の役割は一つでなく、他の石との関連は幾重にもなっていて、複雑に絡み合っている。すなわちそれぞれの石の連結数(ボンドの数)は多い。また、次の一手の働きも単純ではなく、攻め、切断、消し、連絡、逃げ、厚みなどいくつかの役割を兼ねた多様な場合が多い。一手打つごとに盤面は段々複雑になって発展・進化していく(構築型の特徴)。複雑系科学の研究によると、物質系の構成粒子の数とそれら相互の結合手の数(ボンド数)がある閾値(臨界値)をこえると、系は相転移を起こし質的変化が起こる。たとえば、電気回路網のモデルで言えば、電球の数が多く、かつそれら電球を結ぶ電線の本数(ボンド数)を3、4・・と増していくと、その電球回路網の様相(点滅パターン、カオス的不安定性など)が質的に変化する。それゆえ、囲碁の場合も、盤面の石数が増えると石の連繋も多義になるので、石の働きは質的に変化する。それゆえ序盤と中盤とでは、戦略・戦術が変わるはずである。 

 盤面上の配石が物質系に対応し、外部環境は対局相手である。その相手の着手が外部環境からの作用である。これら着手の多様な働きの1つひとつに比重をつけて最大評価値を得るように次の一手を選択せねばならないから、評価関数は多変数関数となる。また、一手の評価は人により異なるし、幅もある。それゆえ、イエス・ノーの二値論理ではなく多値論理を必要とするだろう。

 経済の「寡占的競争」の例は、相手の出方を考慮したうえで、利得の最大化と損害の最小化をはかって行動を選択するというのは、ナッシュ均衡の論理であろう。そうならば、相手の出方を忖度した一種の駆け引きで選択肢を決めることになる。囲碁の場合も、現実の生身の勝負では勝つために相手の心理や性格を考慮して、着手を選ぶこともあろう。すると、対応の仕方はかなり個別的となるから、そのような方法には普遍性がなく理論化は非常に困難であろう。

 一般的に、法則・理論には客観的普遍性が求められる。それゆえ、囲碁理論も、相手は常に最善手を打ってくることを前提にした理論を築くのが、囲碁を学問にするオーソドックスな道であると思う。
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