科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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日本の「ムラ社会」
日本の「ムラ社会」           
 このところ学校で友達のいじめと、体育部の教師による暴力が原因で自殺した生徒のことが問題になっている。それが引き金になったのか、暴力問題は学校ばかりでなく女子柔道にも暴力・ハラスメント問題があることが明るみにでた。このいじめや暴力問題は、学校やスポーツ関係ばかりでなく、日本社会全般にかなり広く蔓延しているだろう。それが表にでないだけで、隠然として存在しているように思える。だから、何か一つことあるごとに、騒が大きくなると次々に発覚するのは、今回この問題に限ったことではない。

 それにしても、「いじめ」による自殺、暴力教育などの実体が表にでず、隠蔽され続けている社会の体質をどうにかすべきだ。学校の校長は事件を表沙汰にしたくないので、もみ消しや一時的処置で過ごそうとする風習が蔓延しているようだ。他の教員もそれを暗黙のうちに認めて、内部告発する勇気がないのだろう。教育委員会は現場からの報告を鵜呑みにして自ら調査しようとしない。いや大津市の場合、教育委員会は無責任というより隠蔽に荷担しているように思える。今の教育委員会は、その存在意義は何処にあるのか疑いたくなる。体質改革が必要である。

 女子柔道選手の告発も、柔道連盟は内部で処理して表沙汰にならないようにした。そこで、我慢できない選手たちはIOCに上訴して漸く大問題になった。暴力コーチの辞任で済む問題ではなく、柔道連盟の構造的体質を改めるべきだと、彼女たちは訴えている。

 このような馴れ合いによる隠蔽体質は、業界内の横並び体制、企業連合の談合、役所のもたれ合いなどいくらでもある。これは日本の「ムラ社会」構造によるものであると思う。福島の原発事故により「原子力ムラ」の体質が激しい批判の対象になったが、このような「ムラ社会」は教育界、スポーツ界に限らず至る所に見られる。

 昔の「村社会」では掟に背いた者は「村八分」にあい、そこに住めないほどひどい仕打ちを受けた。現代ではそれ程ひどくないが、その「ムラ」に背けば疎外孤立するので、口を噤むしかない。最近、内部告発者の身分は保証されるようになったが、それでも内部告発は大変勇気の要ることである。女子柔道の15人も、大変悩んだ末に勇気をもって訴えたようだ。

 「ムラ社会」は一種の閉鎖社会であるから、馴れ合い体質は時間と共にエスカレートしていく、これが恐ろしいのである。戦時中の軍隊における虐めと暴力は段々ひどくなり凄惨を極め、人間性は完全に破壊されていた。今度問題になった暴力教育も最初はそれ程ひどくなかったろうが、それを注意する者がいなければその風潮が普通になり、次第にエスカレートしていく。また、馴れ合い・隠蔽体質もそれにつれて強くなる。それゆえ、早期にメスを入れてエスカレートを止めなければならない。この「ムラ社会」構造を改めるにはどうすべきかを、この際徹底的に追究し議論すべきである。

 だが、マスコミの報道姿勢に問題がある。虐めや暴力的体罰で中・高生が自殺した事件は、これまでに毎年あったはずだが、うやむやに葬られて問題視されなかった。マスコミ関係者はそのことを知っていても取りあげて追究しなかった。今度の事件のように大きな問題になると、過去の自殺事件が次々に報道され明るみにでている。女子柔道の暴力問題も、スポーツ記者たちは当然見聞きしていたはずだが、見て見ぬ振りをしていたのだろう。なぜ今日まで放置したのか。マスコミ界とスポーツ界の「ムラ社会」が透けて見える。
 「ムラ社会」の隠蔽体質を改めるには徹底的に追究すべきだが、それをなぜもっと早くしなかったのか。いったんブレイクして事が大きくなると、今度は我も我もと執拗に追いかける。ときにはそれがしつこ過ぎて、悪弊化しているのが日本のマスコミ界の体質である。あまり執拗さが過ぎて、問題によってはもういい加減にせよと言いたくなることもある。マスコミの力は甚大であるから、行き過ぎると「虐め」になる。

 これ以外にも、ニュースのネタを掴んでいながら報道しない問題(特に政治家絡み)も多いだろう。マスコミ界も「ムラ社会」を作っていて、阿吽の呼吸で足並みを揃えているところがある。
 近年、マスコミの記者は自分の足で取材せず、プレス発表に頼るようになったとよく言われる。だから、自分の足で問題を掘り起こす努力がなくなったから、スクープや人を引きつける記事が少ないという。そのような体質になった一つの原因は、折角足で稼いだ記事も社の方針と合わないものは没にされるということもあるだろう。 いずれにせよ、いまのマスコミの体質は改めて欲しい。
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