科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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不信を増す安倍首相の政策と言動
不信を増す安倍首相の政策と言動 

このところ他用のために時間が無くブログを書く暇が無かったが、安倍首相が次々に打ち出す政策と言動には危惧を憶える。世論調査の高い支持率に乗って、だんだん彼の右翼的本性を顕わにしてきた感がある。自民党内でも、首相に対する批判や反対意見は強く出せない雰囲気のようだ。世論の支持率は正しい政策判断とは限らないのに、絶対的な権威をもっているかのように錯覚して、批判できない風潮が生まれている。小泉政権の時にその過ちを私たちは経験しているはずである。 

予備知識の与え方、質問の仕方で世論の結果は可成り変わる。ムードに流されてた回答がかなりあるように思える。権力に対峙するのがマスコミの本来の役割ではなかろうか。また、世論調査の回答率が通常60%程度であること、そして「分からない」という回答が20~30%ある。この回答率の低さをどう判断するのか、無回答の理由を明らかにして結果にどう影響するかを分析することは、統計学としても必要な研究であろう。

 それはさておき、最近の安倍政権について不満や批判は多く、言いたいことは多々あるが、特に見逃せないことは、オリンピック誘致の演説「福島原発の放射線漏れはブロックされている」、福祉を目的とするはずの消費増税の使い方、「集団的自衛権」と「特定秘密保護法」の発議である。
 オリンピック誘致のための「福島原発事故による汚染はブロック」や、消費増税についてはすでに多方面から抗議と批判がなされているから、ここでは「特定秘密保護法」の制定について書くことにする。今日10月9日に政府と自民党は「特定秘密保護法案」を国会に上程することを決定したそうである。それによれば秘密漏洩の罪は最高10年とのことだ。

 報道された範囲での知識に基づく判断であるが、この秘密保護法は「日米安全保障条約」に基づき、アメリカの要請もあるようだ。日本は外交、軍事に関する秘密事項の保護が不完全だという。日本はこれまで、幸いにそのような秘密保持を必要とする国情ではなかった。だが、近年中国・韓国との間に領土問題を巡る軋轢などがあり、集団的自衛権を行使するために戦力を増強し、アメリカとの軍事同盟を強化することを目論んでいる。その準備に特定秘密保護法の制定が必要なのだと思われる。 

 この法律が制定されたときの危惧は、何が秘密事項かを決定する基準、および秘密事項を判定し裁断するのは誰かということである。報道によるとその判定基準は曖昧であり、裁断するのはその部門の最高の長だという。軍事事項なら防衛大臣、外交問題なら外務大臣である。日本の社会的風土からして、この制度は大変危険である。その時の政府や政治家の裁量で恣意的に決められる可能性が多分にあること、また、判断が微妙なときは安全(保身)のため機密事項にしがちである。以前に政府・官庁の書類にやたらに「マル秘」の判が押され、当然公表されるべき多くの書類が「秘密」扱いされた。それが後年に明らかになり、こんなものまで「マル秘」なのかと呆れられたことがある。
 

さらに危惧されることは、きちんとした歯止めのない法律は拡張解釈される危険性である。憲法の解釈改憲(拡張解釈)に見られるように、日本人は原則を軽視してその場に即応したご都合主義に走る傾向がある。かって戦前の「治安維持法」のひどい拡張解釈で、どれほど多くの良民が弾圧されたか。それゆえ、報道関係・ペンクラブなどは取材の自由、報道の自由が奪われる危険性を指摘しているし、多くの識者の警鐘もでている 

アメリカではすべての公文書が30年後に公開されるから、秘密事項の扱いも慎重にならざるをえない。しかし、日本ではその制度はなく、政府の決定事項は後から責任を取らされることもない。それゆえ、秘密事項を決定した大臣・官僚は責任を取らされるようにすべきである。そうでないと、不必要な秘密事項が増えて、それを守るために頑なになり、国民はあらぬ罪を負わされかねない。

 このことで思い出すのは、かって沖縄返還の際に、日本政府は返還費用の一部を負担するという「秘密協定」を結んでそれを実行した。その秘密協定が後に暴露され国会で何度も追及されたが、歴代の自民党政府はその秘密協定の存在を頑なに否定し続けた。だが、その秘密協定の実体を捉えて報道した毎日新聞の記者とその記者に漏らした外務省の女性は公文書漏洩罪で逮捕され、裁判で有罪になった。政府はその存在を認めないものは「漏洩」にはならないはずであるのに、彼らは有罪となった。こんな不合理なことはない。とところが、その後その秘密協定は実際に存在したことが証人も現れて実証された(特に民主党政権で明白になった)。だが、国会で嘘の答弁をした当時の首相や大臣は一切責任を取ることもなく、偽証罪で罰せられることもなかった。これでも民主主義国家、法治国家といえるのかと私は憤りを禁じ得なかった。国会での偽証罪は重い罪になるのに、政府官僚は何をしても責任を問うことができないというのが、日本社会の悪弊である。 

 今度の「特定秘密保護法案」には漏洩罪の規定はあるが、政府側の乱用に対する歯止めも罰則もない一方的なものである。

このようなことを思うと、安倍政権が目論んでいる「機密保護法」は非常な危険性を孕んでいると思う。もしそれを作るなら、乱用に対する強靱な歯止め、取材・報道の自由制限を侵さないこと、そして秘密事項を決定した者の責任を問えるようにすること、国会での嘘の政府答弁は偽証罪になることを盛り込むことなどが必要である。それには、何年後(たとえば30年後)にかすべての公文書の公開制度が不可欠である。
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