科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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「STAP」(刺激惹起性多能性獲得)細胞について
「STAP」(刺激惹起性多能性獲得)細胞について

  理化学研究所の小保方晴子氏が発見した万能細胞「STAP細胞」は、もしこの発見が本当なら、生物学の盲点を突いた感がある。この論文の写真に疑問が呈せられ、検証がひつようとのことであるから、その結果を待たねばならない。
 DNAの操作ではなく、細胞に外部から刺激を与えるだけで本当に万能細胞化しうるならば、まさに驚きであり常識破りの画期的研究成果である。私は生物学については素人であるが、分子生物学や進化に関して興味を持ち続けてきた。また、物理学と科学論の研究を通して自らの自然観を築いてきた。その自然観に基づいて、STAP細胞に関連して想像を巡らした。



「組織細胞がなぜ体外では単純な刺激で万能化するかについて、小保方さんは次のように推測している。“体外に取り出して酸などの刺激を与えるとSTAP細胞化するが、生体内ではその程度の刺激で変わることはない。その理由は、生体内では刺激に対して変化しようとする力と抑制しようとする力がバランスしているからではないか"と。」(朝日新聞2月6日朝刊)
 この記事から、連想される事柄を思うままに綴ってみた。

1.対立物の対立・拮抗 
この推測で連想するのは、かねてから主張してきた「自然現象の基礎にある対立と拮抗」の考えである。自然界のすべての基礎的現象には「定常性の維持と否定の対立拮抗」,すなわち定常的状態に外的作用が働くと、その状態を維持しようとする抵抗が現れる。この現状否定と現状維持の両者の対立拮抗が普遍的にみられる(1)。
 物質間相互作用により現状を変えようとする作用に対して、その変化を妨げようとする傾向(効果)の具体的例は
力学では外力に対する慣性、電磁気学では電磁誘導におけるレンツの法則(磁場の変化を妨げる誘導電流が発生)、熱力学ではルシャトリエ-ブラウンの法則(平衡移動の法則、状態に作用する外力の作用を打ち消す効果が発生)、素粒子物理学では自発的対称性の破れにおける南部-ゴールドストン粒子の出現などがそれである。これらの基礎的法則により、自然界は相対的安定状態を保っている。もし、この対立拮抗の法則がなければ無限小の作用で無限大の変化が起こり、自然界は変転極まりないものになる。つまり、この対立拮抗のバランスが破れることで緩慢な(有限の)変化が起こっているので、相対的に安定な自然が存在しうるわけである。

 STAP細胞化について小保方氏の上記推測は、このことと符号するであろう。もしそうなら、その解釈は「ルシャトリエ-ブラウンの法則の生物版」である。
 トカゲやヤモリの尻尾は切れても再生する、これ以外の生物にも組織や体の一部が再生するものはある。その再生は、切り口の細胞が強い外部刺激を受け、体内で保っていたバランスが崩れて部分的にSTAP細胞化(尾だけになる)して成長したものであろう。生体外に取り出された細胞は単独(あるいは数個)で存在するから、細胞間の相互作用がなくなり、酸性溶液による異質の外的刺激をまともに受けてバランスを崩したわけである。その外的刺激に対して、細胞にはその作用を打ち消す効果が一時的に現れる(これもルシャトリエ-ブラウンの法則によるものである)が、外的作用が勝って変化が起こる。

2.対立物の相互規定性:存在の理法(2) 
 物質(実体)存在の理法は、対立物の相互規定性である。そもそも、宇宙の存在様式は、枠組みとしての時間空間(容れ物)と中身の物質・エネルギーという二つの対立物から成っている。これら対立物は容れ物と中身が独立的に存在するのではなく、相互に相手の存在を前提として存立している。中身の物質は容れ物の時間空間の性質・構造を決め、逆に時間空間の構造は重力を決定し、その重力により物質・エネルギーの分布と運動が決まるという仕掛けになっている。すなわち、容れ物の時間空間と中身の物質・エネルギーとは互いに他を規定し合っていて、切っても切れない存在である。このように、宇宙の構成要素、時間空間と物質とは相互規定し合い一つのシステムとして自己運動をしている。この相互規定的存在様式は、一方の作用に対する他方の反作用といった原因-結果という関係ではなく、互いに他の存在を前提とした「持ちつ持たれつ」の同時的相互規定性である。これが一般相対性理論から帰結される自然界の「存在の理法」であると思う。

 この対立物の相互規定性は宇宙構造のみでなく、自然界に普遍的に見られる。全体と部分の関係(全体は構成要素の単純和ではなく、逆に要素は全体により規定される)は普遍的にいえることである。特に、生物と環境の関係はその典型である。
このことで思い出すのは、生物個体はすべてDNA(あるいは核酸)によって規定されているという「セントラルドグマ説」である。昔J.モノーが『偶然と必然』でこのセントラルドグマを強調した。生物の発生・成長過程を支配する情報の発信源はDNAであり、しかも方向は一方的あって、DNA(核酸)は、細胞内の他の要素や組織など周囲(環境)からの作用によって影響を受けない、つまり情報の流れは一方的であるといった。
 それに対して、上記のような対立物の相互規定的自然観を持っていた私は、このモノー説は肯定できないと批判した。DNAの構造と機能は安定で、環境(細胞液や小器官)からの影響で変化しにくい仕組みになっているであろうが、条件さえ揃えば環境からの反作用で必ず変化するはずであると思ったからである。細胞液の組成や濃度が変化すれば、その影響が何時かは現れるはず、情報の流れは一方的ではないと信じている。個体の発生過程では、DNAが1次情報の発信源であろうが、個体の一生の間に外部からの作用の影響を受けるであろう。
 その後、やはりDNAは環境からの作用で影響を受けることが解明された。
 個体と外的環境との相互規定だけでなく、細胞内でも対立物の相互規定性は成り立つといえるだろう。

3.DNAの未知の領域が関係?
 元は一つの受精卵細胞が分裂を続け、発生過程で徐々に各種組織に分化していく。細胞分裂では常に同じ2つの細胞ができるにもかかわらず、別の組織に分岐する機構はある程度の説明できるようになった。発生過程で個体の内部と外部にある細胞ではその役割に変化が起こり、分化するのだそうだ。その役割分化が起こりうるのは周りの細胞との相互作用(刺激)の差異(重力も影響するらしい)によるらしい。つまり、細胞間の刺激と固体外部(環境)からの刺激で、それぞれの細胞の性質が変わり、各組織に分化するということである。

 遺伝子を担うDNAの働きは制限酵素の作用によって制御されている。酵素の作用によりDNAの一部が抑制され、あるいは活性化されることで、構造・組成の同じDNAでもその働きが変わる。

 ゲノム解読の進展で明らかになったことは驚くべきことに、遺伝子として働いているのはDNAのわずか10%余りで、残る90%近くのものは遺伝情報として表にでないということである。すなわち、蛋白質合成に関与するのはDNAのごく僅かである。ほぼ90%はその役割がまだ分かっていないということである。この事実が明らかになったとき、生物学者(全部ではないだろうが)から、「残る90%はジャンク(ゴミ)だ」と聞かされた。それを聞いたとき私は驚き、そうではなく「まだその作用が分かっていない」というべきで、ジャンクだといって切り捨てるのは、科学者とはいえない」といって反論したことがある。細胞一つとっても、生物のこれほど複雑かつ精巧な機構を知れば知るほど、無駄なものはなく何かの役割を果たしているという信念を抱いていた。だから、90%はジャンクだとは、とても信じがたいのでそう批判したのである。その後、その90%の部分の隠れていた役割が徐々に解明されだした。細胞のSTAP化は、その未知の部分に関係があるように思える。 
 DNAのある部分は通常は休眠状態であるが、事あるときその役割が呼び起こされる部分もあるだろう。成長した個体の組織細胞では、未知の90%の部分が休眠状態になっているのかも知れない。それが外部刺激により活性化されてSTAP細胞化されたのであろう。

 ちなみに、この事実と関連して連想されるのは、遺伝子組み換え技術の安全性である。食用植物など多方面で遺伝子組み換え技術が盛んに行われている。この操作では、表に現れる遺伝要素(害虫に強い、生産量が増すなど)については、生態系への影響や人体への安全性などは検証ずみといわれている。しかし、DNAの一部を切り取ったり他の遺伝子を挿入したりする操作(制限酵素を用いてなされる)のときに、未知の90%の部分にもその操作が及ぶ可能性はないのか。もし、そこの部分に組み替えが起こっても、直ちにその影響は遺伝に顕現してこないだろうから、安全性は検証されてないだろう。、そのような隠れた組み替えがおこるなら、将来それが二次的、三次的効果としてでてこないかと気になる。それは素人の杞憂だろうか。

4.STAP細胞はカオスの縁にある状態
 STAP細胞化の現象は、複雑系の言葉を借りれば、組織細胞が活性化されてカオスの縁に近づいたといえるだろう。生体内で相対的に安定だが非平衡散逸状態にある組織細胞は「散逸構造」とみなされよう(3)。それが分離して単独で体外に置かれると、バランスが破れて外部の刺激を受けやすくなり活性化されるのであろう。その細胞は不安定状態となっていて変化しやすく、僅かの作用でSTAP細胞になるのであろう。しかも、STAP細胞はあらゆる組織の細胞に成長しうるということは、環境に応じて全く異なる結果をもたらすことである。すなわち、培養条件という初期作用の差が全く異なる組織に成長しうるのであるから、これはカオス現象である。初期状態の微少なさが、長時間後に拡大されて非常に異なる結果をもたらすのがカオス現象である。それゆえ、初期条件次第で、いかなる組織にもなり得るSTAP細胞はカオス的状態にあるといえる。

5.獲得形質は遺伝しうる? 
 複雑系科学から学んだ事は、進化における淘汰は発展(成長)過程で作用しているということである。物質の有する自己発展、自己組織化の能力は、環境との相互作用(相互規定的)によって環境に応じた適応進化を可能にする。すると、新たな機能は外的条件にマッチして創発されることになる。そうであれば、淘汰(選択)は発展・進化の過程ですでに作用しているといえるだろう。物質系(生物も)の発展・進化は、ダーウィン説のように突然変異といった偶然性と自然淘汰という必然性の積み重ねではなく、むしろ適応系として環境に合わせて常に状態を再調整しつつ自己発展・進化しているとみるべきであろう。進化系は環境との相互規定的相互作用により、自らが適応するばかりでなく,逆に環境をも変えつつ適応進化していると思われる(4)。

 STAP細胞化にはいろいろなランクがあるだろう。つまり、完全万能化ではなく、部分的多機能化である。切り取られた組織の再生は、切り口付近の細胞が部分的な若返りによるものだろう。これも部分的STAP化であろう。これ以外にも、部分的STAP細胞化があってもおかしくない。たとえば、食物や環境などの変化による刺激によって、体内のバランスが少し破れて、部分的STAP化(若返り)で一部組織が成長し,生物進化が促される可能性もあるだろう。そうならば、ラマルクの進化論も否定できないだろう。
  
 6.STAP細胞化のメカニズムは?  
 いうまでもなく、STAP細胞化の機構の解明はこれからの重要な課題である。すでにいろいろ推測が進み、研究されつつあるだろう。STAP細胞化の機構はDNAの未知の90%部分と大いに関連があると思われるが、細胞はDNAやミトコンドリアなど、いろいろな小器官が細胞液を媒介にして相互連関している一つのシステムであるから、相互規定的な観点から総合的な分析解明が必要であろう。
 遺伝子操作によるiPS細胞の研究技術とそれによって得られた情報知識は、STAP細胞化の機構解明に有効であろう。両研究の協力による成果が期待される。

 STAP細胞化のニュースを聞いた後、こんな事を夢想しつつ、この分野の今後の発展を想像し期待している。 

 参考文献
1.拙著『物理学の論理と方法』(大月書店 1983)
  拙著『複雑系科学の哲学概論』(本の泉社 2013)
2.拙著『科学はこうして発展した-科学革命の論理』(せせらぎ出版 2002),
  拙著『複雑系科学の哲学概論』(本の泉社 2013)
3.G.ニコリス,I.プリゴジン著木畠陽之助,相沢洋二訳『散逸構造』(岩波書店  1980),
  S.カウフマン著・米沢富美子訳『自己組織化と進化の論理』(日本経済新聞社   1999),
4.S.カウフマン著・米沢富美子訳『自己組織化と進化の論理』(日本経済新聞社   1999),
  拙著『複雑系科学の哲学概論』(本の泉社 2013)
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