科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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続 「STAP細胞」その後
続 「STAP細胞」その後

「STAP細胞」の論文に対する疑問が次々に報道されて、今や論文と小保方さんの信頼は完全に失われた感がある。
写真の取り違えとか、他人の論文の文章を盗用したとか、博士論文のデータ再利用とかいったレベルの問題ではない。「STAP細胞」を確認するための資料を差し替えて共同研究者に送ったとなると、研究者としてのモラルを犯した
最悪の行為である。弁護の余地は全くない。折角面白い研究テーマだと思ったのに残念である。

 最初にマスコミが余りにも大きく取り上げ持ち上げたので、その反動も大きい。それにしても、マスコミの報道姿勢も批判されるべきである。これだけ大発見であるから、真実なら大々的に取り上げる価値はあるが、大発見であればあるほどその真偽の裏づけをとる慎重さが必要であったろう。これまでにこのような事件は何度か在った。
 小保方さんの個人的なことまで大々的に持ち上げておいて、疑問視され出すと手のひらを返すように、そこまでほじくり出して批判するのかと思うほど個人的な攻撃が続く。
  
 これで「STAP細胞」の可能性は完全に否定されたのか、それとも別の研究方法も含めて検討の可能性はまだあるのか知りたい。生物の能動性、柔軟性を思えば可能性はあるのではないか。この分野の研究の可能性について聞きたいものである。


 このような研究操作、論文操作がなぜ起こるのか、その理由も考える必要がある。現代では研究者はサラリーマン化している。研究内容よりも論文数を増やすことが業績評価に繋がり、研究費も取れる。研究費を多く獲得できる者(必ずしも研究者として優秀とは限らない)が大学・研究機関で権威をもつようになってきた。そのような者がボスとなり弟子を使って論文を製造し、権威を高めるのである。かってのアメリカがそうであった。
 日本では国公立大学が独立法人化されてからこの傾向は一層顕著になった。今の大学は教育・研究機関としての色彩が薄れて、索漠たる状態になっているような感がある。
 
 論文の数を増やすため、即席研究が増え、論文の質も落ちている。功を焦るから今度の「STAP細胞」のようなスキャンダルが起こるのであろう。だから、この種の問題論文や疑わしい論文は他にも多く隠れているだろう。これは悪しき競争原理の結果である。

 
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