科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告2014年版」を読んで
「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告」
         2014年度版を読んで


 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の新たな報告が4月に発表された。その報告書によれば、環境の激変を避けるためには、産業革命前の比べて気温上昇を2度以内に抑える必要があるが、その目標が実現されるか否かが今後の人類の課題である。そのためには大気中の温室効果ガス濃度(CO2換算)を480~530ppmに押さえねばならない。その実現には、たとえば電力生産に占める低炭素エネルギー発電(太陽光、風力などの自然エネルギー)の割合を80%以上に引き上げるなど、劇的な変革が求められるという。現在の濃度はすでに430ppmだそうである。 本格的な温室効果ガスの抑制に取り組まずこのままの状態を続けると、地球の平均気温は2050年には最大4.8度上昇すると予測している。

 世界全体の温室効果ガス排出量は、先進国の経済活動の増大と新興国を中心とした人口増や経済成長を背景として、増加の一途をたどり歯止めがかかりそうにない。CO2排出を減らす技術開発や、排出されたCO2を地下に閉じ込める二酸化炭素回収・貯留技術、原子力・自然エネルギー(「再生可能エネルギー」というのは科学的に矛盾した表現なのでやめるべきだ)利用に打開策を求めることを報告書は指摘している。だが、これらの技術利用にも限界があるし問題もある。完全な技術はないし、エントロピー増大則によって代償を伴うから、プラス効果だけでなくマイナス面もある。原子力はウラン濃縮や原子炉設備、および使用済み核燃料処理にも多量の電力が必要であるので、CO2減少の寄与は必ずしも多くない。

 したがって、この課題の本質的解決は、人類が生活スタイルを変革して、(電力)エネルギー消費を削減する意外にないだろう。先進国における生活は余りにも無駄が多い。震災後、日本の原発が停止してから節電努力が盛り上がり、原発無しでも電力は持ちこたえられることが分かった。この節電運動で、これまで如何に電力を無駄遣いしてきたかを多くの人が気づいたので、その後も節電の習慣はかなりの程度定着している。しかし、他方では、公共施設投資の増大、超高層ビルの建築などにより電力需要は増すばかりである。世界一、東洋一を誇る高層ビルや塔の建設競争、超伝導リニア-モーターカーの建設などはやめるべきではないか。

 世界に目を転ずれば、グローバル化による世界経済活動と技術開発競争は留まるところを知らず、特に新興国の急速な経済発展による資源・エネルギーの需要はまさに歯止めがない状態である。さらにもっと悪いのは、領有権や資源が絡む国際紛争や民族間闘争、そして宗教対立による紛争・テロの続発である。これらは軍事的闘争による破壊活動を伴い莫大な資産の破壊とエネルギーの浪費である。また、気候異変による災害と生活難を克服するために、多くの資源・エネルギーが必要になる。その量は環境破壊が進めば進むほど、指数関数的に増大するであろう。

 このような浪費と破壊により、エネルギー需要は増大の一途であり温暖化ガス排出も急増し、地球環境の破壊によって人類は自滅の道を加速度的に突き進んでいる。人類ばかりでなく、多くの生物種の生存も危機に追い込まれているから生態系が破壊され、それがやがて人類に返ってくる。いまや人口は地球の収容量を超えるほど増大し、人類は地球上での絶対的覇権者としてやりたい放題、すべての生物種の天敵になりつつある。地球環境の悪化は最早猶予はできないところまで来ていると思う。人類の人口減少も急務の課題である。地球環境異変がとことんまで突き進んでから、それに気づき慌てて対策をしたのでは遅すぎる。人類は頭をコンクリートにぶつけて痛い思いをしなければ分からないほど愚かではないはずだ。

 環境悪化の危機に気づいた科学者や知識人の声はまだ世界の人々を目覚めさせるほどインパクトは強くない。IPCCの報告は確実性を期するため控えめな表現をしているように思える。マスコミはこの深刻な事態を取り上げ、もっと強力に繰り返し訴えるべきである。そして、世界の指導的政治家がリーダーシップを発揮して、現状を変えるための「世界政策」を打ち出して訴えるべきである。G7やG20サミットで「こんな争いや、開発競争にうつつを抜かしている状態ではない。全人類が協力して地球環境の保全に取り組み、そのための知恵を結集しよう!」と声明をだして訴えるべきである。だが遺憾ながら、そのサミットでは当面の国際紛争や経済問題ばかり取り上げられ、このような環境問題についての真摯な発言がない。人類の生き方と世界の政治・経済の方向転換が必要な時期が迫っていると思うのだが残念である。

 環境汚染には国境はないから、一国や二国には留まらない広領域の問題である。だからそれに対する対策は全世界が協力しなければ不可能である。この危機的状態の克服には、政治・経済制度の根本的転換が必要であろう。近年、先進国の国家財政は累積赤字に苦しんでおり、改善の見込みはなく財政破綻の危機にある。それは現在の社会制度の構造的な欠陥によるものであろう。だから今の経済制度(歯止めのない市場原理優先主義)が続けば、新興国もやがて同じ道をたどるだろう。また、世界経済も基本的に不安定であり、ちょっとしたことが契機となって世界恐慌がいつ起こるか分からない状態が続いている。このジレンマから脱するには、人類の生き方、生活スタイルの本質的変革が不可欠であろう。

 2020年の東京オリンピックまでには、気候異変は加速度的に進み、大気汚染と気温上昇のために正常な競技ができなくなるのではなかろうか。その可能性を危惧している人はかなり多い。災害復興に名を借りてオリンピックを誘致したが本末転倒の感がある。「オリンピック成功のために全力を尽くす」などと暢気なことをいっている状態ではないだろう
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