科学・技術と自然環境について、教育を考える。
  • 05«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »07
濃い霧に包まれていく首相官邸
濃い霧に包まれていく首相官邸

 最近の安倍内閣は、国民に考える暇と議論をする時間を与えず矢継ぎ早に新政策を打ち出してくる。安倍首相は「この道しかない」と豪語しているが、その進む道はかつて戦前の道を再び辿る危ないものに見える。
 
 十分な検証と歯止めの制度のない特定秘密保護法の危険性は徐々に現れてきた。最近、首相官邸の周囲には急速に霧が立ちこめ、外から見えにくくなり、その霧がどんどん濃くなっていく。

 集団的自衛権行使とその適用範囲の拡大という重大な問題を、世論を押し切って閣議で決定してから、その後も、国会審議もせず武器輸出3原則、ODEの使用範囲を軍隊活動にまで広げた。これら政策や規制の転換は、国民を含めて与野党で十分議論すべきなのだが、それをせずに短時間で次々に決定して行く。まず閣議で決定し、既成事実を作った後、しばらく時間を措いてから国会で法案整備を行うという戦術である。この状態では、今後どうなるか、何が飛び出すか判らない。

 国民の耳と口をふさぐために、安倍首相はマスコミのコントロールを始めた。そのために首相と報道機関の幹部との会食を重ね、前回の衆議院選挙のときには、政府批判の報道にブレーキを懸けた。そのために、最近は政府批判の報道がかなり弱くなっている。選挙の重要な争点がほとんど取り上げられず、安倍のミックスに目を向けさせる安倍首相の戦略にマスコミと国民は乗せられた。報道の自由を抑圧する権力に屈しては、マスコミの生命は絶たれたも同然である。報道の自由を守り、権力を監視するのがマスコミの使命であろう。

 首相の独断専行と秘密保護法とにより、安倍政権は霧に包まれ、自民党内でも批判的発言は自由にできない状態と聞く。今度のIS(イスラム国)による湯川・後藤さんの殺害問題の検討がその好例である。IS声明以前から拘留されていた2人の救出対策、そして安倍発言から今度の事件の結末までのを経過を検証する「審査委員会」が政府機関内に発足した。だが、政府機関内の委員会では、形だけに終わりそうだ。すでに、秘密保護法により、この委員会にすら情報が十分与えられないと言われている。 

 安倍首相の「アラブ難民への資金援助」発言が引き金となって、2人の日本人が殺害され、さらに日本人全体がテロの対象にされる ことになった。この事態は日本にとって極めて重大である。政府はISに対する認識が甘かった。安倍首相は世界各国(中韓を除き)を歴訪し、得意満面のようであった。その途中での援助発言で足を掬われた。この発言は、中東情勢の認識が甘かったといわれても仕方がないだろう。安倍首相は「テロには決して屈しない」と繰り返し言明している。テロに屈しないことはどこの政府もいっているし、当然のことである。だが、その結果として、アラブ紛争に巻き込まれ、日本人全体がテロの対象になったことの重大責任を、安倍首相を初めとする政府はどのように取るのか、はっきりさせるべきである。
 その責任を下手に追求すると、テロに乗ぜられると言われるからか、あるいはマスコミ統制が効いているせいなのか、真相究明の声は小さい。「テロに屈しない」と強がりの発言を繰り返すことで、真相の究明封じに使っている。これでは、9.11事件の後のアメリカの状態、パリの新聞社襲撃事件後のフランスを、そして昔の日本の言論統制を思い出す。テロ対策に自衛隊派遣だけを言うのでなく、外交や政治力でテロを消滅させる方策を示すべきである。武力でテロを完全に消滅させることは不可能であろう。

 安倍首相は、対外的には強い姿勢、国内向けには耳障りの良い美辞麗句をもって国民を引きつけるというやり方が目立つ。昔、日露戦争に勝利して高揚した日本は次第に思い上がり、強気の対外政策に突き進んだ。軍部に実権を握られた政府は、十分な戦略も見通しもない強がり政策は、国内の批判を押し潰し、外交的には孤立して行った。その果てが、無謀な世界戦争ねの突入であった。安倍政権は、対外的には中韓に対して「毅然とした態度」で臨むという。この姿勢は、国内ではうけているが、世界で孤立する危険性がある。それは昔の日本が辿った道のように思う。もっと硬軟両様の外交が必要だろう。それが政治であり外交であるはずだ。

安倍首相は民主主義をよく口にするが、十分な情報公開の下での広範な議論が民主主義の大原則である。霧を払い、もっとよく見える政治にして貰いたい。
濃い霧に包まれていく首相官邸

 最近の安倍内閣は、国民に考える暇と議論をする時間を与えず矢継ぎ早に新政策を打ち出してくる。安倍首相は「この道しかない」と豪語しているが、その進む道はかつて戦前の道を再び辿る危ないものに見える。
 
 十分な検証と歯止めの制度のない特定秘密保護法の危険性は徐々に現れてきた。最近、首相官邸の周囲には急速に霧が立ちこめ、外から見えにくくなり、その霧がどんどん濃くなっていく。

 集団的自衛権行使とその適用範囲の拡大という重大な問題を、世論を押し切って閣議で決定してから、その後も、国会審議もせず武器輸出3原則、ODEの使用範囲を軍隊活動にまで広げた。これら政策や規制の転換は、国民を含めて与野党で十分議論すべきなのだが、それをせずに短時間で次々に決定して行く。まず閣議で決定し、既成事実を作った後、しばらく時間を措いてから国会で法案整備を行うという戦術である。この状態では、今後どうなるか、何が飛び出すか判らない。

 国民の耳と口をふさぐために、安倍首相はマスコミのコントロールを始めた。そのために首相と報道機関の幹部との会食を重ね、前回の衆議院選挙のときには、政府批判の報道にブレーキを懸けた。そのために、最近は政府批判の報道がかなり弱くなっている。選挙の重要な争点がほとんど取り上げられず、安倍のミックスに目を向けさせる安倍首相の戦略にマスコミと国民は乗せられた。報道の自由を抑圧する権力に屈しては、マスコミの生命は絶たれたも同然である。報道の自由を守り、権力を監視するのがマスコミの使命であろう。

 首相の独断専行と秘密保護法とにより、安倍政権は霧に包まれ、自民党内でも批判的発言は自由にできない状態と聞く。今度のIS(イスラム国)による湯川・後藤さんの殺害問題の検討がその好例である。IS声明以前から拘留されていた2人の救出対策、そして安倍発言から今度の事件の結末までのを経過を検証する「審査委員会」が政府機関内に発足した。だが、政府機関内の委員会では、形だけに終わりそうだ。すでに、秘密保護法により、この委員会にすら情報が十分与えられないと言われている。 

 安倍首相の「アラブ難民への資金援助」発言が引き金となって、2人の日本人が殺害され、さらに日本人全体がテロの対象にされる ことになった。この事態は日本にとって極めて重大である。政府はISに対する認識が甘かった。安倍首相は世界各国(中韓を除き)を歴訪し、得意満面のようであった。その途中での援助発言で足を掬われた。この発言は、中東情勢の認識が甘かったといわれても仕方がないだろう。安倍首相は「テロには決して屈しない」と繰り返し言明している。テロに屈しないことはどこの政府もいっているし、当然のことである。だが、その結果として、アラブ紛争に巻き込まれ、日本人全体がテロの対象になったことの重大責任を、安倍首相を初めとする政府はどのように取るのか、はっきりさせるべきである。
 その責任を下手に追求すると、テロに乗ぜられると言われるからか、あるいはマスコミ統制が効いているせいなのか、真相究明の声は小さい。「テロに屈しない」と強がりの発言を繰り返すことで、真相の究明封じに使っている。これでは、9.11事件の後のアメリカの状態、パリの新聞社襲撃事件後のフランスを、そして昔の日本の言論統制を思い出す。テロ対策に自衛隊派遣だけを言うのでなく、外交や政治力でテロを消滅させる方策を示すべきである。武力でテロを完全に消滅させることは不可能であろう。

 安倍首相は、対外的には強がりの姿勢、国内向けには耳障りの良い美辞麗句をもって国民を引きつけるというやり方が目立つ。昔、日露戦争に勝利して高揚した日本は次第に思い上がり、強気の対外政策に突き進んだ。軍部に実権を握られた政府は、十分な戦略も見通しもない強がり政策は、国内の批判を押し潰し、外交的には孤立して行った。その果てが、無謀な世界戦争ねの突入であった。安倍政権は、対外的には中韓に対して「毅然とした態度」で臨むという。この姿勢は、国内ではうけているが、孤立する危険性がある。それは昔の日本が辿った道のように思う。もっと硬軟両様の外交が必要だろう。それが政治であり外交であるはずだ。

安倍首相は民主主義をよく口にするが、十分な情報公開の下での広範な議論が民主主義の大原則である。霧を払い、もっとよく見える政治にして貰いたい。
スポンサーサイト
この記事へのコメント

管理者にだけ表示を許可する
 
Copyright © 2005 自然と科学. all rights reserved.