科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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原発再稼働-これでは原子力ムラの再現だ
原発再稼働-これでは原子力ムラの復活だ

 九州電力の川内原発1,2号機の再稼働については、規制委委員会審査と地元自治体の承認も済んで再稼働は本決まりである。関西電力の高浜原発3,4号機も規制委員会の安全審査をパスして、残る手続きや地元の同意などがこれから必要で、再稼働は春以降になる見通しであるが、すでに決まったように事態は進んでいるようだ。
 だが、原発再稼働については、その前になすべき諸問題が残されたままであって、反対せざるをえない。福島第1原発事故の状況と原因について十分な調査と分析、および反省がなされていない。いくつかの事故調査委員会の調査も不徹底であり、その報告内容すらほとんど活かされていない。報告内容の徹底的検討と、それに基づく反省および今後の対策が立てられないまま、規制委員会の安全審査基準が制定された。そして、それさえパスすればOKであり、地元自治体が承認すれば再稼働できるというのは、余りにも拙速である。

 元政府事故調査委員長の畑村洋太郎氏は、「事故調の提言は全然活かされてない」と証言している。そして、安全規制のハードルが少し上がったほかは、事故前と同じ状況に思える。どんなに準備しても、想定から外れたことを原因とする事故はこれからも起こるし、避難計画も実施可能か判らない、と。(3月10日朝日新聞朝刊)

規制委員会の安全基準は事故前より少し高くなったが、それは地震・津波やテロ対策など原発の強度と安全設備について、いわばハード面のみに関するものであり、しかもそれは万全ではない。そもそも技術は原理的に完全ではありえない。科学理論とても完全なものはない。ましてその応用である技術に完全なものはない。日本の原発の安全対策は世界一であると政府は公言しているが、日本は世界一の地震国であるから当然であるが、それで安全であるという補償などない。このような慢心が「安全神話」を生む土壌を育てるのである。福島の原発事故に対する東電の対応を見れば、日本の技術は抜け穴が如何に多いか判る。想定外の欠陥が次々に起こり、自慢できるようなものではないことは明らかである。

いくら技術的に安全度の高い設備を供えても、使う人間の方にそれを活かす体制や心構えができていなければ、いざというとき役に立たない。つまり、ハード面だけでなくソフト面の方もそれに劣らず大切である。高度の技術を活かすも殺すも組織とその構成員の能力と心構えである。福島の原発事故の際に、用意してあった設備も活かされなかったことが多々あった。使用済み核燃料の処理についても、処理技術はあっても処理場が決まらず延び延びになっていたし、稼働も思うようにいかない。それゆえ、日本の原発はトイレのないマンションに例えられている。こうなった原因や状態に関する検討と反省を徹底的に行い、その結果えられた知識を活かす体制を整え、人の訓練をなすべきだが、それがなされないままの再稼働である。事故調の報告も不十分だが、その提言すらも活かされないまま、政府と電力会社、および原子力産業界は原発再稼働を当然のように推し進めようとしている。「原子力ムラ」は以前の体質をそのまま引き継いで生まれ変わろうとしている。 

 住民の避難計画についての地元の同意にしても、利害関係が絡んで複雑である。福井県の知事、高浜町の町長は再稼働に同意する意向を表明した。しかし、住民避難計画が必要な原発から半径30キロ圏には、福井県のほか京都府や滋賀県の一部が入る。京都府の知事は「(立地自治体に準じた)原子力安全協定なしでの再稼働には反対」との立場を明確にしている。滋賀県の知事も安全協定の締結を求めて早期稼働に反対している。原発立地地区への交付金や電力会社の寄付を期待し、そして地元産業の活性で経済的に潤う地元自治体は再稼働を承認するが、現状では隣接自治体は事故の時の被害を蒙るだけであるから当然反対する。この複雑な問題も未解決にまま再稼働に動き出そうとしているわけである。

 このような日本の状態では、脱原発と言わざるをえないし、まして今の再稼働は許されない。経済性を優先させた原発政策を推し進めてきた結果が、原発事故による大惨事である。まだ12万人の原発避難民がおり、事故原発の汚染処理、汚染水の制御もできてない状態のまま再稼働を進めるなら、また事故を招きかねない。「安全神話」に替わり、今度は「想定外逃れ」である。

原発の稼働なしでも、現在は国内の電力需要はまかなえているし、もっと節電を奨励すべきである。最近は、一時の節電精神を忘れて、かなり無駄な電気使用が(例えばイルミネーションやライトアップ競争)拡がっている。
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