科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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今年も日本にノーベル賞が
今年も日本にノーベル賞が 

 今年もノーベル賞が昨年に引き続いて日本の2人の研究者が受賞した。この受賞を日本人はみなが誇りに思い、日本中は喜びに沸いた。

 医学生理学賞は大村智・北里大学特別栄誉教授とWilliam C. Campbell,屠呦呦の3氏に、そして物理学賞は梶田隆章・東大宇宙線研究所長とArthur McDonald氏に授与された。  

 大村智氏は土の中の細菌を長年こつこつと調査・探究した成果が、抗寄生虫薬「イベルメクチン」の元となる物質の発見となった。この薬は人類のために大きく貢献したと、大村氏の功績を称えた。特に多くの弱者を救ったので平和賞にも値するとの声もあったほどである。
 近年、地球環境破壊や原発事故のため、科学・技術に対して批判的な目が向けられることが多い。科学・技術には有用と悪用の両面がある。大村氏の業績は、科学が人類の福祉に役立つ格好の例として、科学研究の有意義性をマスコミも説いていた。
昨年度に受賞した青色LEDの開発研究は応用物理の分野であり技術的色彩が強かったので、人類の生活向上に役立つことは直ぐ理解された。この機に、科学の社会的機能を正しく評価し、啓蒙して欲しい。


 素粒子ニュートリノが質量を有することを、実験的に検証した(三種ニュートリノ振動-相互転換)梶田氏と宇宙線研究所の業績に対するノーベル賞授与は、基礎科学の研究の意義がまた注目される機会を与えてくれた。梶田隆章氏をリーダーとする東大宇宙線研究所の業績は、かつて、小柴氏が始めたカミオカンデのニュートリノ研究の継承発展の成果である。このような伝統を発展させるような科学政策の振興を望む。

 ニュートリノは一般人には馴染みのない素粒子であるから、この研究の意義は素人には理解しにくい。質量がゼロであるとの想定を覆して、ニュートリノが質量を有することを実験的に確証したことは、何の役に立つのかとの質問が多い。このニュートリノ研究に限らず、科学に関心の薄い人は、理解し難い科学研究について、この種の質問をよくする。この「役に立つ」という質問は、ほとんどの場合、技術的応用として人間の生活や社会活動に有用であるかという意味でなされる。科学研究に対するこの発想は、科学と技術を区別せず、「科学技術」と一括りに考えている日本人に多いように思える(あるいは、東洋的科学観といえるかも知れない)。
 
 先にニュートリノ研究でノーベル賞を受賞した小柴氏が、この質問をされたとき「役に立ちません」と答えたことが思い出される。その後、役に立つことが分かり訂正されたそうであるが、直ぐ役に立つとは思えなかったから、率直にそう答えたのであろう。どんな純粋基礎科学であっても、自然現象に関するものである限り、自然法則に従って生きている人類にとって無関係ではあり得ない、その知識は何らかの形で何時か必ず役に立つだろう。それよりも、人類には自然の原理や自然の仕組みについて知る喜びと満足感がある。人間も自然の一部である。人類は自然との一体感を持ち、自然に愛着があるからである。この自然についての知的好奇心を満たしてくれる「科学知」自体に大きな価値があると思う。それ故、科学の成果は、それ自体で人類にとって大変有意義なものである。その発見当時にはその理論の意味を理解できない人、科学に関心のない人もいるであろうが、後の時代の人々にとってその「科学知」は有形無形の形で生活や人生観に影響を与えるようになる。

 「人はパンのみによって生きるにあらず」というように、実生活に役立たなくとも、精神生活の面で欠かせぬものもある。日本の科学者がノーベル賞を受賞したことを誇りに思い喜ぶのもその現れであろう。日本は幕末から明治にかけて、西洋近代科学を「役に立つ知識」、つまり技術として導入し、富国強兵、国威発揚に利用した。理科教育もその観点でなされた。その方針がその後もずっと引き継がれてきた。それゆえ、科学と技術の区別が希薄であり、科学の価値評価を「直ぐ役に立つか否か」という実用的有用さで決める傾向がある。その弊害が今の理科教育、科学教育にでている。
  だが反面で、日本人は好奇心が強く、自然の仕組みに関心があるという、二面性を持っている。西洋近代科学を学び導入する過程で、先輩達は新たな科学の論理を身につけるために悪戦苦闘し、そして専門用語を日本語に翻訳して、日本語で西洋科学・技術を学べるようにしてくれた。日本人は技術の面で優れているばかりでなく、基礎科学でも優れた業績を上げ、近年ノーベル賞受賞者が増えた理由はここにあるであろう。


 それにしても、日本ほどノーベル賞の受賞を特別視して喜ぶ国も珍しいようだ。ノーベル賞以外にも有名な国際的な科学賞、学術賞は多い。日本のマスコミは、それら外国賞の受賞者を全く無視している。この格差があまりにもひどい。日本国内の学術賞、文化賞などは報道するが、外国の賞には目もくれない。何故ノーベル賞だけこのように大騒ぎをするのか。外国の賞でたまたま取り上げる場合は、「○○分野のノーベル賞といわれる」という紹介の仕方である。ノーベル賞以外は価値がないような扱いである。
 確かにノーベル賞は世界的に最高の賞であるが、ノーベル賞に次ぐ、あるいはそれに匹敵する賞もいろいろある。ノーベル賞の登龍門といわれる賞もあるが、それら受賞者などを紹介すべきである。それら受賞者とその業績をもっと報道すれば、一般の人達がもっと科学・技術に関心を持つようになるだろうし、これから学ぶ若い人たちへの刺激にもなり、科学の振興に役立つだろう。
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