科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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科学・技術の進展と未来社会
                科学・技術の進展と未来社会                                     
  (これはある研究会で問題的として報告したもので、未完成である。今後考察を深める予定である。)

II.未来社会はどうなる? 理想的社会の姿は科学・技術に強く規制される 
 科学・技術は人文社会学や哲学・倫理学に比して突出して発達し、人間社会と日常生活の隅々まで浸透している。今や科学・技術は政治・経済まで左右する力を持った。それゆえ科学・技術は社会の上部構造と下部構造の重要な要因である。昔は宗教が心身共に人間生活を規制していたが、近代科学は「神」を必要としない理論を築き、宗教から独立した。その後、科学・技術の社会的存在と役割が宗教に取って替わった。将来さらに、科学理論は宗教を否定するまでになるのか、それとも新たな宗教・倫理が生まれるのか。科学は精神文明と物質文明ともに大きく転換してきたが、21世紀にはさらに第二の変革を起こすだろう。それゆえ、科学・技術の役割を考慮しなければ、将来の社会形態や人類の生き方を考察することはできない。すなわち、理想的な社会体制(新社会主義も含めて)はいかなるものかは科学・技術の今後の発展に大きく左右される。  

科学・技術の新展開:遺伝子操作・人工知能・アンドロイド・宇宙進出で人類社会は変質する
 自然の仕組みを解明し自然認識を深めるための科学、自然の脅威から身を守り生活を豊かにする筈の科学・技術は、その目的を逸脱して自然支配の道具になろうとしている。
人類は科学・技術の力により人工的世界の開拓を猛スピードで推し進めてきた。21世紀にはそれがいっそう加速されるだろう。この先どこまで行くのか興味があると同時に、想像すると恐ろしくもある。
科学・技術の過信:科学・技術は万能ではない。科学は本質的に不完全なものである。(1)その応用である技術も不完全であり必ず欠陥がある。

I I. 生物の背負う根源的「業」(2) 
 生物の発生は物理・化学的には無理な現象である。なぜならば、「エントロピー増大則」という物理学の法則があり、それは多体系(多粒子系)に適応される普遍法則である。このエントロピー増大則によれば孤立した閉鎖系ではエントロピーは増大する一方で、減少することはない。これがエントロピー増大則である。生物の存在はそのエントロピー増大の法則に逆らう非自然的な状態である。
 エントロピーとは無秩序性(秩序性の逆)を表す指標であり、ランダムな雑然とした状態はエントロピーが高いという。生物の個体は機能性を備えた秩序だったシステムであり、環境に比してエントロピーが低い状態(秩序の高い)にある体系である。それゆえ、新陳代謝を断った生物個体は孤立閉鎖系となるから、それを放置しておけばエントロピーは増大し、やがて崩壊(死滅)する。このように、生物の存在はそれ自体がエントロピー的自然法則に対して無理な状態なのである。崩壊(死滅)の危機から脱するために絶えず努力し続けねばならない、この事実が死の恐れとなり、それがやがて本能化されたものが「死の恐怖」であろう。
それゆえ、個体を維持し成長するために環境から食物として低エントロピーの物質を摂取しなければならない。摂取した低エントロピーのエネルギーを体内で利用した後に高エントロピー物質やエネルギーを外部に排泄する(物質代謝)。したがって生物の存在は、程度の差はあれ、必然的に環境を汚染し環境を変化させる。すべての生物は、その存在自体が「エントロピー増大則」という自然法則に逆らった無理な状態を維持し続けているのである。
 生物誕生以来、地球環境は徐々にではあるが非常に大きく変化してきた。生物の誕生によるこの自然環境の変化は、地球の発展進化とみることができるだろうが、反面からすれば地球環境の汚染・破壊でもある。生物にとって避けることのできないこの営みは、生物界の食物連鎖と共に、すべての生物の背負った業(仏教のいう「業」、キリスト教の原罪に当たる)である。
 優位に進化した生物は、新陳代謝を効率よく行うために他の生物を食物にするようになり、さらに種の競争によって進化を重ねた。生物の食物連鎖はこうして起こった。人類は後から出現したにもかかわらず、この食物連鎖の頂点にあり、最も業の深い存在である。
 存在自体が無理を強いられている生物が種を維持発展させるために、生存に有利な機能を徐々に獲得してきた。これが種の進化の根源的原動力である。ところが、人類は種としての生物的自然進化(適応進化)を待てずに、生存に有利な手段を次々に獲得した。それが技術である。したがって、技術は生まれながらにして人類の業を背負いそれを拡大している。
 生物が生きているということは「すごい」ことであると同時に、生命の存在自体が環境汚染と食物連鎖という二重の「業」を背負っているわけである。食物連鎖の中に生き続けねばならないこの「業」こそ、逃れることのできない「生物の根源的業」であると思う。このように、生物は生きるために日々「業」を重ねている。食物連鎖の頂点に位置している人類は最大の「業」を背負っていることになる。環境を変化させることは生物が存在する限り必然であるが、人類による科学・技術力を用いた急激な環境変化は、根源的業にもう一つの業を上乗せしたもので、「持続可能な開発」をはるかに超えて急速に拡大しているわけである。
 この事実をベースにして、人類の未来を考察する。

III.20世紀における人類自滅の危機は一応回避した
 二回の世界大戦による大量の殺戮。経済恐慌を経験した。
核兵器開発競争:核戦争は瞬時で人類を破滅させる。幸いに全面核戦争は回避できたが、核兵器は残った。
 環境破壊:自然制御から自然支配へと転換した(人類の思い上がり)。
急速な複合的汚染で自然破壊→人類はすべての生物の天敵となった→次に自らの天敵になる→
→(将来)自滅の危機?
情報化社会:インターネットによる情報伝達のスピード化、流通革命、グローバル化を推し進めた。
24時間稼働社会の生成→ストレス増大、心身の変調。 
遺伝子操作:生物の自然的進化(適応進化)への暴力的介入→生態系の破壊→環境とのバランス破壊、
動植物育成の工場化:食物の大量増産、食物の種類と質の変化。
医術の進歩:長寿社会、臓器移植はどこまでいく、iHP万能細胞、人工臓器造成、クローン人間の誕生。
宇宙への進出:ロケット技術の進歩、天体の観測技術が飛躍的に進歩―宇宙科学の発展、軍事技術と不可分。

20世紀は「持続可能な社会」を超えて開発が進んだ:環境破壊、人間の心身疲弊。
20世紀は物理学を契機とする第2科学革命以後、科学の新分野、情報理論、分子生物学、宇宙論などを含めて科学の全面開花の時代であった。技術面でも、高速計算器、インターネット、高度技術(ハイテク)産業、原子力利用、医療技術、ロケット開発など素晴らしい発展を見た。しかし、喜んでばかりはいられない。核兵器開発競争という忌まわしいもの、環境汚染・破壊もあった。
新技術の開発は生産能率を格段に増したが、労働時間は短縮よりも残業を増やし、過労死を生んだ。技術開発は資源・エネルギーの節約、環境保全でなく、逆に浪費をもたらした。技術開発による能率増進や省資源となるよりも、逆にそれを超えて社会全体の仕事量や資源消費を増やしたからである。その原因は資本主義の競争社会、規制のない市場原理(新技術はそれに付随した職種や仕事を生み出して、社会全体の仕事量を増す)、富の分配(賃金)制度の不合理による。国際、国内ともに格差の増大をもたらした。(3)、(4)

「持続可能な開発」とは、人間の生理(心身共に)が無理なく適応し環境変化に着いて行ける程度の開発である。
 現代の開発は「持続可能」のレベルを超えている。

科学と技術の結合は密接になった。基礎科学も短期間で技術に応用され、科学実験には高度の技術が必要である。また科学・技術の大規模化は環境破壊の危険性を増大させた。これらは科学・技術の急速・過度の発達、特に技術の無政府的発達による。
 それゆえ科学・技術をコントロール科学が必要である。 

I V. 21世紀の科学・技術:人工的世界-人類の変質 
 地球環境の異変、人類生存の危機が問題になっているのに、世界の各地で権力・覇権闘争、民族・宗教対立による紛争、テロの蔓延、殺戮など拡大するばかりである。戦争・紛争は最大の環境破壊活動である。
人類はそのような愚かなことにエネルギーを注ぐのでなく、この地球をどう救うか、人類はどう平和に生き延びるかを、一致協力して真剣に考えるべきである。人類は目覚めよ!

科学・技術の新展開(科学の第3革命)
 複雑系科学・認知科学:物質の自己発展・進化の科学、人間の精神活動を対象とする科学-これは科学の第3革命である。
自然界の仕組みを認識する自然科学は、20世紀の半ば過ぎまでは「何が如何にあるか」という物質の存在様式と運動法則を主として追求してきた。宇宙はビッグバン以後絶えず膨張を続け、その過程で発展進化してきた。それゆえ、発展・進化の原理と法則を把握しなければ自然科学は半分しか自然の仕組みを解明してないと言える。21世紀の科学は「存在の科学」と「発展・進化の科学」をともに進めるべきである。両者を併せて自然認識は十全となる。(5)
分子生物学、遺伝子解読を利用した遺伝子操作の技術革新も革命的であるが、情報科学、複雑系科学、認知科学を利用した次世代の技術も技術革命と言える。それらの新技術は今後急速に発達するだろう。これらの科学・技術は、コンピューターと併せて高性能ロボット、アンドロイドの製作に不可欠である。

21世紀には人類社会の在り方(形態)が質的に変わる
 今や資本主義社会は非常に不安定で、諸矛盾が極度に蓄積している。経済危機を引き起こす要因は多く、何時・何処で何が起こるか判らないほど世界経済は不安定である。いろいろな面で世界を一つに繋ぐグローバル化により局所的経済問題は、直ちに全地球に波及する(カオス的現象)。国家財政の赤字累積と世界経済の不安定化は構造的なものである。(6)
社会福祉費、医療費、研究教育費、大型プロジェクトなどは増大する一方であり、少子高齢化で、先進国の国家財政の赤字は増大するばかり。社会制度の変革は必然的であるだろうが、資本主義に替わりいかなる社会形態になるか不透明である。予測できる理論はまだない。

 インターネット社会、ロボット社会は政治・経済の仕組みと社会形態の革命的変化を起こすだろう。人間が直接手を下す仕事は減り、通勤せずに家にいてインターネット通信でかなりの仕事がこなせるようになる。労働形態と賃金体系の合理的システムはどうあるべきかが課題となる。
 また、政治制度も変わるだろう。高度の情報化社会では民意の集約と反映の仕方も変化し、選挙制度、議会制民主主義(すでにマンネリ化し矛盾がでている)の形式も変わりうる。

ロボットとの共生
 高性能ロボットは工場や公共施設から富裕家庭へ、やがて一般の家庭に普及して生活スタイルは質的に変化する。日常生活の必需品は、情報機器、エネルギー設備、電化製品、ロボットなどどんどん増える。その生活を維持するためには高収入が必要となる(昔は衣食住の必需品は僅かで生活していた)。それには職業、仕事量、賃金のバランスを保ち、貧富の格差を是正する社会体系が不可欠である。
 遠くない将来に、高性能ロボットと人間との共生法が大きな課題となるだろう。特に人間とアンドロイドとの棲み分け(役割分担、職種分業、仕事配分)は避けられないが、それが上手くいくようにロボット技術の開発が必要であり、それにマッチした社会形態を探らねばならない。どのような棲み分け形態がよいかの研究が必要である。

ロボット・アンドロイド技術の開発規制、そのルール作りが必要だが、その規制を破る者がでる。それにどう対処するか。特にテロに利用される危険性をどう防ぐか、またロボットを使った戦争を防止する方法が重要課題となる。
   
ロボットは人間を超えることは可能か?
 「人間を超える」の意味:個別的能力(ゲーム、単一労働など)では人間を超えることは可能だが、すべての点で、あるいは総合的な能力では容易に超えられないだろう。人間の意識と能力は複雑多岐、かつ高度で、そのメカニズムは未知な分野が多い。最近の脳の研究でその機能の複雑さ奥深さが解明されている。それゆえ、人間とは何かがすべて判るまで、総合的に人間を超えるロボットを人間には作れないだろう。
 だが、思考・意思・感情を備え、学習能力を有するロボット・アンドロイドが氾濫すれば、遠い将来人工の操作を離れて、学習能力を持つロボットが自己進化することによって人類に反逆し、人間社会を征服する可能性は否定できない。(オートマトンが自己学習、自己増殖の可能性は、論理的に証明されている。フォン・ノイマン) 
ロボットが人間と並ぶか超えるなら人類とロボット(新人類)との競争・抗争も起こりうる。

宇宙進出
 21世紀には宇宙基地、月・惑星基地の建設とそこへの移住を目指している。そこに人工世界を建設しようとしている。宇宙開発の技術にロボットは不可欠であろうが、原子力の利用は必要か? 

精神構造の変化:人口衛星の飛行士は、衛星から宇宙や地球をみて人生観、自然観が変わったと異口同音に言っている。人工衛星は地球の表面近く回周しているに過ぎないが、それでもこれだけ大きな精神的影響を与える。まして他の天体ではその影響は想像を超えるだろう。
新人類の可能性:宇宙や他の天体では、環境が急変した空間での生活を強いられるから、そこで生活する人間は精神状態 生理、遺伝子にどう影響するかは未知である。その結果、宇宙生活の人間は将来想定外の進化をするかも知れない。新人類の発生の可能性もある! 古代に生物が海から陸に上陸し生息するようになって、劇的に進化が進んだ。宇宙時代はその次の劇的生物進化の時代である。その新人類と対立しないよう共生しなければならない。 

V.未来社会の在り方
 科学・技術は、人間が余暇を持ち心身ともに豊かな生活ができるように活用すべきある。ところが現代社会においてはその逆である。これは資本主義的競争社会の宿命であるのか。そうならば、この矛盾を解決する(完全な解決法はないだろうから、せめて緩和する)社会制度はいかなる形態かを探究すべきである。
特に、ネット社会、高級ロボットやアンドロイドが活用される未来の長寿社会においては、これらの要素を考慮せずに理想的社会の形態を考える事は無意味である。「社会主義社会」を含めて理想社会の仕組みを模索する上でこれらの要素は大きなウェイトを占めるだろう。

高度に発達した科学・技術社会での理想社会とは
・平和で安心して生活できる平等な福祉社会、文化的で豊かな生活が保障されること。
・思想・信条の自由。移動の自由、職業選択の自由を保障。
・民意が正しく反映される(民主主義的)社会。(議会制民主主義の形骸化が始まっている。)
・地球環境を守りながら人類が生き延びる方法:「持続可能な開発」を維持する科学・技術の開発が可能な政治・経済制度。
・ロボット技術の進歩した社会での労働と余暇と富の合理的配分。希望する者は誰でも働き、生活に必要な十   
分な賃金を貰える制度。
・みなが十分な余暇を持ち、余暇を有効に過ごせる社会。(豊かさとは何か?)
・アンドロイドとの共生(棲み分け)が上手くいく仕組みの社会。
・宇宙空間、月・惑星などで生活する人種と協力し、対立しないようにすること。
・その他?

附記:
意識とは何か、自由意思とは、人間性とは何か
 記憶、思考、意識などは高度に組織化された物質系の運動形態であろう。認知科学が進歩し、記憶、思考、意識などが可成り解明されたなら、完全な唯物論の無宗教時代がくるか。それとも新たな倫理・宗教が必要か? 
 ロボット(アンドロイド)に「意思」が芽生えるなら、「自由意思」とは何かが、別の意味で問題となるであろう。かつて、ニュートン力学が確立して力学的自然観が支配的になった18世紀に、人間一人一人の運命は力学的決定論により生まれながらに必然的に定められているのか、そして人間の自由意思は存在するのか、という疑問が哲学の深刻な問題となった。この問題は未解決のまま現代にも引き継がれている。
 将来、法秩序、道徳・倫理の変化は必然。無宗教社会か、新宗教の誕生か?  

「意識」とは
 意識も生物の無意識的(反射的)運動の繰り返しによって、経験を通して自然発生的に生まれたもので、高度に組織化された物質の運動の一形態(機能)である。
 動物の意識は、生命発生初期の生物の無意識的反射行動(食物摂取、敵からの逃避、光に対する反応など)の繰り返しの中で徐々に芽生え(条件反射)、生物進化とともに形成された物質組織の最高機能といえるであろう。ただし、意識の発生過程で、どこからが「意識」といえるか明確に定義することは難しい。この初期的機能の繰り返し使用の中で、学習能力が発生し、目的意識が成長したと思われる。

「超意識」:いずれにせよ、意識を「物質組織の物理・化学的運動による機能」の一種と見るならば、全宇宙は一つの有機体として「超意識」を有する可能性も否定はできないだろう。もしそうなら、宇宙の個々の銀河は、生物でいえば一つの細胞のようなものであり、銀河団は組織に対応するかも知れない。その時間・空間スケールが、地上の生物と比較して極度に大きいだけである。銀河は今でも物質・エネルギーの新陳代謝を行い、融合・分裂を行っているし(生物細胞のように)、銀河同士が相互作用をしながら超銀河団を形成し発展している。さらに、全宇宙は一つのシステムとして「有機体」のように自己発展している可能性がある。しかし、全宇宙の中の物質元素の存在比(水素・ヘリウムがまだ90数%と圧倒的に多い)からみて、宇宙の年令は若いから、「超意識」はまだ芽生えてないかも知れない。そうであっても、いずれ「超意識」が創発する可能性を完全に否定し去ることはできないだろう。
 この場合の「意識」(生物初期の意識、自然の超意識など)とは、一つの物質系(生物個体、物質系システム)がある目的を達成するための行動に際して、その系の内部に蓄積された諸情報を関連づけ統合的に活用する内的機能のことである。すなわち、目的的行動の原因(原動力)となりうる情報の統合機能が高度に発達したものといってよいだろう。 

ロボットの意識:生物が自然進化の過程で意識を獲得し、今日のように発達するまでには、何千万年、何億年の時間が必要であった。ロボットが上記のような自然発生的自己組織化で意識を得るには非常に長い時間を要するが、人間が操作して与えるのであるから短時間で進歩しうる。ロボットの「意識」は最初のうちはかなり低い生物種レベルであろうが、次第に犬や猫の意識水準に達し、そして、ついには人間に近いレベルの「意識」を持つものができるであろう。すると案外早く高度の意識を持つようになるかも知れない。そうなると、自己学習により自己進化する可能性もある。
自然の自己実現 
 人類は自然の営みに介入し、時間的にも、空間的にも劇的に変化させている。だが人類も自然の一部である。するとこのような人為的変化も自然自体の営みの一環となる。科学・技術もその一種である。

 「自然科学とは、自然が人類を通して自らを解明する自己反映活動」である。(1)、(2)

 すると自然科学は自己言及型の論理であるから、無矛盾な体系である限り、ゲーデルの不完全性定理により不完全である。人類は科学により、「自然の仕組み」を完全に極めることはできない。
 科学は経験的知識と実証性をよりどころとするが、抽象的かつ合理的理論体系を築くという意味ではやはり高度の精神活動である。その知識体系は客観的・普遍的であるゆえに、個人を超えて社会的にも歴史的にも蓄積可能である。この点が主観的信仰に基づく宗教と本質的に異なる特性である。それゆえに、科学は着実に、しかも指数関数的に進歩発展を遂げた。

 人類の生存意義は何か? 
 種保存能力を超えて、人類は科学・技術により物質的に豊かになった。人類の活動能力は、他の生物種をはるかに超えて突出している。人類の生存意義と生存目的は何か。
この宇宙に人類のような生物が発生・進化し、猛威を振るって自然すら変えようとしている。しかし、それも自然自体の自己運動の一環、いわば自然の「自己実現」の過程であろう。人類のような存在が、どこまで発展しうるのか、それは自然自体にとっては、自然界における一つの大きな実験である。他の天体にも人類以外の高度文明が生まれているだろう。その可能性も含めて、自然とは、人間とは何かを考察したい。新たな人生観、倫理、宗教が必要となろう。

         参考文献
1.『科学はこうして発展した』せせらぎ書房 2002
  『複雑系科学の哲学概論』本の泉社 2013
2.「科学と宗教」『唯物論と現代』49号(2012.11)
3.「人工的世界と人類の未来」『唯物論と現代』20号(1998)
4. 「科学・技術で地球環境は救えるか」『日本の科学者』Vol.44,No.6(2009)
5. 『複雑系科学の哲学概論』本の泉社 2013
6. 「国家財政の破綻と世界経済の危機」『唯物論と現代』48号(2012.6)
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