科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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全国学力調査について
  全国一斉学力調査の採点について
               

4月に文部科学省は国語と算数・数学について全国一斉学力調査を行った。その採点で混乱が起こっていることが報道された。
 この試験の採点業務を文科省は、学校の教師に負担を掛けないようにと、小学6年分をベネッセコーポレーションに、中学3年分をNTTデータに委託したそうである。この採点を民間業者に委託したと聞いて首を傾げた人は少なくなかったはずである。

 国語と算数・数学に記述式問題がでたので、採点基準がばらつき、かなりの混乱や戸惑いが起こったらしい。特に国語はひどいようである。判断に迷う場合は採点責任者の「リーダー」が判断するそうだが、その基準が時により、あるいは人により変わるそうである。リーダーを含む採点者のほとんどは、人材派遣会社を通じて集められた人を研修した者だそうである。
 これだけ莫大な量の答案の採点では、採点基準に多少のばらつきは避けられないだろう。そのばらつきの程度をいかに少なくするかも問題であるが、大切なことは生徒の解答の多様さから何を汲み取り、それを次の教育にどう生かすかである。正答・誤答の二者択一採点では済まされないものがある。
 
 試験の答案は教師にとって、教育結果について非常に大切な情報を含んだ貴重な資料である。筆者も通常試験の採点などから、自分の教えたことが学生にどう受け止められていたか、あるいはこんな誤解をされていたのかなど、教育の方法について多くの教訓を汲み取ったものである。また、入学試験の採点で、記憶中心、結果重視という現代の教育の欠陥を痛感したものだ。
 先日、さる学校の先生が、「この試験の採点をなぜ教師にやらせず民間会社に委託したのか、答案は教師にとっては宝の山なのだ」と朝日新聞の投書欄で文科省に抗議したことを聞いて、正にその通りと共感したところである。

 学校の教師に負担を掛けないために採点を民間業者に委託したと文科省は言っているそうだが、学力調査のためならば、全国一斉にしなくとも、統計的に十分必要な生徒数の試験をすればよいのである。そうすれば、それほど多くの負担を掛けないで済むはずである。過去の全国一斉試験は、学校間の競争を煽り、その結果多くの弊害がでたので止めるべきだとの意見がでた。唯でさえそうなのに、安倍内閣は優れた学校には多くの助成をし、劣ったところに鞭するような政策を打ち出している。これでは、一斉学力試験の弊害はさらに加速されるであろう。
 
 いずれにせよ、今度の試験の採点結果のまとめ方が問題である。集計は点数と正答率のみでなく、正解基準から外れて採点判断に迷うような解答例を挙げ、さらに誤答、迷答など参考になる例の分布状況も添えるべきである。学校名や地域名の公表はすべきではないが、これらの特徴を公表して、現場の教育に活かせるようにすべきである。そのためにも、経験を積んだ現場教師が採点すべきであった。人材派遣会社が集め即席指導した採点者では、その「宝の山」から宝を拾い出すことはできないであろう。

 文科省(文部省)は過去に、入試制度や指導要領の改定など矢継ぎ早に「教育改革」を行ってきた。しかし、前に打ち出した制度の効果や欠陥を十分調査せず、資料なしで10年ごとに機械的に次の指導要領を変えてきた。文科省は、新指導要領が実施されると同時に、調査する期間もなく次の審議会を発足させて改革案を出してきた。それゆえ、継続性も一貫性もなく、その時の文科省の担当者の思いつきで方向が決められてきたといっても過言ではないだろう。これでは「改革のための改革」、「仕事作りのための改革」である。さすがに、このようなやり方に対して批判が出たので、近年になって、調査を少しはするようになったようである。
 教育改革には、学力調査は当然ながら必要であるが、その方法と結果の生かし方を工夫すべきである。そのためには、現場の教師の声を十分聞いて行わないと、調査のための調査になってしまうだろう。
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