科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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政府は何でもできる無法国家日本
政府は何でもできる無法国家日本

 安倍首相は集団的自衛権の「安保法制」は憲法違反だと大多数の憲法学者がいうのであるから、憲法9条2項を廃して改定すべきだ。そのために、次の参議院選挙で改憲派の2/3獲得を目指すと言いだした。

 こんなひどい話はない。この本末転倒論議は、民主的法治国家では考えられないことだ。この安倍首相の論法は、憲法違反でも法律違反でも構わない、まず既成事実を作り、後からそれに合うように憲法や法律を変えればよいと言っているわけだ。それでは、政府(国家権力)は議会で多数を取れば意のままに何でもできるという独裁国家である。これでは民主主義の最低の基礎である立憲主義、法治制度を捨てた権力暴走である。決して許してはならない。 

「9条の会」は、安倍発言は逆立ちの論理だと即座に反論した。日本中の良識ある人たちは皆が、強い反対の声を上げ行動すべきである。マスメディアも安倍政権の威嚇に屈せず、民主主義擁護の論陣を張って欲しい。

 日本では近年「戦争のできる国」造りが着々と進行している。安倍政権になってから、それが一挙に加速し、露骨になった。戦後70年守ってきた平和国家の基礎が音を立てて崩壊しつつあるように思える。

 誰でも「戦争は絶対嫌や」「戦争絶対反対」という。だが、「戦争できる国」は一朝にしては成らないし、戦争は突如起こるのではない。それと気づかないように世論を誘導しながら、徐々に一歩一歩その態勢は作られる。戦前に軍国主義日本が形成され無謀な戦争に突入した歴史がその貴重な教訓である。気がついたときには、言論の自由はなくものが言えなくなった。今の日本は「特殊秘密保護法」ができ、新聞、テレビなどマスメディアへの政府の圧力で、報道の自由が抑圧され、自主規制が始まっている。これが第一歩である。次は国際環境の緊張と称して危機意識を煽り、軍備拡張である。こうして安保法制が行使しやすい雰囲気を作っていく。 
 「公共報道は政治的中立でなければならない」といって、政府はマスメディアを牽制する。安倍政権が右に偏っているから、政府批判をするのである。中立か否かを偏向した政府が判断するのでは、真の中立は保てない。昔の大本営発表をそのまま報道したメディアに戻れと言いたいのだろうか。偏向は現政権の方である!

これまでの安倍政権の行動は「戦争できる国」への形作りであることに気づき、それをストップさせねばならない。「戦争は絶対嫌や」とは誰でも言うが、そういう人の中にも安倍内閣の支持者はいる。「戦争反対」それだけでは駄目。今の安倍政権の政策は戦争への道を歩みつつあることに気づくことが肝要であろう。「それと気づいたときはもう遅い」とならないよう注意しなければならない。 
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