科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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技術革新により地球環境は救えるか
技術革新により地球環境は救えるか


 地球環境の悪化、特に化石燃料の大量消費による温室効果ガス(CO2、メタンガスなど)の増加で、地球温暖化は急速に進んでいる。国連機関のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告は、この温暖化は人為によるものであることを指摘した。ドイツで開かれた今年のG8サミットでも、地球温暖化防止のためにCO2排出の削減目標が大きな議題になった。このニュースは地球環境の問題を世界の人々にアッピールする効果はあったろう。しかし、その目標を実現する手だての議論には、足並みが揃わず真剣みが感じられなかった。スローガンに終わりそうな気がする。

 ところで、地球環境保全のために、CO2排出の削減や省エネルギー技術の開発の必要性がしばしば唱えられている。日本政府や経団連幹部もその方針を打ち出している。環境破壊を防止して地球を救うのも、科学・技術での力が大変有効であることは間違いない。しかし、それにも限界があるし、また、そのための新技術も使用法によっては逆にエネルギー消費を増やす結果になったり、新たな環境破壊の要因を生み出す可能性があることを認識すべきであろう
  
 環境保全対策のための科学・技術の開発には、主に(1)省エネルギー・省資源のための機器・装置の小型化、(2)悪影響のある物質に替わる技術や代替物の発明である。

 (1)の小型化では、大型機器を小型することにより、製造のための資源が節約されるし、そして運転のためのエネルギー消費量が大幅に減る。それゆえ、環境破壊を阻止するのに大変有効であるように思える。たとえば、コンピュータの場合、半導体のICチップス技術が進んだために、大容量メモリーのコンピュータの小型化で資源の節約は計り知れないであろう。さらに、その運転に必要な電力使用量は桁違いに少なくて済む。また、超微細物質を操作し細工するナノテクノロジーの進歩は、多方面で機器の小型化を可能にしつつある。
 これらの技術開発により、非常に多くの機器の小型化が進み、莫大な資源とエネルギーの節約が可能になった。
 だが、喜んでばかりはいられない。コンピュータの小型化により、パソコンが一般家庭にまで大量に進出した。今では携帯電話機がそれに替わろうとしている。その結果、社会全体で見れば、パソコン・携帯電話の全台数は指数関数的に膨れ上がり、それの製作に必要な資源量と電力消費量は、大型コンピュータ時代に較べて却って増えた。技術革新による機種の改良で、次々に新機種が売り出され、売れ残り物の廃棄と使い捨ての無駄は目に余るものがある。
 この種のものは、その機器が便利であればあるほど、また情報化社会が進めば進むほど、需要が増大し普及する。小型化はその需要に応えやすいから、市場原理優先の経済社会ではその動きを止めようがない。
 
 次に(2)の代替物発明の技術はどうであろうか。結論を先に言うと、新たな環境破壊をもたらし、下手をすると、環境破壊の拡大再生産の可能性があるということである。
その典型的な例は原子力発電であろう。化石燃料の枯渇対策として、またCO2の排出を抑制できるといって、かっては世界的に大変宣伝された。日本でも科学技術庁(現在は文部科学省)が原子力発電に熱心に肩入れした。その推進理由には一理ある。しかし、使用済みウランの処理(原子炉の灰)、老朽原子炉廃棄処理の対策に関する見通しが甘く不十分であったために、今になってそれらの処理に困っている(これには莫大な経費がかかるのに蓋をしてきたので、原子力発電コストを不当に安く評価した原因でもある)。処理できない使用済み放射性廃棄物は、蓄積する一方で下手をすると、将来地球の広範囲が放射能で汚染されかねない。それゆえ、原子力発電は新たな地球環境汚染の要因を作り出す可能性がある。
 代替物のもう一つの典型は、冷媒ガスとしてのフロンガス(クロロフルオロカーボン)の利用である。それ以前に使用されていたアンモニアなど有害な冷媒ガスに替わってフロンガスが発明された。フロンは、無色無臭、不燃性で化学的に安定しているなどの特性があり、人体に無害であるうえに大気汚染の問題もないともてはやされ、エアコンや冷蔵庫の冷媒、電子部品の洗浄、発泡スチロールの発泡材、スプレーなど、広範囲に大量に使われた。しかし、大気中に放出されたフロンが、有害紫外線を吸収するオゾン層を破壊することがわかり、たちまち使用禁止になった。しかし、すでに大量のフロンが上層大気中にあり、オゾンホールは拡がった。またすでに使用された機器中のフロンの回収は容易でなく、今も少量ながら放出されている。フロンガスは、代替物が新たな環境破壊の要因となった典型的例である。

 現代では、科学・技術の規模は巨大化され、一挙に大量の物が製造されるようになった。地球環境保全はスケールが大きいので、その技術は必然的に大規模となる。従って、新技術が開発されて一気に使用されると、たちまち全地球にその影響は及ぶ。それゆえ、十分なテストで安全性を確認せずに使用すると、後から気づいたときには遅く、取り返しができないことになる。
CO2を凝縮して埋める方法や、海水に吸収させる方法などいろいろ研究されているが、その2次的効果を十分検証しないと思いも寄らぬところに影響がでるかも知れない。人間の知恵はまだまだ不完全であり、技術には予知できない抜け穴がある。

 環境破壊を救うのも科学・技術の力ではあるが、そのための新技術は環境保全以外に利用され、むしろ金儲けのための技術開発の方が優先される傾向が強い。それが資本主義社会の市場原理である。便利な生活環境で育ち、それに慣れた人間は、その生活が当たり前と思って、さらに便利さを求める。だから、生活に便利な機器はどんどん売れるので、資源・エネルギー消費の増大に繋がる。それゆえ、何か重大な問題が起こらなければ、この連鎖は止まるところなく続くだろう。

 技術開発による新技術の発明は仕事の能率を大いに上げるが、多くの場合は、逆に新たな仕事を作りだし、むしろ社会全体の仕事量を増やしてきた。便利さを求める新技術は社会の活動力を高める潜在能力を持つ。それゆえ、便利な新機械ができると、それが無ければなしですむ余分な仕事を作り、関連産業を生みだす。

たとえば、複写機の発明はその例である。大量のコピー機の普及は資源と電力の大量消費をもたらしたばかりでなく、それに付随する多くの仕事を増やした。それまでは、無くとも済ませたものをコピーし、無駄なファイルが急増した。その結果、コピー作業、事務量の増加、、紙の大量消費、紙屑処理といった、環境にとって負の効果を大量に生みだした。コピー機は携帯電話などと併せて情報公害をもたらしたと私は思っている。

新技術の開発で仕事の能率が何倍上がったか、そしてその技術に付随して(その技術の応用も含めて)増えた社会全体の仕事量の両方を評価すること、またその技術と関連した新機器を含めて資源・エネルギー使用の増減を評価することが必要であろう。これまでは、新たな経済投資や新技術の波及効果は、便利さの向上と経済成長率の面でのみ評価されていたように思う。

 これまでの経験で、新技術により便利な物ができても、社会全体で見ると仕事量が大量に増えて、人間の一日の労働時間はあまり減らなかった。ロボットの進歩は人間の労働を軽減し、労働時間を短縮するのではなく、生産量を上げるためにだけ利用され、人間の余暇をあまり増やしてくれなかった。日本では機械化が進んだ結果、むしろ労働時間は延長され過労死がでた。いまだに過労死は依然あとを断たない。

 このように、環境問題を解決するための科学・技術開発は、新たに別の環境問題を作りだし、最悪の場合は矛盾の拡大再生産になりかねない。また、便利な機器の発明は、現在の社会制度では、逆に仕事を増やし、労働時間の短縮にはならない。この悪循環を断ち切るには、私たちの価値観を転換し、生活習慣を変えなければならないと思う。日常生活でも自動化が進み、電気を消費する装置が日増しに増えている。資本主義下の市場原理優先社会では、この傾向は止まない。そして、私たちがスピードと便利さを追い、物質的豊かさを求め続けることを止めなければ、環境問題に救いはないだろう。
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