科学・技術と自然環境について、教育を考える。
  • 10«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »12
「軍学共同研究」を憂う 
防衛省と大学との共同研究:「軍学共同研究」を憂う  

急速に進む大学・研究機関における軍事研究を憂い、それに反対するアピール「学問・研究は平和のために」(「軍学共同反対連絡会」)に賛同する。

 防衛省は、大学や研究機関を軍事研究に取り込む「軍学共同」の動きを強めている。防衛省防衛技術研究本部と大学・研究機関との間で締結された共同研究の件数と、研究費は2010年ごろから加速的に増加する傾向にあることが報道されている。

 防衛省との共同研究に応募する研究者の言い分は、防衛省の誘いと同じく、「直接的軍事研究でない有益な技術開発」、「デュアルユースの技術」、「成果の原則公開」なら許されるだろうということらしい。だがその考えは戦前の歴史を無視し、過去の過った道を再び歩み出す一歩であることに気づいていないと思う。直接軍事研究にかかわるか否かの判断よりも、研究費を軍からもらうこと自体がすでに心身を委ねることになる、その危険性が問題なのである。 その潤沢な研究費の魅力は、研究者にとっては麻薬のようなものである。一度手を染めたら抜けられない、その依存度は増すばかりである。

 かって戦争協力に総動員された研究者たちが、戦後に痛切な反省をし、「戦争を目的とする科学研究には絶対に従わない」(日本学術会議の総会声明、1950年)と誓った。この宣言に日本の科学者は賛同したが、この誓いは近年風化しているから、防衛省との研究に応募するものが増加しているのであろう。この軍学共同研究はこの宣言の精神を放棄することである。その風潮に対して、軍学共同の危険性を訴えた「軍学共同反対アピール署名」などの運動で、今年の応募件数は激減したそうである。幸いにまだ大多数の研究者の良心は保たれている。 

  「軍学共同研究」に応募する研究者が増えて、そのような体質が蔓延し制度化すると、研究者の良心は麻痺しやがてそれが当たり前になる。そうなっては、研究者は精神的にも支配されて、攻撃用の軍事研究でも拒否できなくなるばかりか、積極的に行う研究者も現れる。

 国公立大学・研究機関の特殊法人化により、研究費を外部から獲得する競争が激しくなってた。科学・技術の開発競争により研究費は増大する一方である。大学・研究機関の特殊法人化によって経常研究費が削減された研究者は、研究費を取れるなら何処からでも取りたい気持ちになる。大学の特殊法人化は、兵糧攻めによってその土壌を培った。特殊法人化はこんなところにも効果を発揮している。他方では、「安全保障関連法」により、軍事研究の必要性が益々高まるだろうから、 政府は軍学共同研究の政策を一層推し進めるであろう。防衛省の共同研究の誘いは、その政策の一環である

この「軍学共同研究」の問題について、学術会議で議論が始まっているが、以前の学術会議の「宣言」の精神を維持することを強く望む。
スポンサーサイト
この記事へのコメント

管理者にだけ表示を許可する
 
Copyright © 2005 自然と科学. all rights reserved.