科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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「軍学共同研究」に対する学術会議検討委員会の「新声明案」 
「軍学共同研究」に対する学術会議検討委員会の「新声明案」              

  「軍学共同研究は是か非か」について学術会議で熱心に議論されてきた。また、学術会議以外にも新聞紙上での討論、また各地(大学)でこの問題について講演会や討論会がなされ、関心は非常に高まった。学術会議の討論では軍学共同研究に反対する意見が多かった。これらの議論から改めて多くにことを学んだ。関係者の熱心な討論によって議論はかなり深まり、その結果「安全保障と学術に関する検討委員会」(委員長 杉田敦法政大教授)が声明案を決めた。この声明案は学術会議の総会にかけられ承認されるだろう。

 その骨子は、学術会議が戦前の反省を込めて、戦後に出された「軍事目的の研究は行わない」との学術会議の声明を継承すること。さらに、防衛省が創設した安全保障技術研究推進制度は、兵器開発につなげる目的を持つものであり、防衛装備委託研究は、政府介入の度合いが強く問題が多いと、強く批判した。そして、大学や学会にも倫理審査や指針整備などによる慎重な対応を求めものであった。

 昨年、防衛省は軍事研究を大学・公的研究機関と共同で行うことを強く打ち出し、そのための研究予算を急増した。2016年度の6億円から、2017年度は一挙に110億円とした。この動きは武器輸出の解禁と連動していることは明らかであろう。この防衛省の動きに対して、いち早くその危険性を察知して「反対声明」と、大学研究者の応募にストップを呼びかけて、運動をはじめた「軍学共同反対の連絡会」(代表 池内了氏)のメンバーに敬意を表したい。

 軍学共同に関する賛否の議論の焦点は、戦前の反省を込めて1950年に学術会議が行った決議「戦争を目的とする科学の研究はしない」を認め継続するか否かである。そのさいの議論の主な問題点は3点である。(1)ほとんどの技術は平和・戦争のいずれにも使えるという「デュアルユース」の問題、(2)研究成果の公表の自由性(3)防衛のための軍事研究ならよいか。

 国公立大学が独立法人になってから、大学の教育・研究の経常費は年々減少し、教員は外部から研究費を獲得しなければ苦しい状況に追い込まれている。研究能力よりも資金獲得能力のある者の方が優遇され発言力も強くなっている。独立法人化は文部官僚の天下り先を増やすためばかりでなく、軍学共同研究に手を染めざるをえない状況に大学教員を追い込んでいる。
 政府・防衛省の意図と目的からして、この軍学共同研究は軍事目的の研究推進であることははっきりしているだろう。 防衛省は「研究成果の公表を制限することはない」といているが、「完全自由」とは言わず歯切れが悪い。

技術の「デュアルユース」や「防衛のための軍事研究」などは考えが甘すぎるだろう。戦争に防衛と侵略の明確な区別などない「デュアル」である。 防衛のためとか、非軍事目的とかが問題ではなく、資金の出所が問題であって、いざとなったら国家権力の介入により軍事研究優先となる。要するに、いくら言い訳をしても、防衛省の研究資金ならば、主導権は防衛省にあることは明らかである。いったんその資金に依存したら、アルコール依存症のようなもので、その依存から抜けられずやがて心身ともにコントロールされていくだろう。そのとき資金を断たれたなら研究不能となる。そのことは軍事に限らず、また古今東西を問わず歴史の示すところである。特に有事の時の軍の権力の恐ろしさに思いを致すべきである。

 例えが大げさかも知れないが、この軍学共同研究に応募する研究者に対しては、悪魔に良心を売ったファウスト博士の運命が思い浮かんでくるのである。それは杞憂といえるだろうか。戦中に軍に協力した(良心的な)科学・技術者の戦後の反省と苦悩を、間近に見てきた私には杞憂とは思えない。
 
 アメリカの軍事研究費を東大、京大がすでに受け取っていることが報道され驚いた。日本で最も予算の多い両大学ですら、研究費が不足しているからだろう。かってアメリカの研究者は陸・海軍から研究資金(グラント)を受け、比較的自由に基礎研究などにも使われていたが、ベトナム戦争でアメリカ経済が疲弊すると予算不足となり、軍からの研究費が途絶えて軍事研究に協力させられたり、研究が継続できなくなった例を思いだす。

 「軍学共同研究」に対し反対意見が盛り上がり、すでに反対声明や、防衛省のプロジェクトへの応募に反対であることを決めた大学もある。再び過ちを犯して苦い思いを繰り返さないことを願う。今こそ科学者の良心と社会的責任が問われている。
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