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“自発的対称性の破れ”そして“CP対称性の破れ”とは何か?
“自発的対称性の破れ”そして“CP対称性の破れ”とは何か?
       -南部、小林・益川理論の解説-
 

     (これは科学雑誌「化学」2008年12月号に掲載したものです。図は一部欠けたり歪んだりしています。正確なものは「化学」を見てください。)

 今年は物理学で日本人が3人もノーベル賞を同時受賞するという嬉しいニュースがありました。受賞理由は、南部陽一郎氏の「自発的対称性の破れ」、小林・益川氏の「CP対称性の破れ」という研究でした。これらのテーマについて解説することになりましたが、全体像をできるだけわかりやすく説明するために、限られた字数で厳密なことは犠牲にせざるをえないことをことわっておきます。
 
1.素粒子の対称性とその破れ
 原子核を構成する核子(陽子・中性子)や中間子など、多くの素粒子を構成している基礎粒子はクォークです。現在では、クォークと軽粒子(電子やニュートリノなど)がもっとも基礎的な物質粒子とされています。これら基礎粒子の世界には内部対称性と外部対称性というものがあります。
 内部対称性というのは素粒子の内的属性に関する対称性のことで、たとえば、陽子と中性子は、電荷の違いだけで、質量やスピンばかりでなく核力(原子核を結合している力)の性質もほぼ同じです(図1)。それゆえ、核力のメカニズムに関する理論的形式は陽子と中性子を入れ換えても変わりません。これを荷電スピン対称性といいます。一般的には、性質の似た粒子を一括りにしてグループをつくり、その同じ組のなかの粒子を同一視して、それら粒子を入れ換えても理論は変らないとき、そのグループに関して内部対称性があるといいます。
 クォークは6種ありますが、それぞれのクォークには赤、緑、青と名付けられる3種のものがあり(クォークが目に見える色を持っているのではなく3種を区別する名前)、3色のクォークの入れ換えに対して理論は不変です。これを3次元色対称性といいます。

a)荷電スピン対称性
    ( ○  ●  ) →  ( ●  ○ )
     陽子 中性子      入れ換えても核力は不変

b) クォークの三次元色対称性.
  (● ○ ◎ ) → (○ ● ◎ ) → (◎ ● ○ )
赤 青 緑 入れ換えても理論は不変

 図1. 素粒子の内部対称性

 外部対称性とは、粒子の外部の時間・空間に関する対称性です。3次元空間には右手系と左手系がありますが、この2つの系は左右が反対で鏡に映した世界に対応します。右手系から左手系への変換(およびその逆変換)は空間反転のパリティ変換といい、Pで表します。また、時間の向きを逆転する変換は時間反転パリティ変換といいTで表します。も一つ重要な変換は荷電共役変換(粒子-反粒子変換)というものでCで表します。P,T,Cはそれぞれの変換を表す記号です。
 反粒子とは、電子や陽子などの粒子に対して、その裏の世界を作る粒子、すなわち陽電子や反陽子のことです。すべての素粒子には反粒子が存在します。真空は空の空間ではなく、粒子と反粒子対が無限に詰まった状態なのです。だから、十分なエネルギーを与えると真空から電子-陽電子(反電子)が対発生するように、粒子-反粒子の対が発生します。逆に、粒子と反粒子が衝突すると消滅して真空とエネルギーに戻ります。この現象が、この後で説明する宇宙発生時における物質起源のもとなのです。C変換は粒子と反粒子を入れ換える変換、すなわちこの宇宙から反宇宙の世界に移ることを意味します。ちなみに、C変換とP変換を合わせたCP変換は時間反転のT変換と同等であることが証明されています。(CP変換について詳しい説明は後でします。)

γ ---------  ○e-              π --------- ○q
     ●e+                       ●反q
     電子-陽電                クォーク-反クォーク対
   
             図2. 粒子-反粒子の対発生

 これ以外にも変換はありますが、P,T,Cなどの変換で素粒子の相互作用の理論形式(あるいは法則)が不変なとき、その理論は外部対称性を有するといいます。
 内部と外部対称性をまとめて、素粒子の対称性といいます。

2.対称性の破れとは
 自然界の仕組みの基本的なものは、これら対称性を有しているのですが、現実の世界では対称性の多くは破れています。この対称性の破れが自然界の多様性、複雑さを生む原因です。それゆえ、その現象を記述する素粒子理論はそれらの変換で不変な形式にはなってないのです。たとえば、荷電スピン対称性の場合、陽子と中性の性質は似ていますが、陽子は正電荷を帯びているので電磁相互作用をするのに中性子はしないために質量がわずかにことなり、核力の対称性は少し破れています。また、自然界に存在するタンパク質は左偏光のみというのも対称性の破れの例です。
 対称性の破れには、その破れ方の性質のちがいで二通りあります。相互作用の対称性の破れと、真空の対称性の破れによるものです。前者は後述する「CP変換に対する対称性の破れ」(=CP対称性の破れ)に、後者は「自発的対称性の破れに」関係しています。いずれにせよ、対称性の破れは相互作用によって引き起こされます。

1)相互作用の対称性の破れ:
素粒子の基本的相互作用には、強、電磁、弱、重力の4種類があります。強い相互作用と電磁相互作用ではほとんどの対称性は保たれているのですが、弱い相互作用(β崩壊など粒子崩壊の作用)ではこれらすべての外部対称性が破れています。
 P変換で不変性が破れると、弱い相互作用で粒子が崩壊したとき、崩壊前には右手系でも左手系でも状態は同じであっても崩壊後ではちがいます。つまり、素粒子の崩壊現象の法則は元との世界と鏡に映る世界とでは異なるわけです。これが有名な空間パリティの非保存です。
 次は本題のCP変換に対する対称性の破れです。CP変換はCとP変換を合わせた変換です。すなわち、この宇宙から反宇宙(反粒子で出来た世界)へ移行し、さらにその世界を鏡に映した世界への変換です。C変換でもP変換でも法則は変わらないだろう、したがってCP変換でもそうだと思われていたのです。ところが、弱い相互作用ではその対称性が破れていて、上記2つの世界では法則が少し違うことが発見されて大問題になりました。中性K中間子という粒子の崩壊で、弱い相互作用よりさらに弱い相互作用でCP対称性が破れていたのです。

 ○○              ●●               ●●
○                ●                   ● 
          C変換                 P変換               
 

粒子の世界      反粒子の世界    鏡映反粒子の世界


           図3.CP変換とその対称性の破れ

 P変換で対称性が破れていることは予想を裏切る大発見でしたが、CP変換に対する非対称性の発見はさらに驚きでした。右手系と左手系で基礎的な物理法則が異なるなど、それ以前は思いもよらなかったからです。ましてCP変換(T変換)に対する対称性が破れているとは! 自然は実に奥深く変化に富んでいることかと再度の驚きでした。

2)真空の対称性の破れ
もとの物理法則や基礎的運動方程式が座標変換や内部対称性の変換で不変、つまり対称性をもっていても、粒子間の自己相互作用でその対称性が破れることがあります。この破れは無限自由度の系で起こります。無限自由度の系とは、力学の場合、運動方向や回転の向きが無限にある系のことで、無限個の粒子系です(図4a)。また素粒子論では、相対論的な量子場の系(相対論的量子論では真空は無限に粒子-反粒子対が詰まった場だから)がそうです。
 自発的対称性の破れの例は、鉄の磁化です。不規則に置かれた鉄分子の多数集団(厳密には無限個の鉄分子)が、分子同士の磁気的相互作用で突然一斉に向きが揃い磁石となる現象です。電磁気の法則は方向にはよらず対称ですが、磁化した磁石の内部の世界ではSN極という特殊な方向ができて、方向に関する対称性が破れます。このように、外部からの作用によるのではなく、内部の自己相互作用により対称性が破れる現象を「自発的対称性の破れ」というのです。超伝導も自発的対称性によるものです。

→ ↑ ←           → → →
← ↓ →           → → →
鉄分子の向きバラバラ      向きの揃った磁化状態

        図4.自発的対称性の破れ:鉄の磁化

 物理法則の対称性は、粒子の運動方程式とその舞台となる真空(あるいはエネルギー最低の基底状態)の両方の対称性の性質で決まります。運動方程式が対称的でも真空の対称性が破れると、法則の対称性は破れるのです。簡単な例として結晶をとります。原子が等間隔に並んだ無限結晶を基底状態とし、その空間の対称性を考えます。空間を平行移動したとき、移動距離がちょうど格子間隔と同じなら元と同じ状態になりますが、格子間隔より小さい平行移動では状態が元と違うので、この変換(移動)に対して対称性は破れます。このような結晶の舞台での電子の運動を考えると、電子の位置により格子原子からの作用が変わるので空間的対称性が破れています。この場合、結晶格子が真空の役をしている基底状態です。

3.自発的対称性の破れ:南部理論
 クォークやゲージ場など、粒子間の自己相互作用により真空の対称性が破れることがあります。南部は超伝導理論からヒントをえて、核子間自己相互作用により核子のカイラル対称性というものが自発的に破れて、核子が質量をえると同時にπ中間子(湯川中間子)が発生するということを理論的に導きました。カイラル対称性というのは粒子のスピンの向きと運動方向に関するもので、図のようにスピンと運動方向が右ネジ方向に揃った状態を右カイラル状態、反対向きの状態を左カイラル状態といいます。質量ゼロの粒子は右か左の何れかのカイラル状態にあるのです。右と左のカイラル状態を入れ換える変換をカイラル変換といい、この変換で不変な系をカイラル対称な系といいます。元もと質量ゼロの核子は右と左のカイラル状態があり、その核子が真空の核子-反核子対も含めて複雑に相互作用をすることでカイラル対称性が破れ、両カイラル状態が混合した状態(スピンと運動方向は揃ってない)になります。その結果、核子の質量が生まれ、中間子が発生します。

  ● ⇒ 運動方向          ● ⇒ 運動方向
    →         スピンの向き       ←
    右カイラル状態            左カイラル状態

               図5.カイラル状態

 後にゴ-ルドストーンがこれを一般化して、対称性が自発的に破れるとき、質量がゼロのスピン0粒子(中間子)が出現することを示しました。これを南部-ゴ-ルドストーンの定理といいます。
 自発的対称性の破れに関する南部理論は、相互作用の統一理論の重要な鍵となりました。素粒子の基礎的相互作用の大本はただ一つであったのだが、元の対称性が破れて強、電磁、弱相互作用に分岐したというのが統一理論です。その対称性の破れの引き金となったのは、ヒグス場といわれるスピン0のスカラー粒子(荷電φ+と中性φ0の2成分がある)です。そのうちの一方のφ0が自発的に縮退を起こして真空の対称性が破れたというのです。宇宙初期の高温状態のときはヒグス粒子の無い状態がエネルギー最低の真空でしたが(図5a)、宇宙膨張により温度が下がるとヒグス場φ0のポテンシャルが変化して、図5bのようになります。すると、φ0がゼロの状態よりもφ0が±vの方がエネルギーが低い状態になります。それゆえ、φ0の真空期待値<φ0>が±vの状態がエネルギー最低の真空になります。±vのうちどちらを自然が選ぶかは偶然で決まります。たとえば、+vの状態が真空になれば、自然界は非対称になり対称性が破れたことになります。この状態はφ0が縮退して真空の至る所に(無限に)詰まった状態を表します。これがヒグス場による真空の対称性の破れとみなされます。この真空の自発的対称性の破れが、相互作用に反映されて素粒子の対称性も破れるというわけです。vは真空の対称性の破れの程度を表します。







a)高温状態のヒグスポテンシャル b)低温状態のヒグスポテンシャル

       図6.ヒグス場による真空の対称性の破れ

このように真空は空ではなく、粒子-反粒子対以外に中性ヒグス場などいろいろ内包しています。「物理的真空」とはエネルギーが最低でかつ安定な基底状態のことです。この真空中を粒子が運動すると、ヒグス場との相互作用により抵抗を受けます。宇宙の創生期には、もともとクォーク・軽粒子の質量はゼロだったと推測されているのですが(その理由は省略)、真空ヒグス場によるこの抵抗が粒子の慣性質量を生んだというのです。この相互作用の統一理論は標準理論と呼ばれています。
ちなみに、南部-ゴ-ルドストーンの定理は、熱力学における「平行移動の法則(ルシャトリエ-ブラウンの法則)」の素粒子版といえるでしょう。

4.CP対称性の破れ:小林・益川理論 
 CP変換に対する対称性の破れはどのようにして起こるのか、そのメカニズムは長い間わかりませんでした。CP変換の対称性を破る相互作用をクォーク波動関数を用いて表すと、相互作用の表式は複素数の係数でなければならないことがわかっていました。ですが、一般に複素数はexp(ia)(=cosa + i sina)のように位相で表されます。ところが、量子力学の波動関数ψには位相の任意性があります。波動関数(複素数)の位相は粒子の波動性を表すものですが、粒子の位置などを観測するとき、その観測確率は波動関数の絶対値の2乗|ψ|2 で与えられますから、位相は消えてしまいます。それゆえ、波動関数の位相は自由に選べます。
 クォークの弱い相互作用は種類の異なる2つのクォークと弱中間子Wというものの積で(たとえば、u、dクォークとWの波動関数を用いてudWなどのように)表されます。この相互作用は複素数でも、クォーク波動関数の位相変換によってその相互作用の位相は消去できます。これではCPの破れる相互作用になりません。

 では、波動関数の位相変換をしても位相が消えないような相互作用を作るにはどうすればよいかが問題です。いろいろなクォークの組み合わせで、相互作用の種類(項数)が沢山あれば、位相変換で一つや二つの項の位相は消えても、いくつかの項の位相は残る可能性が’|あります。その条件はクォークが6種類以上あればよいということを小林・益川は発見したのです。
 その当時はクォークは3種類u,d,sしか発見されておらず、4番目のcクォークが発見されようとした時期でした。だから、小林・益川理論が正しければ、あと3種類のクォークがあるはずだと予言したことになります。その後、次々にそれらクォークが発見されました。そして、B中間子の崩壊現象で、CP対称性の破れに関してこの理論の正しさが実証されたのです。
 CP変換に対する対称性の破れの重要性は、宇宙創生期になぜこの宇宙は粒子のみ残り反粒子は消えたのかという疑問に答える基礎となりうることです。なぜならば、真空からはつねに粒子と反粒子が対で発生しますから、宇宙創生期には粒子と反粒子が同数あったはずです。この宇宙は粒子のみで作られていて反粒子はありません。粒子と反粒子の世界の法則が完全に対称的であれば、両種の粒子は永久に同数残るか、共に全消滅するはずです。しかし、その謎を解く鍵がCP対称性の破れです。粒子と反粒子の世界では物理法則がわずかに異なっているので、反粒子が粒子に変わることも(その逆も)起こるのです。その変化が積もって粒子のみからなるこの宇宙ができたと理解されています。

 3人の研究業績は素晴らしいものですが、これでこの分野の問題がすべて解決したわけではありません。一つの疑問が解明されると、その先にさらに奥深い多くの問題が現れます。たとえば、ヒグス場の生成や縮退の機構、CP対称性の破れの力学的機構の解明などが残された問題です。また、大加速器を用いてヒグス粒子の存在を検証する壮大な実験が始まるところです。
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