科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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環境異変を実感できない若者
        環境異変を実感できない若者

 私の家の庭には、11月頃から、春に繁茂するはずの雑草が次々に芽を出しています。昨年も芽を出ましたが、それほど多くなく間違って目を覚ましたなと思うくらいでした。この現象は年々増してきました。今年は間違いではすまされないほど多く、度々除草しないとどんどん大きくなり庭一杯にはびこりそうです。まさに「我が世の春」が来たと思っているようです。 これだけ温暖化が進み気象異変が進行しているなーと、身近なところで実感するこの頃です。

 気象異変の進行については、最近は多くのところで取りあげられ警告されておりますから改めてここで言う必要はないほどです。でも、地球の気象異変や環境破壊の事態をマスコミ報道や学校教育で耳を通して教えられるから頭では理解できても、体験として実感できない人たちが多いのではないかと思うのです。とくに、若い人たちがそうだと思われます。
 
 なぜならば、温暖化などの気候異変は徐々に起こるので、子供たちは以前の状態を体験してないから、その変化を体で実感できないです。また、食べ物にしても、野菜・果物から魚まで、ほとんどの種類のものが1年中食べられます。スーパーマーケットに行けば、何時でも好きなものが手に入り得るので、季節感が欠けています。だから、自然の本当の姿を知りません。

 昔は、生活が自然と結びついていたので、1年の4季の移り変わりを、単に気温変化だけでなく、季節の食べ物や生活習慣によって、また社会の行事によっていろいろ体験して来ました。しかし、先進国の現代社会では、ほとんどの人がほとんどの時間を自然の中でなく、人工的空間の中で生活しているので、本当の自然の循環を実感として体験できない状況です。

夏と冬の気温変化は体感的に実感できますが、春秋の微妙な季節の動き、それにつれて自然が移りゆく様子などを経験する機会がなくなっています。したがって、自然の変化のなかに微妙なバランスを感じとる感性が養われません。

 生まれたときから、今のような物質的に豊かな環境で育つと、無駄や贅沢が分かりません。戦後物のない時代に苦労した私たち老人は、今の生活にはいかに浪費が多く贅沢かが分かりますが、若い人たちはこの生活が当たり前と思っていますから、そのことを理解しかねるようです。

 だから、地球環境を守るためのエコロジー教育は、省エネルギーやCO2排出削減を説くと同時に、自然に親しんで、自然の営みを体で知ることから始めることが欠かせないと思います。 
 自然を愛する人は感性も豊かです。



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