科学・技術と自然環境について、教育を考える。
  • 05«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »07
もっとも好奇心の強い生き物:人間
        もっとも好奇心の強い生き物:人間

 人間は強い好奇心をもって生まれてくるようです。幼児の時から、知恵が付くと何でも知りたがります。子供の頃、日常生活のことや自然現象について不思議に思われることをお母さんに聞いたことを思いだします。あまり次々にしつこく聞いて、お母さんを困らせた人は多いはずです。

 人間の意識や好奇心は、生物進化の過程で何時どのようにして生まれたのかまだわかりませんが、考えてみると不思議な現象です。

 人が生まれながらにして問いかつ学び、そして老いても学び続けることを詠った谷川俊太郎さんの実に素晴らしい詩があります(本年元旦にの朝日新聞に掲載):

「かすかな光へ」

  あかんぼうは歯のない口でなめる
やわらかい小さな手でさわる
   なめることさわることのうちに
   すでに学びがひそんでいて
   あかんぼうは嬉しそうに笑っている
  
   言葉より先に 文字よりも前に
   波立つ心にささやかな何故?が芽ばえる
   何故どうしての木は枝葉を茂らせ
   花を咲かせ四方八方根をはって
   決して枯れずに実りを待つ

   子どもは意味なく駆け出して
   つまずきころび泣きわめく
   にじむ血に誰のせいにもできぬ痛みに 
   すでに学びがかくれていて
   子どもはけろりと泣きやんでいる

   私たちは知りたがる動物だ
   たとえ理由は何ひとつなくても
   何の役にも立たなくても知りたがり
   どこまでも闇を手探りし問いつづけ
   かすかな光へと歩む道の疲れを喜びに変える

   老人は五感のもたらす喜怒哀楽に学んできた
   際限のない言葉の列に学んできた
   変幻する万象に学んできた
   そしていま自分の無知に学んでいる
   世界とおのが心の限りない広さ深さを
 
 子供にとって母親は知識の源であり、疑問を育てる大地です。「子供が毎日の生活の中で、自然のことや科学について、素朴な疑問や問題意識を持つきっかけは何か」を問うた調査結果がかなり以前に報告されました。一番影響力のあるのは、テレビでも先生でもなく、意外にも母親でした。母親の影響の大きさに改めて驚きました。このことは同時に家庭教育の大切さを示しています。

 子供の成長とともに質問内容も難しくなります。知らないことを子供からしつこく聞かれると、多くのお母さんは逃げるか不機嫌になり、折角の子供の好奇心を抑えてしまいます。我が子の好奇心を摘取ってしまわないように、子どもとどこまでも一緒に考えるようにしましょう。 

 現代社会では、私たちの生活は科学・技術の成果にすっかり取り囲まれていますから、科学の基礎知識は「読み、書き、計算」と同じように、市民的教養として欠かせなくなっています。このような時代には「市民的素養としての自然科学」が求められているでしょう。私は定年後に女子大の教養で科学教育を担当したことがありますが、その時に学生に対して上記のことを話し、「理科の食わず嫌い」を改めて、少しでも自然科学の知識を学んで欲しいと訴えたことがあります。
スポンサーサイト
この記事へのコメント

管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバック
TB*URL

Copyright © 2005 自然と科学. all rights reserved.