科学・技術と自然環境について、教育を考える。
  • 09«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »11
対称性の破れと自然界の階層性
対称性の破れと自然界の階層性    
 (『物理教育』Vol.57.No.2(2009.6)に掲載した解説論文)    

要旨
 物質の階層性を相互作用(力)の性質を基に考察した。自然界の多様性と階層性のもとは相互作用の対称性の破れとその階層性にある。そのことを物質の基礎である素粒子の世界を中心に説明した。そして、相互作用の特性、物理学における対称性の意義、およびその対称性の破れについて解説した。


1.はじめに 
 今年度のノーベル物理学賞は、南部陽一郎「自発的対称性の破れ」、小林誠・益川敏英「CP対称性の破れ」に対して与えられた。素粒子論は湯川秀樹、朝永振一郎以来、日本物理学の輝かしい伝統的学問分野である。この度の3人の同時受賞は、この伝統を引き継ぎ発展させた素晴らしい業績の成果である。
 両理論は素粒子の世界における対称性の破れと関連している。そこで、対称性の破れを中心にこれら理論の内容と物理学における意義を解説する。
 そもそも宇宙創生以来の自然界の階層構造と多様性を生みだした基礎的要因は、物質間に働く相互作用の多様性にある。その多様な相互作用は、自然界の階層構造の基礎にある素粒子世界における対称性の破れによって生じたのである。したがって、自然の階層性とこの理論との関連を併せて考察することにする。
 高校や大学教養のレベルの授業では素粒子論のような抽象的理論は直接教えないが、物理学を教える者がこのような知識を科学的自然観として背景に持っているならば、授業の中味に幅と深さが自ずと備わると思う。ニュートン力学や電磁気学を教えるにしても、いろいろな物理概念や原理・法則を単に教科書的知識に止まらず、現代科学の観点から問題意識を持って教えることができるはずである。 
 それゆえ、本稿は受賞論文の内容解説に限定せず、自然界の階層構造と多様性を相互作用の対称性の破れと関連づけて、広い問題意識をもって考察することにした。それによって現代科学の自然観を形成することに役立てば幸いである。

2.自然界における物質の階層性 
 マクロな物質を分解していくと分子、原子に到達する。19世紀末までは原子は不変・不可分な実体とされていた。だが放射性元素の発見から、原子は可変、分解可能な構造を有することに気づいた。20世紀初頭、原子は原子核とそれを取り囲む電子とからなること、さらに原子核は陽子と中性子からなることが解明された。こうして、皮肉なことに、原子の存在が実証されると同時に古典的原子概念は崩壊した。
 20世紀初期に知られていた電子、ニュートリノ、核子(陽子・中性子)、中間子などはこれ以上分解できない究極的実体と見なされ、素粒子(elementary particle)と名づけられた。その後多数の素粒子が発見されて、それらは生成・崩壊し、かつ相互転化することがわかり、核子や中間子などの素粒子もクォークからなることが明らかになった。またしても、素粒子という名は実態にそぐわなくなった。このように物質概念に限らず、科学の進歩と共に物理学の多くの概念は変わってきた。
 他方、マクロ物質から上に向かっては、惑星-恒星系-銀河-・・・という階層があることがわかっている。このように物質分布は連続的でなく、切れ目のある階層をなしていて、自然界は上層にも下層にも何階もの階層構造をしている。このことは自然の豊かさと奥深さを示すものである。

物質分布の階層性:
 宇宙-超銀河-銀河団-銀河-恒星系-地球(惑星) -マクロ物質-分子・原子-素粒子-  クォーク-この下(サブクォーク)?  

 この階層系列が有限か無限かは今のところわからない。下にはサブクォーク、上には多宇宙の可能性もある。

各階層には固有の構造と法則
 物質の階層は、単なる空間的大きさで物質分布を区切っただけのものではない。各階層には、それぞれ性質とスケールの異なる物質で構成され、特有の構造がある。したがって、階層ごとに質的にも異なる特性がある。
 それぞれの階層を構成する物質と階層構造はみな異なり、構成要素間の力も異なるから法則性も各階層ごとにさまざまである。その差違をもたらす根本的なものは物質間の相互作用(力)の違いである。素粒子の階層には基礎的な相互作用があり、物質に関する基本的法則がある。さらに、階層ごとに固有の時間スケールがある(階層時間と呼ぶことにする)。マクロ階層の標準的階層時間のスケールは数秒ないし分であるのに対して、素粒子の世界では10-23~21秒(核時間)、銀河の階層時間は数千万年から億年である。
 それにしても、ビッグバン膨張宇宙論では最下層のクォーク層と最上部の宇宙層とが密接に関連していてドッキングしているということがわかった。科学の進歩によって、自然認識の夢はどこまでも膨らみ、その先に思いもよらぬ世界が開かれる。

3.相互作用(力)の性質と階層性  
 物質の本性は運動と相互作用(力)である。相互作用がなければ、物質の運動もなく、物質の存在も属性も認識できない。質量や電気など物質の属性はむしろ相互作用によって決まるといえるのである。したがって、自然界を規定するすべての根源は物質間の相互作用にあるといえる。
 相互作用にはいろいろな種類がありそれぞれ働き方が異なるが、この相互作用の多様性の由来はそれら相互作用の性質の違いと階層性にある。そこでまず、相互作用の働き方と階層性について述べる。
 相互作用(力)の働き方の3要素 (参考文献1)
 力学的相互作用(力)の働きを区別する重要な性質として次の3要素がある:
(1)力が作用する物質の属性:電気力は電荷を帯びた物質間にのみ働き、電気的中性の物質には働かない。また、原子核を結合する核力は核子(陽子、中性子)の間に働き、電子間や原子間には働かない。それぞれの力が作用するのはそれに対応した特定の属性をもった物質のみである。
(2)力の強さ:非常に強い力から弱い力まである。核力は非常に強く、電磁気力は中程度、重力は非常に弱い。化学結合力である原子間力は電磁気力より弱いが中程度の強さである。
(3)力の到達距離:その力が及ぶ範囲の長短である。電気力や重力の作用は無限遠まで及ぶが、原子間力は原子の大きさの数倍程度、核力は原子核の大きさ程度で非常に短い。
 このように、力の働き方には3つの特性がある。もし、力の到達距離がすべて同じで、物質の種類に区別なく働けば、物質の階層性はなく、自然界は何の変哲もない一様な世界となろう。また、強い力の到達距離が無限大ならば、宇宙は強い力で一色に塗りつぶされ、自然界の多様性は生じない。 

相互作用の階層性  (参考文献2)
 相互作用を分類する上で重要なもう一つのものは、相互作用にも階層構造があるということである。物質の階層性を生み出す根源はむしろ相互作用の階層性にあるといえる。
すべての物質の一番基礎となる粒子間に作用する力を基礎的相互作用といい、現在のところ4種類ある:
 強さの順に 強い力、電磁気力、弱い力、重力
これを1次相互作用と呼ぶことにする。
この中で、重力は他の3つとは質的に異なるところがある。基礎的相互作用を1次相互作用として、それから次々に2次、3次相互作用が派生する。
 2次相互作用:原子間力(核力、化学結合力など)
 3次相互作用:分子間力(ファン・デル・ワールス力)
 4次相互作用:弾性力、圧力など
 1次力から4次力まで階層的構造をしていて、それぞれ力の作用に関する3要素を備えている。力の作用の3要素と力の階層性により、多種多様な作用が生じ、物質の階層性と自然界の多様性を造り出しているのである。
 
4.素粒子の世界
 原子・素粒子などミクロ物質は、マクロ物質とは異なる量子論的特性を有している。列挙すると
・二重性:粒子性と波動性を有する実体
・不確定性関係:位置と運動量は同時に確定できない
・粒子の状態を表す波動関数:運動は必然的法則、観  測は確率法則(波動関数の絶対値の2乗が観測確率)
・質量とエネルギーの同等性:相対性理論
・それぞれの粒子には反粒子が存在:物質と反物質
・真空は空でない:粒子と反粒子が無限に凝縮した状  態。真空から粒子-反粒子が対発生(逆に対消滅)。
 素粒子は多数種類あり、大きく3種類に分類される:
 強粒子(ハドロン)族:重粒子と中間子
 軽粒子(レプトン)族:電子・ニュートリノなど6種
 ゲージ粒子(ゲージ場)族:グルーオン、光子、弱ボ ゾン、重力子など基礎的相互作用を作る場

強粒子のうち重粒子はスピン(自転角運動量)が半整数、中間子はスピンが整数の粒子である。強粒子はさらに下の階層の粒子クォークからなる複合粒子である。
 現在のところ、クォークと軽粒子がもっとも基本的実体とされている(サブクォークの存在も予想されているが)。 
6種のクォークと軽粒子は次の通り:
 第1世代 u,d;e,νe
  第2世代 c,s;μ,νμ
  第3世代 t,b;τ,ντ
 (注)スピンはすべて1/2(h/2π)、電荷はu,c,tが2/3(e);d、s、bが-1/3(e)

反粒子 
 素粒子の種類について重要なものに反粒子がある。反粒子とは、物質を構成している電子や陽子・中性子などの粒子に対して、その裏の世界をつくる粒子、すなわち陽電子(反電子)や反陽子・反中性子などのことである。すべての素粒子(軽粒子、クォーク)にはそれぞれの反粒子が存在する。反粒子の存在は相対性理論と量子力学を統一した理論からディラックによって予言された。反粒子は質量やスピンなどはその粒子と同じであるが、電荷などの量子数は逆である。その結果、真空は空虚な空間ではなく、粒子と反粒子対が無限に詰まった状態だということになった。だから、十分なエネルギーを与えると真空から電子・陽電子が対発生する。同様に、十分なエネルギーさえあればすべての粒子-反粒子の対が発生する。逆に,粒子と反粒子が衝突すると消滅して真空とエネルギー(γ線など)にもどる。この対発生の現象が宇宙誕生時における物質起源の元なのである。





     γ(π)          ○ e(q)

                 ● e(q)

   図1:γ線(π中間子)による電子e-陽電子e 
     (クォークq-反クォークq)対発生

5.物理学における対称性とは

 素粒子論では理論の対称性とその破れが重要な意味を持つが、その前に対称性の意義について考察しておこう。
 そもそも、対称性とは左右対称とか、回転対称といった幾何学的概念であったが、それがだんだん拡張されてきた。たとえば、ユークリッド空間のように一様な空間は平行移動の対称性を有し、等方的空間には回転対称性があるという(一様な空間は平坦で空間密度が一様、等方的空間は球対称のみで動径方向の空間密度は一様とは限らない)。さらに、力学理論の方程式が座標系の平行移動や回転に対して不変であるとき、その理論は平行移動対称性や回転対称性を有するという。この場合、これら平行移動や回転の座標変換は、通常慣性系間のガリレイ変換で表されるので、その理論はガリレイ変換に対して対称であるというわけである。(2つの座標軸は平行でなくとも、慣性系間の変換、すなわち座標軸回転と平行移動を合わせた座標変換もガリレイ変換である。また座標軸回転のみもそれに含まれる。)
 対称性概念は空間についてばかりでなく、さらに物の入れ換えにも拡張された。白と黒が交互に ○●○● のように並んでいるとき、このうちの2つの白丸を入れ換えても、元にもどるからこの入れ換えに対して対称的である。また、白と黒を入れ換えた後に左右を反転させれば元にもどるから、この変換に対しても対称である。
 素粒子の対称性には、以下に示すように、空間・時間に関する対称性と素粒子の入れ換えに対する対称性がある。ある種の変換に対して理論が不変であるとき、その理論はその変換に対して対称である(対称性を有する)という。
 ここで物理学における対称性の意義に触れておこう。物理理論がある変換に対して対称であるとき、それに対応する保存則が存在する(厳密にはある条件がつくが省略)。これはネーターの定理としてよく知られている。
 たとえば、ニュートン力学は平行移動対称性を有するので運動量保存則が導かれる。また、回転対称性は角運動量保存則に対応している。これ以外にも多くある。
 もう一つの意義は、座標系間の変換に関するものである。ニュートン力学は、運動現象を数学的に解読して、微分方程式という抽象的数式で表現した。その運動法則によってすべての物質運動を統一的に説明できる。この事実だけでも驚くべきことで、素晴らしい発見である。それだけではなく、その運動方程式がガリレイ変換のもとで不変(ガリレイ変換対称性)であるということは、その理論がすべての慣性系で成り立つ(多くの観測者に対して成り立つ)のであるから、それだけの普遍性と客観性を有することを意味する。そして、運動方程式がこのような変換に対して不変であるという性質を見出したことは、その運動方程式のさらに背後に隠れていた自然の仕組みを一歩踏み込んで深く洞察したことになる。一般相対性理論の一般座標変換不変性はその典型である。この意義を理解すべきである。
 理論(方程式)の変換に対する不変性についての以上のことは、座標変換ばかりでなく、スケール変換やこの後で述べる素粒子の入れ換えに対する不変性など、さらに一般的にいえることである。
 このように、理論の対称性の発見は、その理論に内包された深い物理的意味を見出し、自然の仕組みをさらに深く認識することになるのである。したがって、理論の対称性は物理学の重要な概念なのである。(参考文献3)

素粒子の対称性
 素粒子の世界の対称性には,外部対称性と内部対称性というものがある.
 素粒子の外部対称性とは,粒子の外部の時間・空間に関する対称性である。3次元空間には右手系と左手系の違いがあるが、この二つの座標系は左右が反対で鏡に映した世界に対応する。右手系から左手系への変換(およびその逆変換)は空間反転のパリティ変換といいPで表す。また、時間の向きを逆転する変換は時間反転パリティ変換といいTで表す。通常の力学理論はPおよびT変換で不変である。
 もう一つ重要な変換は荷電共役変換(粒子-反粒子変換)というものでCで表す。C変換は粒子と反粒子を入れ換える変換,すなわち物質(この宇宙)から反物質(反宇宙)の世界に移ることを意味する。C変換とP変換を合わせたCP変換もある。ちなみに,CP変換は時間反転のT変換と同等であることが証明されている。これ以外にも変換はあるが、ここでは必要ないので省略する。
 P,T,Cなどの変換で素粒子の相互作用の形式(粒子の波動関数の積で表した式)や法則が不変なとき,その理論にはそれぞれP,T,C対称性があるという。
 素粒子の内部対称性というのは素粒子の内的属性に関する対称性のことで、たとえば、陽子と中性子は、電荷の違いだけで、質量やスピンばかりでなく核力の性質も同じである。
 それゆえ、核力の理論的形式は陽子と中性子を入れ換えても変わらない。これを核力の荷電スピン対称性という。さらに核力を媒介するπ中間子にはπ+、π0、π-の3つがあるが、これらは核力に関して電荷の違い以外の性質は同じであり、一括りにして荷電スピンの3重組を作るという。核力はこの3種のπ中間子についても荷電スピン対称性を有する。
 このような素粒子の対称性を拡張して、一般的には性質の似た粒子を一括りにしてグループをつくり、その同じ組のなかの粒子を同一視して、その組の中でそれら粒子を入れ換えても理論は変わらないとき,そのグループに関して内部対称性があるという。
 クォークには3重組の色対称性というものがある。6種のクォークには、それぞれに赤、緑、青と呼ばれる3種類の内部自由度がある(クォークが目に見える色を持っているのではなく、3種を区別する符号である。3つあればグウ、チョキ、パーでもよい。3色を用いた理由は次の通り。核子、中間子などの素粒子は色電荷を持たないので白色とみなしうる。核子は3色のクォークの組み合わせ結合、および中間子は反対色のクォーク・反クォークの結合状態で無色となりうる。そこで光の3原色になぞらえて、発案者のゲルマンは3原色にした)。それぞれのクォークは「色」以外の性質は同じで、3重組の内の入れ換えに対する色対称性を有しているのである。

6.対称性の破れ
理論の対称性は物理的に重要な意味を有していることを先に述べた。自然界の仕組みの基本的なものには,これら多くの対称性があるが、現実の自然界ではその対称性が破れているものが多いのである。つまり、それら対称性は近似的対称性である。この対称性の破れが、自然界の階層性や多様性を生み出したのである。
 荷電スピン対称性も実は近似的対称性なのである。陽子は電荷を帯びているので電磁相互作用をするが、電気的に中性な中性子はしない。そのため陽子と中性子とはわずかに質量が違い、性質は完全に同じではないから厳密には対称的でない。ただし、核力の強さは電磁気力よりはるかに強いので、電磁気力を無視して、近似的に核力は荷電スピン対称性を有するといえるのである。
 対称性の破れには、その破れ方の性質の違いで二通りある。相互作用自体の対称性の破れと、真空の非対称性によって引き起こされる自発的対称性の破れである。前者の例は後述する小林・益川理論の「CP変換に対する対称性の破れ」であり,後者の「自発的対称性の破れ」の例は南部理論である。
物理法則の対称性は,物体(粒子)の運動方程式の対称性とその舞台となる真空(あるいはエネルギー最低の基底状態)の対称性の両方の性質で決まる。元の運動法則が対称的でも真空の対称性が破れると,その法則の対称性は破れるのである。簡単な例として結晶をとろう。原子が等間隔に並んだ無限結晶を基底状態として、その空間の対称性を考える。空間を平行移動したとき,移動距離がちょうど格子間隔と同じなら元と同じ状態になるが、格子間隔より小さい平行移動では状態が元と違うので、この変換(移動)に対して対称性は破れていることになる。このような結晶の舞台での電子の運動を考えると、電子の位置により格子原子からの作用が変わるので、空間的対称性が破れているといえる。この場合、結晶格子が真空の役をしている基底状態である。結晶は平行移動対称性が破れているので、電場中での電子の運動方程式が対称的であっても、この物理系の法則の対称性は破れているというわけである。

自発的対称性の破れとは 
 自発的対称性の破れの説明によく引用されるのは鉄の磁化である。不規則に置かれた鉄原子の多数集団(厳密には無限個の鉄原子)が,原子同士の磁気的相互作用で突然いっせいに向きが揃って磁石となる現象である。本来の電磁気の法則は方向によらず空間的対称性を有するが、磁化した磁石の内部の世界ではSN極という特殊な方向ができて、方向に関する対称性が破れている。このように、外部からの作用によるのではなく,原子同士の内的相互作用により対称性が破れる現象を「自発的対称性の破れ」という。超伝導も金属内の電子がクーパー対という緩い結合状態を作り、対称性が破れていることによって起こる現象である。これも自発的対称性の破れの例である。

7.対称性の破れに関する南部理論 
 クォークやゲージ場など、原子どうしの内的相互作用により真空の対称性が破れることがある。南部は超伝導理論からヒントを得て、核子どうしの内的相互作用により核子のカイラル対称性というものが自発的に破れて、核子が質量を得ると同時にπ中間子(湯川中間子)が発生するということを理論的に導いた。
 カイラル対称性というのは粒子のスピンの向きと運動方向に関するもので、図2のようにスピンと運動方向が右ネジ方向に揃った状態を右カイラル状態、反対向きの状態を左カイラル状態という。質量ゼロの粒子は右か左のいずれかのカイラル状態にある。

    (図が書けないので省略)

 右と左のカイラル状態を入れ換える変換をカイラル変換といい、この変換で不変な系をカイラル対称な系という。もとは質量ゼロの核子は右と左のカイラル状態があり、理論はカイラル対称な状態にあると想定されている。その核子が真空の核子-反核子対も含めて複雑に相互作用をすることでカイラル対称性が破れ、両カイラル状態が混合した状態(スピンと運動方向は揃っていない)になる。その結果、真空のカイラル対称性が破れて核子の質量が生まれ、かつ中間子が発生するというのである。このときの相互作用は外部からの異種作用ではなく、核子間の内部相互作用であるから、自発的対称性の破れである。このことを示したのが南部理論である。
 南部の自発的対称性の破れの理論は、後にゴールドストーンによって一般化され、対称性が自発的に破れるとき、質量がゼロのスピン0粒子(スカラー中間子)が出現することが導かれた。これを南部-ゴールドストーンの定理という。
 このように、自発的対称性の破れも、大本を正せば結局は相互作用によって引き起こされるということである。
 ちなみに,南部-ゴールドストーンの定理の意義について言及しておく。基礎的自然現象には、定常状態を変化させようとする作用に対して、その変化に抵抗する効果(一種の慣性)がその系の内部に現れる傾向がある。力学における慣性(外力に対する慣性抵抗)、電磁気学におけるファラデーの電磁誘導法則(磁場の変化を妨げる電場の発生)、熱力学における平衡移動の法則(ルシャトリエ-ブラウンの法則、平衡状態を破る作用を打ち消す効果)などがその典型的な例である。自発的対称性が破れるとき、発生するスカラー中間子は励起モードであるから、その発生は対称性を破る作用に抵抗する効果と見なすことができる。それゆえ、南部-ゴールドストーンの定理は、平衡移動の法則の素粒子版といえるであろう。

相互作用の統一理論と南部理論 
 素粒子の4つの基礎的相互作用は元はただ一つであったのだが、その統一相互作用の対称性が破れて強、電磁、弱相互作用と重力に分岐したというのが統一理論である。それ以前の素粒子論は、異なる相互作用を別々に解明し、むしろいかなる種類のものがあるかを追究していた。それゆえ、この統一理論は相互作用に関する観点を逆転させたことによる、自然観の転換でもある。

 自発的対称性の破れに関する南部理論は、相互作用の統一理論の重要な鍵となった。その対称性の破れの引き金となったのは、ヒグス場といわれるスピン0のスカラー粒子(荷電φ+と中性φ0の2成分がある)である。そのうちの一方のφ0が自発的凝縮を起こして真空の対称性が破れたとされている。宇宙初期の超高温状態のときはヒグス粒子のない状態がエネルギー最低の真空であったが(図3a)、宇宙膨張により温度が下がるとヒグス場φ0のポテンシャルが変化して、図3(b)のようになる。

  高温でポテンシャルが対称的状態(φ0がゼロがエネルギー最低状態)
       →低温でφ0が±vのところがエネルギー最低状態(図が書けないので省略)

図3.ヒグス場による真空の相転移:真空の対称性の破れ(横軸はヒグス場の強度、縦軸はヒグス  場のポテンシャル) 


 すると、φ0がゼロの状態(原点)よりもφ0が±vの状態の方がエネルギーが低くなる。それゆえ、φ0の真空期待値<φ0>がゼロの対称的状態ではなく、±vの状態がエネルギー最低の真空になるというわけである。±vのうちどちらを自然が選ぶかは偶然で決まる。たとえば一方の+vの状態が真空になれば、自然界は非対称になり、真空の対称性が破れたことになる。この状態はφ0が凝縮して真空中の至るところに(無限に)詰まった状態を表す。これがヒグス場による真空の対称性の破れ、つまり真空の相転移である。この真空の自発的対称性の破れが、相互作用に反映されて素粒子の運動法則の対称性も破れるというわけである。vの値は真  
空の対称性の破れの程度を表す量である。
このように真空は空ではなく、粒子-反粒子対以外に中性ヒグス場などいろいろ内包しているのである。「物理的真空」とはエネルギーが最低でかつ安定な基底状態のことである。それゆえ、この真空は、トリチェリーの真空以来の近代物理学の真空概念とは非常に内容の異なるものである。
 この真空中を粒子が運動すると、ヒグス場との相互作用により抵抗を受ける。この抵抗は一種の粘性抵抗
のようなものである。宇宙の創生期には、もともとクォーク・軽粒子の質量はゼロだったと推測されているが(その理由は省略)、真空を埋めるヒグス場によるこの抵抗が粒子の慣性質量を生んだというのである。
 相互作用の統一理論は、最初電磁相互作用と弱い相互作用を統一するモデルがワインバーグとサラムによって提唱された。ワインバーグ-サラム理論は実験的にも検証され、標準理論と呼ばれている。さらにこの弱電相互作用と強い相互作用を統一する理論を大統一理論といい、ジョージとグラショウによって提唱された。

8.CP対称性の破れ:小林・益川理論   
 自然界の法則は右手系でも左手系でも同じだと思われていたのに、素粒子崩壊のときの弱い相互作用では空間反転のP変換で対称性が破れていることが発見された。鏡に映した世界と元の世界では法則が異なるということは予想を裏切る大発見であった。
 基礎的相互作用には、「CPT変換不変」という定理がある。3つのC,P,T変換を同時に行えば相互作用の形式は必ず元にもどり不変である。この定理は極めて一般的前提の基で成り立ち、現在でも信じられている。それゆえ、3つのうちの一つの不変性が破れれば少なくとももう一つ、またはすべての変換の不変性は破れていることになる。当時はT変換は不変であろうと予想されていた。CPT不変定理によれば、T変換不変ならば、CとPを組み合わせたCP変換も不変になる。ところがCP対称性の破れがK0 中間子の崩壊現象で発見された。だから、CP変換、つまりT変換に対する非対称性の発見はさらに大きな驚きであった。
 右手系と左手系で基礎的な物理法則が異なるなど、
それ以前は思いもよらなかったから、ましてCP変換に対する対称性が破れているとは!自然は実に奥深く変
化に富んでいることかと再度の驚きだったのである。
 
P変換:右手系から左手系への変換(鏡映)+C変換:粒子世界を反粒子世界に変換
 
                図4.CP変換  (図が書けないので省略)

 
 CP変換に対する対称性の破れはどのようにして起こるのか、そのメカニズムは長いあいだわからなかった。CP変換の対称性を破る相互作用をクォーク波動関数を用いて表すと、相互作用の表式は複素数でなければならないことがわかっていた。一般に複素数はexp(iθ)(=cosθ + i sinθ)のように位相で表される。ところが、量子力学の波動関数(複素数)ψ=|ψ|eiθには位相θの任意性がある。波動関数の位相は粒子の波動性を表すものであるが、粒子の位置や運動量などを観測するとき、その観測確率は波動関数の絶対値の2乗|ψ|2 で与えられるから、ψの位相θは消えてしまう。それゆえ,波動関数の位相は自由に選べるわけである。
 クォークの弱い相互作用は種類の異なる二つのクォークと弱中間子Wというものの積(たとえば,u,dクォーク,Wの波動関数及び結合定数Gを用いてGudWのように)で表される。結合定数Gは弱い相互作用の強さを示す定数である(電磁気力の場合は電荷e)。最初にこの相互作用の表式を複素数にしても,クォーク波動関数の位相変換(たとえばu→ue-iθ)によってその表式の位相は消去できて表式全体を実数にできる。これではCP対称性の破れる相互作用にならない。
 では、波動関数の位相変換をしても位相が消えないような相互作用をつくるにはどうすればよいかが問題であった。いろいろなクォークの組合せで、相互作用の種類(項数)がたくさんあれば、クォーク波動関数の位相変換で一つや二つの項の位相は消えても、いくつかの項の位相は残る可能性がある。その条件はクォークが6種類以上あればよいということを小林・益川が発見したのである。
 その当時はクォークは3種類u,d,sしか発見されておらず、4番目のcクォークが発見されようとする時期であった。だから、小林・益川理論が正しければ、あと3種類のクォークがあるはずだと予言したことになる。その後、予言通り次つぎにそれらクォークが発見された。そして,B中間子の崩壊現象で、CP対称性の破れに関してこの理論の正しさが実証されたのである。

なぜ反物質は消えたか  
 CP変換に対する対称性の破れの重要性は,宇宙創生期になぜこの宇宙は粒子のみ残り反粒子は消えたのかという疑問に答える鍵となりうることである。なぜならば、真空からは常に粒子と反粒子が対発生するから、宇宙創生期には粒子と反粒子が同数あったはずである。ところが、この宇宙は粒子のみでつくられていて反粒子はない。
 宇宙創生期のビッグバンで、真空からクォーク-反クォーク対、電子-陽電子対などの軽粒子対が多量に発生し、光子、グルーオンなどと共に混沌としたスープ状態ができた。そのスープの中で粒子-反粒子は対消滅と対発生を繰り返していた。粒子と反粒子の世界の法則が完全に対称的であれば、両種の粒子は永久に同数残るか、ともに全消滅するはずである。
 その謎を解く鍵がCP対称性の破れであった。粒子と反粒子の世界では物理法則がわずかに異なっていれば、反粒子が粒子に変わることも(その逆も)起こりうる。
相互作用の大統一理論によれば、粒子と反粒子とは相互に転化する可能性がある。すると、ビッグバン以後の宇宙の膨張過程で、反粒子のわずかなものが粒子に変り、その変化が積もってこのような粒子のみからなる宇宙ができたと推定できるのである。

9.終わりに
 南部理論も小林-益川理論も、階層的自然界のもっとも基礎となる素粒子・クォークの理論のうちで、相互作用の対称性とその破れに関するものである。さらに、その理論は、粒子論の範囲に止まらず、宇宙創生期の基本的な問題にも深く関わっていることが理解できるであろう。
 3人の研究業績はすばらしいものであるが、これでこの分野の問題がすべて解決したわけではない。一つの疑問が解明されると、その先にさらに奥深い多くの問題が必ず現れる。この理論に関しては、たとえばヒグス場の生成や凝縮の力学的機構、ヒグス場の存在の実験的検証、およびCP対称性の破れの力学的機構の解明などが残された問題である。

        参考文献
 説明不足の所は下記の文献で補って下さい。
(1)拙著『力とは何か』丸善(1995),
(2)日本物理教育学会近畿支部編『よみがえれ理科教育』第2章   東京書籍(1999),および拙稿「自然の階層性から見た物理、   化学、生物、地学」『物理教育』Vol.51, No.4(2003),   (3)拙著『科学は自然をどう語ってきたか』第7章 ミネルヴァ   書房
スポンサーサイト
この記事へのコメント

管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバック
TB*URL

Copyright © 2005 自然と科学. all rights reserved.