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「原爆下の本因坊戦」  囲碁を文化と世界平和の使節に!
   「原爆下の本因坊戦」
      囲碁を文化と世界平和の使節に! 


 アメリカ大統領オバマが「核兵器のない世界」を呼び掛け、ノーベル平和賞を受賞しました。この状況は核廃絶運動、世界平和運動を励まし、ちからづけるものです。11月にはオバマ氏が来日する機会に広島・長崎を訪問するようにとの呼び掛けもなされています。
 8月に、囲碁雑誌「囲碁梁山泊」の会で、「原爆下の本因坊戦」の話が出ました。このエピソードを、オバマ氏にも知ってもらおうと、彼の来日を機に手紙を書くことになりました。
 そこで以下のような手紙を、関西棋院宮本直毅九段と私の連名でホワイトハウスに送りいました。
 この手紙がオバマ氏の手に渡るかどうか分かりませんが、私たちの思いを少しでも世界の人々に知ってもらいたいと思います。
 この手紙は「碁梁山泊」2009年秋号にも掲載されています。



敬愛するアメリカ大統領バラク・オバマ殿

 2009年度ノーベル平和賞受賞おめでとうございます

 今年4月にプラハでなされたオバマ大統領の核兵器廃絶に関する講演は人類にとって記念すべきものと思います。
 この宣言は原子爆弾の被爆者を初め、核兵器を廃絶して世界平和を望む人々に大きな喜びと希望を与えてくれた歴史的講演と思います。これを機に核兵器廃絶の機運が世界的に一層盛り上がってきました。また、この度のご授賞はこの運動に更なる力を与えることでしょう。

 広島の原爆投下は、私たち日本の囲碁ゲーム愛好家にとって忘れられない「原爆と囲碁」について一つの史実があります。ご存じないかと思いますが、それは広島で行われた囲碁のタイトル戦「原爆下の囲碁対局」というものです。(「囲碁」とは盤上でなされる2人ゲームです。ごは数千年前の歴史を有するもので、発祥地は中国ですが、現代の形式は主に日本で整備されました。現在では囲碁はアメリカを含めて世界中に広まっております。囲碁の意義についてこの手紙の最後の脚注をお参照下さい。)

 このエピソードは、1945年8月6日に最初の原爆が広島に落とされた時に行われた最も権威ある囲碁タイトル戦に関するものです。この事件は、囲碁を通して世界の人々と手を結び核兵器廃絶と世界平和に役立とうとの強い思いを、このときの対局者に与えました。その意思は日本の囲碁界に広く受け継がれています。以下にその事件の概要をご紹介します。

 「原爆下の囲碁対局」のエピソードと、囲碁を世界平和と文化の使節として普及活動をしている人々がいることを、この機会にオバマ大統領にお伝えしたいと思い立ちこの手紙をしたためました。

原爆下の対局
 1945年には、日本の敗戦が濃厚でもはや囲碁どころではないという状況でした。当時の唯一の囲碁タイトル戦は「本因坊戦」でした。 囲碁界の重鎮、瀬越憲作は「人類の垣根を越えて、心を交流し、平和を築く、それが囲碁の心であり、道である」と常々強調し実践していました。それゆえ、本因坊戦だけは万難を排してやらねばならぬと準備を進めました。しかし、すでに東京を含めて日本の大都市はほとんど破壊されていましたので、局場を広島市に決めました。
 しかし、米軍機による空襲のため、対局者が対局場に会することが困難でした。漸く1945年7月に、タイトル保持者橋本宇太郎本因坊と挑戦者岩本薫、および瀬越ら関係者が広島に集まることができました。
タイトル戦は全部で7局打たれることになっていました。第一局は、7月23,24,25日の3日間で行われ、岩本の勝ちでした。この間、米軍艦載機が市内を機銃掃射し、対局場の屋根も壊れるほどの危険な状態でしたが、対局者も観戦者も防空壕に避難することなく、この対局を打ち終わったそうです。
 第2局目は8月4,5,6日の3日間でしたが、広島市内は危険なので郊外に対局場を移して行われました。ここも安全とは言えませんでした。ここで原爆にあったのです。
 そのときの記録:対局3日目の6日の朝、8時過ぎ、空襲警報も解除されたので、始めようと前日までの手順に従い石を並べた。その時、空に一機の米軍機。落下傘が高い空からきらきらと光りながら降りてくと、ピカッと閃光が広がった。写真を撮るためのマグネシウムをたいたように対局場が真っ白になった。そのうちに、広島の上空に入道雲のようなものがむくむくと持ち上がり、異様な物音が轟々と迫ってくるようだ。あっという間に爆風が対局の部屋に突っ込んできた。気がついてみると、橋本は庭の芝生に突っ立ていた。瀬越は畳の上に茫然と座り込み、岩本は碁盤の上にうつ伏せになっていた。窓ガラスもなにもかも吹き飛がされていた。しばらくして、部屋を取り片づけ、午後になってから囲碁を再開し、橋本の勝ちとなった。( 第3局目以降は当然中止になりました。)

 大変な爆弾らしいということは想像できたが、広島市内の様子はまだ判っていない。 囲碁が終わった頃、対局場の前を原爆で傷ついた被災者たちがぼろぼろに焼けただれた衣服で通り始めた。その有様は時間とともにひどくなり、地獄絵と化していきました。広島市内の被害は筆舌に尽くしがたい残酷な状況であったことは改めて言うまでもないでしょう。対局場は爆心地から10キロメートルほど離れていたので、対局者や瀬越は奇跡的に命拾いをしました。

囲碁を通して世界に人の和を、そして平和を! 
 これ以降、岩本薫の人生観は変わりました。彼はいっぺん死んだのだ、そのつもりでこれから囲碁界のために尽くそうと決心したそうです。その通り岩本は、私財を投じてまで海外各国に囲碁センターをつぎつぎ建設し、囲碁普及を通して世界平和へ貢献するという瀬越憲作の情熱を受け継いで一生を捧げたのでした。 また、橋本宇太郎も「囲碁は平和のための使節です。世界平和には碁が一番いいと信じます。だから平和の時代に囲碁は最も盛んになるし、その逆でもあります」と常々言っていました。
 「原爆と囲碁」の奇しき因縁は、「囲碁と平和」を一層強く結びつけたように思えます。


 囲碁は単なるゲームではない、「一種の文化である」といわれています。「文化としての囲碁」には、礼儀を重んじ、人々の和を作り、創造的智を磨くことで立派な人格を育成するという意味が込められています。囲碁が神秘的なゲームであることだけでなく、なにか奥深い哲理を含み、しかも人間同士の心が言葉なくても交流しあうという不思議な親和力をもっているからでもあります。
 今では囲碁が国際的に普及し「世界的ゲーム」になったので、囲碁を通して人の和を造り世界平和の基礎を築くことに貢献することができるでしょう。瀬越憲作の意思を受け継いで、囲碁を世界平和に活かそうという気持ちは、日本の囲碁界に今も強く引き継がれています。

 核兵器廃絶と世界平和を強く希求する日本の囲碁愛好家の強い思いをお汲み取り頂くようお願い致します。
 
                                     敬具
 2009年10月16日

  
                                    菅野禮司
                                      理論物理学専攻
                                    大阪市立大学名誉教授
                                           

                                    宮本直毅  
                                    関西棋院理事 棋士9段
         

「注:囲碁とは」
 囲碁は19×19路の盤面に黒石と白石を1個ずつ交互に置いてゆき、囲んだ地の大きさを競うゲームです。
 囲碁は別の名を「手談」ともいいます。「手談」とは、言葉は通じなくとも、対局者が碁盤の上に黒石と白石を交互に一手ずつ打つことにより、自らの意思と相手の意図を互いに読み取ることで心が通じ合う、というところから生まれた素晴らしい呼び名です。
 また、他のゲームにはない囲碁の特徴は、盤面には何もない無の状態から始めて、2人が交互に石を置きながら一つの宇宙(新世界)を作り上げていく構築型のゲームということです。
 囲碁は本来「地を分かち合う」ゲームであるとみることができます。地は全部で361路と決まっています。その地を奪い合うのでなく分かち合うゲームならば、調和(バランス)が自然の姿となります。だから囲碁の本質は平和主義なのです。
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ゲーム攻略の虎 | 2010/12/19(日) 14:46
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