科学・技術と自然環境について、教育を考える。
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教員養成制度について
教員養成制度について 

民主党が教員の資質を上げるための方策として「教員養成課程6年制」を打ち出した。教員免許の更新制を廃止する代わりに、教員養成期間を2年延長する案である。この制度案に対して異論が出されている。私もこの制度に疑問を持っている。

批判的意見としてもっともと思われるものに、河合塾理事丹羽健夫氏の意見が12月26日付朝日新聞に紹介されていた。その主な理由は次の2点であった。

 一つは、現在の教員研修内容が現場のニーズに合ってなく無駄であると指摘する。この6年制はフィンランドの教員資格(修士課程修了)を真似たもので、教育システム全体を見ずに「修士」という部分だけを安易に取り入れては大変なことになる。なぜならば、日本では教員という職業の人気が低いのに、「6年制」を実施すれば教員養成系大学の志願者が減り、かえって教員の質は低下するという。

 次に、日本で教員の人気が低いのは、教員は雑務に追われ、その上、「いじめや」父兄からの苦情など様々な問題に対応しなければならず過酷な労働を強いられているからであるという。それゆえ、養成期間を延ばすよりも、まず本来の教育に力を注げるように、教員数を増やして教員の雑務を減らし、そして少人数学級にして教育環境を良くすることが先決である。また、教員の正規採用が少なく「臨時的任用」が増えている現状を改めるべきである。このような現状のまま、「教員養成課程」を6年にしたら志願者が激減して逆効果であると主張している。

 この批判意見に近い考えを私も抱いていたから、強い共感を覚えた。私は教員養成や研修制度の実状を見聞したことがあるが、根本的なところに問題があるから、あまり効果はないと思っている。
 丹羽氏の指摘されたこれらの点の他に、現在の教育内容と教員養成制度についてもう一つ付け加えたいことがある。それは教科目選択制の弊害である。

 戦後日本の教育は、小学校からすべての教科内容はばらばらに縦割りにされ、しかも同一教科の中でも個別知識を覚えさせるだけで、それら知識を関連づけて体系だった知識として教えることが少ない。この悪弊は入試問題に象徴的にみられるが、その歪んだ教育法にさらに拍車を駆け、ずたずたにしたのが教科目の自由選択制であり、さらに入学試験における少数科目選択制度である。教科目の大幅な選択制により、体系的知識を分断して「摘み食い」的に断片的知識を憶えさせるという悪弊が助長された。教科縦割り教育の上に、科目選択制が加わり一層ひどくなったわけである。基礎をはずした知識は浮き草のように浮ついたものであり、現象的な断片知識に終わるので身に着かない。
 学生集めと受験生数を増やすために、大学入試科目数は減少し続け、その辺害があちらこちらにでている。大学入学生の学力不足のために、入学後に大学で補修をしなければならないところが続出している。

とくに理数科は知識の蓄積が必要なので、小学校の時からしっかりと教えておかねばならない。それを実行するには、教員の指導力が十分でなければ不可能である。しかし、今の教員養成制度は、中・高校・大学で教科目選択制が行われているために、基礎学力、特に理数科の力が不完全・不十分な教員が多い。「教科縦割り個別知識詰め込み教育」と「教科目選択制」のゆえに、摘み食いの断片的知識を覚え、体系的知識を身につけていない。そのために、総合的判断力に欠けており、表層的現象で物事を判断する傾向がある。
 そのように教育された教師は、同じ教育スタイルで次代の生徒に教えるという悪循環を繰り返している。理数科は断片的知識の寄せ集めではなく、有機的に関連づけられた知識の体系である。櫛の歯が欠けたようなぼろぼろな知識の持ち主では理数科はまともに教えられないだろう。このことは理数科のみでなく全教科についても言えることであろう。したがって、小学校教員は国語や社会だけでなく、しっかりした理数科の基礎を、また、中学校の理科教員は理科の全科目と数学の力を十分に身につけるような教員養成制度にすべきである。そのためには、義務教育の教員養成過程では科目選択制を廃止すべきである。少なくとも、教科目選択制の弊害を減らすように選択科目を減らした教員養成制度に変える必要があると思う。

 科学教育は知識の習得とそれを用いた演習を基礎から積み重ねることによってなされるものですから、一旦落ちこぼれると上級に行くほどその程度はひどくなます。その結果、理科嫌いになります。基礎からの積み重ねを必要とする科目は、後で勉強し直すのが難しく、取り返しがつかなくなることが多い。それゆえ、初等教育からしっかりとした知識を教育しておくべきである。義務教育の先生の役割は大変重要です。

 選択制を制限してなるべく多くの科目取る様にし、そして入試科目をもっと大幅に増やさなければ、教育の危機はさらに深刻になるであろう。この危機的状態を脱するには、大学の自主性や良識に待っていたのでは不可能で、国公立も私学も一斉にやらなければ実現不可能である。教員養成学部に限らず、一般的に大学での専門に応じて、文科省が最低入試科目数を指定すべきである。

 教員養成制度を、このような選択科目廃止、または制限すると、教員志願者が激減すると言われるかも知れない。今の教育界の状況ではそうだろう。だから、教育職に魅力を感じ、人気がでるような環境を作らねばならない。取りあえず、煩瑣な雑用を減らし、少人数学級にし、そして待遇改善をすべきであろう。そうすれば、先生が教育に専念し教員としての誇りを持てるようになるだろう。現状の教育危機を救うにはこれしかないと思う。
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